第十二話 忠度と熊若

 翌朝私が切目王子で目を覚ました時、私の周りには誰もいなくなっていた。

「父上ぇー!!兄上ぇー!!誰かおらぬかー!景家!景経!!誰か!!」

 大きな声で呼ぶが、誰も返事をするものはない。一体何があったのか。私はなぜ置いていかれたのか……何の手がかりもなく、茫然としたまま私はその場に立ちつくしてしまった。


 その間も私を除く平家一行は動きを止めることはない。六波羅からの使者は私たちだけでなく、同時に熊野別当の湛増へも差し向けられていた。湛増は直ちに配下の武者二十騎を指し向け、合流させたほか、これに呼応して、紀伊の豪族湯浅宗重も数十騎で合流し、この時点で一行は百騎ほどとなり、一路都を目指すことになる。


 私は、疲れと足の痛みが抜けないまま、宿舎で数刻を過ごしたが、さすがに動かなくても腹は減るもので、空腹と疲れで心細さは増すばかり。一体どうすればよいのか、全く考えがまとまらないまま、いつ源氏がこの紀伊国まで攻めてくるのか、ということばかり考えていた。

 平家一行の荷物が散乱する宿舎の前で、一人佇んでいると、男の声が私に呼びかけてくる。

「そこにいるのは誰だ!」

 源氏か!それにしては早すぎる……。若い男は少し調子をやわらげ、再度私に呼びかける。

「宗盛殿でござるか?」

 なぜ私の名を知っているのだろうか?そもそも彼らは一体誰なのか?ゆっくりと近づいてくるのは男、いや少年、しかも二人連れだ。整った旅姿からは、それなりの身分の家の子であることがうかがえる。

 

 二人連れのうち、背の高い方の少年が、私に話しかけてくる。日に焼けているが、精悍で整った顔立ちだ。

「しかし、兄上もひどいことをなさる。たった一人で置き去りとは……のう、宗盛殿?」

「は?兄上、とは?」

 今、確かに背の高い方の少年が「兄上」といった。もしやこの少年は……

「申し遅れた。私は平忠度。亡き刑部卿さまの六男で、そなたの叔父じゃ!」

 以前祖母の池禅尼から、熊野に一人叔父がいると聞かされていたが、まさかこんなところで出会うとは……。

 いま一人、小柄な方の少年は熊若と名乗った。彼は明けて十二歳になり、私よりも年下で、忠度叔父とは父違いの弟だそうだ。熊若という名前とは正反対に、華奢で色白な、大人しそうな少年だ。

「宗盛殿よ、兄からの言伝を預かっておる。『そなたを置いて都へ向かったこと、すまぬ。湛快殿に頼んで、忠度ほか数十騎をつける算段をつけてもらった故、気を付けて都まで戻れ』だそうだ」

 

 本当にすまぬと思うなら、そもそも置いていかないと思うが、あの場で疲労困憊の私が居たとして、物の役になど立つはずがない。

 父の判断に妙な納得をしながら、私は忠度叔父と熊若ほか数十騎とともに、数日間かけて歩いてきた道を都まで戻ることになった。

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