第30話 二十七杯目✿突然の電話

 〜ハルの視点〜 

 俺ははいま、場末のスナックにいて、ソファーに正座して説教されている。誰にって、そりゃあ、妹のマナさんですよ。


「何を考えているんですか?

 いないと思って連絡したら、東京にいってて?

 帰ったら本家に来るように言いましたよね!?それなのに。


 私は、楽しくお酒飲む事に対しては何もいいません。

 でも限度っていうものがあります。

 皆さんもいい大人なんですから、

 奥様たちに、なんて言えばいいんですか?」


 すごいよマナさん。

 兄と兄の友人に対して、

 そんな、軽蔑度マックスレベルの眼差しを向けるなんて。


 さて、今日の事を思い出してみよう。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 新宿事件が終わりすぐの事だ。

 この日、ホテルでの演奏の仕事を終えた俺は、

 割のいいギャラで、上機嫌だった。


「おう!仕事かい?」


 ホテルの前でこうちゃんにあった。

 いつもの割烹着ではなく、バイカースタイルの私服だった。


「ああ、今日は終わりだ。飴あげる。

 こうちゃんは休みかい?」


「まあな。嫁さんとガキは実家のお袋のところだ。

 久々に休みだから、知り合いのとこ顔出してたんだよ。

 そうか、ちょっと早えけど飲みにいくかあ!」


「いいねええ!ちょうど軍資金もあるからな。

 この大蔵大臣に、今日は任せたまえ」


 こうして、二人で地元の歓楽街に繰り出す事になったんだ。

 ついでだから、がんちゃんにも誘いをかけた。

 運良くて、がんちゃんも奥さんが友達とどっかに行ったらしい。

 二人でがんちゃんを迎えにいった。


「そうだ。これ。この前のバイト代。

 振り込もうと思ったけど手渡しね」


 がんちゃんが渡してきた袋には、俺の今日のギャラの三倍の金がずっしり入ってた。

 テンションは急上昇した。


「ヒィー!ハアー!!今日は飲むで〜!」


 それでまあ、ちょっとハメを外しすぎた。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「ごめんなさい。

 ちょっとハメを外しすぎたかな」


 マナの額から、ピキッと怒り上昇の音が聞こえた。


「ちょっと……ですって?。

 兄様たちのどこが、ちょっとなんですか?

 まず、なぜ私がここへ来たとおもってるんですか?」


「ここのサキちゃんと、友達だから?」


 サキちゃんとは、マナの同級生で、よく一緒に遊んでたから顔見知りだった。

 というより、散々飲んだ後に、サキちゃんが声をかけてきたので、この店に来たのだ。


「そうです!サキが私の!友達だから!連絡が来たのです!

 兄様達が店の女の子達にセクハラしまくって、

 挙げ句の果てに、3人とも全裸になって卑猥なギャグを披露しあって、

 お店のサラダ油で3人ともヌルヌルになって、

 お店のカウンターの上で変なダンスしてるから、助けてと言われてきてみれば!


 さらに止めに入ったと思われる、本職らしき人が伸びてるし!

 きっとこの人も兄様達がやったんですね?

 これの、どこがちょっとだと?」


 うっ!俺たちにとっては、もっとひどい時が思い当たるのだが、

 ここで反論しても、さらに怒らせる事になる。


「おっしゃるとおりです。ただ一つだけ違います。

 変なダンスではなく、ツイストダンスです。50年代の」


「はあ!!??」


 言わなきゃよかった。

 

 俺は、殺意を感じた。


 結果、俺の今日の全財産が店に支払われて、

 なんとか丸く収めたマナは、俺たち3人を近くの銭湯まで連れて行った。

 楽しいサラダ油ダンスの余韻に浸りながら、俺たちは酔いを覚ました。


 その後解散し、翌朝、俺は本家に連行された。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 本家近くの道で、知ってる人に出くわした。

 花見の時にあった、あのおっかねえ人だ。


 婆さんの姉ちゃんの旦那さんとか言ってたが、どう見ても若すぎる。

 一応おじさんってことになるんだが、あれは人間じゃない。

 一見優しそうに見える目の奥を、俺は見れなかった。

 本能的に思った。

 こいつは簡単に、人を殺せる奴だ。

 実際、かなり殺してきたんじゃないか?


 人の怨念ににたものを、全身から感じたからだ。


 クロウさんが言うには、特に害はないし、何かあれば自分もいるからきにするなって事だ。


 ただ、そんな恐ろしい奴がなぜ?


「なっ!!なにを?」


 真顔でトラクター運転してる。


 運転うめえし。


「きたか。サガミとクロウがよんでいたぞ」


 ブロロロ〜〜


 あっけにとられている俺をよそに、

 それだけ言って、赤いトラクターにのった、

 場違いな貴族のおじさんは、田んぼに向かって消えていく。


「なんか最近暇みたいで、

 運転おぼえたみたいですよ」


 暇なのかよあの人!

 もうツッコミどころ多すぎて、朝から疲れた。


 マナに連れられて、墓を過ぎたところの社についた。

 俺は昔からここでよく遊んでいたが、中に入るのは初めてだ。


「へえ。こんなんなってたのか」


 そこには、さっちゃんと白猫クロウが、また昼間から飲んでた。


「やっときたか、放浪馬鹿。

 今度から遠くに行くときは、必ずワシに言え。この変態が!」


「ああ申し訳ない。

 なんせいきなりだったもんで。

 気をつけます。このアル中」


「まあよい。それより。この前近くの森で鬼が出た。

 しかも、普通ならいないはずのものじゃ。

 これを調べるのを手伝え」


「鬼?やべーじゃん!やだよ!

 棍棒で頭割られちゃうよ!」


「大丈夫だ。

 暇な奴が一人いるから、そいつと行けば安全だ」


「暇な人って、まさかトラクター乗ってる人?

 もっとやだよ!あの人怖いし。

 ていうかあれなんなの?人なの!?」


「元は人だった。

 だから大丈夫だ。今は人の血など吸わん」


 俺は青ざめた。


 血を吸う?


「まさかの吸血鬼!?そのまんまじゃん!

 そりゃあ俺だって気づいてたさ!あの貴族っぽさとか?

 白いし若いし目赤いし?でもないわー。

 吸血鬼はないわー出落ちだもん。

 なんのひねりもないよ?

 面白くないし他の人にしません?いやして下さい。

 お願いします」


 土下寝だ!

 土下座を超えた、究極の土下寝で俺は懇願した。


「それでじゃ、今日からしばらくは、本家にいろ。

 何かわかれば、行ってこい」


 効いてね〜。

 俺の土下寝をスルーしやがった。

 なにが神だ!

 願いの一つも聞いてくない神なんて、ただのアル中じゃないか!


「あ!そういえばですね。

 がんちゃんから頼まれてたんですけど、これ」


 っス。と俺はポケットから、布袋を取り出した。

 新宿事件の時の、黒い玉の一つだ。


「おぬし。これをどこで手に入れた」


 急に真剣な顔のサッちゃんに、一瞬ビクッとして、

 俺も気を引き締めて答える。


「これが原因で、人が死にました。

 悪霊みたいなのが閉じ込められてると思います。

 新宿で、男がばらまいていたみたいですが、詳しい事はなにも」


「これは、穢れた魂を呼び出すものじゃ。

 この前の鬼といい、人の手でおこされたものかもしれんな

 それはヴラドに渡せ」


 そう言って、サッちゃんはクロウさんを抱き抱え立ち上がった。


「しばし留守にする。

 すぐ戻るが、気をつけておけ。

 何かあれば、ヴラドに必ず言え」


 そう言って、外にでて行った。


「ハル兄様は、また危険な事にかかわっていたんですか。

 私の事も、少しは気にかけて欲しいですねまったく。

 それにしても、その袋、とても嫌な感じがします。

 森の鬼と、同じものを感じますね。

 早く伯爵に渡しに行きましょう」


 俺たちは、本殿に鍵をかけて本家に戻った。


 しかし、そこで見たものは、また俺を戸惑わせた。

 本家の婆さんが、着物からジーパン革ジャンという格好に変わり、

 トラクターや米の保管に使っている、倉庫のなかを覗いていた。


 しかも、恥ずかしそうにくねってる。


「婆さん。婆さんなのか!?

 おいマナ!婆さんなのか!?」


「最近当主も代変わりして、暇みたいで、

 オシャレに目覚めたみたいです。」


 あれを見て、よく真顔でいえるな。

 どう見てもおかしいだろ?


「あっ!ハ、ハルマサかい?

 どうしたんだい?」


 なんだそのあっ!見られちゃった、みたいな反応は、

 中にいるの伯爵だよね!?

 なにくねって見てたんだよ。


「婆さん。

 あんたまさか、伯爵にこ」


「きゃー!ち、ちがうから!

 そんなことないんだから!」


 婆さん!!頬を桃色にそめるなあああ!!


 うわああ!!知りたくなかった!

 こんな婆さん見るくらいなら、こなきゃよかった。


 俺は、後悔と疲れで、天を見上げた。


 俺がもうすぐ昇天しそうなときに、伯爵がこちらにきた。


「どうしたんだい?

 私のかわいい小夜。さっきからずっと見ていたね?

 何か私に用事かい?」


「あ、あの〜。

 これよかったら、食べてくださいね。キャ!」


 婆さんが、伯爵にクッキーを渡して逃げていった。


 もうだめだ、昇天する。


「優しい子だよ。あの子は」


 遠い目でクッキーを頬張る伯爵に、俺は突っ込むことはできない。

 気力もなければ、勇気もないからだ。


「伯爵。サッちゃんがこれを伯爵に渡せっていってました。

 それと、今日から俺は、伯爵と一緒にいろと言われたので、

 その、よろしくです」


 か細い声で挨拶を済まし、玉の入った袋を渡した。


 袋を手に取った伯爵は、さっきまでの優しい表情ではなかった。

 まるで人を見下したような顔で、中身をとりだした。

 黒い玉を、少しだけつまらなそうに眺めていた。


 ッバク!ッゴクン。


 食った。


 クッキーと一緒に丸呑みした。

 俺はあっけにとられていたが、伯爵の様子がおかしい。



「ッッカッッカ!

 は!ギャアッハッハ!!!面白いじゃないか!

 こんなくだらない出来損ないのおもちゃで!

 楽しい!楽しいぞ!」」


 狂ったように、恐ろしい笑い声をあげて、伯爵は嬉しそうにしていた。

 俺は生まれてこのかた、こんなに人を怖いと思ったことがなかった。

 奥歯がガチガチ震えるのを食いしばり、

 少しばかり残った勇気を振り絞り、堪えた。


「ああ、楽しいぞ。

 楽しい感謝祭が始まるのだ。


 一体いつだ!?どこでやるんだ!?

 誰なんだ?私も招いて欲しいよ。

 おもちゃをたくさん作って誰にプレゼントするんだい?


 ああ!待ち遠しい」


「一体。何をしたんですか?」


「……くだらない出来損ないを食っただけだ。

 だが!面白いものが見えたよ。


 たくさんのおもちゃを作って、楽しいパーティーの準備をしている奴らが。

 私たちも参加したいものだね?


 きっと楽しいぞ?」


 そう言って、伯爵は明日の遠足を楽しみにしている、子供のように歩いて行った。


「パーティーって、

 一体なんだったんだ?」


 恐ろしいものがやっといなくなって、俺は胸をなでおろした。


 それにしても、今日はクタクタだ。

 もう映画でもみてダラダラしよう。


 そう思った矢先に電話がなった。


「はい。おうがんちゃん!

 昨日は楽しかったな〜。あはは」


『しんちゃんが、


 ヤバイ!』


 突然の電話。


 しんちゃんがヤバイらしい。

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