第十四話 二人の不覚人

 父が信頼に名簿を提出し、恭順の意を示した二十五日の時点で、彼が手にしていたのは、後白河院と帝の身柄、そして源氏の武力。これに平家の武力が加わったのだ。この時の信頼は大いに喜んだという。

 後の世の人間は、みな信頼が父を信じ切ったことを「無能だ」「暗愚だ」とけなすが、同じ敗軍の将、しかも信頼と同じく戦を知らぬままに大将となってしまった私には、信頼の気持ちがよくわかる。


 父や兄弟のような優れた大将ならば、入ってきた知らせを決して鵜呑みにはしない。常にその裏を読み、裏切りの兆しや、敗北の芽生えを感じ、それを摘み取ることができる。おそらく源氏の義朝も、そして頼朝もそうだっただろう。

 しかし、信頼や私のような者はそうではない。その場で恭順の意を表したら、それがすべてなのだ。今となっては、とても愚かしいことである。


 信頼の転落は、父の裏切りを疑うことができなかった時点で、既に始まっていた。その父と密かに通じていた新大納言経宗、別当惟方らの手引きによって、二十五日の夜、院は弟の覚性入道親王が門跡を務める仁和寺へ、帝は六波羅の父の元へそれぞれ向かわれた。

 そしてそれに呼応して関白以下の公卿、諸大夫もまるで潮が満ちるように六波羅に集ったという。勝負は、決まった。


 二十六日の朝、目覚めた信頼はすべてを失っていた。

 信頼は自ら走り回って、院や帝の居所を確認するほどに狼狽しており、もはや大将としての威厳も、風格も、あったものではなかったという。

 その代わりに大将格として我々平氏に立ち向かったのは、左馬頭義朝の一党であった。院と帝を失ってからの信頼は、なんの衒いもなく義朝に赤子のようにすがる一方で、まさに「日本一の不覚人」であった。

 しかしそんな義朝の味方は、自らの一族以外に残されてはいなかった。同じ源氏でも頼政ら河内源氏の一党には離反され、もはや都は源義朝とそれ以外全ての武士が戦う、という様相を呈していた。


 その後の信頼と義朝の衰勢は、世の人の知る通り。信頼は、慣れない武装のまま逃げ回った挙句、落人狩りに身ぐるみを剥がれたあられもない姿で捕われ、処刑された。義朝は奮戦ののち、都からの脱出には成功したが、身を隠した尾張国で裏切りに遭い、殺された。


 この戦は、われら平氏方の大勝利に終わった。しかし、平氏の中で唯一強い敗北感を味わった者がいる。ほかならぬ私だ。

 私と忠度叔父らの一行は父の一行から遅れること数日、父が信頼に名簿を提出する直前になってようやく都へとたどり着いた。父はもはや私が落人狩りにでも遭って落命したと思い込んでおり、信頼に出す名簿から私の名を削る寸前であったらしい。


「馬鹿者!いくらくたびれていたとはいえ、寝坊でわれらに遅れをとる奴があるか!そなたのような者が平家の末席を汚すこと、わしは許せぬ!」

 当然のごとく、重盛兄からは厳しい言葉が浴びせられた。父に至っては、命からがら舞い戻った私に会ってすらくれなかった。

「信頼めは日本一の不覚人じゃと頼政殿が申しておったが、切目王子で目覚めなんだそなたは、さしづめ平家一の不覚人じゃな!ハハハ……」

 いつものように基盛兄も、おどけつつ私の傷に塩を塗り込んでくる。平家一の不覚人、悔しかったが何も言い返すことはできず、私はそのあとずっと泣いていることしかできなかった。


 そんな平家一の不覚人となった私ではあったが、乱後の除目で遠江守となった。その理由は、「乱の鎮圧に功あり」であった。いったい何の功が、この私にあったというのか。

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