ギルド『イージスの盾』

「高馬様。高藤高馬様」

「んあ……?」

「到着いたしましたよ。高馬様」

「到着……ん!?」


 急いで馬車から降りると、目の前には大きなレンガ造りの建物が鎮座していた。これだけ大きい建造物があるという事は、ここはきっと街の中だろう。

 という事は、俺はあのまま本当に寝てしまったのか。そして、いつの間にかもうギルメリアに到着していたと。

あー、勿体ないことしたなあ。途中の景色とか、いろいろ見たかったのに。


「お目覚めになられましたか」


 隣には、先程の執事然とした男性が苦笑いしながら立っていた。


「あの、他の人達は?」

「先にギルド説明会の会場に向かいましたよ」

「あ、そ、そうですか」

「高馬様も急がれた方がよろしいかと。こちらです」

「ご迷惑お掛けします……」


 男性に続いて建物の中に入る。


「おお……!」


 建物の中もまた、俺の理想とする西洋風の造りとなっていた。

 エントランスの門をくぐるとそこは吹き抜けのホールのような形になっている。

 正面には両側の壁に沿って2階に上がる階段が設置されており、その間には奥の間に続くであろう扉が設えられている。

さらに、視点を左右に向ければホテルの様な廊下が続いており、左右両方の壁に扉が設置されている。ざっと確認できるだけで扉の数は20は下らないと思う。

 あまりゆっくりと外観を眺めることは出来なかったが、ここは随分と大きい建物だったみたいだな。


「高馬様、こちらへ」


 執事然とした男性が進んだのは正面の扉だ。


「どうぞ、お入りください」


 俺は開けられた扉をくぐって中に入った。

 

「おわっ!」


 部屋の意外な広さも予想外だったが、何より驚きだったのはその人口密度。

 室内はちょっとした体育館ぐらいの広さがあると言うのに、その中は歩くことも難儀しそうなほどに人で溢れている。


「凄い人だな……」

「ギルド説明会の場ですからな」


 そうだ。俺達地球からの移民が最初にすること。それは所属するギルドを決める事である。

 言語が通じるとは言え、異世界への移住は未だにハードルが高い。何せ、外国への移住と比べて、得られる前情報があまりにも少なすぎる。そんな世界に一人をぽーんと放り出したら、ホームレスになったり犯罪に巻き込まれたりする可能性がある。

 そのような事態を防ぐために、面倒をギルドに見てもらうのである。

 ここはそんな移住者とギルドのマッチングの場と言う訳だ。

 余談だが、この制度は日本政府が考案して、体裁などを指導したらしい。合同企業説明会をモデルとしているらしく、ギルドの人間たちは壁側に敷物を置いて座り、パンフレットのような紙の束を手に取って人を呼び込んでいる。

 ……どうでも良いが、合説というよりはコミケっぽいな。


「しかし、随分と人が多いですね。これ、全部移住者なんですか?」

「いえ。この会への参加は異世界からの移住者の方に限られるわけではありませんので。

 例えば、他の町から越して来られた方なども数多く参加されております」


 成程。ミズガルズ現地の人間も参加するのか。それならこの数も納得だな。


「高馬様も急がれた方がよろしいかと。採用する人数を制限しているギルドは多いですからな」

「わ、分かりました! ここまでありがとうございました!」


 俺は執事の男性と別れ、人混みの中に飛び込んだ。

 さっきコミケっぽいと表現したが、本当にそのレベルの人口密度である。

 しかも、参加者の多くはこの世界の現地人で、屈強な冒険者。押しのけて歩こうにも体格の良い連中が多く、それも簡単では無い。

 それに、困ったことがもう一つある。目的地がわからない。

 合説やコミケと違って、出展者カタログなどと言う親切な物は無く、何処にどのようなギルドがあるか全くわからないのである。

 ……参ったなあ。俺にギルドの良し悪しなんてわかるはずもないし。

 一応ネットで調べて見たりもしたんだが、真偽の分からない情報に溢れかえっていて参考になる物は一切なかったし。

 うーん、仕方ないな。実際に目で見て判断するしかない。何にしても、まずは一つでも多くのギルドを見ることが先決か。

 そう決めた俺は、一番近くにあるスペースを目指して移動を開始した。

 押されたり押し返したりと中々疲れる道程ではあったが、何とか一つのスペースにたどり着いた。

 そこには、褐色肌の兄ちゃんがいい感じの笑顔を浮かべて対応していた。


「おう、兄ちゃんもギルドへの所属希望かい?」

「えっと、まだ決めてなくて、取りあえず説明だけでも聞こうかと思いまして」

「わかった! じゃあ簡単にウチの説明をさせてもらおうか!

 ウチはギルド・ランペイジって名前だ。この街じゃあ有名な剣士の集うギルドでね。魔物討伐なんかの仕事を中心に請け負ってるぜ」


 おお! いい感じのギルドじゃないか! こういう戦士的な感じ! まさに憧れ!


「それに、うちは所属メンバーが全員男なんだ!」


 ……ん?


「女性はいないんですか?」

「ああ! 女なんていたって邪魔なだけだろ? 非力だしよ。ウチは全員鍛えられた男だけ! 良い環境だぜ!」


 ……駄目だな。女性がいないギルドなんて。

 ギルドの女剣士とか女魔導士とかシスターとか、そう言う美人な女性とのお付き合いが無ければ。それが無ければファンタジー世界に来た意味が無い。


「済みません。ちょっと考えさせてください」


 断るときの定型文句を言って、俺はそのギルドの前から離れた。


「ふう、男だけのギルドなんて何が楽しいんだか……」


 俺は隣のスペースに移動した。

 そこでは、白い肌をした綺麗な女性が呼び込みをしていた。

 ……そうそう、こういう人がいないとな。


「済みません。ギルドの説明を聞きたいんですけど」

「はい、構いませんよ」


 女性は素敵な笑顔を浮かべて、説明を始めた。


「ウチはラルクギルドと言う名前の、流通ギルドです。基本的な仕事は物資の流通ですね」


 ……流通?


「他の町との効率の良い流通こそが我がギルドの目標であり……」

「あの、済みません。仕事って流通だけですか?」

「はい、基本的には」

「強大な魔物と戦ったり、未開の地を調査したりは?」

「そう言った仕事は取り扱っていません。もし魔物が出る様な道を移動することになったら、別のギルドに護衛を依頼したりします」


 ……駄目だな。このギルドの仕事は俺の理想とは程遠い。

 剣や魔法を使ってドラゴンやミノタウロスなどの強力な魔物と戦ったり、未開の森や山に調査に行ったり。そういった仕事をしないと、ファンタジー世界にやってきた意味が無い。


「済みません、少し考えさせてください」


 さっきと同じ文言を残して、俺は隣のスペースへと移った。

 そこには、先程までのスペースと違い、二人の人間がいた。

 一人は屈強な肉体をした、戦士にしか見えない風貌の男。

 もう一人は、長い黒髪が艶やかな、魔法使いのような恰好をした女性。

 これだよ、こういう雰囲気が欲しかったんだ。


「おう、ギルドの説明を聞きに来たのか?」

「はい、お願いできますか?」

「任せな。ウチはバルドスクラン。自慢になるが、ギルメリアで一番の規模のギルドだ。

 仕事の内容は多岐に渡るが……最近は強大な赤竜を一匹、討伐したぜ」


 ……凄い! まさしく、俺が求めているギルドの有り方だ!


「あ、あの、因みに、ちゃんと女性はいますか?」

「お、お前も好きだねえ! 安心しな! ウチは、ここにいるヒルダみたいな可愛い子ちゃんがいっぱいいるぜ!」


 男の隣にいる女性が頭を下げる。

 凄いな、このレベルの美女がいっぱいだと……!?


「入ります」


 俺は即答していた。


「歓迎するぜ! じゃあ、まずは入会金、金貨100枚を払ってもらおうか!」


……え?


「お金……必要なんですか?」

「ん? 当然だろう。ギルドだって慈善事業じゃないんだぜ? 仕事を紹介してやるんだから、金の請求もするさ」


 それにしても金貨100枚って……日本円で100万円相当だぞ?

 俺が両替して持ってきたのは金貨10枚程度。到底払えない。


「す、済みません。ちょっと持ち合わせがないんで……」


 俺はそそくさと、逃げるようにその場を離れた。


「……参ったなあ」


 これまで3つのギルドを回ったが、俺に合ったギルドは無かったな。

 ま、まだたった3つと考えるべきだな。多分ここには100近いギルドが出てる。

 気長に見て回ろう。


****************************************


 しかし……50近いギルドを見て回ったが、未だ俺は所属するギルドを決められていなかった。何処も仕事が詰まらなそうとか、入会金が高いとか、そう言った事情で俺が入るのには適切ではないのだ。

まあ、入会金が安く、少し興味が持てるところはあったんだけどな。でも、これと言う決め手に欠けるし……。うーん、妥協するにはまだちょっと早いな。

もう少し見て回ろう。さて、次のギルドは……。

 おっ、受け付けは女性一人か。しかもかなりの美人さんだ。

 ぱっちりと開かれた眼は若干垂れ目がちだが、快活な輝きを宿していた。鼻は高く、唇はやや薄いが健康的な赤色だ。

それにスタイルが良い。

赤いジャケットと、黒いミニスカート、その上から赤いマントを羽織ると言う線の出にくい格好をしているにもかかわらず、はっきりとわかる程立派なモノをお持ちだ。

髪は金色で、ふわっふわに広がっている。

その顔に浮かべる穏やかな笑みと相まって、全体的におっとりした印象を受ける。

……はっきり言って、もろ俺の好みだ。

 できるなら、こういう娘がいるギルドに入りたいものだ。


「済みません、ギルドの説明を聞きたいんですが」

「はい!」


 女の子は明るい笑顔を浮かべて答えてくれた。


「うちは『イージスの盾』と言うギルドです。仕事の内容は……そうですね、多岐に渡るので一言で説明するのは難しいです」

「ドラゴン退治とか、未開の地の探索とかもするんですか?」

「うーん、ちょっと前は結構やってたんですけど、最近は少なくなりましたね」


 ふむ……だが、そのような仕事を出来る可能性は十分にありそうだ。まず、仕事の内容はオッケー。


「えっと、ギルドに女性はどれくらいいます?」

「ふふっ、実はうちのギルド、今女の子しかいないんです」

「……マジですか」


 すげえな、俺が入ったらハーレムじゃねえか。


「それに、今うちに入ったら、すぐにギルドマスターになれる可能性もありますよ」

「え……ギルドマスターって、一番偉い人ですよね?」

「はい!」

「な、何でそんなことに?」


 女の子は、ちょっと悲しそうな目をして言う。


「うちのギルド、女の子しかいないから……。出来れば、頼りになる男の人にギルドマスターになってもらって、ギルドを引っ張って行ってもらいたいって思ってるんです」


 何と言う事……女の子しかいない上に、みんなが俺に頼って来ると言うのか?

 入りたい。そんなハーレムな環境、是非入りたい。

 だが、問題が一つ……。


「にゅ、入会金はお幾らなんですか……?」

「うふふ、うちは入会金は頂いておりません」

「入ります」


 天国じゃねえか。ザ・天国じゃねえか。入らないわけがない。


「わあ! 有難うございます!」


 女の子は、花が咲いたような、満面の笑みを浮かべてくれた。


「では、こちらの書類に記入して頂けますか?」

「はい」


 書類と言っても、俺が記入すべきなのは一か所だけのようだ。

 色々とギルドのルールなどが記載されている。

 まあ、読み飛ばしていいだろう。そして、最後の一文。


『ギルドに加入した場合は、最低でも1年間は脱退及び、他のギルドとの掛け持ちは許可されません』

 

 別にいいだろ。

 だって、ハーレムギルドだぜ? 辞めたいと思うなんてありえないし。

 さっさと署名してしまおう。


「はい、有難うございます。ええと、お名前は……」

「タカフジコウマって読みます」


 疎通の指輪で喋る言葉は通じても、文字が読めるようにはならないからな。口で説明してあげないと。


「はい、ええと、名前はコウマの方でよろしいですか?」

「大丈夫です」

「じゃあ、コウマさん! 私はアテナ・アークライトです! よろしくお願いします!」

「こちらこそ、お願いします!」


 こうして、俺は所属するギルドが決まった。

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