第31話 二十八杯目✿普通の女の子
〜シスターエリカの視点〜
岩山を歩いていくと、そこには古い教会。
床は割れて、埃が舞っている。
朝日の中でキラキラとひかる先に、男が見える。
男は、数人の作業着を着た人間たちの中、一人だけの黒髪、東洋人だった。
「何かあるぞ?骸骨?赤い!しかも透き通っている!
これはクリスタルスカル!?
すごいぞ!これは興味深い!」
そういって、男達ははしゃいでいる。
暗闇に吸い込まれる。
どこまでも深く落ちていく。
やがて、眩しい光に包まれる。
燃えている。
バチカンの大聖堂が、
煙は黒く立ち上っていった。
足元には、いつも通っていたパン屋の窓ガラスが割れて、
破片が道に転がっている。
割れたガラスを踏みながら、歩いていく。
どこの窓も割れている。
どこの建物も燃えている。
町中から、悲鳴と爆音が聞こえる。
デュリオが銀のライフルをもって、燃える街を走り抜けるのが見えた。
その後ろには、教会でみた東洋人が追いかけていた。
たくさんの人が倒れている。
切られ、殴られ、撃たれ、矢がささり、
皆平等に、死んでいる。
生きてるものは、丘に向かって走っていく。
その丘の向こうに、何があるのだろう。
空から闇が降りてきた。
闇の中に、わたしを見つめる、紅い瞳。
地から血の川が流れる。
おぞましい死者の声が響く。
一体、どれほどの怨念が叫んでいるのだろう。
わたしは、目を閉じ、耳を押さえて、息をすることを止めた。
もう耐えられない!
「っはあはあはあ。
夢。バチカンが、ヤバイ」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
わたしは、恐ろしい夢を見た。
それは、近々必ず起こる。
わたしが5歳の頃だった。
両親はごく普通の人で、共働きでわたしと姉を支えていた。
ある晩、姉が悪魔に取り憑かれた。
「ギャハハ!!ははははああ!!」
「きゃああー!!」
「や!やめ」
10歳の姉は、母を薪割りの斧で切り裂いた。
それは姉であって、別のものだった。
顔は歪んだ笑顔。声はしゃがれていた。
10歳の、非力な姉では到底振り回せない、大きな斧を片手で振り回し、
次に、父を二つに割った。
「エ……エリカ。逃げて」
まだ息のあった母の、最後の言葉。
ゴス!
恐怖で動けなくなったわたしに、母の血が飛び散った。
わたしは祈った。
「神さま!助けて!!神さま……」
「ギャハハ!ダメだよ?
動くと痛いよ?楽しいよ?
死にましょうねえ?」
姉は斧を振り上げた。
ッビュ!!ジュワア。
「ギャアアア!!」
何かの液体をかけられた、姉の体から白い蒸気のようなものが上がる。
暗闇から、誰かが歩いてくる。
「すまない。……遅かったか」
それは、神父様だった。
眉を細め、私の方を見た。
その目は後悔の目。
「聖水?くだらない、エクソシストかい?
おれと遊びにきたのかい?」
悪魔は不機嫌そうに、神父の方を振り向いた。
「もう喋るな!地獄へ帰る時間だ」
神父様は体を屈めて、低い姿勢で姉に飛び込んだ。
姉は斧を振り抜いたが、神父様はそれを交わし、姉の頭を掴んだまま、床に叩きつけた。
神父様が掴んだ姉の頭から、また白い湯気が立ち上がっていた。
「いてえ!!貴様なにを!」
「儀式済みの十字架だ。お前らには辛かろう」
神父様は目をつむり、ラテン語の祈りを口にしている。
「や!やめろ!ギャアアア!!」
苦しむ姉の声が響いた。
「馬鹿が。
いつまで遊んでるんだ?」
廊下の奥から、女の声が聞こえた。
「なに!?もう一体!?」
「も!申し訳ありません!!」
姉は焦ったようにその女に叫んだ。
「お前ダメだよ。使えない。
そこの神父さん?
あそんでないでその子守ったら?」
「や!やめろ!!」
ヒュン!!ザク!
その女の手元から、黒いナイフのような刃物が投げられた。
それは、わたしに向かって飛んできた。
わたしは、体が熱くなるのを感じていた。
血が服を赤く染めていく。
意識が朦朧とする中、神父様は私を抱き抱えて、走り出した。
神父様の腕の中から、姉の首が、体から離れるのを見ていた。
私の意識は夢の中のさらに奥深い、暗闇に飲まれた。
それは無数の叫びの中。
ただ光を求める声が、永遠と続いたのだ。
そして光に包まれた時、私は目を開けた。
そこは病院のベッドの上。
神父様が、そばで祈っている。
「神父……様」
「すまない。すまない!」
ただ、すまないと。
そういって、神父様は、私に許しを乞うたのだ。
私は一度死んだのだ。
病院に運ばれ、心臓が止まった。
それ以来だ。予知夢を見る。
大きな地震や戦争など、たくさんの人の死が関わることが、見えるようになった。
普通の夢との違いは簡単だ。
私はあれ以来、予知夢しか見ないからだ。
私は一人になった。
孤児院ではなにも喋らず、
なにも考えないように暮らした。
それでも、いつも神父様は、私に優しくしてくれた。
何度も会いに来て、そしてそばにいてくれた。
怖い夢を見た時に、聞いてくれた。
神父様は私に戦う術を教えてくれた。
それは心の守り方。
自分の命の守り方。
そして私は、シスターエリカになった。
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私は肉体的に恵まれてはいない。
だが、私にもできることがあった。
それは武器開発だったり、神父様の援護といった、支援能力に長けていた。
私には周りがよく見える。
情報を素早く処理して、次の手に出れるよう、かなりの訓練をした。
それでも、あの時のようなことがあるかもしれない。
私は、新しい大司教に相談して、新しいポジションを各部隊に入れてもらった。
外からの火力攻撃、隠密性の高いポジションの人間。
私のところにきたのは、マヌケ顏の男。
デュリオさんだった。
はじめのうちは心配だった。
本当に、この人は何を考えているかわからなかった。
そんな心配はすぐに消えることとなった。
あれは、彼が入隊して三度目の作戦。
私達は吸血鬼を追っていた。
奴らは、山奥のロッジに潜んでいて、数は3人。
街で人を攫っては、ここに監禁しているいう情報を掴み、私達は潜入することにした。
その時こちらは6名で、うち5人は中に潜入し、人質の確保と、吸血鬼の殲滅を目標とした。
中の吸血鬼はすぐに片付くはずだった。
吸血鬼は、日の光や銀などに弱い。
夜でも、囲んで紫外線で弱ったところを、首をはねるか、心臓を潰せば簡単だった。
ところが、囚われていたと思っていた人間は、すでに吸血鬼になっており、中にはいなかった。
そして我々は、囲まれていたのだ。
その数は、10人以上いた。奴らは森から現れた。
「おーい!このクソエクソシストども!!
これから、蜂の巣にして燃やしてやるから、楽しんでくれよー!」
最悪だった。
銃火器で武装した吸血鬼に、ロッジを囲まれて、火をつけられた。
「デュリオさん!
どこかに隙を作れませんか!?」
無線で、私は連絡したが応答がない。
まさかもうつかまったのか?そう諦めかけていた時だった。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
銃声が5発聞こえた。
それもライフルにしては、早すぎるくらいの速度で。
「な!なんた?どうした!」
ドン!ドン!ドン!ドン!
今度は4発。
「ひ!なんだってんだ!が!!がはっ!」
バタ!
私は窓から見た光景に、目を疑った。
ついさっきまで喋っていた吸血鬼は、首が飛ばされた事にも気づかずに、倒れていた。
その後ろには、デュリオさんが銀のナイフを片手に立っていた。
「おーい!皆さん大丈夫ですか!?」
呑気な声で手を振っているデュリオさんの周りには、灰になった吸血鬼たちの後だけが残っていた。
「ま!まさかあの時間で全部?
吸血鬼は、聴覚も夜目も鋭いのですよ?
いったいどうやって!?」
「どうって、隠れて撃ちながら移動して、最後は後ろから、ズバッとね」
私は確信した。
吸血鬼にも気づかれず近づく隠密能力、全弾急所に命中させる機密性。
天才だと。
殺しの才能というのを、初めて私は見た。
そしてこの新人を認める事にした。
一つ誤算があったのは、遠くでその光景を見ていた生き残りがいたことだ。
その吸血鬼を後に捕まえて、拷問しようとした時。
「ひい!お前は魔弾!!ま!魔弾のエクソシスト!!」
などという、ダサい呼び名で有名になっていたことだ。
本人は相変わらず、マヌケなかおで何を考えているかはわからないので、
先輩としては厳しい態度で接するのだ。
とてもいいチームになってきた。
そこに来てこの夢だった。
これはきっと、あの東洋人が引き起こす事だと私は考える。
なんとかしなくてはと。
あの夜、姉を殺した女への復讐心は、今となってはあまりない。
孤児院での生きる糧は、神父様だったからだ。
私には、復讐よりも大切なものがある
ただシスターとして、
神父様のそばにいたい。
そんな年頃の、普通の女の子の気持ちだけだ。
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