第53話 四十八杯目✿金城の憂鬱
〜金城の視点〜
しくじったなあ。
と、うわ言のように、俺はそればかりを口にしている。
あいつは、馬鹿だと思ってたが、あそこまでとは思わなかった。
新宿の事件の後、俺は新井の馬鹿を逃した。
あいつを拾ってから、ずっと面倒を見てきたから情があった、わけじゃねえ。
俺にもわかんねえが馬鹿らしくなっちまってよ。
新井を逃したんだよ。
世の中はやれ怪物だなんだと、お祭り騒ぎだったんだが、俺はそれどころじゃあなかった。
あの馬鹿、組にお歳暮送ってきやがったんだ、しかも幸せそうに野菜持った写真付きだ。
俺は今新たな人生を歩きました。
おかげでいい野菜ができました、じゃねえよ。
そんなことすりゃあ、すぐにオヤジにバレるさ。
俺は裏切り者の嘘つきだって、そりゃあもう殴られた。
俺は、新井を許してもらう代わりに、組に金を全部持ってかれた。
なのによ、さらに破門するってんだぜ?
この世界で破門状が出せれたら、俺みたいに喧嘩の弱い奴は生きてけねえよ。
しばらく謹慎、監視されてたんだが、とうとう呼び出しがきたんだ。
組長からいよいよ破門をされるんだなって時だった。
事務所にいったら、知らない爺さんがいた。
オヤジは凄え緊張してたよ。
それだけで、この爺さんがただもんじゃねえってことがわかった。
「金城。
この方からお話があるそうだ」
武闘派で通っていた組長が冷や汗たっぷり、こんなオヤジは見たことなかった。
「金城というのは、君かね?
私は風森という」
「初めまして。
金城です」
俺は、風森と聞いて、老人を見ないようにした。
俺の考える通りなら、かなりの大物だからだ。
俺が知る限り、風森という変わった名前といえば、二つの意味がある。
一つは、新宿の厄介ごとを解決してきた、四人の変人の集まりに一人。
その連中の中で、実際に表で動いているのが、【拝み屋のがんちゃん】と言われている、【岩本夏大】と、その相方、武闘派で名の通ってる【演奏屋のハルちゃん】、【風森春正】だ。
そしてもう一つ、この国で本職も政治家も、絶対に逆らってはいけない男。
【御前】と言われる老人。
【風森宗源】だ。
「金城君、君は話に聞くと、裏切った自分の部下を助けて、破門をされるそうだな」
「はい。
命があるだけで、組長の優しには感謝をしています」
「ふむ。
君には、風森の人間が世話になったのでな、どうだ?
君が良ければ私のところで働かないかね?」
俺はまさかの話に混乱しそうだった。
受ければオヤジの顔に泥を塗るんじゃないか?
受けなければ俺はどうなるんだ?
一つ間違えば、死ぬ。
「あまり深く考えるな。
君のの組長は優しい男だ。
私が欲しいといったら、快く受けてくれたよ。
君には破門状も出さないそうだ」
「はい!
御前のありがたいお話だ!
お前にもいい話だろ!」
オヤジは必死に、俺に、うんと言わせたがった。
決まりだな。
「ありがたいお話です。
是非お願いします。
しかし、俺のしっている風森の人間といえば、演奏屋の男くらいなのですが」
「あやつは身内だ。
そして、これからも、君と深く関わることになるだろう」
まさかと思ったが、あいつが御前の身内だとは思いもよらなかった。
こうして、俺はなんとか危機を抜けたんだ。
△▼△▼△▼△▼
次の日、俺は池袋のビルに来ていた。
御前から、これからはここへ来るようにと言われていたからだ。
全面鏡のような変わったビル。
中に入ると、そこは高級ホテルのような作り、輝くシャンデリアの下にはグランドピアノがあり、朝なのにピアニストが演奏している。
その周りには、幾つかのテーブルと椅子があり、何人かがコーヒーと朝食をしていた。
「金城様でございますね?」
呆然としている俺に話しかけてきたのは、高級スーツにメガネ、スタイルのいい美人、年は二十代半ばだろう。
「はい。
そうですが、あなたは?」
「わたくしは、本日より金城様の専属秘書を務めさせていただきます。
【榊多枝子さかきたえこ】と申します」
秘書がつくのか〜。
秘書!?
俺みたいなヤクザになぜ秘書が?
「それでは、ご案内致します」
とにかく驚いたが、先ずはついて行くことにして、後で考えよう。
エレベーターへと乗ると榊多枝子がボタンを押し、説明を始めた。
「このビルは、全面特殊防弾ガラスとなっており、住居、オフィスの他に、様々な飲食店などがございます。
さらに、地下にはシェルターや緊急時の移動に必要な施設など多数ございます」
エレベーターが止まり、榊はカードキーを差し込んだ。
「フロアへと入る場合はこのように、鍵を開けなければいけませんのでご注意を」
エレベーターの扉が開くと廊下があり、扉が三つあった。
「右の扉は住居、次が応接間、左はオフィスとなっております。
もちろん全ての壁やガラスなどは防弾ですのでご安心を。
先ずは住居をご案内致します」
馬鹿じゃねえの?
このフロアの三分の一が住居だった。
プール、サウナ、ゲストルームなどなど、部屋数幾つあるんだよ!
ベットは全てキングサイズ、アホか。
和室に洋室と、広すぎた。
しかも、全ての家具が超高級だ。
「これ、もしかして俺が住むのか?」
「はい。
この階は全て、金城様専用です。
お好きに使ってください。
次に、応接間、オフィスをご案内致します」
言わなくてもわかると思うが、応接間はほとんどパーティー会場だ。
軽くパーティーできる広さのホール、しかも、バーテンダーがいる。
その他にも個室が幾つかあった。
オフィスも綺麗なガラステーブルに、最高の性能を誇るパソコン。
半端じゃない椅子は、座り心地も凄え。
もう何を聞いても驚かねえ。
そこそこの社長クラスでも、こんな暮らしはできないだろうさ。
人を殺せって言われても、やんなきゃだな。
「榊さんといったかい?
俺は、何をするためにここへ呼ばれたんだ?」
「風森様よりの伝言がございます。
これからはここを好きに使ってくれ、今日の夜に、ある場所に行くからついてこい。
後で迎えをよこす。
だそうです。
何かあれば、わたくしへ申しつけください」
そう言って、榊は隣の個室オフィスへと消えていった。
まあなるようになるか、と俺はサウナに入り、和室でゴロゴロしていた。
あれだけ金を欲したのに、馬鹿馬鹿しい限りだ。
「失礼します。
迎えの方がいらっしゃいました」
黒服の明らかにボディーガードの男が二人きていた。
何も話さず、俺も何も話さずだ。
車に乗ってしばらく走った。
どうやら空港へむかっているようだ。
まさかの、プライベート機、大統領かよ?
御前はすでに座っていて、外を眺めていた。
「おはようございます」
「ああ。
きたか、金城君」
「どうぞ金城とお呼びください」
「そうかね。
では金城、これからある男に会いに行く。
事の次第で、君の命運は大きく変わる」
初日から命運がかかったか。
俺はただ頷き、御前と寿司屋へと向かった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
わざわざ飛行機に乗って、こんな東北まで来たのだが、まさか【寿司屋】に行くとは思わなかった。
普通の寿司屋に見えた。
中に入るとニコニコした、一人の男がいた。
「これは、珍しいお客さんだ」
「久しぶりだな、ヒョウマ」
「御前がお連れさんと一緒なんて、さらに珍しいですね」
「初めまして。
金城といいます」
「初めまして金城さん。
俺は、高坂氷真こうさかひょうま。
まあ寿司屋のこうちゃんでいいですよ」
割烹着をきた男は表情は笑っている、かすかに、目の奥に暗いものが見えた気がした。
「ヒョウマ。
時代は動いたぞ。
私はハルマサを選ぶことにした。
あれはお前の友なのだろう?」
「酷い爺さんだよ。
俺もハルちゃんも、平和主義なんだぜ?」
「平和主義だと?
お前のような男を平和主義とは言わん。
お前も、あいつも偽善者だ。
普段は人の皮を被った獣だよ」
「へえ。
ハルちゃんにあったんですか」
「一目でわかる。
あれは人の死に慣れている。
あやつは命を奪うことに躊躇がない」
「あんたには言われたくないね。
あんたは人の皮を被った怪物だ。
ハルちゃんは俺とは違うよ。
俺はただの暴力だ。
それでも、最近は平和にやってたんだよ。
親方が死んでから、俺は寿司屋として生きてんだ。
今更あんたの仕事を手伝えとでもいうか?」
「平和は終わったんだ。
わしはな、引退する。
あいつに後を継がせるつもりだ。
あれの事は調べてある。
それにのお、直接会ったのでわかるのだ。
あれはな、綺麗事ばかり並べてるが、必要なら手を汚してもなんとも思わんのだろう」
「そうだなぁ。
その通りと言いたいが少し違うな。
確かに昔はそうだったな。
でもな、今は敵を作るよりは仲間を欲しがってんだよ。
寂しくなっちまったんだろうさ」
「仲間?
手足ではなく仲間だと?
そんなに甘い男にはみえなんだがな」
「別に甘くなった訳じゃあねえよ?
ただなあ、手足より裏切らない友達を信じてんのさ。
それに、俺とあいつは少しだけ違う。
あいつはあれでも、なるべくなら信じていんだよ。
あいつは繊細なんだよ。
俺は、本当に自分が裏切られてもいい人間だけを信じてるんだ。
それ以外は、死んでも何も感じねえよ。
それでも、俺たちの考えで、同じことがいくつかある。
大事なものを守ることができるのが、敵を殺すことしかないなら躊躇わずやるってこと、
世の中には酷い奴がいる。
そいつは死んだほうがいい。
なるべく早く死んだほうがいい。
そうじゃないと、俺らの大切なものが酷い目にあうんだよ。
その酷い奴ってのを見極める方法なんてほとんどないんだがな。
大抵ただの復讐になっちまうんだ。
だからな。
俺たちは平和主義なんだよ。
なるべく穏便に楽しく生きたいんだよ」
「世が乱れなければ、それもよかろう。
だが今は、3度目の大戦が始まったのだ。
私はな、もう直ぐ死ぬ。
馬鹿な身内での、殺し合いが始まるだろう。
世界のことなど考えておらん奴が多いからだ。
もう、お前らを守れなくなる。
お前の正体を知っているものがきっと始末しにくる。
これからの時代、お前にとって大切なものを守るには、戦うことしか残されてはいない」
「そっか。
御前、あんたも風森の守り神の一人になる時が来たんだな。
俺には風森の死神に戻れって言うくせにな。
不公平なもんだよ」
「道化の死神か、大切なものと死ぬかだ。
あやつには明日会いに行く。
お前がやらなくとも、あやつはもう狙われとる。
金城を連れてきたのはそのためだ。
お前らは二人ともあやつと関わりがある。
支えてやってくれ。
私が引退したら、まず一番狙われるのは、あやつじゃ」
俺はそのために雇われたのか。
やっと理解できてきた。
「明日、迎えにくる。
それまでに考えておいてくれ。
家族は心配するな。
私が生きている間は責任を持つ」
寿司屋の男は何も言わなかった。
俺と御前は車に乗り込み、ホテルへと向かう。
しかし。風森の道化死
都市伝説みたいな話だと思っていたんだがな。
まさか寿司屋だとはな。
御前が恐れられる理由に暴力がある。
その中でも伝説的な話がある。
風森の御前は死神を飼っているというのだ。
御前に喧嘩を売った馬鹿がどうなるかみんな知ってる。
大抵は、軍人上がりの黒服連中にやられる。
一番怖いのは一人で行動するという男だ。
黒服連中から逃げた奴は何人かいる。
でも、御前の飼ってる死神からは逃げられた奴はいない。
鼻と口が隠れた、道化の白いマスクを被って、目はいつも笑っている。
風森の道化死と噂されていた。
目をつけられたらその時点で、死のカウトダウンが始まるんだ。
車の中で考えを巡らせた俺に、御前は語る。
「ヒョウマの父は、わしの友であり、部下でもあった。
当時日本に入ってきた、大陸の組織に捕まり、拷問され殺されたのだ。
報復のために、そいつらの潜伏場所を探し出したんだが、連中はすでに死んでいた。
しかも、そこで見たのはヒョウマだった。
中学生が、武器を持った大人16人を、皆殺しにしおったんだ。
信じられるか?
一人で調べ、武器も持たず、一人でやったんじゃ。
ヒョウマは私に言ったよ。
自分は壊れている。
父が死んで、悲しみと怒りを感じた。
でもこいつらを殺してもなにも感じないと。
あれは変わった奴だ。
生まれつき、罪の意識というのがないんじゃ。
かといってな、それ以外は人間らしいんだ。
悲しむし笑う。
でも命を奪うことをなんともおもわん。
そのくせ自分の好きなものを壊されると悲しむ。
身体能力は異常な上に、反射神経や空間処理能力がさらに異常なんじゃよ。
あれは人間なのかも疑わしい、調べてもらったが、特に普通の人だというのだ。
ただ、何かしらの恩恵はあるのかもしれんと、な。
人の中には神の恩恵を受けるものがいるんだそうだ。
私はな、あの男を利用した。
まだ16の時から、学校にいき、人を殺し、友達と遊んで笑う。
成人してからも、普段は普通の仕事を好きにさせて、何かある時はそれを始末させた。
今は家族もできて、引退して寿司屋だけを生業にしているが、私があやつの友である男を引っ張ってきたからには断るまい。
ひどい男だと思うだろう。
国と一族のため、ヒョウマや、実の孫まで利用するんだ」
恩恵に、風森のやつが御前の孫か。
俺は頭がいいことと、運が異常に強い。
もしかしたらこれも、おんけいなのか?
「御前に比べれば、俺はもっとひどいですよ。
ヤクザに金借りて家族は死んだのに、俺はヤクザになって、俺みたいなヤツを増やしてましたので」
ふっと御前は笑って、それ以上は話さなかった。
この二日間で、大きく変わっちまったよ。
一文無しから大金持ち、そこからいつ死ぬかわかんないことに巻き込まれた。
まあ俺は喧嘩がよわいから、あいつらと組めばバランスは良さそうだし。
とにかく、明日も生き残ろうと、目標を掲げるか。
俺はもう、ヤクザじゃあねえからな。
今はただの金城だ。
しかも前より金持ちな金城だ。
明日はまた、道化死に会いに行かないといけない。
その後は風森のとこか。
なんだかんだと、
その日は震えて眠った。
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