いざミズガルズへ
手紙が届いてから2ヶ月が過ぎた。ついに俺がミズガルズに旅立つ日だ。
両親に見送られず出発した俺は、池袋の入界管理局にやってきた。
入界管理局は、つい最近新装したばかりの綺麗な建物だ。
規模は池袋にしては小さく、5階建てのビル。全てのフロアが入界管理局所有だが、俺らの様な一般人は専ら一階以外に立ち入ることは無い。
今日も例外では無く、簡単な身分証目に健康診断、持ち物検査などを受けた後は、あっさりとミズガルズへのゲートの間へ通された。
ゲートは写真などで見たことはあったが、実際に目の当たりにすると中々の迫力だ。横幅2メートル、縦幅3メートルほどの縦長の楕円形の物体……いや、物体なのか? これは。楕円形の中は真っ暗闇になっており、奥を見通すことは出来ない。
「どうぞ、こちらのゲートへお入りください」
話には聞いていたが、本当にこの中に入るんだな。まあ、安全なんだろうけど、一切先が見えないだけにちょっと躊躇してしまうな。
「ゲートの中にお入りになったら、立ち止まらずに歩き続けてください。まっすぐ歩き続けますと、ミズガルズへ到着いたします。そこから先の指示は向こうで受けてください。
念のためご確認しておきますが、疎通の指輪は装着されましたか」
「あ、はい。大丈夫です」
俺は自分の指を掲げて見せた。親父から借りた金額の5分の2を使って購入した指輪だ。これをつけていれば、向こうの人とも普通に話す事が出来る。
「では、どうぞ」
「は、はい」
さて、いつまでも躊躇しているわけにも行かないだろう。
俺は意を決して、ゲートの中に足を踏み入れた。
最初はちょっとだけズボっと足が沈む感覚だったが、すぐに足場が固定されて、歩きやすい道路のような道になった。
とはいえ、辺りは闇に包まれていて何も見えやしない。少し不安になるが、言いつけられたとおりに真っ直ぐ歩き出す。
「さて、どれだけ歩けばいいんだろうな」
不安から、独り言をぶつぶつと呟きながら歩き続ける事約2分。
「お? 出口か?」
意外と終わりは早く訪れた。闇で包まれた視界の中に、楕円形に切り取られた枠が見えて来た。入り口と同じような形だな。
その向こうは見通すことが出来なかったが、枠組みだけがはっきりと浮かび上がっているので、そこが出口だと予想が出来る。
「この向こうがミズガルズか……」
まだ何かを成し遂げたわけでもないのに、妙な感慨を覚える。
「さあ。ここから俺の新しい人生が始まるんだ。行くぜ!」
俺は勢いをつけてゲートから飛び出した。
「うおっ、眩し……!」
先程まで闇の中にいたせいか、急に降りかかってきた光にしばし視界が奪われる。
腕で目を庇いながら、少しずつ光に慣らしていく。完全に慣れたのを確認したら、腕を取っ払って、改めて視界を戻す。
「ふおお……!」
知れず、感嘆の声が零れた。
目の前に広がる光景は、まさしく自分が長年夢見て来た理想を体現するかのようだった。
ゲートから出て来た俺は、どうやら山の中腹辺りに立っているらしかった。
目の前には崖がそびえていて、その向こうにはファンタジックな世界が広がっている。
まず目に付くのは、何といっても都市群である。周囲を堅固な城壁に囲まれた都市は、立ち並ぶレンガ造りの家々も相まって、ロマンを感じさせる。それに加えて、中央にそびえる大きな城がたまらない。きっとあそこには、たくさんの騎士や魔導士が使えているのだろう。
目に付くのは都市群だけでは無い。その背後には、街を見下ろすように巨大な山脈がそびえている。都市の右手には大きな森、左手には大きな湖……もちろんそれだけではないのだが、兎に角雄大な自然に囲まれた都市であることは一目でわかる。
あの一つ一つの自然も、きっと地球とは全然違う生態系を築いているのだろう。そう思うと、少年時代に置き忘れてきた冒険心を呼び起こされるような心持ちだ。
「ようこそいらっしゃいました。本日、新たにフィルセント王国へ移住される方でございますね?」
絶景に気をとられて気が付かなかったが、黒い燕尾服でビシッと決めた初老の男性が近づいて来ていた。
ルックスとしてはイギリス人とか、フランス人とか、その辺りに居そうに白色人種と言った感じだ。疎通の指輪のお蔭で、そいつが日本語を話して聞こえるものだから違和感が凄い。
「ええと、そうです」
「証書を見せて頂いても構いませんか?」
「どうぞ」
準備していた書類を手渡す。
「拝見させて頂きます。お名前は……高藤高馬様。国籍は日本。移住先はギルメリアでございますね?」
「はい、そうです」
俺の移住先は、正確には『フィルセント王国第三都市アルスリオン侯領ギルメリア』と言う。長いので普通はギルメリアと言う。
因みに、『ミズガルズ』というのは、俺らの世界で言うところの『地球』と同じような範囲を表す言葉だと思ってもらって結構だ。
「確認が取れました。こちらへどうぞ」
執事然とした男性に先導されて歩いていくと、馬車が二台ほど停まっていた。
「ギルメリアへはこちらの馬車で移動して頂きます。他の方が揃い次第出発いたしますので、前の方の馬車にお乗りになってお待ちください」
「分かりました」
言われるままに、前に停まっている馬車に乗り込む。
いやー、馬車に乗るのなんて初めてだからわくわくするな。
「失礼しまーす」
一声掛けて、馬車に乗り込む。
中には既に3人の男が乗り込んでいた。
3人共ちょっと小太りで眼鏡をかけたオタク臭い男だった。
「えっと、よろしくお願いしまーす」
俺が爽やかに挨拶したというのに、3人共何の反応も示さなかった。
感じの悪い連中だな。
……まあ、いいさ。向こうの世界に行ったら、基本的には一人一人別の生活を送ることになる。こいつらと仲良くしなければいけない理由も無いんだしな。
俺は腕など組みつつ、瞳を閉じた。こういう時は寝たふりでもして待っているに限るな。
学生時代の経験を十分に発揮して相談した俺は、静かに瞳を閉じた。
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