第十一話 遺訓
我々平家が休息をとっていた
「父上、何としても都に戻りましょう!このままでは都は信頼らの思うままです」
「そうじゃ!源氏の武者ばらなど我らで蹴散らしてくれるわ!」
何としても都に戻ろうと主張する重盛、基盛の二人の兄達に対し、経盛、教盛叔父らは慎重だ。
「源氏の力をあなどってはならん。あやつらは我らが熊野へ発ったことを知った上で今回の凶行に及んでおるのだぞ」
「我らが都へ戻るまでの道中に、源氏が伏兵を忍ばせておるやも……」
二人の叔父は、ここはあえて都に戻るのではなく、一旦平氏が勢力を蓄えている西海へと落ち延び、再起を図ろうというものであった。
父は兄や叔父たちの話を一通り聞き終わると、次は家人たちに目をやった。都で散るか、西海へ落ちるか、という瀬戸際である。発言する勇気のあるものはいない。
しかしそんな中で口を開いたのは、もう齢七十を越えた
「殿、いや、平太様。爺は今でも思い出すことがございます。平太様が大殿に叱られて、泣きながらこの爺の元へ参られて……。見兼ねた爺が大殿のお躾が厳しすぎるとお諫めしたこと、一度や二度ではございませんでした。」
一同は突然関係のない話を始めた家貞を訝しがっていたが、幼い日の父や祖父との思い出を語りだす姿に、次第にその場はもらい泣きをする者や、古い思い出に浸る者ばかりになっていった。
ひとしきり思い出を語り合った後、家貞はふっと一息ついてこう切り出した。
「平太様、いや、殿!亡き大殿様は若い折から、熊野へ参られる際は、必ず具足をお持ちでしたぞ!おい!誰ぞわしの行李を持ってまいれ!」
軍議の場には家貞が持ち込んだ行李が続々と運び込まれていく。中からは続々と具足や武具がとりだされ、一行全員の分には足りなかったものの、父や兄たちが身につけるには十分な数がそろっていた。
この家貞の機転もあり、軍議の方向性は完全に決まった。すなわち、一刻も早く都へと戻り、院や帝を信頼の手から取り戻すことで、議論が一致した。
まだ夜は明けていなかったが、一行はまさに飛び立つかのごとき早さで切目王子を後にした……ただ一人を除いて。
平治元年十二月十一日の朝、すっかり陽が高くなってから目を覚ました私の周りには、父も兄も、家人たちも、誰一人居なくなっていたのであった。
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