第37話 三十四杯目✿ただの友達

 〜デュリオの視点〜


 まずい状況だ。


 エリカの探していた東洋人は見つけた。

 しかし肝心のクリスタルスカルはすでに掘り起こされ、獣の怪物に発掘隊は襲われた。


 クリスタルスカルは、大学の研究室にあるので俺たちは回収に向かっている。

 東洋人から聞いた情報は、信じがたいことだった。


 その怪物はまるで赤い狼のような獣、それが人間になったという。


 人狼の可能性が高いのだが、俺が知っている人狼は、ほぼ人間だと言っていいものだ。

 それが満月の夜などに変身して、人を襲う。

 襲った本人は基本的には記憶を失う。

 つまり、無意識に人を襲ってしまうのだ。


 しかし、今回の怪物は満月でもなく、ましてや夜でもない時に変身した。仲間らしい男の声に反応し、人間に戻ったという。

 自分の意識もしっかりあると言ってもいい。

 つまりはかなり強力な個体、人狼の類ならロード級と見て間違いないだろう。


 ロード級の人狼と遭遇したことなど、バチカンの記録では100年近く前の話だ。隠れていたのか、それとも、なにかしらの進化を遂げたのかはわからない。


 強力と言っても弱点は同じはずだ。心臓を破壊するか首を落とす。

 銀の武器は奴らの弱点で、致命傷を与えれば、大量の血液を失い、絶命する。

 それと火も有効な武器でもある。

 その昔、弱点のわからなかった怪物たちに有効な攻撃として、最も盛んに行われたのは火炙りだった。


 火で燃やすことは確実に死を与え、罪を浄化すると考えられていた。もっとも、それは罪なき者達を大勢死に至らしめた、魔女狩りの歴史にもなってしまった。


 現在は怪物達への攻撃で火を使うことは、ほとんどない。被害が他にも飛び火したりと危険も多いし、隙も生まれやすいためだ。

 人狼はスピードがずば抜けている。そして怪力だ。吸血鬼より優れたその怪力と俊敏さは厄介だ。


 そして硬い、普通の刃物は通らない。奴らの毛と筋肉に遮られてしまう。確実に心臓を破壊するには、ライフル級の貫通力が必要だ。あんなものと正面からぶつかるのは馬鹿のやることだ。獲物を狩るには基本に立ち返れ。気づかれず、呼吸を合わせて確実に急所を狙う。チャンスは二度とないのだ。


 俺はイメージする。

 大学に奴らが現れた。

 女二人に男一人、未確認の人狼が一人、赤髪、金髪、ローブ、最低でもロード級と思われる二匹の怪物。


 大学のような建物は隠れらる場所は限られる。俺は1発目を屋上から撃つ。2発目の準備にかかった時には怪物が目の前にいた。


「ダメだ。勝てるイメージがわかない。狙撃でやれても一匹だ。まとめてやる方法、または戦わないことを考えたほうがいい。」


「デュリオさんでも倒せないと?」


「ダメだ、場所が悪すぎるし人数も多い。


 せめてあと二人は援護が必要だ。アラン神父がいればまだ戦えたかもしれない。

 さすがに、俺とエリカだけだと無理だ。

 他の班はまだこちらには来れないし、ここは回収に徹して、逃げるべきだな。

 発掘屋も守ってやらないといけないし」


「向こうの戦力は小さく見積もっても、危険すぎますからしょうがないでしょう。

 こちらの存在は、向こうには知られてはいないので最悪鉢合わせても戦闘にはならないと思います。では回収優先でいきましょう」


 そうだ、こっちは奴らを少しながら知っている。

 これだけでもかなり有利だ。


「あなた達は本当に教会の人達なんですよね?まるで軍人みたいな感じですけど」


「まあ俺は元々軍人だからな。今は怪物退治専門のエクソシストだ」


「エクソシストか、きっと本物なんでしょうね」


「案外簡単に信じるんだな」


「ええ、友人に似たような職業の奴がいますので、そっちは結構な役立たずですけどね。それにもし、あなた達が敵だったら、俺は今頃生きてないでしょう?必要な情報は喋っちゃったし」


「心配するなよ。あれを回収したら安全にうちに帰してやるから。

 あいつらリストの人間はみんな始末したって言ってたんだろ?ならあんたは安全だ。他に関わってる奴がいるとも、思いもしないだろうぜ」


 しかしなあ、回収してもどこかで奴らとは戦うんだろうな。作戦をしっかり立てないとかなり危ない。多分今までの奴らとは違うだろうし、アラン神父にも相談しないと。


 俺たちの作戦は発掘屋と大学に侵入して、何くわぬ顔でクリスタルスカルを回収。この人の出入りが多い大学では怪しまれることもない。奴らはクリスタルスカルが結局どこにあるかもわからないのでいい時間稼ぎになるだろう。


 そして、俺たちは発掘屋と3人で大学に入った。

 いつもは完全に軍人とシスターなので今回は変装し、誰にも気づかれることなく入り込めた。


 教授の研究室と言っても、大学全体の貴重なサンプルを保管しているところなので、人の出入りも多くたくさんの人が研究室にいた。


 その中に入り込んで奥の保管室に入る。たくさんの棚にボックスが山のように並んでいた。


 発掘屋が場所を知っていたのですぐにそれは見つかった。

 初めてみたクリスタルスカル、それは赤く透き通る水晶で出来た、美しい宝石のような骸骨だった。

「これが……アルファの」


「アルファ?これがなんだか知ってるんですか?」


「いえ、あなたが知るべきではありません。何も知らないほうがいいです。さあ、急いで出ましょう」


 俺としたことが口が滑った。エリカの視線が怖いよマンマ!


 俺たちは、すぐに大学をでて、隣町の安宿を借りた。

 発掘屋とは念のため、今日は一緒に行動し、明日他のチームと合流後、近くの空港に送り届けることとなったのだ。


 後手だった俺たちは、やっと有利になった。


 疲れた。

 パスタ食べたい。


 俺は眠りについた。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 翌朝、チームと合流するために俺たちは待機していた。


「パ!パスタにケチャップなんて!外道の所業だ!いや変態な日本人はたしかそんな料理を好むと聞いたことがある!」


「ナポリタンっていうれっきとした料理です!うまいんです!言うなれば焼きそばとパスタの融合!さあ食べてみてください!」


 せっかくのゆでたてパスタをわざわざ水でさらしてあんな甘いソースと絡めるなんて!マンマ!日本人は料理まで変態だったよ!ナポリタンって!どこにナポリの名残があるんだよ!!ケチャップとナポリになんの関係があるんだよ!!ああ!マンマのパスタが恋しいよ!


 パク。


 ……あれ?


「うまい?これはいける!」

 ケチャップを親の仇のごとく炒めた鬼畜の料理だと思ったのに!なんだこれは!?


「おいしいわね。私は好きですよ」


「でしょ?他にもいろんなパスタがありますから、いつかご馳走できるといいですね。お二人には感謝してもしきれないですよ。本当にありがとうございました」


 発掘屋は嬉しそうに頭を下げた。


 ガシャーン!!!


 突然、何かが部屋の中に飛び込んできた。

 それは、赤い髪でローブを纏った、若い女の子だった。


「……見つけたわ。あれはどこ?」


「な!なんで!!」

 発掘屋の様子ですぐにわかった。こいつが人狼の女だ。


 なぜだ!?なぜここが!?


 俺たちは発掘屋を後ろに下げて身構えた。

 まずい!今はナイフしかない!


「渡してくれないならしょうがないわね、その男以外はいらない」


 ビキビキ


 女の子が徐々に赤い人狼に変わっていく。


「グルルルル、ガァ!!」


 ーダッ!!

 ガギン!


 動きが早い!間合いを詰められナイフで爪を防いだが、腕がなくなったかと思った。


 ジャキン!


 攻撃を受けるだけでナイフが壊れそうだ。

銃を取りに行く隙は作れそうもない。

もうナイフももたないか、あとできることは攻撃を受ける覚悟で心臓を狙う。こりゃ死ぬな。


「ヤバイな」


 俺もここまでか。

 マンマ、あなたのとこにもうすぐいくよ。



 ガン!!ドガン!!


 にらみ合う両者の後ろのドアが破られて、砂埃が舞った。


「やあしんちゃん。

 ずいぶんと厄介なことになってるじゃないか。

 それにしても、……僕の友人に喧嘩を売るとはいい度胸だねえ。礼儀も知らない狼少女には、教育が必要なようだ」


「お前は、いったい」


 涼しい声でその男は現れた。

 死闘の中を、まるで散歩でもしているような軽い足取りで。

 日本の神官服に近い黒い着物。

 胸のあたりに、星の模様。


「拝み屋をやっいるだけの、

 ただの友達さ」


 その男は


 危険な怪物のまえに立ち


 ただの友達だと


 不敵に笑うのだ。

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