第51話 四十七杯目✿刑事の日常

〜ナベさんの視点〜


「ナベさん!先輩から聞いたんですけど、道化の死神、って知ってます?

 ここ何年かは、その話も聞かないらしいんですけど」


 興味ありげに物騒な名前を出してきたのは、新人の刑事、山田しおりだった。


 俺は、勤続20年の【ベテラン刑事】だ。

 この辺りで【ナベさん】と呼ばれて、もう長い。


 昼飯から帰ってきて早々、嫌な話しを振ってきた新人に、俺は上司として忠告しなければならない。


「山田、その話は忘れろ。

 目をつけられたら、死ぬぞ」


 パソコンにも携帯にも弱い俺は、アナログな新聞を読みながら答えた。


「まっさかあ〜。

 あれは噂ですよね?

 もうナベさんったら、冗談もいうんですね」


 甘ったるい声で、笑い飛ばすこの新人には、少しだけ話しておこう。


「あれはな、人間じゃねえんだよ。

 それこそ今話題の、怪物だよ。

 俺はな、見たことがあるんだ」


「またまた〜、嘘言わないでくださいよ。

 道化にあったらみんな死ぬって噂ですよ?

 あったことあるなら、ナベさんもしかして、幽霊!?」


 めんどくせえけど、ちゃんと話とかないといけない。

 俺は、読んでいた新聞を机に戻し、山田を見て話す。


「厳密には、違う。

 道化にあった奴が死ぬんじゃねえ。

 みんな死んでたらまず噂にもならないだろうが。

 いいか、道化に狙われた奴、敵対した奴がみんな確実に死んだんだよ。

 少ないが、ヤツを目撃した刑事は何人かいる。

 俺が知ってるのは、引退した俺の上司と、お前の死んだ爺さん、後は俺だけだ」


 山田の爺さんは、警視庁のお偉いさんだった人で、俺の上司と仲が良かった。


「うちのじいちゃんもですか!?

 知らなかったなあ」


「少しだけ、昔話をしよう」


 △▼△▼


 〜10年前、当時の俺は、ある事件の捜査で上司と行動していた。


 一人の女子高生が誘拐された事件。

 父親は輸入業で財を成した男で、身代金目当ての事件だと思われていたんだ。


 似た事件が数年前にもあったことから、同一犯の可能性が高い、前の事件の時は結局助からなかったと聞いていた。


 犯人は、人質のビデオを送りつけてくるんだが、メッセージは全て、人質に喋らせる。

 しかも目隠しもせずにいることから、顔や場所がばれてもいいと考えている。

 はじめから、生きて返す気はないってことだ。


 今回の事件で幸いだったのは、目撃者が生きていたこと。

 家路の途中でさらわれ、一緒にいた同級生は、刃物で何箇所も刺された。

 奇跡的に助かって、なんとか話しを聞けた事が解決につながったのだ。

 犯人は、英語を話していた事、車はシルバーのバンだったという。


 事件当日、付近の監視カメラにそいつらは写っていた。

 潜伏先も絞り込んだところまではよかった。


 調べからわかったんだが、奴らは軍人崩れのプロで、密輸、殺し、誘拐などで指名手配中のグループだ。

 資料には、約八人の名前がある。

 中には、特殊部隊にいた猛者もいるときた、こっちも頭数を揃えないとまずいと、そう思っていたんだが、時間がなさすぎた。


 俺は若かった、潜伏場所に一人で乗り込んだんだよ。

 急がないと、人質の命が危ないことから、応援を待たず無茶をした。


 馬鹿だよな。

 そこは港の倉庫で、潜入した途端見つかってしまったよ。

 気がついたら拷問されてたんだ。

 しかもだ、軍隊式の水責め。

 あれは2度とごめんだよ、痛いとかじゃなくて、こわいんだ。


 臨死体験を簡単に味わえる。

 何度目かの意識が戻り、発狂しちまいそうになった時、そいつは姿を見せた。


 短めの髪で、あれはなんていうか、美人の女泥棒いるだろ?

 有名なセクシーでバイクに乗ってる女怪盗、あんな感じの、黒いツナギみたいなのを着ていた。

 そいつをみて、すぐに誰かわかった。

 道化の死神、道化死と呼ばれてる殺し屋だってな。


 目の下から、鼻と口を隠すような白いマスクには、赤い鼻と、赤くつり上がった口、涙が書かれていた。


 そして、目だ。

 目がなずっと笑ってるんだよ。

 薄気味悪く、ニコニコしてやがったんだ。


 そいつは、普通に正面から入ってきて、こっちに歩いてきた。


 二階に三人、マシンガン持ったやつ二人とライフルが一人。

 一階には水責め真っ最中の俺、二人の拷問野郎はもちろんナイフに銃を、腰にぶら下げていた。


 残りの三人はいなかったが、人質のところにも何人かいるはずだ。


 無言で、まっすぐ歩いてきた男に、犯人たちは止まれと言っていた。


 にこにこしながらゆっくりと歩いてくる男に、二階からマシンガンの音がし、後の二人も一斉に撃ちはじめる。


 さすがはプロだ、物音させずに、気配も消していたので、男は死んだと思ったんだよ。


 その時、男の姿は消えて、犯人たちもどこだ?って探していた。


 ズシャ!っと、二階から三つの首なし死体が降り、重なった死体の上に道化死はいた。

 一階の二人は銃を抜き、叫びながら撃った。


 ゆっくりと立ち上がり、弾を避けたんだよ。

 信じられるか?

 クイって、避けた、一人がナイフで切りつけたと思ったら、腕と首を一瞬でちぎって見せ、もう一人の逃げる男の頭を壁にぶつけ、トマトみたいに潰す。

 拳には変わった刃物が付いていて、トレンチナイフに似ているが違う。

 ナイフなんだか手袋なんだか、とにかく黒い刃物を拳にはめていた。

 一瞬であれだけ殺しても、相変わらず目がニコニコしているんだぞ?

 恐怖で漏らしたのは、あの時が最初で最後だろう。


「あんたは警察官かい?」


 日本人だとわかる流暢な日本語。

 うん、と頷くと、どこかへ行って、二、三分して、道化の男は、女子高生を連れて戻ってきた。


 女の子はガタガタ震えていたから、俺と同じものを見たんだと思う。


 そいつは、俺の荷物から手帳を確認していた時、上司二人が突入してきた。


「渡辺え!

 な!なんだこれ!?」


 惨劇を目の当たりにした二人は、一道化の男をみた。


「あ、あんたは」


 山田のじいさんは、あいつがなんなのかをきっと、前から知っていたんだと思う。


 知っている顔をしていたのに、俺達には何も知らないと言ったからだ。


 男はすぐに消えて、結果的には事件は解決し、警察の手柄となったわけだ。


 △▼△▼△▼


 ぽかあんとした山田の顔に、デコピンして引き戻す。


「道化に会ったのはそれが最初で最期だ。

 それからは俺も話でしか聞いたことがない。


 表向きは、組織同士の抗争、大物政治家の自殺、奴が関わったとされる事件は山ほどある。


 それでも、ここ数年は奴が出たって話は聞かない。


 噂じゃ死んだんじゃないかと言われているが、仮に奴が死んだとなると、裏の世界で聞かないわけがない。


 海外の組織は、道化死の首に、多額の賞金をかけている。


 奴の姿が写った写真だけでも、一枚百万で取引してくれる」


「一枚ひゃくまあん!?」


 うるせえな、とデコピンをもう1発。


「だけどなぁ。

 一度写真を撮った奴がいたんだが、情報屋の話だと、取引する前に死んだらしい。


 首!

 チョンパでな!」


「ヒイイ!」


「わかったら、関わるな。

 それにだ、道化の後ろには、やっぱりやめた。

 とにかく関わるな!

 わかったな!」


「気になりますうう!」

 あぶねえ、こんなことこいつに教えたら、また首をつっこむ。


「この話は終わりだ。

 それより、新しいヤマだ」

 山田だけにな。


「なにわらってるんですか?

 現場に行きますよ!」


 少し、ふてくされちまったが、かわいい後輩だ。


 世の中怪物だ天使だと騒いでも、俺の仕事はかわらねえ。


 いつだって、刑事の日常の中は、


 人が人を殺す、狂気の世界だ。

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