第3話 アイドルは顔だけではありません
Mスタ。
「Music Stadium」が正式な名前で、毎週金曜日に放送されている音楽番組だ。昔はオーディション式の番組で、誰が一番うまいかで競い合っていて、一年に勝者同士をトーナメント式に競わせて、優勝者はデビューの権限が待っていたという番組だったが、今はただのアーティストが新曲を披露するための番組になっている。
数か月前「ハピバレ」を披露させてもらった番組でもある。デビューしてから一周年が立ったことを記念して、全曲新曲のアルバムを出す宣伝にと、その中の一曲を歌う予定だ。
番組収録のため、マンションまで迎えに来てくれた辻さんの車に乗り込む。
「オレも免許取ろうかな……」
「いい考えだと思うけど、怪我には気を付けてね」
「え、オレ最近事故とかあってないよ?」
こないだ傷害事件に遭ったことは、彼の中では大したことではないらしい。天然怖い。
「ああ、うん。そっか。いいや」
辻さんも呆れてエンジンをかけた。
「ボクらアルバム出すってよ」
シートベルトを締めながら、ボクは言った。
「何急に」
「いや、なんかね」
去年はこんな風になるとは思ってもいなかったのだ。
こんなにとんとん拍子で話が進んでいいものだろうか。とは何回か考える。
「まぁ、話進むの速すぎとか考えなくはないけど。進めるうちに進んどいたほうがいいかなって」
「……」
この人本当に素面でこんなこと言えるのだからすごい。
どういう風に育ったらこんな考え方できるのだろうとか思うけど、思ったところで無駄だった。
瑠衣センパイはまたMP3プレイヤーを取り出して、イヤホンを耳に差し込む。多分この間レコーディングした新曲を聞いている、というかこの間録画した新曲のダンスまで復習している。
「ルイ君は本当に真面目だね」
「そう? お前も確認する?」
「する」
イヤホンを片方借りて、MP3プレイヤーを覗き込む。バックがレッスンの練習部屋なのが何とも言えないが、曲もダンスも格好いい。ボクらがじゃなくて、振付と曲調が。
「このダンスさ、しんどくない?」
曲調がかっこいいので、キレがいいというのか、動きが激しいダンスになっている。一曲で体力を相当持って行かれる。
「しんどいね」
「ライブとかでやるんだったら序盤か?」
「そうだね」
というかまずライブとかするのかすら聞いてない。けど辻さんがおかしそうに笑っているから、確定ではないけれど、ライブはやることになるんだろう。1stアルバム出るし。
「辻さん、そろそろ白状してもらってもいいか。前々から社長となんか話してただろ」
「ああ、ごめんごめん。そうだね。1stライブはやるよ。十一月に」
現在、六月。
アルバムの発売が確か来月だったはずだ。
「アルバム発売が七月で、ライブが十一月か」
「なんだよ、ゆうき」
「いや、気づかないんだったらいいんじゃない?」
七月は瑠衣センパイの誕生月で、十一月がボクの誕生月だ。
イベントを誕生月とかぶらせるとは、社長たちもなかなか粋な計らいをするものだ。
「でもボクら、曲少なくない? アルバム曲合わせても十八曲?」
デビューシングルで三曲、セカンドシングルで三曲、アルバム収録予定曲が十二曲
で、計十八曲だ。ライブをやるならもう少しくらい必要だとは思う。
「あー、これはまだ、内緒なんだけどね。ライブ初披露の曲が三曲用意してあって。そのうち二曲は君たちのソロ曲なんだ」
ソロ曲……だと。
「そろそろ二人のソロが聞きたいって言う声もあってね。どうせだから1stライブでお披露目しようかと。CDに収録するのはまた別の機会に、まぁしなくてもいいんだけど」
いい曲だと思ってくれてもCDとしてファンの人の手元に届くのは、また先の話ということか。なかなかファンに優しい企画だ。というか辻さん今しなくてもいいって言った? 1stライブでやったソロ曲をCDに入れなくてもいいって言った?
「要望出たらやるんだろ、気にすんな」
「ボク今声に出してた?」
「……何が?」
わかってないのに、ボクが考えてたことを当てているのかこの人。
「お前が考えることは大抵わかるだろ?」
「だからボクは声に出してないんだってば! いい加減にしてよこの天然ボーイ!」
「? オレは別に天然じゃないだろ?」
「天然はみんなそういうんだよ!」
そんな漫才のような会話をしているうちに、スタジオに到着した。途中で辻さんが笑いこらえ切れてなかったのが気になるけど、まぁいいや。
舞台裏。登場口はもう目の前で、ボクらの登場は三十秒後。イヤーモニターが取れないようにしっかりと用心してから、スタッフさんの指示に従い、舞台に上がる。
「きゃあああああああああああ!!!」
耳をつんざく歓声と、眩しいくらいの照明に目を細めないように努めつつ、出入り口でまず一礼。歓声の方向に手を振ってから、電飾付の階段を一段一段降りていく。カメラの向こうに聞こえるかどうかはわからないけれど、心臓の鼓動がドクドクと音を立てるのが、どうしてかよく聞こえたし、耳障りでもあった。
もうテレビに出るのは何度目かになるのに、未だに緊張するのはやっぱりボクが未熟だからだということだろう。
出演者が全員出たところで席に着き、いったんCMを挟んで、トップバッターの僕たちの曲を披露する前のトークタイムに入る。
「YRさん、こんにちはー」
「「こんにちはー」」
「今日は衣装……かっこいいねー」
司会の人がボクらを上から下まで舐めるように、というと言い方が悪いけどそんな風に見て言った。
「「ありがとうございます」」
「それは、制服?」
「っぽく作ってもらいました」
ボクが答える。
今回の衣装は、ボクは濃紺の生地に隣り合った赤と緑の線でストライプの柄を作ったジャケットに、白のブラウスに、水色のネクタイ、白のパーカー、黒のスラックス。瑠衣センパイは、パーカーの代わりにブルーのベストだ。披露する曲はいじめにあった学生の逆襲撃がテーマで、それになぞらえて作られている。
「ちなみに二人の学生時代の思い出は?」
このセリフは台本通り。ボクらの返答は、別に台本はなかったのでリハーサルでも言わなかった。今度は瑠衣センパイが答える番だ。
「そうですね……なんかずっと一緒にいたよな?」
「いたねー」
「図書室でずっと過ごしてて……、オレら本好きでもないのになんでだろうな?」
「うーん、あそこが一番居心地良かったからね」
瑠衣センパイが読書家であること以外は、この返答は事実以外の何物でもない。
中学の出会いの場も図書室だったし、高校時代は図書室でずっと過ごしていた。
放課後はレッスンに勤しんでいたし、アイドルとして語るような学校生活をボクらは送っていない。
「へぇー。そういえば、今回初のアルバムを発売されるとか」
学校の話を区切って、司会者さんが瑠衣センパイに話を振る。
「そうなんです、七月二十四日発売です」
「おちゃっかり宣伝していくねぇ。皆チェックしてね! ではお二人ともスタンバイよろしく!!」
「はーい」
司会者さんたちがボクらのことを他のアーティストと少しだけ話した後、タイトルコール。
「それでは、YRさんで『RESPONSE』」
真っ黒に塗りつぶされたステージに、薄い青の電光が刺さる。
それと同時に、音楽がスタートした。
『5×7の世界の中……』
初登場だった『ハピバレ』はとってもキラキラしたサウンドで可愛らしい曲で、可愛い妖精の格好で踊っていた。どちらかというと歌が主役で踊りは飾り、マイクを手に持って振付程度にしか踊っていない。
でも今回は違う、イヤモニをつけて両手は自由自在に動くし、靴もブーツではなくスニーカー、動きやすさを重視した衣装だ。目的は、「顔だけのアイドル」というボクらを否定的な目で見る人たちを、驚かせることにある。
大人数いるユニットみたいにフォーメーションチェンジで魅せることはボクらはできない。ならばせめて、磨き上げてきたダンスで、パフォーマンスで、観客を虜にするしかないのだ。
『所詮この世界の中でしか生きられないのは、君も同じだろ』
披露する長さは二分強。
その短い時間の中で、ボクらはファンを増やす。皆が笑顔になることだけじゃなく、目を丸くして、ボクらから目を離せないようにするのだ。もちろん、カメラや観客に視線を向けるのも忘れない。
見て、見られて、魅せるのだ。
汗が、顔の輪郭をなぞるように流れる。少しばかりの間奏、打ち合わせではカメラは瑠衣センパイを映すから、ボクは観客に目を向ける。
一人の観客と目があった。
見覚えはある、遠く離れているけれど、その人だと確信が持てる。長い茶色の髪、優しい瞳、紫のタートルネックシャツ。三年前まで、ボクが会いたくても会えなかった人。一年に一度、帰ってきてはボク言う一言は「いつもごめんね」のたった一言。
もっと明るく笑ってほしいのに、申し訳なさそうに眉をひそめていたその人は、穏やかにけれど確かに、笑っていた。
――母さんだ。
間奏が終わり、ラストサビに入る。こみ上げる嬉しさを必死に抑えて、ボクは歌い切り、下でハモっていた瑠衣センパイの伸ばしが終わって、ボクを見た。
「行くぞ」
瑠衣センパイが目でそういったのがわかって、同時に両腕を前に大きく振り、足を曲げ、床を思い切り蹴る。
腕は頭の上に伸ばしたまま、背筋を伸ばして体全体を大きく反ると、暗いスタジオの中で眩しいくらいに光る照明がよく見えた。後ろはコンクリートに近い床だから恐怖がないわけではない。でも、そんなことよりも
今この瞬間、幻滅されてしまう方がボクは怖い。
手を床に着けて、視線を逸らさず床を見つめながら足を振りぬき、着地。
「顔だけ」のアイドルが二人そろってバク転を決めたことはよほど衝撃だったらしく、歓声が上がった。
「わ、YRさんありがとうございました! 一旦CMです!」
鼓動の音交じりに司会の人がそう言ったのが聞こえて、ボクは目を閉じため息を吐く。
「大丈夫か? 手ついたりしなかったか?」
自分も同じことをやったくせに自分の心配もせず、さっさとボクの心配を始めてしまうあたり瑠衣センパイらしいけれど、少しだけ腹が立つ。
「自分は大丈夫だったの」
「問題ない」
「あっそ」
「なんか怒ってんの?」
「ううん」
少し、鼓動がうるさいだけだ。
それがバク転が決まった安堵から来たものなのか、激しい運動をした後だからなのか、それとも、胸騒ぎなのか。
「ルイ君」
「何」
「来てた」
「……誰が」
「母さんが、来てた」
嬉しさ半分困惑半分の心境を、瑠衣センパイに伝える。
ボクがあんなにも見たかった笑みをあの人は浮かべていた。それが、とても不吉なものにも見えたのだ。
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