第4話 アイドルじゃなくても、それは変わらなかった

~とあるネットの書き込みより~

【YR! バク転!!】

【すげー】

【歌も踊りもかっこよかった】

【CD買う!】

【昔いじめられてたことあるからぐっときた。CD買おうかな】

【つか最近のアイドルバク転しなくなったよな。昔めっちゃしてたのに】

【↑その世代だったから、今回YRがバク転してくれてアイドルってやっぱりバク転するものだよなって思った】

【皆やっとYRのすごさに気づいた!! 嬉しい!】

【YRはこれからもがんばって欲しいアイドル】






 アイドルになると、自由に外を歩けなくなったりとかするんじゃないだろうか。とか考えていた時期がボクにもあった。しかし実際は、メガネをかけたり帽子をかぶったりするだけで、意外と人ごみに紛れることができるのだ。それは一重にボクらの知名度が云々というわけでは決してなく、皆がスマートフォンをいじっていたり、自分の世界に視野を狭めて、周りを見ようともしていないからだ。

 とは言っても、なって一年しか経ってないとはいえアイドルが、あまり人の来ない立地の悪いラーメン屋さんでラーメンを食べているのも、どうかとは思うけど。


「おや、坊ちゃんたち今日も来てくれたのかい、ありがとよ」


 ラーメン屋の店長さんは五十代後半くらいの、少し白髪の混じった髪が特徴的な優しそうなおじさんだ。この店は中年男性や近所に住んでいる家族連れが主な客層らしく、実際今も、女の子と男の子を連れたお母さんがテーブル席でラーメンを啜っている。ボクらのような若い層の人間は少ないので、顔をすぐ覚えてくれた上に呼び方は「坊ちゃん」だ。


「大将、オレ味噌ラーメン、チャーシュー丼セットで」

「あいよ」

「ボクは、えっと、塩ラーメンの……ミニチャーハンセットで」

「おう」


 いつも座るカウンター席に座って、ボクらはラーメンの出来上がりを待つ。

 鶏がらスープのいい香りが食欲を刺激してくれている頃、「あれ?」というかわいらしい声が聞こえた。


「おにいちゃんたち、テレビのひと?」


 瑠衣センパイのパーカーの袖をくいくい、と引っ張ったのはテーブル席にいた、小さな女の子。よく見ると小学校に入学してないくらいの年齢だ。ピンクのパーカーに白のふわふわとしたスカートを合わせている、えらくお洒落さんなのはお母様の教育だろうか。


 こんな小さな子に知ってもらえるほどの存在になったのか、感動だ! というのが普通の感想なのだろうが、「さて、ボクらはこんな子に知ってもらえるほどの番組に出ただろうか」と一瞬記憶を探るのが先だった。それがこの前までの話。今は


「あー、やっぱり! ママ―! こないだママのすきなばんぐみでクルンってしてたひと!!」

 頷くいてみると、こういう反応が出てくるあたり、あのバク転が視聴者には印象に残っていたらしく、こんな風にバレた時は決まって「あのバク転の!」と指差されることになってしまった。

 YR=バク転と印象付けられて、次のハードルが上がってしまうので勘弁していただきたいのだけど。


「こら、まな! ……えっ!!!?」


 この小さな女の子はまなちゃんと言うらしい。

 連れ戻しに来たお母さんはボクら、というか瑠衣センパイを見て「えっ」と言って、そして、奥のボクに気づいてもう一度「ええっ」と声を上げた。


「あ、あのYRの……?」

「「はい、そうです」」


 それくらいしか返せなかったけれど、それで十分だったようで、お母さんは意気揚々というかはしゃいだ様子で瑠衣センパイと握手をした。ついでのようにボクと握手をする。


「坊ちゃんら、なんか有名人なのかい?」

「あれ、大将に言ってなかったっけ。ボクらアイドルです」

「こりゃたまげた」


 たまげたって日常会話で初めて聞いた。


「えっと、サインって置いといてもらっていいんかな?」

「いいよ。あとで書くね」

「あ、あの私もいいですか!?」

「いいですよ」


 まさかのラーメン屋でこんな展開になるとは思ってもいなかった。小っちゃい子怖い。


「でもママどりーむきゃっちゃーのほうがすきって」

「こら!」

「あはは、まなちゃん素直だねー」


 ドリームキャッチャーというのは、四人組のアイドルのことだ。

 デビューはもちろんボクらより早いし、何より実力も人気もある。たまたまあった主婦がボクらよりそちらの方が好きというのは不思議ではない。悔しくないとは思わないけども。

 ちなみにドリームキャッチャーのメンバーの一人、前川進は『恋のあまおと』にて瑠衣センパイとドラマで共演した。


「大将ラーメン早く」

「あ、すまんね」


 なおこの状況下でも普通のテンションでいられるのが瑠衣センパイである。手にはお母さんから「ここにお願いします!」と手渡されたスケジュール帳とサインペン(辻さんに持たされている)がある。


「あの、今度、確かVSドリキャに出るんですよね」


 VSドリキャはドリームキャッチャーと何かしらの対決をするというバラエティ番組だ。番組専用HPだったり、何かしらのネットツールでゲストの公開はされていて、一般の視聴者も一か月先のゲストを確認することができるシステムになっている。

 収録は終了しているから、別にここで頷いても何の問題はない。


「そうなんです」

「楽しみにしてます!」

「ママ、まなも見れる?」


 たぶん時間的な問題だろう。VSドリキャはゴールデンタイムに放送されるので、小さい子も見れると思う。


「見れるよー、一緒に見ようね」


 そうこうしているうちに、席にいた息子さんの方がぐずり始めてしまったので、お母さんが会計を済ませた。


「おにいちゃんたちバイバーイ」

「「バイバーイ」」


 まおちゃんに手を振ったところで、ようやくラーメンが出てきたので、割りばしを割る。


「アイドルの一日保育士さんみたいな企画ないかな」


 と、小皿にキムチを入れながら瑠衣センパイが言った。人がラーメンを啜った直後に言うものだから、少しむせてしまって、ラーメンが口の中で舞う。数回咳をして、飲み込んだあと、水を口に入れる。


「何かむせるようなこと言った?」

「いや、なんか。え、瑠衣センパイって小っちゃい子好きだったっけ?」

「嫌いではない。妹はいないし」

「弟もいないじゃん」

「お前が弟みたいなもんだと思ってるから、逆に兄貴がいない感やばい」

「うん、そんな軽く言うことじゃないかな」


 瑠衣センパイのお兄さん、というのはいわゆる異母兄弟。つまり正妻の息子さんで、瑠衣センパイより九つも年上で、その上瑠衣センパイが父親に預けられたのがちょうどお兄さんが受験期だったらしくて、お兄さんと関わったことは本当に数回しかないらしい。


 あとボクを弟みたいに思っているというのは初耳だ。


「あんたら、兄弟じゃないんかい?」

「え、違うよ、大将何言ってんの」


 ボクらはビジュアル的に似ている要素が一つもない。

 瑠衣センパイは正真正銘切れ長の目をしたイケメンだけど、ボクは身長も低ければ童顔で、一つ違いだというのに本当はもっと年齢差があるのではないかと言われるのもしばしばだ。


「いや、雰囲気が兄弟かと思わせたんだが。そうかい、友達かい」

「相棒っていう方が正しいかな」


 天然恐ろしい。そういうことをさらって言える瑠衣センパイが、たまに本当に恐ろしくなる。ボクはおそらく赤くなっているだろう顔を伏せつつ、チャーハンを口に運んだ。


「いいねぇ、そういう絆は一生もんだよ」


 そして店長も店長で恐ろしい人だった。


 あれ、これボクがおかしいのかな、なんて思ってしまうけどボクは正常だ。

 なんでボクが恥ずかしい思いしながらラーメン食べなきゃいけなくて、言った本人は平然とチャーシューにかぶりついているんだろう、世の中おかしい。

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