飽くなき野望を胸に

『それじゃあ、かんぱーい!』


 俺は、メールで呼び出した鈴木、石井と杯をぶつけた。

 こいつらは大学時代の友人で、ただ二人今でも俺と付き合ってくれる連中である。

 因みに、鈴木は医療器具の営業、石井は警備員をやっている。

 

「なあ、高藤。そろそろ教えろよ、何で今日俺達を呼び出したんだ?」

「良いことって何があったんだよ」

「ふっふっふ、焦るな焦るな。まあ、これを見ろ」


 俺は件の手紙を二人に見せた。


「何だこれ。えーっと、なになに……ん、んん? おい! これって!」

「ああ、『ミズガルズへの移住を許可する』って……」

「その通り! 俺はミズガルズへ行くことになりました!」

『ええええええええええええーっ!!!???』


 鈴木と石井が大声を上げて驚く。他の客が何事かとこちらに視線を向けてくるが、俺は構わずに続けた。


「凄いだろ? 0.1%以下の確立だぜ?」

「あ、ああ……凄いな」

「でも、これ、お前……行くのか?」

「あ? 何を当たり前のこと言ってるんだ? 行くに決まってるだろう。折角当たったんだぞ?」

「だが、お前、ミズガルズだろ? 全くの異世界だ」

「そ、そうだな。危険とか一杯あるらしいぞ」

「ばっか、おめえ。そんなのは織り込み済みよ」

「織り込み済みって……お前本当に知ってるのか?」

「馬鹿にすんなよ。俺は本気で行くつもりだったんだ。必死で調べたさ」


 『異層世界ミズガルズ』。約40年前に日本と接続された異世界だ。

 エルフやドラゴン、ゴブリンなどと言った空想の中でしか存在しないと思われていた生物が、普通に存在する世界。科学的な水準は地球よりはるかに劣るが、代わりに魔法が発達しており、地球とは全く違う文化体型を築いている。

 確か、一番最初のゲートは東京の豊島区に生まれたんだ。最初は危険があるかもしれないという理由で完全に封鎖されていた。

 その後、警察や自衛隊などを動員した捜査を経て、向こうにも世界が広がっており、しっかりした文明を持った人々が生活していることがわかった。

 最初はお互いにコミュニケーションをとるのに苦労したが、ミズガルズの人間は魔法に優れており、お互いの意思の疎通が簡単にできる魔法具が発明された。

 これにより互いの理解は飛躍的に深まり、お互いの利益を求めて取引が行われるようになった。最初は物資的な交換しか行われなかった二つの世界だが、最近になって大々的に人間の移住が許可されるようになった。

 しかし、ファンタジーな世界に憧れを持った移住希望者は多すぎて、地球とミズガルズが共同で設置した『ミズガルズ入界管理局』によって移住できる人間が選定されている訳だ。


「まあ、危険は多いらしいが、どうも俺達地球の人間は、平均的にあっちの世界の人間より強いらしいじゃん? 大丈夫だろ」

「確か地球の方が重力とか酸素濃度とかが過酷だから、普通に生きていても向こうの鍛錬を積んだ人間と同程度の強さになる、とかいう理論だったか? 俺はちょっと眉唾だと思うけどな」

「それに、強くなるのは腕力だけらしいぞ。すぐに魔法が使えるようになったりはしないらしい」

「腕力だけでもいいだろ。強くなるんだから」


 しかし二人は、曇った表情のまま続けた。


「だがな。ミズガルズに一回でも行った奴は、日本での再就職は難しくなるらしいぞ」

「それは俺も聞いたことあるぜ。なんか、現実逃避した人間だとみなされるんだと」

「いいんだよ。俺は端から日本に戻ってくるつもりなんてない。向こうで就職できりゃあ、それでいい」

「だがな、向こうの世界の人間は、日本ほど親切じゃないぞ」

「スリとか殺人とか、普通にある街だぞ? やっていけるのか? やめておいた方が良いんじゃないのか?」

「その辺はギルドに所属したらある程度面倒は見てもらえるだろ?」

「だが、そのギルドだって良し悪しあるだろ」

「粗悪なギルドを引いたら、悲惨だぞ?」

「なんだ、お前らさっきからマイナスなことばかり言いやがって。少しは友人の朗報を……」


 その時気付いた。成程、こいつらがこんなことを言い出した理由がわかったぞ。


「お前ら、さては羨ましいんだな?」


 その時、二人の体がビクッと震えるのを、俺は見逃さなかった。


「お前ら、さてはあれだな? 今の仕事が辛くて、辞めたくて、ミズガルズに移住を希望した。だけど落ちたから、俺に嫉妬してるんだろ?」

「な、何のことかな?」

「さ、さっぱりわからないな」

「強がんなよ。お前らが普段、どれだけ職場で苦労してるかは、日頃の話で分かってるからよ。本当はお前達も移住したかったんだろ?」

「そ、そんなことは……」

「そうなんだよ!」


 石井が先に折れた。


「必死で働いて、正社員になったのに、給料は大して変わらないし、なのに残業時間は増えるし、上司の小言は増えるし、今までの仲間は裏切り者みたいな目で見てくるし……俺はこの環境から逃げ出したかったんだ!」

「俺……俺もだ……毎月毎月、ノルマノルマノルマ……休みの日でもノルマがよぎってどうしようもない、生きた心地がしないんだ! 俺もミズガルズに移住して、ファンタジーな世界で生活したかったんだよ!」

「くそう……何で真面目に働いてる俺達が落ちて、無職のお前が通るんだ」

「泣くな、石井。俺は無職の方がこれは通りやすいとか、噂を聞いた事があるぞ」

「そうなのか? くそ! こいつが無職だから!」

「無職だから!」


『無職』を強調するように二人は言う。いつもなら本気でムカついていただろうが、今は勝者の余裕かな? 全くムカつかない。


「ははっ、まあそう嘆くな。お前達の分も幸せになってやるからよ。

 ああ、憧れのミズガルズ。そこではきっと薔薇色の人生が待っている。

 俺は天才的な剣と魔法の才能を発揮して世界を救っちゃったりなんかして、英雄と崇め奉られて、億万長者になって、ハーレムを築いて、童貞を捨てちゃったりするんだろう!」

「いや、高藤。流石にそれは……」

「ネット小説の読み過ぎなんじゃないか……?」

「はは、嫉妬するな、嫉妬するな。俺は全ての理想を手に入れて見せる! 何せ俺は、ミズガルズに移住するのだから! はーーはっはっはっはっはっはっはっ!」


 そうして俺は、店員に『他のお客様の迷惑になるから』と止められるまで高笑いを続けたのだった。

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