第21話 十九杯目✿夫のつとめ

 

 真夜中の電話で、僕は目を覚ました。


 東京の知人からのもので、かなり切迫した雰囲気を感じた。


「ええ。ではすぐに向かいます。

 明日の昼にはいきます」


「どうしたの?

 電話だれから?」


 電話の着信音で、妻を起こしてしまった。


「おこしてしまったね。

 すまないが、急な仕事が入ったんだ。

 明日からしばらく、東京にいくことになる。

 少し準備をするから、君は休んでてくれ」


「気をつけてね。そうね、お土産は羊羹がいいわ」


 寝ぼけた妻もまた、かわいいものだ。

 うんとふんだくって、高級羊羹を買おう。


 裸のままだと寒いので、間接照明をつけて、着物を探した。


「怖い絵、でも……綺麗」


 8つの首の蛇は、僕の全身に絡みつく。

 それを退治する、剣を持った神をみて、彼女は囁やく。


 明日の準備をしなければ。


 東京も久しぶりだ。

 あの頃は、ハルちゃんの家に転がり込んで、二人でいろんなバイトをした。


 僕はすぐに金が溜まったので、新宿に部屋を借りた。

 駅近くの屋台街で、よく二人で潰れるまで呑んだものだ。


 僕がいなくなってから、ハルちゃんは年下の女の子と住み始めた。

 細くてロックな女の子だったが、どこかいつも、寂しそうな目をしていたことを覚えている。

 それでもあの馬鹿とは、何年も付き合っていたんだから驚きだ。


 ハルちゃんも今回の依頼人とは、顔見知りなので、旅の道連れに、連れて行くことにした。


 ✿✿✿✿翌日、カフェマリンブルー✿✿✿✿


「で?こんな朝早くから呼び出して、どうしたんだ?

 あ!マスター俺コーヒーとサンドイッチ!

 きゅうりのやつ!」


「……」っぺこり


「実はね、昨日の夜、金城さんから電話があった」


「あー、あのおっさん元気だった?」

 

「かなりこまってるようだったよ。

 話があるから新宿にこいってさ。

 まあ、僕に話が来たってことは、厄介ごとだろうけどね」


「また変なことに首つっこんだんだろ。

 それで、俺になんか関係あるの?」


「一緒にき」


「やだ!ヤクザ嫌い!

 めんどくせえ!」


「最後まで、話を聞きなさい。

 金城さんは金払いがいい。

 ハルちゃん、最近仕事ないだろう?

 バイト代、はずむよん?」


「いく!お金好き!

 がんちゃんも好き!」


 ああ、かわいそうに、馬鹿なんだから。


「ではいこうか。

 昼頃には着きたいんだ。

 マスター!お会計!」


「ちょっ!

 俺まだ食ってねえよ!」


「帰ってきたらいくらでもおごるから!

 サンドイッチは、娘さんにでも食べさせて!

 お金置いとくよ!ほら行くよ!」


「……」っぺこり


 こうして僕は、ハルちゃんを連れて、飛行機に飛び乗った。


 ✿✿✿✿機内✿✿✿✿


「まじかよ。

 着替えも、何もねえよ。」


 ✿✿✿✿新宿の事務所✿✿✿✿


「お久しぶりです。

 金城さん、お元気そうでなにより」


「……」

 ハルちゃんは機嫌が悪いようでいじけている。


「久々だな岩本、風森も。

 まずは、これを見てくれ」


 ピコピコ

 パソコンから流れる、監視カメラの映像。


「これは、呪術ですね。

 しかも、この霊は操られている可能性が高い。

 僕の同業者で、こういう輩の話をきいたことがあります。

 多分ですが、修験道の術に、近いものがあるときいたことがあります」


「修験道?

 そいつらも拝み屋か?」

 

 金城さんは知らないようなので、説明をはじめることにした。


「似たようなものですが、彼らは鬼を操るとききます。

 山の民といいますか、山吹ともよばれます。

 彼らは平安時代から続く、古い流派です。

 山にこもり、厳しい修行をしていて、強い霊力をもつものは、呪いや鬼を使役しての裏稼業もこなす、という噂もあります」


「鬼か、やばくね!?」


「まあ、まだわからんがね、

 今回に限っては鬼ではなく、悪霊みたいなものだね。

 しかも放置だ。

 危険な悪霊を、あの場所に閉じ込めて、入ってきたものを呪い殺す。

 とんだ放置プレイだよまったく」


「どうする?拝み屋」


「あくまで、僕の推測でしかないのでどうにも、とりあえずは、情報ですね」


「デブんとこにいくかあ」


「やり方は任せる。

 あの場所には、まだ死体が放置したままだ。

 あそこは、うちの組のものだから、あんなもん見つかったらまずいんだよ。

 なるべく早く入れるようにしてくれ」


 思った通りかなり焦っている様子だ。


「仕事は受けます。

 その代わり、お代はしっかりいただきますよ」


 俺は拝み屋だが新婚だ。


 金を稼ぐだけではいけないのだ。


 嫁のために羊羹を買わなきゃならない。


 家族の機嫌を損なってはいけないのだ。


 それが夫のつとめでもあるからだ。

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