宗盛醒睡記

虎尾伴内

第一話 幻の都大路

 ここ数日に渡り降り続いた雨が、今宵は止んでいる。雨のない静かな夜は、思索が何にも妨げられず、そのまま私を深い崖下へと突き落す。地面から天に向かって伸びている槍や刀が、落ちた私を串刺しにしたところで、はっとして目が覚めた。

 平家の総帥として、一門を率い、源氏と戦った私は今、かつて敵としたその源氏の侍共に取り囲まれ、いつ処刑されるとも知れず、このような悪夢に苛まれる夜を過ごしている。

 私は、平家を率いる立場でありながら、武士というものが理解できずにいた。普段は心優しく、あれだけ情に篤い者たちが、ひとたび戦となれば獣のように殺しあう。そして戦が終われば、哀しげな顔をし、涙を流しながら、戦で死んだ者の菩提を弔う。私は彼らを心の中でずっと蔑んでいた反面、生まれてから私が享受してきた繁栄は、どこまでいってもその武力によるものでしかない、という矛盾に常に苦しめられていた。

 しかし皮肉にも、これだけ矛盾を抱えた人間が、父、兄の死により平家の棟梁となってしまった。私は一門を率いるものとして、武士への憎悪、侮蔑を固く心の奥底に隠し、努力したつもりであった。しかし、私には父清盛のような豪胆さ、兄重盛のような正しさ、そして叔父時忠のような狡猾さは全く備わっておらず、ただただ弱く、愚かな大将であった。さらに言えば自らの無能さを自覚し、棟梁の座を退く潔さも、持ち合わせてはいなかった。

 私が棟梁の座にしがみついたのは、ひとえに清宗に後を継がせたいという思いからであった。清宗が総大将、そして能宗が副将として一門を率いていく日が来るまで、私は退くわけにはいかなかったのだ。

 しかし、その日が訪れることは、もうない。今や平家は滅んだのだ。いや、私と息子たちの死を以って、滅ぼうとしているのだ。

 壇ノ浦の戦いで、母や弟を尻目に自害もせず生け捕られたのも、頼朝やその郎党達に見苦しく命乞いをしたのも、これはすべて、どうにか私や息子たちの命を長らえ、いつの日か清宗の名の下に平家の名を再び…という思いからであった。だがそれも全て徒労に終わった。今はただ、処刑されるのを待つだけの身である。一体私は、平家はどこで身を誤ったのか……。

 長雨が終われば、もう夏だ。都大路の焼けつくような陽射しの中で、人々の声が騒々しい。向こうから甲冑姿の武者たちが近づいてくる。そして彼らより一足先に、血と砂ぼこりと汗の匂い、私が最も嫌う匂いが、私の鼻をついた。

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