第44話 四十杯目✿天の光
〜レオの視点〜
ローマの街並みが見える。
空は夕暮れの青と赤い雲が美しい。
町中に灯りがともされ始めた。
もう直ぐ、テベェル川の向こうの町から日の光は完全に消えるだろう。
目の前に広がる世界に、どれだけの人間が歩いているのだろう。
みなそれぞれの人生を生きている。
僕たち人狼にも、街で暮らすという事を考えたことはあったのだ。
僕らは人間とは一定の距離を置いていたが、嫌っていたわけではない。
人間と上手くできると思っていた。
何度も何度も繰り返したのは信じること、裏切られること。
僕達は長い間生き過ぎた。
そしてみなわかってしまった。
始まりは些細なことでも、人間というものは、自分と少しでも違うと、必ず争いを始める。
お前と僕は違う。
人間と人狼は違う。
人間はこれが欲しい。
僕らもこれが欲しい。
人間は僕らを殺す。
僕らも人間を殺す。
争いは起きるが、終わる事もまた同じ事だ。
終わりの後は始まりがあり
始まりの後は終わりがある
次の争いのための一時的な期間。
それが【平和】だ。
僕達は何度も平和と争いを見てきた。
この世界には救いなどあるのだろうか。
あるのは平和から次の争いまでの時間に、どちらが有利になるか。
またはどちらかが滅びるか。
二つが一つになると、一つは二つになる。
結局人は、滅びるまで平和を繰り返す。
それでも!
僕は選んだんだ!
今までの僕達には平和などなかった。
権利などなく殺されるだけの時間。
それは地獄だ。
この世は地獄だ。
人間には平和だ。
人間だけの平和だ。
次の平和は僕達が勝ち取る。
僕の大切な人と共に戦うと、守ると決めた!
僕らの信仰は悪なのか。
僕らの信仰は誰が悪だと決めた。
君らの信仰は正しいか。
君らの信仰を誰が正しいと決めた。
僕らを悪だというのなら、君らの信仰を打倒してみせよう。
負けたものには自らを正当化できる権利などない。
これは戦うもの全ての真実だ。
これは権利あるものになるための真実だ。
日の光は消えた。
今一つの平和が終わる。
夜が現れ
争いの幕が開けるのだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「時間だ」
族長は静かに立ち上がり後ろを振り向く。
広場や見張りには複数の人影が現れる。
総勢約100名の人狼はみな、心臓、首には防弾で刃物を通さない合金の鎧を着ている。
後ろには総勢約五百人の悪魔達。
同じく合金の鎧、胸と腰には銃弾、刃物などの装備、それぞれが最新式の銃火器を構える。
武器も魂もまだまだある。
全員直立不動で号令を待つ。
「聞けえ!
誇り高き赤き狼達よ!
今宵この世界は
人間だけのものではなくなる。
我ら人ならざる全てのもの達は、
後の世にこの戦いを神話だと語るだろう。
そして!
その戦いの火蓋を切り
勇敢に戦う栄誉を手にしたのはだれだったかを。
それは!
誇り高い赤き狼達だ!
狼達が神話を築いたのだ!
我が魂はみなとともにある!
赤き戦士達よ!!!
我に続け!!!」
「ウオオオオオオ!!!!!!!!!」
城が鳴っている。
魂の叫びが聞こえる。
戦士の熱い血は咆哮となり響いた。
ガゴオン!!ギイ
バァン!門は今、開かれた。
サンタンジェロ城からそれは現れた。
ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!
「なんだ?撮影か〜」
門から現れたのは人狼部隊を先頭に、悪魔の軍隊の行進。
カフェで休憩中の女性、買い物袋を持った青年。
帰宅途中の男、通りにいた全ての人々が振り向く。
突如それは始まった。
「進軍せよ!!」
ズダダダ!!ズダダダダダ!!!
「うああああ!!」
ドド!ドン!!
「きゃあ!!」
夜のローマを悲鳴が染め上げた。
人狼達は堂々とまっすぐに大聖堂を目指す。
ザン!ザン!ザン!ザン!
人狼達は歩く!
逃げ惑う人々を悪魔達は無造作に殺戮した。
その魂を悪魔達が回収していく。
赤と黒の軍は歩みを進める。
「に!にげ!!!」
ドガアアンン!!
ローマを悲鳴で満たしていく。
通りからは火の手が上がり、ガラスが散乱している。
軍勢が過ぎた後の中にすでに生きているものはいない。
僕もエマもただ前だけを見つめて進む。
美しい街は赤く染め上げられていく。
もう直ぐ大聖堂前だ
広場が見えて来るとバリケードらしきものが見えた。
奴らの本拠地は直ぐ目の前だ。
広場に設置されたバリケードの奥に、そいつらはいた。
僕ら怪物の仇。
僕ら怪物の天敵。
天罰の代行人。
悪魔払いの専門家。
暗殺集団。
軍人達。
警備員。
警察官。
シスター
神父
殺し屋の狂信者達め!
「バチカン!エクソシスト!」
「総員!戦闘開始!!」
バキバキバキバキバキバキ
100名の人狼達は一斉に変身した。
装備品は変身しても壊れることなく機能を果たしている。
「ウオオオオオオンンンン!!」
バチカンに赤き咆哮が響き渡る。
「撃てえええ!!!」
片目のエクソシストが叫んだ。
ドン!ズダダダン!!ドド!!
ドガン!ドガン!
奴らには逃げ場はない。
逃げれば信仰を失い、命も失う。
大聖堂の背後は森と絶壁、絶壁の下は川が流れいる
目の前は火の海だ。
戦うしか術はない。
銃弾が飛び交う中バリケードを壊していく。
「ぐああああ!!」
「撃て!撃て!撃てええ!!」
銃弾に倒れる悪魔も、引き裂かれる人間も、
みな平等に死んでいく。
悪魔達は100名ずつ城から増えていっている。
ここを占拠するのは時間の問題だった。
僕はこの乱戦の中、何人の人間を引き裂いただろうか。
もう血と硝煙しかないはずの場所でそれは視界の隅に映った。
広場奥の大聖堂のまえ。
そこだけが時の流れが違うように、まるで流れる水のように美しい女が舞っていた。
白と赤の服を着て、祈るように舞う
この地獄にいてなお美しいと思えた。
美しい声が、この銃声と悲鳴の中で、微かに聞こえた。
「とこしえのあまのそらのおおみがはら――
かぜのかみをよざしまつりて――」
雲が渦を巻いている。
それは光だった。
「――みたまのわざ
――きみたまによりて
――かしこみかしこみ――」
天の光が女を照らしたのだ。
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