第13話 十二杯目✿永遠の子供達

 〜伯爵の視点〜


 

 わたしにはなにもない。


 なにも。


 民も、領地も、敵も、愛する人も、

 全てを殺し尽くして足りずに己すら殺した。


 それでもなぜわたしは存在しているのだろう。

 わたしには、なにもないのに。


 死してなお許されず。

 死したからこそ許されない。


 私は化け物に成り果てて、

 

 神に呪われ手に入れた、

 たった一つの領地を守りながら、

 ただ彷徨い続けるのだ。


 延々と敵を滅ぼしながら、

 いつか私が滅ぼされるまで。


 ✿✿✿✿風森の本家✿✿✿✿


「小夜。久しいな」


「おかえりなさい。伯爵」


 いつの間にか影の中に男は現れた。


「あなたは!?さっきの!」


「こんばんわ。

 はじめまして、風森の乙女よ」


「伯爵、ほんとうに、あなたは、なに一つ変わらないのですね……

 私は、もうこんなに、しわくちゃになってしまいました。

 時というのは、早いものです」


「君はほんとうに。

 なに一つ変わらない。

 今も、今こそが私のかわいい妹だよ」


 伯爵は悲しい目で優しくはなす。


「姉さんは、幸せだったのですね。

 そして、あなたも」


「……静かに、ほんとうに眠るように。

 なにも憎まず、なにも怨まず。

 なにも思い残すことなく、

 ……ただ眠ってしまった」


 小夜は優しい笑顔のなか涙が溢れた。


「今日は本当に泣いてばかりですね。

 もう私も長くはありません。

 伯爵に一つだけ、かわいい妹の、最後の願いだと思って……

 聞いてほしいのです」


 伯爵はなにも言わない。

 ただ優しい瞳でかえす。


「この子はマナといいます。

 新しい風森の当主になりました。

 どうか、どうかこの子を守ってほしいのです。

 時代は動いてしまいました。

 これからはこの子達の時代です。

 私にはもう見守ることくらいしかできないのです。

 だからもしもの時は、……この子を助けてあげてください」


「ああ、私のかわいい妹よ。

 そんなに悲しい顔をしないでくれ。

 私達の愛する子供達だ。

 君が望むなら聞き届けよう。

 ……そのためにここにきたのだから」

 

「……ありがとうございます」



「……マナ、君には私の手の者を侍らせよう。

 邪魔にならないようなものにするから安心したまえ。

 何かあれば使いたまえ」


「えっ!?まあよくはわかりませんがよろしくお願いします」


「すまないが、私は、古い友人に呼ばれているので、失礼するよ。

 またあおう。

 かわいい私の子供たち」


「あ、あの?どちらまで?」


「花を愛でに、桜の咲く城へ」


「桜の公園ですよね?歩いて?」


「なにか問題でもあるのかね?」


「いえ、あのマナに送ってもらったらどうです?

 その方が早いし」


「そうか、頼めるか?」


「いいですよ」


 ✿✿✿✿庭✿✿✿✿


「えっ!?これっ!?」


「んじゃ、しっかりつかまってくださいね!」


「いや、私はとべるんって!ああ!!……」


 ブロロローー!!……


 ✿✿✿✿夕暮れの日✿✿✿✿


 もう、体を動かすこともできない女性は、優しく微笑みかける。


「ねえ、あなた。


 夢を見たの。


 子供たちの夢。


 私達は、子供は作れないのに笑っちゃうでしょ。


 黄金色の稲が、きれいにゆれて、

 子供たちがあそんでいるの。


 それを、あなたが優しい目で見守っている。


 そんな夢を。


 ねえ、あなた……

 子供たちが続くと、私達は、

 きっと、永遠に生きているのと、同じなんだって思うのよ。


 だからね。

 もう泣かないで…………」


 女性の手を握り、


 泣きたくないから、鬼になったはずなのに。

 一人ぼっちの鬼は、優しい血の涙を流した。


 私にはなにもない。


 この呪われた身は、命を繋げていくこともできない。


 なにもないはずの私に、


 憎むべき、日の光のような笑顔で、

 眠るように消えていった、愛しい人よ。


 愛しい人よ。

 

 君の願いを、叶えてみせよう。


 私達の愛する、


 永遠の、子供達のために。

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