第47話 四十三杯目✿死の王

 〜マナの視点〜


 岩本さん達が出て行った後、みなそれぞれ動き出していた。


 私は怪我人に備えて、地下で待機することになっていた。

 兄様達はあの禍々しい髑髏を守る役割をしている。


 地上では罪もない人々が死んでいっているのが感じられる。


「マナさん。

 奴らはまっすぐに広場へ向かっているそうです。

 ひどいものを見ることになるでしょうが、気をしっかり持ってください」


 この私よりも若い、このシスターは、きっと今までそういうものをたくさん見てきたのだろう。


 私にできることが、いったいどれだけあるというのか。

 私には、力も何もない。

 なぜこんなにも、無力なのだろう。


 でも、やれることが、きっとあるはずだ。


「楽しくなってきたじゃないか」


「伯爵!?

 それに!お祖母様?

 みんななぜ」


 私は目を疑った。

 どこかへ行っていた伯爵がいきなり戻ってきたと思ったら、お祖母様とハル兄さんの先生がなぜかいたのだから。


「いやあまいったよ!

 ローマをウロウロしててなかなか見つからねえと思ったらこんなとこにいたなんてな。

 しかも伯爵様がいきなり迎えにきたときは、もう逃げ出すとこだったぜ」


「お祖母様達がなぜここへ!?

 今ここはとても危険なのです!

 彼岸のもの達の軍勢がすぐそこまできています!」


 そうだ。

 とにかく安全なところに逃がさねければいけない。


「そうですね。

 今は有事のとき。


 だからこそ、私がきたのです。

 あなたに、風森の当主としての役目の全てを伝えるために。


 私は怖かった。

 あなたには、争いのない世界で暮らして欲しかったのです。


 だから。

 今まで伝えてこなかったことがあります。

 皆を守る力があれば、あなたは戦さ場に出る覚悟がありますか?」


「……はい!」


 もし私に力があれば。

 皆を守る力があるなら、私は守る。


「それが、誰かの大切な誰かを傷つけるとしても、あなたは戦うことを選びますか?」


「もう始まってしまった戦いを止める事が戦う事だけならば、私に力があるなら。


 私は戦います!」


「わかりました。


 あなたは今日から、

 本当の意味で風森の当主となりました。


 しかし覚えておいてください。


 あなたの行動のすべてが、一族の長として正しいかどうかを忘れてはいけません。


 常に心していきなさい」


 そう言ってお祖母様は少しだけ悲しそうに笑った。


「時間がありません。


 正装してきなさい」


 私は急いで巫女服に着替えた。


「へえ。

 ……結構可愛いわね」


 結構?

 エリカからなんか嫌味な感じがするのは気のせいだろうか。


「これよりあなたに私の権限の全てを与えます」


 そう言って祖母は目をつむり祈りを捧げた。


 私の中に、魂に刻まれる何かを感じる。


「さあ!

 あなたの祈りが伝わればきっと願いは叶えられます!

 新たな風森の当主として!


 戦さ場に祈りを捧げなさい!」



「はい!」


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 私は地上に出た。


 そこは血が流れ、銃弾が飛んでいる。

 悲鳴や轟音が響く戦場。


 私は歩く。


 銃弾の雨が通り過ぎていく中を。


 不思議だ。


 私は守られている。

 感じる。

 見守られているのを感じる!


 私は舞う。

 それは神へ捧げた私の思い。


 私は歌う。

 それは神へ捧げた私の願い。


 感じる


 空から光が降り注いだ。


 繋がっているのを感じる。

 私達は繋がっている。


 見える

 光が見える。


 聞こえる

 出陣の音が聞こえる。


 ドォン!ドォン!ドォン!


 天に男達が

 風森の男達がみえる!

 クロウ様を先頭に坂東武者の益荒男達が!


 ドォン!ドォン!ドォン!


「なんだあれは!天に人が!……神だ!神が来たのだ!!」


 祈りを捧げるもの、ただ呆然と立ち尽くすもの、皆が天にみえる男達を見上げた。


 サガミ様が景気良く、太鼓を叩いている。


「我が一族の当主の願い!

 聞き入れた!

 坂東武者たちよ!

 巫女を守り!

 敵の首を上げよ!」


「オウ!!」ドォン!!


「焼き討ちじゃあ!!」


「もう焼くとこないんじゃないすか?」


「俺は平和が一番好きなんだけどなあ」


「……」っス


「うちまくるよお!」


 花見の時にいた、他の神までも。


「いざ参る!!」


「オウ!!」ドォン!!


 天から風森の男達がかけてくる!


「オウウウウウ!!!!」


 刀や槍を持った坂東武者の軍勢は人狼と悪魔の軍勢に襲いかかる。


 そこらじゅうが乱戦になっていった。


「夢を見ているのか?

 いったいあれはなんなのだ」


 先ほどまで押されていた形成は一気に傾いた。


 攻撃を受けた風森の男達は、消えて帰っていく。

 一時的に肉体を得ている存在でしかない彼らはまた天界へと戻っていくのだ。


 スダン!ガキン!


 そこらじゅうで戦いは激化していく。


 ビュンビュン!


 光の矢が悪魔達を滅ぼしていく。

「今だよ!ノブノブ!」


 赤い鎧の男が穴の空いた陣形に切り込む。

「ぎゃははは!燃えろ!燃えろ!」


 男の刀は一振りするたびに炎をまとい、斬りつけたものは燃えていく。


「悪魔達を前へ!一度下りましょう!」


 敵は減っているが、肝心の人狼達はさすがに強い。

 怪我をしてもすぐに回復する。

 すぐに、悪魔達が前を固めるので止めがなかなかさせない。


 それでも時間の問題ではあった。

 後少しで人狼達を残して、悪魔達はほぼ倒し尽くしていくだろう。


 !?

 ゴゴゴゴゴ!!

 突如地響きが鳴りだした。


 これは地震なのか!?

 しかし、私たちの後ろをみなが見上げていた。


 大聖堂の裏にある森が盛り上がり一つの丘のようになっていく。


 その頂上には十字架のようなものがあり、一人の女がみえた。


「遅いぞ!メリザンド!!」


「なんか楽しい事がおきてたから、つい楽しんでしまったわ」


 デュリオさんが地上に出てきた。

 後ろにしんちゃんが走っているのが見えた。


 「クソ!!もうあんなとこに!」


「だいぶ人間も死んだんじゃない?

 それに。

 悪魔達も」


 女は、何かを地面に二つ置いた。


 ハル兄さんが走ってくる。


「ダメだ!クリスタルスカルを持ってる!止めるんだ!!」


 女は何かを詠唱している。

 地面から二つ陣がうきあがり、髑髏が浮いている。


 ドォン!ドォン!

 、デュリオさんがライフルで狙撃するが何かに邪魔されるように銃弾はそれていく。


 エクソシスト達が女に向かっていく。


 ドガアアアン!


 向かっていったエクソシスト達が吹き飛んだ。


 スタ!スタ!


 広場の真ん中にそれはいた。

 禍々しい力を感じる二つの悪夢。


 青い目の白い人狼。

 他の人狼達と色も大きさも異なる。


 赤い唇と、血に染まったような赤いドレスの綺麗な貴婦人。


 二つの悪夢がとった行動をみて、全員が感じた。

 これは、悪い冗談だと。


 二人のそれは殺戮を始めたのだ。

 人も赤い狼も悪魔さえも全てをだ。


 白い人狼が赤い人狼を引裂き、喰らっているのだ。


 貴婦人は人間達を引き裂いた。


「うああああ!!撃て!」


 エクソシスト達銀の銃弾を浴びせる。

 しかし、虚しくそれは弾かれる。


「はははははは!!そうよ!もっとよ!!」


「我が愛しい人よ!楽しんでくれ!」


「バートリ!貴様ら!裏切ったのか!!ソウハはどうした!!」


「裏切る?初めからこういう計画なのだよ。

 あの男は先に死んでるよ。

 お前ら犬どもには餌になってもらう!


 さあ我が眷属達よ!

 主人は復活なされた!!

 殺戮の宴を始めよう!」


 丘の上から軍勢が見えた。

 その数は千人を超えていた。


「貴様らああああああ!!!」


 私は絶望した。

 私にはもう何もできる事がない。

 みなあとは蹂躙される。


 違う!!

 まだ私にはできることがあるはずだ!

 泣いてなどいられない!


 私は立ち上がる。


「よっと。

 マナ、生きてるやつ全員避難させろ。

 おーい!男ども帰るぞ〜!

 撤収撤収!」


 猫の姿に戻り呑気な声で帰るといった。

 相手にかなわないからそんな簡単に帰ると?


「ひどいです!

 不利になったからと行ってそんな簡単に!

 まだ終わっていません!」


「また勘違いしおって、

 お主はすぐに思いつめる癖があるの?」


 サガミ様?


「ああ、ちがちがう。

 生きてるやつが巻き添えくうとまずいからな」


 巻き添え?

 何を言ってるかわからなかった。


「ほれ……みろ。


 あそこで、楽しそうに腹抱えてる、暇人がそろそろ我慢の限界じゃ。


 初めから敵に援軍があるときは、わしらは一度撤退する、その間あいつに任せる事になっておる。


 一度引いて、怪我人を治すぞ。

 そのためにわしが力を貸そう」


「なんだよ〜。

 ないわ〜

 久々の戦なのにあいつがいるのかよ」


「やめだやめだ!」

「馬鹿らしい」


 とこどころから聞こえるだるそうな声を発しながら風森の男達は消えていく。


「みなさん!一度怪我人の治療にあたります!

 動ける人は怪我人の搬送をお願いします!」


「わかった!!一度撤退だ!!」


 みなを逃がしながら、私はみてしまった。


 月の中の人影。


「ッッッッッッックッッッックッッ」


 この血みどろの地獄の町で、その男は腹を抱えて、声にならない声で笑っていた。


 それは


 狂気の笑顔だった。

 私の知ってる優しい人ではなかった。

 あるいはあれが本当の顔なのだろうか。


「とにかく逃げるぞ。

 ああなっては止められん。

 好きにさせとくのが一番じゃ。


 ほれ、はやくせんと来てしまうぞ。


 死の……王が」

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