1から始めるギルドマスター

篠崎勇

ミズガルズへの誘い

 ピンポーン! とインターホンが鳴った。


「まさか、来たか!?」


 走って玄関に向かう。


「郵便でーす。こちらに印鑑かサインお願いしまーす」

「サインで、はい、はい」

「どうも、ありやっしたー」


 この程度のやり取りすらもどかしい気持ちで、俺は封筒を受け取った。

 送り主を見てみる。そこには『ミズガルズ入界管理局』の文字が。


「遂に来たか!」


 俺は逸る気持ちを抑え、慎重に中の手紙を取り出した。

 この手紙の内容に俺の運命が掛かっていると言っても過言では無い。

 どうか、頼むぞ……と祈りながら、手紙に目を通す。


『おめでとうございます。貴方はこの度、ミズガルズへの移住を許可されました』


「いよっしゃあ!」


 視界に飛び込んできた一文に、リアルに歓喜の声をあげた。

 やった! やったぜ! これで俺は勝ち組確定! 薔薇色の人生が待っている!

 

「ちょっと高馬? 何を騒いでるの?」


 台所からおふくろが顔を出した。


「見てくれよ、おふくろ! これ!」

「なに? 手紙? ええと、なになに……『貴方はこの度、ミズガルズへの移住を許可されました』……高馬! これって!」

「ああ! これで俺もミズガルズへ行けるぜ!」

「やったじゃないの! 高馬! 今日はお祝いしましょう!」

「ああ! ありがとな!」


 普段は俺のことを邪魔者扱いしかしないおふくろだが、今日ばかりは喜んでくれて……。


「これでやっと、あんたも家から出て行くのね! あ~清々するわあ!」


 ……うん。喜んではいるんだけど、何か違うね、それは。

 まあいい、おふくろの嫌味も今は気にならないぜ。何といったってミズガルズへ移住できるんだからな!


「母さん、どうした? 何かいいことでもあったのか?」


 今の方から、親父まで姿を現した。こんだけ騒いでたら気になるのも当然か。


「お父さん、高馬が遂に家を出て行くんですよ!」

「えっ!? 無職で穀潰しの高馬が!?」

「ええ。根性無しで役立たずの高馬が!」

「寄生虫同然の高馬がか!?」

「ええ、ニートで社会不適合者の高馬が!」

「馬鹿で阿呆で……」

「いつまで言ってんだあんたら!」


 どうしてこう、俺の両親と言うのは息子の悪口がスラスラと出てくるんだよ。

 そして二人共、素直に喜ぶ気なんて微塵も感じられないし。


「しかし、どういう風の吹き回しなんだ? 無収入の高馬が家を出るなどと」

「これですよ、お父さん」

「これは? 『ミズガルズ入界管理局』? という事は……成程。移住の許可が出たのか」


 親父はうんうんと頷いていたが、ふと思案気な顔になった。


「まあ、事の経緯はわかった。しかしこれ、確か最初に少し金がかかるんじゃなかったか?」

「え、そうなんですか?」

「ああ、そうなんだ。たしか、意思の疎通を可能にする指輪の購入とかで、50万ほど掛かるはずだ」

「50万……」


 あまりの金額に、おふくろが目をひん剥いた。


「高馬。あんた、そんな大金持ってるの?」

「持ってるわけないだろ。俺の預金残高は2万4千円位だぜ?」

「馬鹿。威張る事じゃないでしょ。どうするの? その金額」

「それについてはたいへん心苦しいのだが……頼む、親父! 貸してくれ!」


 両手を合わせて親父に頭を下げる。

 俺だって本当はこんなことしたくないのだが、背に腹は代えられない。


「貸してってあんた……まともに返したこと無いじゃない!」

「いや、母さん。いい。貸すなどとけち臭い事は言わん。くれてやろう。50万」

「いいのか!? 親父」

「いいんですか!? お父さん!?」

「いいんだ。かあさん。考えてもみるんだ。ミズガルズに行けば、そう簡単に戻ってくることは出来ないんだ。 

たった50万だ。たった50万で、もう二度とこいつの顔を見なくて済むんだぞ?」

「そ、そうね。手切れ金だと考えると、むしろ……」

「うむ。安い方だと言えよう」


 本人の前でなんちゅう会話を交わしてくれるんだ、こいつらは。

 ……とは言え、俺は金を借りる立場。あまり強く出ることは出来ない。


「あ、ありがとよ、親父、おふくろ……。じゃあ、俺は準備とか色々考えたい事が有るから部屋に戻るぜ」


 俺は親父から手紙をぶんどって、部屋に戻った。

 扉を閉めて、鍵も掛ける。


「ふう……」


 一人になって一息つくと、改めてひしひしと喜びがこみあげてくる。

 『異層世界ミズガルズ』。ここへの移住は、年に数十万が希望すると言う。しかし、選ばれるのは百人にも満たない。俺は0.1%以下の栄光を勝ち取ったのだ。

 ああ、この喜びを一人で抱え込むのは勿体ない! 誰かと分かち合わねば。

俺はアドレス帳の中から、付き合ってくれそうな2人をピックアップしてメールを送ることにした。『今日、良い事が有ったんだ。報告するがてら、何処かで飲まないか?』

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