第14話 十三杯目✿君の名前

 〜ハルの視点〜


 

 自称【花見の神様】に、花見の準備を任された俺は、昔からの、ただれた仲間たちとともに、またここへ戻ってきた。


 すでに花見の場所取りはされていた、なぜか陸上トラックのど真ん中。

 陸上トラックといっても、ほとんど整備はされていない。

 ただの芝生の周りに、走れるように土があるだけの、校庭みたいなものだ。

 その周りには、取り囲むように桜の木が植えてあり、さながら大きな花見の宴会場となっていた。


 すぐ近くにはたくさんの夜店が並んでいて、すぐに買い物もできるため、

 なかなか人気があるのだが、夜は灯りが一つもないためすいている。


 今回は、がんちゃんが敷物や電池式の提灯を、たくさんの持ってきている

 ところどころに置いた灯りが、幻想的な夜桜を演出している。

 俺たちは、この風景を独占できていることに、少しの優越感があった。


 しかし


 ここにきて早々。

 俺は衝撃の事実を、耳にすることになったのだ。


 拝み屋のがんちゃん「車中で聞いた話だがね。

 僕には心当たりがあるというか、ないというか、うん!

 間違いない!しんちゃんの時のやつだ!

 僕が、お祓いに失敗してね。

 しんちゃんに、逃げろ〜って!

 イタリアだ〜!なんていったらさ!

 本当にいっちゃったらしんだよ!

 あの、馬鹿は!あははは!!

 はっ!はらいてええ!!」


「……なにそれ。

 しんちゃんがイタリア!?

 お前、俺に電話で、しんちゃんが、失踪したっていわなかったか?

 原因がわからない、とかいって!深刻そうに!

 ……俺が、どれだけ探してたと思ってんだよ!

 ショックで仕事も辞めて帰ってきたんだぞ!!」


「そうなのか。

 ……今まですっかり忘れてたからな、新婚だし。

 ……まあ、僕のとこにまっすぐきてくれれば、僕も思い出して話したのに、きみといったら相変わらず1人でつっぱしるから、そうなる。


 それに、君がショックだったのは、女性に捨てられたからだろ?

 おまけに、貯金から家具まで何もかも盗まれて。

 ゴミのように、金曜日に捨てられたからだろ?」


「やめろおおお!!えぐるなあ!!」


「あ、こいつ俺と同じ匂いがする!」ニカッ!



「それぐらいにせんか?

 これから宴もあるんじゃ。

 少しはなかようせえ!」


 っぽか!


「いって!っていうかがんちゃんでもお手上げなのに、俺にこれからどうしろと!?

 俺もイタリアに逃げるか?

 パスタも好きだし、しんちゃんもいるけど。

 ……はあ、イタリアか〜」


「安心せえ。

 わしらがなんとかしちょる!

 そのかわり、お前らはちゃんと支度をせえ!

 ハルと拝み屋はわしらとこい」


 寿司屋のこうちゃんは、知り合いのテキ屋やらに挨拶に出かけてる。

 近くの知り合いの店の調理場で、なにやら作っていた。

 

 マスターといえば、箱詰めした食器類を運ぶので忙しい。

 結局暇なのは、俺とがんちゃん、あとはサッちゃんの友達の三人の男達。

 あくびをしている半分眠った白猫だった。


「ねえねえ。殿!

 あれやってくださいよ!あれ」


「オッス!オラ第六天魔王!

 いっちょやってみっか!!」


「やべ!ちょーうける!!マジ最高!」


「いやもうさすがに古いでしょ」


「チョキ!」ツン!


「ぎゃああ!!めがああ!」


「そんわけでよろしくな!

 チンやキ○タマがなくたっていきいけらあ!

 もしもの時はオラの焼き討ち拳三倍でやっつけてやる!」


 ああ、あれだ。


 面倒くせータイプだ。


「もう!ノブノブ!

 またわたしの名前で悪さして!」プンプン


 白い振袖姿の幼女が、プンスカしながら現れた。

 大きな垂れ目と、八重歯がキラリと光ったように見えた。


「【ロク】!?お前も来てたのかよ!?」


 ノブノブは、何か超絶に強そうなニートのモノマネをやめて、急にオドオドしはじめた。


「来ちゃ悪いの?

 ていうか、評判悪くなるからやめてよね?」プンプン


「あの〜、この子なんなんですか?」


 俺はノブノブに小声で聞いた


「マジモンの【第六天】だ。

 あんなんだけど怒るとやばいから。

 マジデカイから、弓とかつかうから」


 よくわかんないが、多分こいつも面倒くさい

 

「いやあ!会いたかったよ!

 マイハニ〜!!ほらおいで〜。

 飴ちゃんだよ〜。いちごだよ〜」


「わーいわーい!

 飴ちゃんだあ!」ニコニコ


 やっぱりめんどせ〜。


 ロクという幼女は、怒りを忘れて、いちご飴に夢中だ。


「おお!ロク!ちょうどいい!

 これから、【付喪神(つくもがみ)】を切りにいくぞ!」


「えっ?付喪神って?

 ていうか切るって!

 んなことできんの?」


「わしにはできん!」えっへん!


「できねえじゃん……」


「クロウがおるから安心せえ!

 それに三馬鹿と色欲幼女もおる!

 こんな"どりーむちーむ"はめったにあつまらんぞ?」


「はあ……まあよろしくどうぞ」


「いくぞ!」


 俺やしんちゃんが取り憑かれた、あの大イチョウの木に、俺たちは向かった。


「がんちゃん、付喪神ってなに?」


「まあなんというか、人間が使った道具があるだろう?

 長く使うとあまりよくないんだよ。


 いわゆる神や精霊なんかが宿って、人をたぶらかすとされたんだ。

 伊勢物語の伊勢物語抄では、陰陽記にある説として、百年生きた狐狸が変化したものを『つくもがみ』。

 今は九十九神ともいうかな。


 一説では百年たつと化けてしまうと考えた昔の人々は、百年たつ前、つまり九十九年目に古道具なんかを捨てていたんだ。

 まあ捨てすぎてそれに怒った付喪神が暴れたなんて話もある。


 つまり非常に厄介なのだよ」


「なんか、寂しいはなしだな」


 たくさんの人たちに、長い間大事にされた道具達が、とても寂しい存在に感じた。

 厄介ごとはいらないから捨てるか。


 そんなもの人間の勝手な都合だ。


「やはりな。

 この木の周りは神域だ、柵もあるのにむやみに近寄るから、惑わされたりするんだ」


「柵、そうか!

 ここは境界だったんだ。

 人とそうでないものの境か!

 なるほど〜。ってか!?

 猫が喋ってない?」


「なるほどね。

 ……こういとこには入っちゃいけないのか」


「ねえねえ。

 絶対、今喋ってたよね!?」


「まあ普通の人間なら姿すらわからんものなんだかな。

 お前らはかなりアホウなことばかりしていたようじゃからのお」


「ねえってば!!

 僕の話も聞いてくれよ。

 今更だがハルちゃん、この人達は誰なんだい?」


「おう!忘れておったな!

 わしらは神じゃ!こいつはクロウじゃ」


「神?」


 がんちゃんは俺を手招いて囁く

「なあ、やばい人達だよ。

 危ないよ。もう猫は置いとくとしても神はやばいよ。

 もし本当に神でも触らないほうがいいよ。

 最悪祟られるよ?」


「ん〜ここまで来ちゃったしな〜。

 もう任せるしかないてしょ?」


「着いたぞ!おい小娘!

 おるんじゃろう!?出てこんか!!」


 さっきまで、柵の中には入るべからずと話していたのに、この人は、堂々と木に近づいていた。


 木の前に少女が現れた。


 赤い着物の少女は、暗闇のなかに、最初からそこにいたように、うっすらと静かに現れた。


「あなたにはなにもできない」


 少女は睨むように、サッちゃんを見つめた。


「わっはっはっはっは!

 確かにわしにはお主をどうこうできるような力はない!

 しかしの〜わしのツレはどうかの〜?」


 サッちゃんは豪快に、喧嘩越しな笑顔を振りまき、

 白猫を、ポンっと放り投げた。


 猫だったそれは、丸い光になり、宙にうきながら形を変えていく。


「なっ!?

 なんだい!あれは!!?」


 白い光の玉はゆっくりと、形を変えて人型になり、地面に降りた。


「こいつにできないことは俺の役目なんだよ。

 これでも俺は……【武神】なのでな」


 人型になった猫は、白い着物をきた、美丈夫だった。

 切れ目で鋭い目で、まだ少しの幼さも残る。

 美しい男が、腰の刀を抜いた。


「よーし!オラの元気百倍!

 天下布武玉でおまえなんかやっつけてやる!

 うおお!!高天原のみんなあ!!オラに!げん」


 ッガン!


「ウルサイ」


 幼女の拳は、ノブノブの脳天に、容赦なくつき刺さった。


「殿は天下とってねえし、とったの俺だし」


「あー!殿お!こいつちょーしこいてますよ〜!

 まずこいつにふぶっちゃいましょ!?」


 ポカスカっ


 三馬鹿と幼女を気に留めず、クロウは少女を見つめる。


「鬼でも神でも、俺には切れるぞ……」


 クロウはゆっくりと刀を構える。


「武神……そうなの……

 わたしを切るのね」


 少女は寂しい目で、諦めた顔だった。

 そして俺に微笑みかけてきた。


 俺は、急に胸が苦しくなった。


 何か違うんじゃないか!?

 これでいいものか!?

 いや。これじゃあだめだ!!


「待ってください!!

 切らないで下さい!!」


「なぜだ?これは人を惑わすぞ?

 ほおっておいてもいいことなんてない。

 お前もわかってるだろ」


「俺は……

 昔はすぐに怒って暴れた!

 気に食わなきゃ、壊せばいいと思ってた。


 誰かを守るためなら、全部壊してもいいと思ってた!

 でも違うんですよ!俺はね!

 誰かを、守りたかったんじゃない!

 誰かの笑顔を、見たかっただけなんだ!

 俺のすることで、誰かが笑顔になるのが嬉しくて

 ……俺はステージにたってんだよ!!

 だから……もう悲しいのはいやなんだよ。だから……」


 俺はいらない存在だった。

 誰かを守るために、誰かを傷つけても、なにもいいことはなかった。

 怯えた顔で俺を避けるだけだ。

 いつも何かにイライラしていた。

 大切なものがなんなのかに気づいたのは、いい年になってからだ。


 また、同じことをしてはいけない。


「この馬鹿弟子が、

 いうようになったじゃねか?」


 木の影から、ポニーテールのでかいおっさんが突然現れた。

 俺はいきなり現れた男を見て、目を疑った。


「し!師匠!!!???」


「おうよ!このすっとこどっこい!

 おまえんちに行ったら誰もいやしねえしな〜。

 いいお月さんがおいらに語りかけてくるのさ!

 そんな時は、花見にでも行けってな。


 そいでよ!花を眺めながらあるいてたらよ!

 こいつを見つけたんよ。

 こりゃあ立派な木だと思ってよじ登って一杯やってたら眠くなっちまってな!

 すまねえが少しやすませてもらうよ、ってな感じで気持ちよくねてたのに、なんか騒がしいと思って、起きてみりゃ。


 やれ切るだのなんだのと、物騒じゃあねえか!

 よく見りゃ、バカ弟子もいるときた!

 そのバカ弟子が、喧嘩の仲裁を必死でやるってなら、

 そりゃあおいらも黙ってるわけにはいかねえっ、てとこよ!!

 なあ!!お侍さんに綺麗な姐さん。

 ここは手打ちにしねえかい!?」ニカッ


「ぶ!ぶははは!!そうじゃの!!

 こんな日に、不粋であったのう!!」


「まあ、まかせてみるか」


 クロウは、クルッと宙に浮き、元の猫に戻る。

 サッちゃんの手の中にだかれている。


 俺は、少女に近づく。


「なあ、おまえ、さみしかったんだよなあ。


 いらないって言われてさ、

 捨てられてさ、つらかったよな。


 でもな、もうな、いいんだよ。

 俺がさみしくさせないから。

 俺はさ、友達がいっぱいいるんだよ。


 みんなにな、紹介させてくれよ。


 俺の新しい友達だってさ」



 俺は悲しくて寂しくて、涙が止まらなかった。


「いいの?……わたしも?

 ……友達になってくれるの?」


「ああ!!もちろんだ!!

 友達だ!!俺はハルだ!!

 おまえの新しい友達だ!!」


「は……る?変な名前」


 少女は、嬉しそうに笑った。


「おまえの名前は?」


「ない。櫛の付喪神」


「そっか!じゃあ……

 【クシノ】って呼んでいいか?」


「うん……


 『クシノ』!

 

 わたしの名前!」


 俺は、クシノと手をつないだ。


 もうここには、人を惑わす付喪神などいない。


 笑顔が可愛い少女がいるだけだ。


 君の名前は、俺の新しい友達、

 

  『クシノ』

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