ギルメリアという街
契約を終えてからしばし、俺は『イージスの盾』のブースで待機していた。
なんでも、日本からの移住者を採用した場合、この会の主催者に報告する義務があるんだとか。それでアテナさんがブースを離れるので、留守番を任されたのである。
「お待たせしました、コウマさん」
アテナさんは5分ぐらいで戻ってきた。
「あ、いや、結構早いんですね」
「書類を一枚提出するだけですから。さ、それじゃ早速行きましょうか」
アテナさんはブースに置いていたパンフレットなどを、肩掛けの鞄にしまい込み始めた。
「え、行くって?」
「勿論、ギルドにです。ご案内しますよ」
「勧誘は? もういいんですか?」
「ええ。今日は元々、一人しか採用しないつもりでしたから」
へえ。一人しか採用しないつもりか…………。
俺って、運が良いんだな~。その一人に選ばれたんだから。
「さあ、行きましょう」
「はい」
俺達二人は、ギルド説明会の会場を後にした。
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人いきれで暑苦しい会場から出て、ほっと一息を吐く。
「ふう、外はやっぱり涼しいな」
「中、暑かったですもんね。ちょっと休んでいきます?」
「あ、いえ、大丈夫です。それより、ギルドに行きましょう!」
俺は一刻も早くギルドを見たかった。
ああ、どんな所なんだろう、ギルドってのは。やっぱり酒場みたいな場所で、仲間達がそこで馬鹿騒ぎをしてて、そして時にはシリアスにクエストを受けたりして……しかも所属メンバーは全員女の子! これでテンションが上がらないはずがない。
「うふふ、やる気満々ですね。頼もしい限りです。それじゃ、早速行きましょう」
「はい!」
門を抜け、会場を囲う様にして広がっていた塀の外に出る。
「うわは……」
俺はこの世界に来て何度目かになる感嘆の溜息を漏らした。
塀の向こうは、俺が幾度も夢想したような街並みが広がっていた。
目の前に広がる石造りの広場では、そこかしこで商人が露店を広げている。
見たことも無いような肉や魚がつるされていたり、鉄製の武器や盾などが並べられていたり、見るからに怪しげな本のような物を売っている人もたりする。
往来を行きかう人の中には、剣を背負った傭兵らしき男や、鎧を着こんだ憲兵のような人など、物々しい姿も見える。
しかし、人々はそれをごく自然な街の一部として受け入れ、奇異の視線を向けることもない。ここではこれが自然なことなのだ。
期待にどんどん胸が高まっていくのを感じる。近い将来、俺も傭兵となってこの中に溶け込むのだ。どんなに楽しい毎日になるだろうか。
「うふふ、コウマさん、楽しそうですね」
「はは……顔に出てましたかね。こういう活気のある感じが好きで」
「あら、それは残念。私のギルドはもうちょっと郊外の方です」
俺達は広場を抜けて、道なりに進んでいく。
周りの光景は、活気のある商店街から、閑静な住宅街へと変わっていく。
「へえ、意外ですね。ギルドって商店街とか、そういった場所の近くにあるんだと思ってました」
「うーん、まあ、多くのギルドはそうなんですけどね。うちはちょっと事情があって、住宅街の方に構えてるんです」
ふーん。事情ってなんだろう。まあ、深入りすることでもないけど。
しかし、このあたりにある家は結構立派な造りの物が多いな。
しっかりした石造りに、建物によってはバルコニーまである。そこには鉢に植えられた花なんかが飾られており、上品な雰囲気を演出する。
「綺麗な街並みですよね」
「そうですね。ここは……上流階級の人が住んでいたりするんですか?」
「うーん……上流という程でも。大体中流と言った所だと思いますよ」
これで中流なのか。フィルセント王国は意外と生活水準が高いのか?
まあ、日本は地球と言う規模で見ても住居と言う基準では恵まれていないみたいだし、俺のハードルが低いだけかもしれないが。
「私もいつかはこんな所にギルドを構えて見たいものです」
……という事は、もう少しギルドのある場所の立地条件は悪くなるわけか。
ま、まあもう少しぐらいならしょうがないのかな。
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しかし、それから1時間、俺は歩き続ける羽目になった。
恐らく郊外に向かって進んでいるのだろう。
周りの家は先程のエリアに比べ、どんどん質素に……というより、ボロくなって来ている。
加えて言うなら、歩いている人の身なりも質素に……というより小汚くなってきている。
「あ、あの、アテナさん?」
「もうすぐ、もうすぐ着きますから!」
何故かはわからないが、アテナさんは大分早歩きになっていた。
二人分の靴音か、狭く薄暗い路地に反響する。
「あの角を曲がったらすぐですから!」
ほとんどど駆け足と言ってもいい速度で進んでいたアテナさんが、次の角を指さした。
ようやく念願のギルドにたどり着くというのに、俺の心を占めるのは期待よりも不安が多くなっていた。
「と、到着です! あれがギルド『イージスの盾』ですよ!」
角を曲がった俺の目に入ったのは――築60年は越えてそうな、ボロい建物だった。
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