第45話 四十一杯目✿天の音

 僕は暗い道を歩いていた。

 ここは古くからある隠された通路で、知ってるものはほとんどいない。


 僕と角田ちゃんは静かに進む。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 ここ数日は情報を集めて、バチカンの古い文献を読み漁った。

 奴らは普段人間と変わらない。

 いくら情報を集めても顔もわからない連中を探すのは無理だ。


 しかもここは観光地。

 状況は最悪だ。

 怪物が攻めてくるから近寄るな、などと発表でもしたら逆に人が増えそうだ。

 つまりは打つ手は籠城戦と隠密作戦だ。


 バチカンには知られていない地下通路があり、近くの城と繋がっているという。


 案の定ガイウスという人も噂程度だが知っていた。


 誰も見つけることはできなかったのだとか。


 それもそのはずだ、見つからないように隠されているんだから。


 僕は目を使って歩き回った。



 僕が思うに敵は正面から攻めてくるだろう。

 しかしそれはどこから?


 奴らが拠点として、行動しやすい場所はどこだ?


 宣戦布告などはしてこないだろう。

 かといってこそこそと責めるつもりもない。


 サンタンジェロ城。

 バチカンの直ぐそばにあり、大通りの向こう、テベェル川の直ぐそばにそれはあった。

 僕は城とここをつなぐ地下道を探し続けた。

 気の流れ、霊の流れを追うと不自然に抜けて壁を通り過ぎる流れがあった。

 ビンゴだ。


 奴らがここを使って小賢しいことをするかもしれないのでここにも守りをつけたほうがいい。


 または埋めてしまおう。

 僕が予想をみんなに相談する前に奴らは強襲してきたからだ。


「人狼が出ました!戦闘準備!」


「奴ら堂々と一般人を殺して進軍している。

 敵の数は約六百だが、サンタンジェロからまだ出てきている。

 直ぐに広場までくる!」


「きっと倍は出てきますよ。

 ところで、いいものを見つけました。


 サンタンジェロ城までの地下通路です」


「見つけたのか!

 何人か守りに行かせろ!」


「連中の拠点と思わらる場所です。

 僕と角田ちゃんでちょいと破壊工作でもしてきましょう。

 運が良ければ大幅に敵を減らせる。」


「ウホ!男二人で突っ込むとは胸が躍りますな!

 入り口には爆薬を仕掛けておくでござる!

 敵が気づいて攻めてきたら爆破でござる!


「お前たちはどうすんだよ?」

 ハルちゃんが心配そうな顔をしている。


「門も空いてるし、別から出るよ」


「わかった。

 俺たちはクリスタルスカルを守るよ。

 それにしても伯爵はどこに行ったんだ?」


「まあ約束は守る人だと思いますよ?

 直ぐにくるでしょう」


 籠城戦の準備はできている。

 しかしこちらは500人程度、敵の数は少なくてもこちらよりは多いだろう。

 こちらにも援軍は向かってるが普通の軍人たちは役に立たないだろうからあくまで援助にまわってもらいたい。


 専門家は少ないのだ。

 とてもじゃないがあてにはできない。


 それに籠城戦と言っても城があるわけでもない。

 バリケードだけだ。

 やはり不利なのは同じか。


「我らの聖なる土地を悪魔どもに渡すわけにはいかない。

 信仰を失ってはいけないのだ!

 みな頼むぞ!」

 ガイウス大司教の号令が響く。


「「はい!!!」」


 それぞれが動き始めた。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 僕は角田ちゃんと二人で狭い洞窟のような通路を進む。


 ドォン パラパラ


 地上の揺れが伝わってきている。


 出口だ。


 僕は静かに扉を開けた。


「今晩わ。よく来たね」


 隠し扉を開けた先には男がいた。

 喪服姿に黒い髪。


「まずいねえ。

 逃げてもいいかな?」


 目が慣れてきてわかる。

 男の後ろには3メートルは越えのライオンのような怪物。


 翼があり、尻尾が蛇だ。


 その後ろにも大勢いるのが見えた。


 罠だ。


「僕はソウハというものだ。

 君は陰陽道のものだね?

 どこの家だろうか。

 土御門か?」


「いーやそんまメジャーなとこじゃないよ。

 ただの拝み屋でね。

 それにしてもあなたは日本人か?

 陰陽師なのか?」


 ソウハと名乗る男は不気味だった。

 陰陽道の事も詳しそうな口ぶりだ。


「陰陽師?

 日本人?

 ははは!ごめんごめん。

 僕はそうだね?

 元は大陸の生まれだ。

 そのあとはいろいろやって、今は錬金やらに明け暮れてる。

 僕の作った悪魔たちはお気に召したかな?

 ちょうど少し退屈してたんだ」


「……岩本殿」


 僕は静かに頷いた。


「なるほどね。

 あなたがあんな物騒なものを作ったのか。

 僕とあなたは同じようなものだ。

 すまないが早く帰りたいんだよ。

 ……僕は新婚なんでね!」



 僕は右翼から、角田ちゃんは左翼へと走る。

 出口らしきものが左右に見えたのでまずはここを出なければいけない。


 この人数相手に二人は自殺行為だ。


 ザ!!


 入り口を悪魔が固めた。


 僕の方は出れそうもないな、だけど!


 ドガン!


 角田ちゃんは悪魔たちを素手で蹴ちらした。


「岩本殿!」


「先に行ってくれ!」


 角田ちゃんは無言でうなづくと走って行った。


「いいのかい?

 一人で行ってしまったよ?」


「まったく、諦めて囮にでもなればいいかなって思ってたんだけど、あの目は僕を信じているって目だったんでね。

 期待を裏切るわけにもいかないよ。


 君は退屈してたんだろ?

 少し手合わせ願おうか。


 前後二式!」


 ガチーン!と金属音が響いた。


「ははははは!!

 君があの子達の言っていた!

 そうかそうか式神使いか!

 いいねえ!!


 さあやろうじゃないか!」


 ソウハの後ろにいた悪魔達が襲いかかる。


 ズダダダ!!


 銃弾の嵐を僕は避け物陰に隠れる。


「まずはあれをなんとかしてくれよ。

 でも銃弾には気をつけてくれよな。


 "闘"!」


 フッと前後二式は消える。

 実際には見えないくらい早く敵の懐に飛び込んだのだ。


「"殺"!」


 ヒュン! ザ! ヒュヒュヒュヒュン!


 それは高速で急所に一撃を与える。

 無慈悲にただ殺戮していく。


 早く、とにかく早く敵の首や心臓に刃を突き刺す。


 やられた方は何をされたかわからないだろう。


 悪魔達はチリとなり悲鳴も上げず消えた。


 ガン!ガン!ズダァン!


「な!?」


 前後二式が僕の近くの壁にめり込んでいる。


 何が起きたかわからないが、向こうにいるデカイライオン悪魔がやったのは確かだろう。


 めっさ怒った顔で部屋の真ん中に陣取ってるからね。


「フー!フー!フー!」


 怖いよ。


「ははは!!

 すごいおもちゃだね!

 僕も欲しいよ!

 でもそんなんじゃ僕のおもちゃには勝てないよ?」


 まずいねどうも。

 前後二式のスピードに対応できるのがいたとはね。


「神様に喧嘩売ろうとしてる連中なだけあるよ。

 いやあ強い!

 僕はこんな奴と戦ったことがないよ。

 僕はあまり才能もなくて、霊力も弱いんだ。

 そして何より臆病なんだよ。

 だからね。


 いつも、奥の手を隠してるのだよ」


 バチカンで面白い物を見つけた。

 それは昔、日本で回収したという護符。

 僕にはすぐにわかった。

 面白いことに護符自体に式神がまだ残っていた。

 それは遠い昔の大物の陰陽師が作り上げたものだった。

 しかもすごいのは術師がすでにいなくとも存在している。

 術師が自らの力で作り上げた式は普通その術師がいないとすぐに消える。

 しかも意思もあるときたからすごい。


 この式はなぜか、僕を気に入ったらしい。

 邪道で面白いからだそうだが、いい気分はしない。


 僕は新たな契約をした。


 僕は六芒星の書かれた黒い護符を取り出す。

 それを前後二式の方へと飛ばし印を結ぶ。


「六芒星?阿部家のものじゃないのかい?

 まさか!」


「呪生一式'鴉'!」


 護符は前後二式を闇で包む。


「ははははは!!

 最高だ!なんだそれは!

 欲しいよ!!」


 やがて闇は円となり、六芒星が浮き上がる。


 この鴉は憑依型の変わった式だ。

 それは生きた肉を持つものであればその呪いでたちまち死に至るだろう。


 あれ?


 ソウハって奴に式打てば殺せたんじゃないかな?


 まあいいや。


 そして命なきものであればその物質を一つ道具として自らの体を構築する。


 今の前後二式は鴉が主導権を握り、ゼンとゴウは一つになっている。


 ガシャン


 黒い鎧が現れた。

 鳥のような兜の下には闇が広がっている。

 まるで鱗のような黒い肌が隙間からみえた。


 ジャキン!


 腰から抜いた刃が黒く光る。


 僕は印を結ぶ。


「"滅"」


「グォオオ!」


 巨大な悪魔が鴉へと襲いかかる。


 ガシン!


 悪魔は鴉の肩を掴み牙を突き立てた。


「グウオオ!!」


 鴉に触れた腕はみるみる崩れ落ちていく。


 ズバァ!


 鴉は歩きざまに首を切り落とした。


「ははははは!

 すごいすごい!

 さすがにすごいよ!

 君はいったいなんなんだ!?

 こんな邪悪な式を持ってるなんて!


 あの方にもっと知識をもらわなくては!」


「あの方?

 君達の親玉か?」


「親玉?

 そんな小さなものじゃないよ。

 知識を与えるもの!


 あの方こそが偉大なる地獄のお……

 なん……で」


 ソウハの胸から赤い血が滲んだ。


 バタン


「あんたもう使えないし喋りすぎ」


 金髪のローブを着た女が倒れたソウハの後ろから現れる。


「君はこいつらの仲間なのか?」


「仲間?

 ははははは!

 面白いわねえ。


 こいつらはただのおもちゃの兵隊よ?」


 こいつはまた危なそうな奴がきた。

 僕は警戒を強め、鴉は構えた。


「楽しそうだけど、まだやることあるからまた今度ね」


 ッフン


 不敵に笑い、その女は影の中へと姿を消した。


 僕は警戒しながら全体を調べたが他に扉らしいところはない。


 倒れているソウハにはもう息はない。


 おもちゃの兵隊。

 気分が悪くなった。


 簡単に仲間の命を奪って、おもちゃだと!?


 いったいこいつらは何をしたいんだ!


 クソ!

 いつまでもこうしてはいられない。


 角田ちゃんも心配だ。

 僕は角田ちゃんが向かった先へと走る。


「ウオオオオオオオ!!!」


 遠くから角田ちゃんの声がした。

 僕は声を追って走った。


 通路の中に入ると外が見えた。

 バチカンのほうが明るい。


 大聖堂の空から光がさしている。


 ドォン!ドォン!ドォン



 そして


 天の音が聞こえた。

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