第27話 二十五杯目✿私の初恋

 ハルからプロポーズされた日の後、彼は就職した。


 そのころ、がんちゃんは田舎に帰って、家の仕事を継いだらしい。


 ハルはお父さんが亡くなって、かなり落ち込んでいたけど、

 それでも、一生懸命なれない仕事をしていた。


 婚約と言っても、まだ式をするのかどうかも決めていなくて、

 彼はあれ以来、何もその話をしない。


 ただ穏やかな日々が、すぎていった。


 そんな時にハルの妹、マナが遊びにきた。

 かなりあたしに警戒していた。


 マナは気持ちが悪いくらい、ハルにべったりだった。


 そんな時だった。


 あたしたちは、三人で夜の街に出かけていた。

 チンピラ風な男達がハルに絡んできた


「風森じゃねえか。

 岩本と角刈りのゴリラは元気か?

 おめえのせいで骨折れちまって、大変だったんだよ」


「悪かったな、じゃあな」


 ハルは相手にせずに、めんどくさそうにしていた。


「風森〜。

 かわいいお姉ちゃん達と一緒とは、羨ましいね?」


 チンピラが、あたしの肩を抱いてきて口が臭かった。


「悪かったなって言ってんじゃん。


 放してやれよ」


 チンピラが、今度は隣のマナにからんできた。


 そして、


 むにゅ、と柔らかい胸を揉んだ。


「や、やめてください!」


「こっちの子も、かわいいねえ。

 それに、この胸はさいこ」


 バゴン!!と叩きつけられて


 バタン、とチンピラが地面に倒れた。


「......」


 ガゴ!ビキ!


 そこにいたのは、あたしの知ってる人じゃなかった。

 何も喋らず、ただ恐ろしい顔で、チンピラの顔を蹴り上げていた。


「っひ、や、め......」


 バキ!ガゴン!!と肉と骨が壊れた音が響く。


 顔の原型もなく、血の泡を吹いても、ハルは蹴り続けた。

 誰も止められなかった。

 歯がなくなったあと、近くにいたチンピラの仲間達を蹴り上げて、倒れたところをまた蹴り続けた。


 バキ!ドス!!歯が折れた音がした。


 あたしは怖くて動けなかった。

 一瞬、ハルと目があった。


「ひい!」


 ハルは悲しそうな顔をした。

 時折見せる、悲しい顔。


 誰も動けない中。

 マナが、ハルを優しく抱きしめた。


「お兄様。もう大丈夫ですよ。

 私はここにいますよ」


 その時の、ハルのマナを見つめる目は、


 あたしの心に、嫉妬を生んだ。


 あたしには見せたことのない、まるで安心しきった、子供の安らかな目。

 あたしが絡まれても、面倒な顔をしていたのに、マナの時にはあんなにも怒って。

 .....あんな優しい目で。


 あたしは、1番じゃなかった。

 そして、この人と一生いて、あの目で妹を見る、あの人を見るのは耐えられなかった。


 あたしの初恋は、終わってしまった。


 ハルは警察に捕まった。


 一人家に帰ってきて、あたしは泣いた。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 次の日、荷物を全部業者に頼んで、実家に送った。

 あたしは、ハルが貯めていた貯金を全部下ろして、東京を出ることにした。

 もしもあたしが一番なら、きっと来てくれる。

 来てくれたら、一番になれると思った。


 ハル。あたしを見つけて。


 上野駅で電車を待ってる時に、

 ハルの知り合いにあった。


「絢ちゃん。

 あの馬鹿、おいていくのかい?」


「......ごめんなさい」


「まあいきてりゃ、いろいろあるよなあ。

 これでもおいらは、応援してたんだけどね、

 少し残念なだけさ。


 まあ、人の縁ってのは、一度繫っちまえばそれが切れたって、

 悪いことばかりじゃあねえ。

 いつかまた、あいつとも笑えるんじゃあねえか?」


「きてくれます。来てほしい。でも、

 でもきっとハルは、こない。わかってるんです。

 来ても、私は彼を許せない。

 前みたいには、見れないって。ひっ、うっ、っ」


「かわいそうにねえ。まだ好きなんだねえ。

 いきてりゃいいことってのは、必ずあるからね。

 今は泣きたいだけ、なけばいいんだよ。


 そのうちいやってほど、幸せがくるからねえ。

 んじゃ。


 俺等もそろそろ行かなきゃなんねえから」


「......ごめんなさい。

 ありがとうございます。」


「んじゃま!お達者で!」


 上野からの電車で、久しぶりの故郷に帰る。


 今はもう、古いロックンロールも聞こえない。

 好きな歌も口にしないまま、ただ、

 どんどん寂しくなっていく風景を、眺めていた。


 地元の駅に着いた時には、雪が降っていた。

 あたしは、今が冬なのを思い出した。


「ねえねえ。お姉さん。遊ばない?」


 うざい男達が、さらにうざく感じる


「うるさい。どいて」


「おい!まてよ!!」


「いた!はなせよお!!」


 バシ!


 持っていたハンドバックで叩いて、あたしは逃げた。

 繁華街を抜けて、住宅街に入って、疲れて、

 雪が寒くて、喫茶店の、屋根の下にうずくまった。

 急に寂しくなった。


「ハル......」


 彼の名を呼んで、


 あたしはまた、泣いた。


 カランカラン


「大丈夫ですか?

 まだオープンしてないけど、

 雪も降ってますし。


 よかったら、少し休んでいきませんか?」


 ハルと同じくらいの歳の、優しそうな困った顔の笑顔で、その人はいった。


「私は、コーヒーには自信があるんですよ?。

 これでも、日本一でしたから」


「ごめんなさい。でていきますから」


「ああ!まって!」


 あたしは泣き顔を見られたことが恥ずかしくて、その場を後にした。

 どれぐらいあるいたろう。

 まだ実家に帰る勇気がなかった。


「見つけた!!はあはあ、いなくなっちゃうから、さがしたよ?」


 その人は、さっきの喫茶店の人だった。


 グゥ〜!


「いやっ!ちがうくて、」あたふた


「お腹空いてるの?よーし!

 知り合いの店が近くにあるから行こう!

 私がおごるよ!」


 そう言って、その人はあたしの手をとった。

 その手は、寒い雪の中でただ一つだけ、温かいものだった。


「お寿司屋さん?」


 ガラッ!


「へいらっしゃい!!って先輩かよ」


「こんばんわ!いいかな?」


 寿司屋のこうちゃん「もちろん!

 それにしても女連れとは、やるようになったじゃないすか!」


「いや、まあ、あははは!」


 寿司屋のこうちゃん「おまかせでいいかな?」


「頼むよ」


「へい!お待ち!」


「これは?」


「真鯛。

 今日は先輩が女連れてきたから、

 めでたい!なんちって!」


「ふふ」


「おお?

 ダジャレだと思って馬鹿にしちゃあいけないよ!

 鯛はね、ただ名前で結婚式なんかに出されてるわけじゃねーんだよ?

 この魚は数少ない、夫婦で一生を共にする、夫婦魚なんだ。


 甘鯛なんかはちがうぜ?

 あれは、鯛は鯛でも、あやかりたいだ。それが好きな奴もいるけどな」


「夫婦魚。一生を共に。」


 また、涙が溢れた。


「泣くほどうまいかい!?

 参ったなあ」


「いえ......ごめんなさい」


「さあ、たくさん食べよう。

 美味しものを誰かと食べることは、


 幸せなことだからね」


「幸せ?」


「そうさ!美味しいものを食べると、元気になるんだ!」


 そう言って、彼は両手を広げて笑った。


「なにそれ」


 お寿司屋さんをでた後に、

 あたしは、お礼にコーヒーを飲みに、彼の店へ行った。


「まだオープン前だからね。

 お客様第一号だ!

 おめでとう。そしておめでたい!」


 嬉しそうに、夢見る子供のように、彼はキラキラした目でコーヒを入れ始めた。


 お店には古い映画のポスターがあり、渋い店だった。


「さあ、どうぞ。

 ああ、お客さんいるのに、bgm忘れてた」


 ♪〜♫〜〜♫


「この曲は.....」


「いやあ、修行時代の常連さんで、演奏家の人がいてね。

 くれたんだ。その人は、私の後輩なんだけど、

 本人は忘れてるみたいだから、私も言い出せなくて」


 しってる。この音は、初恋の音。


 そして、この味は


「.....大人の味がする」


 私はとめどなく溢れる涙のなか、


 温かいぬくもりを感じていた。


 ✿✿✿✿カフェマリンブルー✿✿✿✿


 カランカラン


「おひさ〜。ってマスター留守かよ」


「いらっしゃい。コーヒーとサンドイッチでいい?」


「ああ、すきなんだよ。


 キュウリのやつな」


 あの人と、私は結婚した。

 子供ができて、お客を増やすために、内装も可愛くした。

 そのせいか、あの人は口髭をはやして無口になってしまったけど。


 結婚記念日には、今もあのお寿司屋さんで、鯛をたべる。


「やっぱサンドイッチはきゅうりだよ絶対。

 なあがんちゃん」


「僕は和食が好きなんでわからんよ。

 それにしても疲れたね。バイト代は今度渡すからね」


「ピンハネすんなよ、詐欺師」


 この二人も相変わらずみたいだ。


「ねえハル。やっぱりあのお金返したいんだけど」


「いらねえ、好きにつかえよ。

 どうせ、名義もお前の名義の口座なんだし。

 もう興味ねえよ。」


 こう言って、結局受け取らない。

 まあとっくにつかったけどね。

 母になると、いろいろ大切なものが変わったきがする。

 今は子供が一番。


 私にはあの子が一番


 あなたには私が一番


 あの子には私が一番


 私にはあなたが一番


 結局、一番になる必要もなかった。

 どっちも愛してる。


 順番なんて、どうでもいいことだったんだ。


「んじゃ。またな〜」


 カランカラン


「うん。......またね」


 ✿✿✿✿帰り道✿✿✿✿


「ところで、貯金いくらあったの?」


「三百万くらい?まあどうでもいいや」


「三百万!?

 まじで?返してもらえよ!」


「うるせえな。いいんだよ。

 どうせ、あいつのために貯めてたんだ。

 まあ、ご祝儀みたいなもんだよ」


「まったく、君ってやつは。

 君は僕の、一番の友達だよ!

 さあ!この胸に、飛び込んできたまえ!」


「気持ちわりいな!

 別に一番じゃなくていいんだよ。

 この愛妻家の詐欺師が!」


「やべ!羊羹買うの、忘れた!!」


「し〜らね!」



 またね。私の初恋。


 私は今、幸せに、


 ここで元気にくらしています。

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