第50話 四十六杯目✿怪物の住む国 第五章〜激動の時代〜

 〜ハルの視点〜


「アアン!?

 てめえ。なめてんのかあ?

 俺はなあ、吸血鬼様だぞ!」

 キランっと牙をアピールして、どうだ怖えだろオーラ全開の吸血鬼に、俺はなぜか絡まれてる。


「……へえ」


 俺は今市役所に来ている。

 しかも夜なのにだ。

 まあ理由は後で説明するが、ある人物の住民登録をするために付き添いできている。

 この土地にはまだ不慣れで、心配なので優しい俺が付いてきたんだ。

 正直言って暇なのが俺だけだった、というのもある。


「ハル、なんか、この人怒ってるよ?」

 隣にいる可愛い少女、クシノが問いかけてきた。


「いいんだよ。

 ほっとけ。

 飴ちゃんくうか?」


 うん、と言ってクシノは桃味の飴ちゃんをパクッと口に入れた。

 なぜ今クシノが俺といるかというと、遊びに行くと言いつつ、新宿からイタリアと散々な目にあっていた俺は、花見の夜以来クシノに会いに行っていなかった。

 そりゃあ怒るよね?

 俺はどうも女心を分かってないと、拝み屋の友人によく言われるのも納得だ。


 そんなわけで、イタリアから日本へ戻ってから毎日、というより常に一緒にいる。

 一緒に寝て、一緒に起きているのだ。


 ところで住民登録をしに来たはずの、その人物は、喉が渇いたと言って、近くの自販に行っている。

 戻ってくるのを椅子に座り待ってる時に、今現在もメンチを切っている、このチンピラ吸血鬼に俺の足がぶつかったとかで、因縁つけられているところだ。


「やっぱなめてんなあ!?

 俺はなあ、あの、血の貴婦人の長老クリス様の直系の傘下の直系だぞ!

 まじで吸うぞこのやろう!」


「誰が、誰の血を、吸うというのだ?」


 チンピラの後ろから声をかけたのは赤い髪、凛々しい瞳ぃ!

 整った顔立ちに脈打つ筋肉ぅ!!

 その声はまさに獣のようにボーントゥザワアイルウドオオ!!

 赤き狼達の族長ギスランちゃんだ!!


「ギスラン……ちゃん」ポッ


「待たせたな……ハル」ポッ


 ああ、見つめ合うだけで心臓の鼓動が高鳴るうう!!


「いかあん!!

 はあはあ……あ!危なかった」


「はあはあ、み!みるな!」


 そうだ、俺たちは師匠の放った恋の矢のせいでまだ正気じゃない。


「なんだよ、てめえもこいつの連れかあ!?

 俺を誰だと思って」


 ギロッ!!

 殺気のこもった目を、ギスランは向けた。


「黙らないか。

 そんなに、族長である俺と、殺し合いをしたいのか?」


「ヒイ!」

 チンピラの顔色が、そいつが着ている真っ青なアロハに近くなっていく。


「番号札2番の方どうぞ〜」


 受付の声がしたので、俺たちは失神しそうなチンピラを無視して、カウンターへと向かった。


「それにしても、馬鹿な若造が増えたものだ」

 ギスランはうんざりした顔で歩く。


「まあ日本とイタリアくらいだからなあ。

 バチカンには恨みがある奴が多いんだろ?

 この国に偏るのもしょうがないさ」


 俺は遠い昔を思い出すような感覚になった。

 実際にはバチカンから戻ってまだ2ヶ月しかたっていない。


 少しこれまでの事を話そう。


 △▼△▼△▼△▼


 バチカンで天使が二人現れ、一人の何者かが蘇った。


 3日後に日本に戻るまでも、色々とあったんだが、まずは、ある大きな事件が世界を騒がせた。


 それは日本に帰ってきた直後、空港から新宿へと向かい、俺たちは街を歩いていた。


 南口のビルのテレビをみて、俺は放心状態だったよ。


 全世界にニュースとして流れたのはアメリカ、ロシアが天使の存在、怪物の存在を公式に認めたというものだ。

 アメリカとロシアの大統領二人と一緒に写し出された人物は語る。


「私は、大天使……神のに仕えるものである」


 バサっと光る羽が開き、体が宙に浮く。


「我らはこの現世へと降りてきた。

 神の名の下に、人類は一つにならねばならないからだ。

 最終戦争が始まる時が来たのだ。

 それは、悪魔や怪物、神に仇なすもの達との戦い。

 4日前、怪物達が人間を襲撃した。

 その時に、どれだけ多くの犠牲者が現れた事かは、これを見て欲しい」


 一つのビデオが流れる。

 それは、ローマの街を蹂躙する、獣と悪魔の群れだ。

 殺戮の映像を背に天使は語る。


「今世界は、悪魔や怪物からの危険にさらされている。

 そして、この怪物達は今、日本という国に潜伏している。

 我らは団結し、これから始まる最終戦争へ勝利しなくてはならない!」


「アラン。

 どの口で言いやがるんだ」


 画面に映っていたのはアラン神父、いや薄汚い天使だった。


 アメリカ大統領が語り出した。

「全世界のみなさん。

 信じがたいことで混乱していると思います。

 しかし!

 これは事実なのです!

 そして私達、アメリカの国民は選ばれたのです!

 神に選ばれた、戦士なのです!


 そしてもう一つ、大事なことを発表いたします。

 天使様はおっしゃいました。

 この最終戦争が終わった時に神の戦士として戦ったものは、天国へと導かれると!


 神は慈悲深い。

 我らアメリカは、決断しました。

 この戦争への参加を希望するのなら、多くの移民を、神の戦士として迎い入れることを!!

 人間同士の争いはやめて、他の国とともに戦うと!

 これは神の意志でもあります!」


 ロシアの大統領が話しだした。

「今、アメリカ大統領が話したことは、事実です。

 私達ロシアにも、天使が降臨されました。

 そして、私たちもまた、神に選ばれたのです。


 よって!

 ここに二国を中心とした。

 最終戦争のための、【連合】を作ることに、同意をしたのです。

 共に、怪物や悪魔と戦うと、ここに宣言する。

 この連合に入らない国は、我らや神に敵対することと同じだと、思っている。


 そして、日本政府には、私達への協力として、潜伏しているものを捜索するよう要請する」


「神の子らよ!

 天の国は近い!!

 今こそ、神の名の下に集うのだ!!

 一つになり、戦う時がきたのだ!!」


 新宿中が鎮まり返る中

「ふざけるんじゃねえよ……

 ふざけるなああ!!」


 俺は久々に、誰かを本気で、殺そうと、殺意に染まっていた。


 俺の後ろからもまた、ギスラン達赤き戦士達の殺意を感じたのだ。


 △▼△▼△▼△▼


 その後、世界中がパニックになると思っていたのだが、どこの国も慎重な姿勢だった。


 一つを除いては。

 それはもちろん、バチカンだ。

 あの三文芝居な放送の翌日、バチカンの代表が緊急来日したのだ。

 そしてなぜか、俺たちは呼ばれた。

 生まれて初めての首相官邸へ。


 後に語られることとなる、日本の行く末を決めた会議だ。


 大きな会議室のようなところへ通された。

 黒服のボディーガード達がそこら中にいた。


「来たか、高貴な野蛮人ども!」


 デュリオさんとエリカさんがすでにいた。

 何も言わず、疲れはてた表情の老人はローマ教皇だ。

 俺は日本に帰る前にあっているので、会釈だけをした。


 あとは俺とマナと婆さん。

 ギスランとエマ。

 そして首相、あとは知らない爺さんが一つの部屋にいた。


「初めまして。

 風森宗源(かざもりそうげん)でございます。

 当主には一度、挨拶に行くべきだったのですがな、なにぶん多忙な身の上でございますゆえ」


 長い白髪を後ろに流し、袴姿の老人は、マナへ一礼した。

 その雰囲気は、普通じゃない。

 とても大きな存在にかんじた。


「初めまして。

 風森家の新しい当主。

 風森マナです」

 マナは堂々と老人を見据えた。


「久しぶりですね。

 元気そうで、何よりです。

 マナもハルマサも、一応は小さい頃にあったことがあるんですよ?

 宗源はいわば、風森の男達のまとめ役。

 戦後の経済を支え、金と風森の暴力で裏社会と政治を、裏で操ってきたいわゆる悪の秘密結社の親玉のようなものです」


 ニコニコしながらサラッとすんごいこといってるよね!?

 めっさめさ悪い人じゃん!

「先代は相変わらずですなあ!!

 あっはっはっは!」

「おほほほほ」


 こえーよ!

 この二人の過去とか聞きたくねえよ!

 絶対うちの家系まともじゃないよ!!


「挨拶もそこそこにして、本題には」


「誰が、話していいといったんだ?」

 静かな殺気を放ち、爺さんは目を細めた。

 首相が青ざめて固まっとるがな。


「はーい。

 はじめましてえ。

 俺はハルです。

 爺さんこわいですよ?

 首相が漏らしそうな顔してまっせ?

 ここはみんなでワイワイ楽しくやりましょ!」


「そうじゃそうじゃ!」

「サッちゃん!?」

 いつの間にか部屋にいたのはアル中の神様だった。


「これはこれは、お久しぶりでございます。

 サガミ様にクロウ様」


「サガミ様、あの時は誠にありがとうございました」

 ローマの代表は立ち上がり礼を述べた。

 異国の神であろうと人を愛し助けるものには礼を尽くす。

 俺はこの爺さんが結構好きだ。


「サガミ?

 あなたはあのサガミ様ですか?

 はじめましてえ!」


 きっと、神様を初めてみたんだろう。

 首相は定規のように、綺麗なお辞儀をした。


「これが!

 オジギ!!」


「さあ、始めるぞ」

「猫が!

 しゃべった?」


「お前、少し黙れ」


「だからこわいって」

 宗源という老人は、なぜか俺をジロジロ見回していた。


 気を取り直して首相ははじめた。

「それでは本題に入りましょう。

 ニュースで見たと思いますが、アメリカとロシアの連合、そして怪物達、悪魔と戦うという発表。

 日本には、潜伏している怪物達を探す要請がありました。

 現在日本政府は、まだ返答をしていません。

 正直情報が足りなすぎるのです。

 アメリカやロシアの言うことが本当なのか、ローマでなにがあったかを。

 ローマ教皇自らここへきた訳も」


 それから俺たちは事の次第を話した。

 長い時間話し合いは続いた。


 そして一つの結論が出た。


 △▼△▼△▼△▼


 カメラが回る中、俺たちは壇上にいる二人の姿を見ていた。


「戦争が始まった。

 怪物達の存在、天使が現れた事。

 これは事実なのです」


 法王は静かに語る。

「しかしです!

 我らカトリックを襲ったのは、その天使達です!」


 会場がどよめく。

 握りしめた拳を隠さず、強い目で語る。


「悪魔達、怪物達を使い!

 多くの人が殺されました!

 あの天使達の見せた映像の、続きを見て欲しい」


 祈りを捧げる神官達、悪魔の兵隊が虐殺を行う。

 やがて現れるのは、丘の上にいる二人の天使と一人の男。


「奴らは確かに天使かもしれない!

 しかし、怪物達をけしかけ、我らカトリックの民を殺したのです。

 私達を助けてくれたのは、異国の方々、そして異国の神でした。


 天から現れた神は私に言いました。

 あの天使達は、私たちの神を裏切ったのだと!


 主は私たちを見捨てるような方ではない!

 決してあのようなことを望むものではないと!

 信仰をなくしてはいけないと!

 諦めてはいけないと!

 私はあの日、神官達が死んでいった戦場をみて、信仰を失いかけました。

 しかし、私は信仰を捨てはしなかった。

 あの堕天使達は、騙し、裏切り、殺戮した。

 それでも!

 私の信仰を奪えはしない!

 主は私たちを愛してくださっているのだから!


 私は今日、この日本に来たのは、一つのお願いのためです。


 どうか、悪魔の手先になった天使達のいいなりにはならないで欲しい。

 もう一つ大切な話があります。

 私は一人の男と話しました」


 ギスランが壇上に上がる。

「俺は人狼だ。

 そしてローマに侵攻したものでもある」


 会場がさらにどよめくなか、ギスランは続けた。

「俺は元々はただの人間だった。

 ある人狼に噛まれ、こうなってしまった。

 人など襲わなくても生きていける。

 ほとんどの怪物達はそうだ。

 なぜ俺たちは人を襲ったか。


 俺は静かに暮らしていた。

 仲間達と森で、静かに。


 ある日狩りから帰ると、家は焼け家族が殺された。

 人間達によってだ。


 それから何百年も逃げ回った。

 その間、多くの家族が死んでいった。

 ある日、天使の一人が、俺に会いに来た。

 そのときの奴は、魔女のふりをして、悪魔や他の怪物達で戦おうと持ちかけてきたんだ。

 俺たちは、権利のために立ち上がった。


 言い訳はしない。

 俺は人間と戦ったんだ。


 しかし!

 奴らは俺たちを裏切った。


 俺は絶望した。

 もううんざりだった。


 それでも

 俺たちを守ると言ってくれた男がいたんだ。

 命をかけて約束を守ると!


 だから俺は、その男との約束を守ると誓った。


 俺たちはこの国で暮らしたい。

 そして必要なら家族のために、この国を守ると誓う!


 だからもう、人間を恨みはしない」


 ギスランの声は強く、美しい叫びだった。

 カトリックの代表がまた話しだす。


「私は彼と話し、そして思うのです。

 真の友とは何か、真の敵とは何かを。

 我らカトリックのバチカンは彼らに許され、我らも彼らを許し、互いに許したのです。

 神はきっと彼らも愛していると、私は信じる。


 みなさん!

 世界の神の子らよ!

 自分の心に問うてほしい。


 いま世界は第三の戦いへと歩みを進めている。

 これは信仰の戦いです。

 我らバチカンは日本と共に生きます」


 首相は力強く話し始めた。


「私は一つの提案をします。

 もちろん議会にて決定するでしょうが、今は急がなくてはなりません。


 堕天使達の言いなりとなった国は決して私たちを許しはしないでしょう。


 全ての怪物と呼ばれる存在を、私は受け入れたいと思うのです。


 堕天使達とは違う、国民として、受け入れたいと考えています。


 この国はずっと寛容な文化を気づきあげてきました。


 この国はたくさんの神々が住んでいます。

 私は今日、初めて神の一人と会いました。

 その神は言いました。


 我ら八百万の神はこの世界の人間達、そうでないもの達も、互いに手を取りより良い明日を願うものを愛すると。


 私は考えました。

 より良い明日を目指すものを受け入れると!

 彼らをこの国が受け入れないときは、彼らはまた戦わされるか、また人間を疑い、悲しい戦いへと向かうことでしょう。


 あなた方を私は隣人だと認めよう。

 あなた方には権利がある!」


 ローマバチカンが日本と歩むと宣言し、日本の首相は賛同した。


 これにより世界は大きく動いて行ったんだ。

 アメリカやロシアはバチカンが出したビデオは偽物だと言い。

 自分たちこそが神の戦士だと主張した。


 日本の国会は荒れに荒れた。

 マスコミは首相を叩き、デモもあったのだ。


 アメリカやロシアに見つかった怪物達は、強制的に処分されていった。

 さらに同じ国民にすら反対だというものには制裁をくわえていった。

 ときには犯罪者、ときにはテロリストだとして一月の間に多くの自国民を強制連行して行ったのだ。


 アメリカが自由の国ではなくなったと言われたのはこのときからだ。


 。

 その様子を、インターネットを通じて世界の人々が知ることとなっていった。

 あくまで怪物達は怪物。

 神への忠誠を誓わないものは死んでもいいのだというように。



 一方日本などに来る怪物達は、それらから逃れてきたもの、本当に静かに暮らしたいものも少なからずいたのだ。


 俺達にはいくつか、からないことがあった。

 伯爵の話では堕天使達がこの世に呼び寄せたものは悪魔だというのだ。


 悪魔達が人間と手を組んで、悪魔や怪物相手になぜ戦争を始めたのか。


 日本とバチカンの表明はほぼ宣戦布告に近いものだ。

 この2ヶ月攻撃を仕掛けてくることがなかった。

 首相の提案した、怪物の受け入れ法案に反対だった何人かの議員が、直前になって賛成派に鞍替えしたこと。


 全ては謎のままだった。


 結局、首相の提案した法案は可決された。

 決まってしまえば、対応の速さはさすが日本といったところか。

 怪物が来ても、案外生活が変わるわけでもない。

 それなりに怖がられてはいるんだが、テレビにでていたアイドルが実はスライムでしたとか、有名なバンドが実はゾンビでした、などというカミングアウトが流行ったくらいだ。


 もともと、結構この国にもいたんだよ。


 最近になり、やっと役所からの住民登録の受付ができるようになったことで、海外からの移民が急激に増えた。

 普通に移民が増えると、労働力も増えるが犯罪率も増える。

 もちろん犯罪を犯せば罰せられる。

 同じ日本時なのだから。

 ちなみに、対怪物のエキスパートして、警視庁が設立した部署がある。

 超常現象対策部だ。

 ものすごいスピードで、すべては変わっていったわけだ。


 △▼△▼△▼△▼△▼


 そんなわけで俺は、ギスランの住民登録のために、役所まで来ているわけだ。


 ちなみに、昼だと活動できない奴がいるので、一部の役所は夜でもあいているのだ。


「それでは、こちらに年齢と指名を、漢字かひらがなでお願いします。

 苗字がひらがなだとこちらで当て字を考えます。

 年齢はなるべく覚えてる範囲で。

 性別がある場合は男か女へ丸を、どちらでもない場合はその他へ丸と理由を記入してくださいね。

 後は種族、もし階級もあれば記入を、それと血液などの補充が必要ならそちらも。

 住所が決まっていない場合は滞在先と希望地を、決まっている場合は現住所を記入してください。


 職業希望や現在の就職先のあとに、注意することがあればご記入を。

 例えば満月に暴走するとか、日光で溶けるなどあればお願い致します」


 髪をきっちりまとめて、メガネをかけた女性の係員は淡々と説明していく。

 よく見ると結構美人だし、年は30前くらいだ。

 それにしても結構細かいんだな、と俺は感心していた。


「クシノも書きたい」

 書類に興味を持ったようで、クシノも登録したいと言い出した。


「そちらの方は?」

 メガネをクイっと上げて受付の女性が俺を見た。

「この子は神様の一人なんですけど、登録できますか?」

 ガタッとみながこちらを見た。

「まじかよ、神様だってよ?

 拝んどかなきゃ」

 などとヒソヒソ話している輩もいた。


「残念ですが、現状の法律では神の登録はこちらでは行っておりません。

 神社仏閣へお願い致します」


「そうですよねえ、あはは」

 クシノは残念そうにしていたが、頭をなでなですると機嫌もよくなった。


「俺は漢字が書けんのだが何か、族長らしい漢字はないか?」


 族長らしい漢字ってどんな漢字だよ。

 俺は少し考えるといって、先に他のところを書かせた。


 俺の考えたナイスな当て字も気に入ったようで書類は完成した。


 指名、風森 義州嵐

 年齢、約250歳

 種族、赤き人狼族

 階級、族長

 食事、特になし

 職業、農業、建築、狩り

 注意事項、赤き一族はいつでも変身できるのでむやみにからかわないこと。



 こんな感じで記入し、そろそろ帰るかなと考えていた時、あのチンピラが、また誰かにからんでいた。


「ああん!?

 なんだあこのやろう!

 何か文句あんのか!?」


「五月蝿いんだよ。

 三流の吸血鬼が」


 俺はもう走ったね。

 久々に走ったよ。

「伯爵!

 あら〜こんなとこで偶然ですね?

 そうか、登録しに来たんですね?

 俺達もそうなんですよ!

 よかったら一緒に!

 さあさあこちらへ!」


「んだよ、またあいつらの仲間かよ」


 チンピラは俺に気づいて戻っていった。

 役所が血の海になるとこだったよ。


「あの、困りますよ。

 順番は守らないと」


「いやすみません。

 この人、本当にヤバイ人なんで、早く終わらせて帰してください。

 他の奴らに絡まれて暴れても困りますので」

 俺は周りに聞こえないように、耳元でささやく。


 フンといって受付の女性が伯爵をみた。

「安心してください。

 夜間の役所には、専門の警備の方々がおりますので、相手が誰でも対処は万全です」

 そういって、カウンターのボタンを押した。


 バァンと後ろの扉から男が出てきた。

「誰か暴れているのですか!?」


 って何故か知ってる顔だなあ


「この方が、横入りしましたのでお呼びしました」


「それはいい度胸だだだだ!!」

 わかりやすいくらい焦っているのは、デュリオさんだった。

 彼は今警視庁の要請で、エクソシストの教官として各地を回っている。


「あ!あんたは……伯爵。

 それにお前らも久々、でもないか」


 そうだよ、先週本家に顔だしただろうが!

 と心の中では突っ込んでおく。


「古田さん……

 いくら俺でもこの人は無理だよ。

 諦めて早く受理してください」


 マヌケに笑っているが、この人はかなりの凄腕だということを、俺は知っている。


「そんな。

 デュリオさんが言うなら、仕方がありません。

 今回は特別に、受理します」

 納得いかないようだったが、なんとか丸く収めてくれた。


 伯爵に俺が書くところを教えて、書類を完成させた。


 指名、風森 伯爵

 年齢、約60歳

 種族、吸血鬼

 階級、伯爵

 食事、特になし

 職業、伯爵

 注意事項、強敵募集


 もう、誰も突っ込んでいい雰囲気じゃなかったけど、一応聞いてみる。


「名前それでいいのかな?

 あと60歳って本当に?」


「私は何度か滅んでいるのでな。

 蘇ったのが約60年前だ。

 それに煉獄は時間流れがこちらとは違う。

 あちらにいた時のものを含めたら、どれだけ生きてきたかわからん」


「じゃあこれでいいですね」

 俺のばか!

 もっと掘り下げろよお!

 このビビリがあ!!


 久々に突っこみ疲れた俺は、

 この後、

 俺の運命が大きく変わることなど、

 まだ知らずにいたのだ。

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