第二話 父の土産
夏の都大路に血と汗と埃の匂いとともに現れた武者たちの先頭を往く男、それが若き日の父、平清盛であることは、あの大音声ですぐに分かった。多くの人々を従わせ、院や帝すら手玉にとった、あの声だ。あの声を聞くと、懐かしくも、苦い想い出ばかりが蘇ってくる。
しばらく雷に撃たれたようにずっと父の一行を見つめていると、一人の男児が父たちの前に飛び出してきた。
「父上!お帰りなさいませ!!」
すると男児は父が馬に括り付けていた「何か」が気になったようだ。父の長旅の土産だとでも思ったのだろう。それが何なのかもよくわからないまま、どんどんと父の元へ近づいていく。そしてそれに手を伸ばせば触れそうなところまで来たところで、彼はようやくその正体に気づいた。というより、それと「眼が合って」しまった。
その瞬間、男児は小さな叫び声をあげたかと思うと、そのまま気を失い、その場に倒れ込んでしまった。倒れ込んだ男児を心配してか、父が慌てて馬から降りたが、それよりも先に、母がその男児を抱き起す。
「どうしました?清三郎!清三郎!!」
清三郎と呼ばれた幼い日の私は、父が西国で討ち倒し、都へと持ち帰った賊の首を、それと知らずに近寄り、気を失ったのだ。父に刃をつきたてられて、苦しみ悶えながら死んでいった者の最期の顔を、まともに見てしまったのだ。
父は本来、世上よく言われるような「大悪人」などではない。私に言わせれば、あくまでそれは平氏の棟梁として、とるべき道をとった結果に過ぎない。父は、信心深く、風雅をよく解したし、また一門には深い情愛をもって接し、一度頼って来た者を決して見捨てない器の大きさを持っていた。
後から聞いた話では、あの時西国から戻ってきたのも、祖父忠盛が俄かに発病したとの報せを受けてのことだったようだ。この翌年、
それだけ肉親への情け深い父が、どのようにして、人をあのおぞましい生首に変えてしまったのか。私には最後まで、わからないままであった。
母に抱かれた幼い私とそれを見守る父が、邸に戻った。私も導かれるようにして、懐かしき六波羅の邸に、足を踏み入れた。
先ほどまで真昼であったはずの空は急に暗くなり、どこから湧いてきたのか、先ほどの数十倍と見える数の武士たちが邸に集まり、戦支度を始めている。
為義、というのは、
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