ギルドのお仕事

 いったいどうしてこうなってしまったんだ……。

 折角ミズガルズに来たというのに。

待っていたのは心躍る冒険でもなく、美少女たちとの楽しい戯れでもなく、寂れたギルドと雑用同然の仕事である。


「そろそろ諦めがつきましたか?」


 呆然とする俺に、アテナが声を掛けてくる。

 ……まあ、いい。絶対にここで働かなければならないと決まったわけじゃない。

 この世界に詳しくなれば契約を破棄する方法も見つかるかもしれないし、よしんば見つからずとも1年間の契約を満了すれば自由だ。

 今、喚き散らしたところでどうなる物でもない。諦めて話を聞こう。


「まあ、諦めたと言えば諦めた。最低でも1年はここで働いてやるよ」

「はい、有難うございます!」


 そう言ってニコッと微笑むアテナ。その顔は可愛らしいのだが、それが何故か余計にムカつく。


「取り敢えず、説明が必要なことは大体契約書に書いておいたんですけど……コウマさん、よく読んでないですよね」

「当然だ。俺はミズガルズの言葉など読めないからな」

「何故威張るんですか。それなら普通、私に聞いたりしませんかね? 大事な契約ですよ?」

「仕方ないだろ。お前の説明を聞いただけで大丈夫だと思ったんだよ」

「それはどうも。どうでも良いですが、コウマさん、キャラ変わってません」

「お前に言われたくない。大体、人を騙す様な奴に払う敬意は無い」

「私は積極的に騙したわけじゃないんですけどね。まあ、それはもういいです。契約の内容の話です」


 いつの間に集めたのか、アテナは俺がびりびりに破いた契約書を拾い集め、パズルのように並べて修復していた。


「まず、前提から説明しますが、住居についてはこちらでご用意します。

 ……といっても、このギルドの奥の仮眠部屋ですけど」

「このオンボロの家がこれから当面の住居ってわけか……」

「ま、まあ、見た目ほど住み心地は悪くありませんよ」


 こいつの『それほど悪くない』はもう全く信用する気が起きない。


「食べものについては、ご自由にどうぞ。必要があればこちらで準備します。勿論、給与からその分は天引きさせて頂きますが」

「そう、それだ。気になっていたのは」

「何ですか?」

「給与。ちゃんと支払われるんだろうな。借金があるとか言っていたけど」

「分かりました。では次に給与についての説明です。

 始めにことわっておきますが、給与はちゃんと払います。国で定められた最低賃金での雇用になりますが、それは契約書にも書いている内容ですのでご了承ください」


 まあ、それは確認しなかった俺の非でもあるし、抗議するような事じゃないよな。


「ご存じないかも知れませんから説明しておきますが、ギルドには一般的に雇用形態が2つあります」

「2つの形態があるってことは知ってるさ。確か、所属契約と依頼単位契約だったよな」

「その通りです。所属契約はその名の通り、1つのギルドに所属することを契約するものです。これを結ぶと、一か月の間に、契約した時間だけ必ずそのギルドのために働かなくてはいけないという制約があります。

 代わりに、その二点を守ってさえいれば、安定した収入を得ることが出来ます」

「依頼単位契約はその逆ってわけだな」

「はい。特定のギルドの為に働く時間が無いので、一月の時間を完全に自由に使うことが出来ます。しかし、積極的に仕事を回してもらえる保証も無いので、仕事の無い月などが出てくる可能性もありますね。そういう月は勿論、無収入になります」


 なんか派遣社員か正社員か、みたいだな。


「そして、コウマさんは所属契約になりますね。ですから、うちの規定では月に80時間以上、『イージスの盾』のために働いていただくことになります。

 ……もっとも、最初の一年間は他のギルドから仕事の斡旋を受けることを禁じていますから、収入を増やしたければウチの仕事を受けるしかないわけですけど」


 やれやれ。随分と厄介な契約だな。


「そう不満げな顔をしないで下さいよ。色々と事情があるんですから」

「事情ねえ……」

「ええ。最初の1年間は、この『イージスの盾』に慣れてもらうための期間でもあるんです。その内から他のギルドの仕事なんて受けてたら、過剰労働ですよ。

 日本人を受け入れる以上、そういう労働量の管理も私達の仕事になるわけですし」


 まあ、理解できなくも無いが、ギルド側の事情の方が強そうな気もするな。


「それで? 俺の給与が補償されているという根拠は?」

「日本から支援金が出てるんですよ」

「支援金? 何の?」

「日本人を雇用したギルドには、3か月間支援金が出ます。その支援金が丁度、国定の最低賃金と同額なんですね。それをそのままお支払いしますから」

「他力本願じゃねーか。それに、期間は3か月間なんだろ? その後の給与はちゃんと支払われるんだろうな?」

「大丈夫です。コウマさんがちゃんと働いて下されば、労働力は今までの2倍です。3か月あれば、ギルドを立て直して見せますから」


 見切り発車もいい所じゃねーか。すごく不安になってきたぞ。

 ……いや、それはそれでいいのか。もし給与が支払われなければ、流石にギルドから抜けても御咎めは無いだろうし。


「そして、一月の賃金ですか、最低限の労働が月80時間ですので、金貨2枚ほどになりますね」

「金貨2枚……日本円で2万円!? 低すぎないか!?」


 因みに、日本円とフィルセント硬貨は固定相場制なので、両替する日によって価値を上げることも出来ない。


「一応弁解をさせていただきますが、これは家賃込です」

「それにしたってな」


 このオンボロの屋敷の一室である。広さも期待できないし、日本基準で考えるならいいとこ月額2~3万と言った所だろう。

 仮に2万5千円として、賃金と合わせて4万5千円。これが80時間の賃金だから……やめよう。時給を考えると深くへこみそうだ。

 

「後、草刈り等に必要な鎌などはこちらで貸与しますが、ブーツやグローブなどの個人所有が望ましい物品に関しては、自費にて購入して頂きます」

「……」

「また、業務上の事故などで打ち身、骨折等の怪我を負った場合に関しましても、明確にギルド側に責任があると認められる場合を除きまして、治療費は支払われませんのでご了承ください」


 いや、いやさ。ファンタジーの世界だからさ。よくよく考えたらさ。日本に比べたら後進国だから。労働者の待遇と言う面に関しては、これでも頑張ってる方なのかもしれない。

 しかし……つれぇー……。ミズガルズまでやって来て現実的な話を聞かされるのはつれぇー……。

 しかも、その内容も結構ブラックっぽいし、

 これからの日々を慮り、俺は一人頭を抱えるのだった。

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