第54話 四十九杯目✿道化死の過去

 〜こうちゃんの視点〜


 道化の死神、道化死。

 寿司屋のこうちゃん、高坂氷真。


 どれも自分であり、演じている訳ではない。

 御前、風森宗源と出会ったのはいつだったろうか。


 △▼△▼△▼△▼


 俺は生まれつき、壊れた人間だ。

 母親は、俺を生んですぐに死んでしまった。

 父さんと二人きりの家族で、寂しくはなかったと言えば嘘だが、父さんはいつも俺を大切にしてくれた。


 小さい頃からよく物を壊していたと、死んだ父さんが聞かせてくれたのは、まだ幼い7歳の誕生日。


 俺は犬が欲しいといい、父さんは7歳の誕生日に犬を買ってくれたんだが、抱きしめたら潰れて動かなくなった。


 父さんは優しい人で、俺が物を壊したりしても、怒らなかったくらいだ。

 その時、はじめて父さんに殴られた。


 犬を壊したことよりも、父さんに殴られたことが悲しくて泣いた。

 俺は生まれつき力が強く、気をつけないといけないと、父さんに言い聞かせられた。

 それ以来、俺は自分の感覚が人とは違うことに気がつき、いつも笑うようして、他の子供達に殴られてもやり返すことはしなかった。


 ある日、踏切で通過電車を待っていると、隣にいた男が、電車に飛び込んだ。

 一体、何をするのかわからなかった子供の俺は、集中してそれを見ていた。

 ゆっくりと、体がバラバラになるのを、スローモーションのように見えている。

 体を動かすと、自分だけ周りの世界より少し早く動けるんだ。


 男は、やがてボロボロの肉になり、周りからは悲鳴が上がる。


 家に帰って、父さんにその話をしたら、父さんは俺を抱きしめたが、俺はなぜ父さんが怖かったね、というのか、理解に苦しんだ。


 知らない男が、ただ死んだだけだというのに、何が怖いんだろう。


 それからかな、どんどん自分の感覚を、うまく研ぎ澄ませることができるようになっていくのと同時に、俺は自分がおかしい事に気付き始めたいた。

 学校で習う道徳、恐怖心、罪悪感がほとんどない。

 特に、仲良くもないしらない人が死のうが、死体を見ようがなにも感じない。


 中学に入った時、ハルちゃんと出会い、友達も増えて、俺は毎日が楽しかった。


 同じ小学校の時からの奴が、俺に絡んできた時、ハルちゃんは鬼のように怒って、そいつらをぶっ飛ばした。


 お前は何でやり返さない、と怒られ、お前がやり返さなくても、俺がやり返すと。

 ハルちゃんはいつも、無茶苦茶な事を言う奴だ。


 かなり喧嘩ばかりしていたし、いたずらばかり考えて、俺を笑わせてくれる。


 中学二年の時、父さんが死んだ。

 遺体の確認は俺がした。

 事件に巻き込まれたという話だったが、俺は自分の研究をしている時に、沢山の死体を見てきたからわかる。

 殴られたりしないと、この口元はこんな腫れ方や色はしない。


 肩の縦上の切り傷は刃物でゆっくりと切りつけた傷。

 考えている内に、初めて、人を殺そうと思った。


 やらなければいけない。

 俺から、父さんを奪ったものを、殺さなければいけない。


 父さんの仕事は大きな会社の役員、それしか知らなかった俺は、集中して家中を観察、捜索すると、不自然に隠された書類などを見つける。

 どうやら外国人街に新しく入ってきた組織、そいつらの動きがあやしいなどと書かれた報告書などだ。


 悲しみと怒りに身を任せて、資料にあった街へ行き、あやしいチンピラを拷問する。

 その男の話では、最近、ある組織が、日本人を殺したという噂を聞いたそうだ。

 飲み屋のマスターから聞いたと言う。


 夕方になり、裏路地の雑居ビルへと向かい、話に聞いた酒場のドアを開ける。


「おいおい、ガキには酒はださねえぞ」


 でっぷりと太った腹に、立派な髭は、絵に描いたような酒場のマスター。


「大陸の組織が日本人を殺したって話、知ってるか?」

 俺は不躾にマスターに問う。


「お前みたいなガキに言う事はないし、関わりたくない連中だ」

 マスターはグラスを拭く手を止め、俺を睨みつける。


「どうしても見つけたいんだ。

 知ってる事を、教えてくれないか」


 俺は懐から札束を一つ取り出し、カウンターに置く。

 父さんの金庫にあった金の一部、なにか困った時のために、番号を教えてくれていた。


「お前、なんなんだ?

 こんな大金」


「金が欲しいならおしえろ」


「まあいいや、

 教えてやるし、金も貰うが俺の事はいうなよ」


 マスターは簡単にそいつらが何処にいるか、何人いるのかだけを教えてくれた。


 そして、ついに見つけた。


 この日の夜、クリーニング工場へ潜入し、俺は初めて、人を殺した。


 何人いたかはわからないけど、どうやったら壊せるかはすぐにわかる。


 下から突き上げるようにナイフを向けてくる男、俺にはスローモーションの世界、右後ろで銃を持っている音、あと3秒で俺の腰あたりに弾が飛んでくる。


 ナイフの男の腕を掴み、首から頭に刃物を突き刺し、銃の盾にしてナイフを抜く、ナイフを目に刺さるように投げる。


 気がつくと、全員死んでいた。

 十人ほどいた奴らは、仇からただの死体へと存在を変える。

 何も、何も感じなかった。

 ただ父さんが死んだことが悲しい。


 それからだ、父さんの上司、風森宗源に拾われる事になるのは。

 御前には世話になったが、そのかわり、俺はさらに殺しをすることになる。

 その後も、沢山の死体を積み重ねたんだけど、何も感じなかった。


 俺には大切に思うものがいるし、その人達には怪我をさせたりもしたくない。


 それでも、普通の人間から見れば、血も涙もない怪物に見えるだろう。

 あの三人だけは、俺の本性を見ても、なにもかわらない。


 俺は、はじめから道化なわけではない。

 そもそも、道化の始まりは俺たち四人のバイククラブからきている。


 △▼△


 高校に入った時、初めて恋をした。

 いつもニコニコして疲れないの?って話しかけてきたのは、俺とは違う本物の笑顔の少女。

 美幸。


 白い肌、綺麗な目が輝いて、いつも明るい美幸に俺達は恋をした。

 美幸は俺と同じ高校で、ハルちゃんは違う学校のくせに、俺といつもいたから、三人は放課後によく遊んだ。

 ライブにも見に来てくれて、二人とも緊張でミスしまくったっけ。

 しんちゃんは女より大学に出入りして、考古学の授業にこっそり参加し、がんちゃんは手当たり次第女を口説く毎日。

 。

 ハルちゃんと同じ女の子を好きになり、俺もハルちゃんも彼女とは付き合ったりはしなかった。

 いや、できなかった。


 高一の夏、美幸が死んだ。


 俺とハルちゃんは信じられなかった。

 死体安置所に忍び込んで、死体を確認しにいった。


 黒いシートを開けると、そこにいたのは、無惨な死体。


 白い肌は晴れ上がり、傷つけられ、焼かれて、綺麗な目は腫れ上がった顔で見えない。


 何箇所か骨は折れ、歯もなく、ただ壊れて、うごかない女の死体。

 だけど、それの首には、俺とハルちゃんがプレゼントしたネックレス。


 知り合いの職人に、サクラと雪の結晶を彫ってもらった、メダルのネックレスが下げられていた。


「美……幸」

 俺はそのとき、これが美幸だと確信した。


「痛かったなあ……もう……こわくないからな」


 ハルちゃんは美幸の髪を撫でて、静かに泣いていた。


 俺は自分が泣いていることよりも、ハルちゃんに寄り添う、美幸が見えていたことが悲しくて。

 死んでまで、俺達に会いに来てくれた事に悲しくて、ただ立ち尽くしていた。

 それはいつもの笑顔の美幸だった。

 泣き崩れるハルちゃんに寄り添い、俺に笑いかけ、消えていった。


「美幸!」

 俺が叫んだときには、もう姿はなかった。


 俺は美幸の無念を晴らさなければいけない。

 俺達は、やらなければいけない。


 二日間探し回った。

 美幸を壊した奴らを見つけるために。


 地元の大学生達の一人が、事件に関わっていた。

 そいつは、地元の居酒屋で女達と飲んでた。

 そこにいた女の子ががんちゃんの知り合いで教えてくれた。


 俺とハルちゃん、すぐにがんちゃんとしんちゃんが店の前に集まった。


 俺達は気づかれないように近くの席に座る。

 一見真面目そうなメガネの男は、見るからに頭のいい金持ち坊ちゃん。

 酒に酔って自慢話のように話している。


「俺は悪くねえよ?

 先輩達がさあ、高校生捕まえてまわそうなんていうからさ、みんなでやりまくってたわけよ。

 さすがに10人くらいいたからさ、みんな飽きちゃったんだよ、それで殴ったら助けて助けていうからさ、面白くなってきた!

 って、みんなでテンション上がっちゃって!

 あははは!

 オイルかけて、燃やしたり、色々突っ込んだり、後輩が骨折ってみたいとかいうわけ!

 もう引いちゃうよね!


 先輩がさ、素手で殴って、歯を折っていって?

 最後におった奴に三万くれるとかいうからさ、みんなでやったら動かなくなっちゃって。


 これ死んだなあって、テンション下がってさ。

 そいで来週みんなで自首しよう!

 俺達は未成年だからそうしよう!


 大学生で20歳超えてる人の名前は出したゃダメー!

 てなったから俺は大丈夫だよ?


 俺の家にはすごく腕のいい弁護士いるしね」


 楽しそうに話すこいつも、それを聞いて笑ってる奴らも、みんな殺してやりたくなった。


 しばらくするとそいつは立ち上がり、トイレにいった。


 俺達はトイレに行き、俺は後ろからそいつの首を絞めて失神させる。

 俺がおんぶして、外に連れ出し、近くの公園のトイレにいった。


「な!なんだ!?

 お前らは!?」


 ハルちゃんはそいつの耳を千切り落とした。


「……」

 しんちゃんとがんちゃんは外で見張りをし、俺とハルちゃんで拷問した。

 悲鳴の中、他のメンバーの名前、住所など、知ってることを吐かせた。


「ハルちゃん、俺はやったことがある。

 ハルちゃんは、人を殺すのか?」

 俺はなるべく冷静に話す。


「なあ、世の中には、早く死んだ方がいい奴っていたんだな。

 俺には、こいつが生きてても、いい事なんかないんじゃないかと思うんだ。

 だから、俺はやるよ。

 俺達、いつか美幸に怒られるんだろうな」

 そういって、ハルちゃんはあっけないくらい、簡単に手を染めた。


 そうか、ハルちゃんは俺と似ているのかもしれない。

 命を奪う事に躊躇がない。


 そんな風に思った。


 自首させる前に、全員、捕まえる。


 その夜、四人で11人全員を捕まえ、


 俺とハルちゃんの二人で、惨殺した。


 四人で死体を運び、その全てをさらした。

 メッセージ付きでだ。


 翌日、彼らは女子高生殺害事件の犯人としてニュースになる。


 俺達は自首しなかった。

 するつもりもなかった。


 この日から、道化のバイククラブは始まる。

 俺たちの身内に手を出させない、身内以外身の人間でも、この街で俺たちのルールを破ったものには制裁をくわえた。

 相手が誰であろうともだ。

 その後も酷いことは何度かあった。

 俺達が守ったものは、尊厳だけ、復讐に過ぎない。


 その度に手を汚す俺達は、四人とも壊れた人間なんだろう。


 俺は、誰にも御前の仕事の事を話していない。

 俺らは好きで付き合っている仲間だ。

 言いたいことがあればいうし、無理に詮索しない。


 最近は平和で幸せだとおもってたんだが、時代は動き、俺とハルちゃんはまた、暴力の世界に戻らなければいけない。

 俺はいつも笑っているが、心から信頼している人間は少ない。

 後のみんなは死んでしまった。

 けど、ハルちゃんには俺にはない、仲間を作れる力がある。

 それでも、俺達はどれだけ悲しい日々でも、笑っていようと誓ったんだ。


 それは今も変わらない。


 △▼△▼



 御前がハルちゃんを選ぶことは、なんとなく予想していた。


 答えは決まっている。

 ハルちゃんを守ろうと決めて、俺は包丁をしまう。


 店に張り紙をして、ライダースを着込んだ。


「高坂さん、まさか店しめるんですか?」


 マナちゃんの同級生で常連の夫婦が声をかけてきた。

 この間迷惑をかけた飲み屋のサキちゃんとその旦那のサツキだ。


「しばらくは閉店だな。

 急な仕事が入っちまった。

 悪いが、また開けるときに連絡するからよ。


 他の知り合いにも教えておいてくれ。


 じゃあな」


 バイクにエンジンをかけ、走り出す。

 背中には俺達、四人のバイクチームの名前が今でも描かれている。

【TOC「tears of a Clowns」】


 泣き虫な道化が、今日も背中で笑っている。


 大切なものだけを守れればいい。

 それは友や妻、子供達、その友人や家族。

 繋がっているものは俺の家族。

 これだけ守るのも一苦労だし、後は死んだ魚以下の存在だ。


 しばらくは寿司屋は閉店。


 これからの俺は、道化の死神を演じる、


 暴力の塊になるだけだ。

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