第52話 四十八杯目✿エリカの決意
〜エリカの視点〜
ガイウス大司教たちが死んだ日、私は何かもが信じられなくなっていた。
アラン神父が天使で、私たちを裏切り去っていく中、私はただ叫んだ。
喉が枯れて、涙も枯れ、最後には信仰も枯れた。
そのまま倒れてしまったらしく、事件の次の日、他の負傷者たちと共に医務室で目が覚めた。
「デュ、リオさ、ん」
喉が痛く、うまく声が出ない。
「よかった。
いきなり倒れたから心配したぞ」
いつものように、マヌケな顔で彼は笑うのだ。
その笑顔が、どうしようもなく私を安心させて、とめどなく涙が溢れた。
泣いたのは、子供の時以来だ。
孤児院でも泣いたことなどなかった私が、また涙など流す時が来るとは思わなかった。
「女を泣かせるとは、流石にイタリアの伊達男じゃのう!」
目を覚ました後、一緒に戦った日本人たちや、彼らの神だという人達。皆が会いに来てくれ、彼らは皆明るく笑うのだ。
声がまともに出ない私は、彼らの姿に励まされたのだと思う。
枯れたはずの信仰、裏切られた悲しみ。
ここで逃げても解決はしない。
強く生きようと、まだ仲間はいる。
そして、アラン神父にもう一度合わなくてはならないのだと、そう決意したのだ。
△▼△▼△▼△▼
あれから2ヶ月が経ち、世界は大きく動き出していた。
あの日、日本での会議での話しは、これから始まる戦争も視野に入れて行われた。
「アメリカ、ロシア、この二つが手を組んだということは、他の世界中の軍隊で戦ったとしても、勝てるかどうかわかりません」
デュリオさんは、たまに見せるやる気モードで私達に話す。
「現在の軍事力、表に出ている数字などで話しますね。
まず、イタリアは日本につくかは決まっていません。
バチカンはあくまでバチカンなのです。
今夜の放送の後に政府がどんな動きを取るかは不明です。
仮にこちらにつくと考え、日本とイタリアの二国の連合だとします。
軍事予算。
日本=450億ドル。
イタリア=210億ドル。
合わせて660億ドル。
兵力。
日本=約23万人。
イタリア=約32万人。
合わせて55万人。
軍事予算
アメリカ=3900億ドル。
ロシア=640億ドル。
合わせて4540億ドル。
兵力
アメリカ=140万人。
ロシア=140万人。
合わせて280万人。
他にも比較はたくさんありますが、大きなところとしてわかるように、国という怪物なんです。
しかも、現在の戦争は、量より質が大切です。
この二国は、兵士も兵器も、その両方ともトップレベルです。
情報戦にも長けている。
そこで提案です。
表向きは防戦のみ、裏では敵の情報収集をします。
なるべく殴り合いはしないで、守ることだけを考えてください。
敵の狙い、黒幕、戦争の落とし所も探らなければなりません。
いいですか?
戦争とは始まった時点で、終わらせ方を考えなくてはなりません。
どう終わらせるか、それが最も大切です」
珍しくしゃべるデュリオさんの話しは、絶望と希望を含んでいた。
「バチカンには、本物の軍人がいるようですね。
まさにその通りです。
戦争が終わったときに、自分たちはどこにいるかで、次の戦争までの立場が決まります。
イタリアはそれがうまいんだか、下手なのかよくわかりませんがね」
さらっと首相に悪口を言われた。
「パスタのどこが悪いというのだ!」
「そこじゃねえよ!
昔のこと掘り下げてやろうか?
前の戦争で、散々足を引っ張りやがって、この軟弱ものが!」
「言ってみろよ!
イタリアのどこが足を引っ張った!?」
やめとけ!
と、私は心の中で祈った。
「いいだろう!
こやつに変わって、この宗源が貴様らの、ヘタレっぷりを存分に聞かせてやろう!!
まず昼飯を食うからと戦闘を中断する。
眠かったら昼間でも寝る。
見張りでも寝る。
夜はそのせいで奇襲を簡単に受ける。
ナポリでは軍艦、中東では戦車までも盗まれおった。
ワインばっかりで、弾が少ない。
絶対勝てるだろうというときに負ける」
「ぐぬぬ!」
「それでもな。
悪いところばかりではない。
大抵はジョークのような噂だ。
日本軍も、馬鹿な話が沢山ある。
わしの知るイタリアの兵士には、強い心を持った有志が沢山いた。
我らは世界に、舐められておるんだ。
敵はまさか、日本とバチカンが手を組んで逆らうとは思わんだろう。
この国は昔、焼け野原になり、絶望の中心だったが、わしらは盛り返してきた。
60年以上かけて、ここまで盛り返したんだ。
人間の強さを舐めるんじゃあない。
これからのことで、わしにできることは少ないが、若い連中がどう時代を動かすか楽しみだ。
これからの事は、お前らが決めて行け」
老人は静かに私たちを見た。
「そうですね。
私たちの時代ですね。
私にとって、御前よりこわい人間などいません。
相手が誰でも、存分に時代の道化を演じましょう。
怪物の受け入れの提案と採決。
これだけでも時間は稼げるでしょうし、それまでは私も死ねないですね。
なるべく時間を稼ぎ、その間に敵を探る。
問題は最終的には戦わないといけなくなる事。
相手は悪魔に天使に軍事国家。
こちらより、向こうが先手を打ってくるか、こちらが先手を打てるか、まずは様子を見るとしましょう。
デュリオさんと言いましたね?
あなた、しばらく日本にいてもらえませんか?
仕事をお願いしたいのです」
さっきまでの弱々しい男は演技だと思うほど、この男は大きく見えた。
それから二ヶ月。
イタリアは日本を支援することを表明。
未だ大きな戦闘はないが、それは日本とイタリアにないだけで、アメリカやロシアでは血なまぐさい事件が多い。
デュリオさんは日本での仕事をしている。
表向きは受け入れる怪物への対処、治安維持のための部署だということだが、本来の目的は天使や悪魔達に対抗するための軍隊を新たに作ること。
日本にエクソシストと、怪物の連合を作ること。
この作戦、あるいは部隊名を【オムネス】と名付けられた。
もちろん、無理やり戦わせることはない。
あくまでも志願制で給料もでる。
日本にきた怪物達の、受け皿の一つである。
その初代代表に選ばれたのは、マナだった。
神おろしができる数少ないの人間。
その兄は反対したが、本人がやりたいと言うと一応は納得した。
ギスランというあの人狼は、マナの兄と行動するという。
できればオムネスの怪物達のまとめ役になってもらいたかったんだけど、共に戦うとは言ってくれたが、まとめ役には、もっといい人がいると、断られた。
それぞれの役割を決めて、動き出したのだ。
△▼△▼△▼
私はバチカンへ戻り、日本とのパイプ役をしている。
ガイウス大司教もアラン神父もいない今、私はバチカンのエクソシストのトップになり、今も忙しい毎日を送っている。
人員を補給し、アサシン達への情報収集の指示など、やる事が多すぎる。
それも、もうすぐ終わるだろう。
戦場になるなら、まずバチカンではない。
敵が攻めてくるとすれば、日本だろう。
私たちの主力部隊は、もうすぐ日本へ行く、この戦争が終わるまで、拠点を日本へと移すのだ。
バチカンの守りは、事件後強化されたので問題はない。
問題があるとすれば、発掘屋がまだいる事だ。
あの男、日本に帰ると思っていたんだけど、なぜかもう少しいるといって、私の手伝いをしている。
ここには歴史的なものも多いからわからないでもないんだけど。
「ねえねえ。
エリカちゃあん?
美味しいカフェができたんだってさ。
だからあ、後で一緒にいかない?」
もじもじしていて鬱陶しいんです。
早く帰ってほしいです。
まあ悪い人ではないですし、仕事もできるので助かってはいます。
「
「もう。
しんちゃんでいいよ?
エリカたあん」
「いえ、目上の人には敬意をと、亡き両親に言われていますので」
「そっか。
せめて下の名前で呼んでよお」
イライラしてきたけど、これ以上付纏わられると仕事がおくれます。
「秋信あきのぶさんだと長いですし、シンさんでいいですか?」
「イイヨイイヨー!
エリカたあん。
いつか、しんたあんって呼んでくれると嬉しいなあ」
まったくどうして連れて行ってくれなかったんだろうと、思いながら、以上に早く書類仕事を片付ける彼は使える、と心の中では黒い気持ちが芽生えている。
ああ、私って罪な女だわ。
神様、ごめんなさい。
それにしても、あの宗源という老人は何者だったのだろか。
日本の首相ですら頭が上がらないと言っていた老人。
自分は自分で、やるべき事があると言っていたが、マナの兄をずっと見ていたのも気にはなっている。
マナの兄といえば、あの人も変わっている。
拝み屋さんとは別の人種。
どちらかといえば、デュリオさんみたいな、何を考えているかわからない所がある。
拝み屋さんは会えなかったので、今度お礼を言いに行こうと思う。
今回の事で、私は自分が何もできなかった事が悔しい。
ただ泣いていただけ。
次にあの人に会った時、どうするかはわからない。
覚悟だけはしている。
きっと、大勢がまた死ぬことになるだろう。
その事を一番早く知るのは、私だ。
また夢を見た時は、戦いが近いということ、幸い、まだそんな予知夢は見ていない。
二、三ヶ月は大きな戦いはないということなんだと思っている。
「もう!
また考え込んで、エリカたあんが笑ってないと、俺まで悲しいじゃないか。
まだ来ないことばかり考えてると、大切な今がもったいない」
「もったいない?
もったいないってなに?」
「あるもの全てを大切にするってことさ。
捨てていいものと思えても、ちゃんと使い道や意味もあるんだ。
まあ貧乏くさいかもしれないけどね」
もったいないって、いい言葉だ。
大切にする、私にとっての大切なものはいなくなってしまったけれど、
「俺みたいないい男が一人で夜を過ごすなんてもったいないってことさ!」
時間は過ぎて、悲しみも少しづつ過ぎていく。
窓から見える光景は、
惨劇の夜の爪痕など、
もう過ぎたことのように、
美しい景色だった。
ここでの仕事を終えたら、また戦いが始まってしまう。
私は、にげないと決めた。
今からも、未来からも。
それでも今は、そばでいつも笑っているこの人の声が、心地いい。
この人とカフェに行くのいいかなと、あの人以外の男の人に、初めて心を開けたような、
そんな、暖かな気持ちを、大切に感じていたい。
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