契約の代償
「さ、どうぞ。入って下さい」
アテナさんに促され、ギルドの中に入る。
思わず『うわ……』と声に出そうになるのを、必死で抑える。
ギルドの中は、外観に違わず経年劣化を大いに感じさせる有様で、しかも物が雑多に溢れかえっていた。
「よ、ようこそ、ギルド『イージスの盾』へ! ま、まあお座りくださいよ!」
そう言ってアテナさんは木製の椅子を一つ持ってきてくれた。しかし、ちょっとの距離運ばれるだけでギシギシと悲鳴をあげる椅子に座る気も起きず、
「いえ、結構です」
俺は立ったまま話をすることにした。
「ええと、確認したいのですが」
「はい」
「ここが、『イージスの盾』?」
「はい」
「ホントに?」
「はい」
「ホントにホント?」
「はい」
……イメージしていたギルドと違う。違い過ぎる。
となると、今まで聞いていた情報も怪しくなってくる。
「あの、今は他に誰もいないみたいなんだけど、仕事に出てるとかそう言うこと?」
「いえ、このギルド、実は私しかいないんです」
「え、でも、女の子がいっぱいいるって……」
「言ってません。私は『所属してるメンバーは全員女性』と言っただけです」
「え、じゃあ、ドラゴン退治とかしてるっていうのは」
「10年ぐらい前までの話ですね。私のお父さんが存命の頃は、やっていたみたいです。
今の仕事は専ら荷積みとか、草むしりです」
「俺がギルドマスターになれるって話は?」
「私とコウマさん、2人のギルドですから。ご希望でしたらすぐにでもお譲りしますよ、ギルドマスターの座」
……………………………………………………。
「騙されたああああああああああああああああああああああああ!」
「し、失礼な! コウマさんが勝手に勘違いしたんじゃないですか!」
そうは言いつつも、アテナの顔には冷や汗が浮かんでいるし、その表情もどこか引き攣っている。少なくとも、誤解を招く表現をしたという自覚はあるぞ、これ。
「済まん。帰らせてもらう」
俺はアテナに背を向けて、出て行こうとした。
「ちょっと待ってください~!」
しかし、その動きを阻害するように、アテナがしがみ付いて来る。
「ま、まあまあ! 所属してしまったものはもう仕方がないじゃないですか!
これから、ここで私と2人。頑張りましょう?」
「嫌だ! 俺はもっとこう、冒険したり、魔物と闘ったり、ギルドの仲間と馬鹿騒ぎしたり、可愛い女の子達に囲まれたりしたいんだ! 理想と対極の場じゃないか! ここは!」
「いいじゃないですか! 別に! 草むしりや荷積みもやって見ると楽しいかも知れませんよ? やりがいを見つけられるかもしれませんよ?
さあ、私と新しい自分を探しに行きましょう!」
「うるせえ! 一人でやってろ!」
「お願いします~! このまま借金が返せないと私、身売りしなきゃいけないかもしれないんですよ~!」
「借金まであったのかよ! 尚更ここで働きたくねぇ!」
「酷い! こんなに可愛い女の子が売られてしまうかもしれないんですよ!? 何とかしてあげたいと思わないんですか!?」
「人を騙すような女なんぞどうなろうが知った事か!」
そう言うと、アテナは黙り込んでしまった。
ついに諦めたのか、と思ったのだが……。
「ふふ、ふふふふふふふ……」
何やら怪しい笑い声を上げ始めた。
「じゃあ、こういう手段はとりたくなかったけど、仕方ありません」
アテナは俺からバッ! と飛びずさって離れた。そして、仰々しいポーズでこちらを指さして来る。
「貴方が逃げるのは無理です! ここにサインしてしまったから!
一年間脱退も、他のギルドとの掛け持ちもしないと!」
アテナは何処からか、俺がサインした書類を取り出した。
「ふん!」
俺は一瞬で間合いを詰め、アテナの手から契約書を奪い取った。
「こんなものに、俺を縛れるか!」
そして、びりびりに引き裂いてやった。
「うふふ、そんなことをしたって無駄ですよ」
「何だと?」
「貴方が書いた書類。実は二枚重ねだったんですよ。当然、二枚目にも貴方の筆跡が残るような細工はされています」
「その2枚目は何処にある」
「街のギルド協会に提出しました。あれを奪い返すのは不可能ですよ。大体、コウマさんは協会の場所も知らないでしょう?」
「ぐっ……確かにそうだが……誰かに協力を求めれば……」
「誰が協力してくれるんですか、貴方に。少なくとも、他のギルドには貴方に手を貸す人はいませんよ。ギルドとの契約を軽視する人は、ギルドからも軽視されると思うべきです」
くっ……確かに。この世界のルールで戦うなら、とても勝ち目はない。
なら、一度日本に逃げるふりをするか。
「なら、日本に帰るまでだ」
「そんなこと言って、こっそり他のギルドに就職しようと考えているんでしょう?」
「なっ!? ……そんなこと無いぞ」
「ごまかそうとしても無駄です。知ってるんですよ? この世界に来て、すぐに地球に帰った人間は『根性無し』とか言われてそうとう白眼視されるそうじゃないですか。
貴方はたしか、最低でも3年ぐらいはこっちで生活するのが求められるはず」
その通りだ。ただでさえミズガルズ行きは日本では好まれない。その上、すぐに帰ったとなると、どれだけ社会的評価が下がるか……。
「諦めましょう、コウマさん。貴方はもう、ここで働くしかないんです」
「く、くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
こうして、俺はイージスの盾の人間として働くことになった。
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