第35話 三十二杯目✿秘密兵器の出番

 〜ハルの視点〜


「兄様、落ち着いてください」


 そう、俺は実際パニクっている。

 がんちゃんとの電話のあと、いろいろと考えながら歩くうちに、なぜかパンイチになっていた。


「服を着てください。

 ……それじゃ上下逆です。

 ……もういいです。

 とりあえず行きましょう。

 伯爵に相談しないと」


 さて、どうしたものか。

 あの玉を見つけないといけない。

 でも一体誰が盗んだ?

 考えが纏まらない。


 本家の離れに、伯爵は住んでいる。

 障子越しにマナが声をかけた。


「伯爵。相談があります」


「マナか?入りたまえ」


 障子を開けて部屋に入る、こたつで本を読んでいる、貴族がいた。


 俺はさっきの電話の内容と、玉を探しに行くことを説明した。


「では、私も行かねばな。

 なに、あんなものすぐに見つかる」


「本当ですか!?

 どうしたらいいんでしょうか!?

 俺は早く、イタリアに行かないと!

 しんちゃんがヤバイんです!」


「慌てるな。

 まずは、盗まれたという場所に行こう。

 そこからたどる」


「伯爵も一緒にいくんですか?」


「サガミに頼まれているのだろう?

 そいつと一緒にいろと。

 それに、楽しそうじゃないか?」


 伯爵は不敵に笑うと立ち上がる。

「私達はバイクがありますが、伯爵はどうしましょう?」


「飛んでいくか、馬だな」


 ……飛べるんだ。


「目立たないように、

 馬でお願いします」


 マナさん?

 飛べるのスルーなんだ。

 それに、馬も目立つと思うな〜お兄ちゃんは。


 俺はマナの後ろに乗りながら、後ろを見てみる。


 ……目立つどころじゃなかったよ。


 なんか黒いオーラみたいなの?

 黒いオーラ纏ったでかい馬だよ。

 目とか血走ってるし真っ赤。


 もうね、世紀末覇者なあれだよ。


 街に行く途中、白バイに呼び止められた

 そりゃあ目立つさ。馬だし。


「この馬、目とか赤いけど?

 体調とか大丈夫?

 整備不良じゃない?」


「生まれつきだ。

 問題ない」


「そうなの?それならいいけど。

 あと、スピード出しすぎないようにね。

 じゃあ気をつけてね」


 そこじゃねえよ!

 おかしいだろ!

 仕事しろ!税金かえせ!


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 なんか納得いないうちに、がんちゃんの家に着いた。


 俺はチャイムを鳴らす。


「はーい」


 がんちゃんの、嫁さんが出てきた。

 相変わらずふわふわしている。


「久しぶり。

 がんちゃんはもう出た?」


「ええ。さっき出かけました。

 ハルさんがきたらこれを渡すようにと、

 自分がいなくても使えるからと」


「……懐かしいな」

 それは一つのトランクだった。


 かつてがんちゃん達と四人で、

 作り上げてきたものの一つ。


「悪いんだけど、

 少しだけ家を調べてもいいかな?

 がんちゃんに頼まれてることなんだ」


「ええ。かまいませんよ」


 俺たちは、家の中を見て回る。

 伯爵が物置の前で立ち止まった。


「ここか。……ハウンド!

 ここに残っている気配を追跡する」


 マナのバックの中にいた、黒い仔犬が飛び出してきた。


「ワン!」


 物置の中の匂いを嗅いで回ったあと、仔犬は、ついて来いとばかりに外にでた。


「ありがとう。

 また今度ゆっくりくるよ」


「いつも主人によくしていただいて、

 ありがとうございます」


 がんちゃんの嫁さんに挨拶をして、

 俺たちは追跡を始めた。


「それはなんですの?」


「これはなんていうか、がんちゃん考案の、お祓いグッツなのだ」


「へえ。ハル兄様でも使えるとか?」


「誰かがいじったんだろ?

 前はがんちゃんしか使えなかったけど。

 えーと、型番は?

 悪罰一式狂ろくろか。

 ちゃんと動けばいいけどな」


「なんでもいいですけど、

 無茶な事はしないでくださいね」


 俺は基本ビビリだ。

 昔からその手のものは、見えたり聞こえたりしたが苦手だ。


 自分には才能などない。

 がんちゃんはそんなこと言っていたが、

 俺が知る限り一番頼りになった。


 確かに昔は失敗ばかりだったが、誰でも得意と不得意はあるものなんだ。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「この辺りか。

 案外、罠かもしれんな」


 元は化粧品会社の工場だった。

 今は薄暗い廃工場になっている。

 学生時代、ここに肝試しにきたものだ。


「へえ。どんなのがくると思ったら。

 化け物が一匹いるとは、面白いねえ」


 吹き向けになっているため、声がどこからするのかわからない。

 男の声、優しい口調。


「ちょうど実験も終わっててね。

 本当は早く戻りたい所なんだが、君たち邪魔だよね?

 だからね、死んで見せてくれ」


 ゾワ!


 背筋が凍った。

 上から何かくる!?


 ドン!!


 砂埃が舞う中、俺はマナを庇う。


 ガキン!!


 俺に向かって、黒いものが飛んできた。

 トランクに当たって弾かれる。


「な!なんですかあれ」


 人の形をした黒い生き物。

 妖怪や幽霊、ましてや鬼ではない。

 虫と人間が合体したような体。


「低級のデーモンだ。

 しかも受肉しているな。

 普通の武器は通じない」


「そいつに遊んでもらってくれ。

 僕は急ぐんでね。

 そいつらの魂集めたら、直接集合場所にこい」


「かしこまりました」


 喋ったよ〜、このきんもちわるいやつ。


 そいつは手を前に出すと、黒いオーラのようなものが集まった。


「それでは」


 ヤバイ!!


 俺はトランクを開けることにした。

 銀色に輝く骸骨。

 骸骨から伸びる首は、蛇のように長く、とぐろを巻くように俺の腕に絡みつく。

 骨に似せて作った骨格は、全て銀を混ぜた合金。

 そう!これこそ!

 才能なきものが得意分野を昇華させた傑作

「いまこそ契約のと」

 改造型魂魄式が


「さような!!ぎゃ!!」


 バキン!

 一瞬の出来事だった。

 何かが通り過ぎたと思った時。


 悪魔の首に噛み付いた伯爵がいた。

 首を食いちぎられ、悪魔は廃になっていく。


「なるほど」ニヤ


 なるほどじゃあねえよ。

 俺のいい所?見せ場的な?

 そういう場面じゃあないの!?

「契約の……と」


 スー、ガチャガチャ。

 ガパっ、バタン。



 一瞬出てきてたけど帰っちゃったよ!!

 悲しそうなオーラだけ残して帰ったよ!

 謝って!お願いだから謝ってあげて!


「バチカンに!神に挑むつもりか!

 どこの誰だ?

 まだまだ面白い奴はいるものだ!!

 さあ!!楽しいのはこれからだ!!

 パーティーに出かけるとしよう」


 なにがパーティーだよ!!

 空気読めないの??

 もうやだ!この人やだ!!


 うなだれる俺に、共感の眼差しを向けるマナ。


「集合場所に心当たりが?」


「イタリアだ。

 さっきのやつもそこだろう。

 準備をして、我らも行くとしよう」


 俺は特に見せ場もなく、かわいそうな秘密兵器の出番もなく、準備をして翌日の早朝、イタリアへ向かうこととなった。


 しかも、トランクの中の手紙。


 がんちゃんの手紙「これは構造上、

 飛行機に持ち込めないのでよろしく」


 なので、この先も持っていけない。

 かわいそうなことをしてしまった。


 飛行機の中で、優雅にワインをのんでいる男。

 こいつに一言言ってやりたいが、

 やはり俺は、ビビリだったのだ。

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