第10話 九杯目✿風森の母
〜マナの視点〜
私は社に祈りを捧げる【巫女】。
みんなは【マナ】ってよんでくれる。
私は高校を卒業して、同時に本家のお祖母様の元に行かされた。
久々のお祖母様はいつもは元気なのに、その日は、寂しそうに私に話した。
それは昔話であり恋物語。
神話のようなものだった。
真剣に話すお祖母様をみていて、私も真面目に聞いた。
それから私は本家に預けられ、生まれた家を出て本家の仕事に就いた。
私にとって仕事はなんでもよかった。
兄がよく言っていた「この世のすべての仕事は、誰かのためになる。
本気でやれば、楽しくないことなんてない」と。
たまたま私でなければ出来ないこと。
それが、本家での仕事だっただけだ。
求められるなら、精一杯やろうと私は思った。
私はハル兄様が大好きだった。
ハル兄様は一番年の近い兄で、いつも私を可愛がってくれていた。
友達と遊ぶ時もハル兄様は私も連れて行ってくれた。
本当は邪魔なんじゃないかと思っていた。
でもあの人は、いつもは優しくしてくれた。
ハル兄様はすけべだ。
変態といってもいいし、むしろ変態だ。
それでもかなりルックスが良くて、女性にはもてていた。
私はハル兄様に手を出す女は許さない。
絶対に仲良くはならない。
どうせ、自分のことしか考えてない、ろくな女じゃないからだ。
兄様は友達には恵まれているけど、いつも悪い女に関わるのだ。
私はお祖母様の言いつけで、分家の土地の仕事を手伝っている。
もう二週間になるところだった。
本家が関わる仕事、それは基本的に神社関係と農業なのだけれど、今回は前者だった。
そんな時に、母からの電話がなった。
「お母さんから急ぎのお話があるそうだから、
すぐに来てくれる?」
「うん、今日は終わりだから今すぐいくよ」
ここから本家まではそんなに遠くない。
私はバイクを走らせた。
ハル兄様の友達が譲ってくれたもので、今は愛車となっている。
好きな人から見たら、かなりこだわっていてたまらないらしい。
元の持主が寿司屋さんだとは、到底想像もできないそうだ。
本家に近い山の中。
ヘルメット越しに奇妙な違和感を覚えた。
こんな山の中に、長い髪の貴族風な男とすれ違ったのだ。
それは明らかな場違いで、時代錯誤だったのだ。
ゾワ!?
あれは、なにか得体の知れない、よくないものだ。
とても嫌な感覚が全身を襲った。
バックミラーでもう一度確認した。
しかし、それらしき者は写らなかった。
なんだったのだろう?
しかし本家の結界がある。
ああいったものは、風森の地には入れないはず。
だから大丈夫だろう。
風森の本家は、広い田園の地に一軒だけある屋敷だ。
家の裏には大きな山があり、一族の墓地がある。
墓地の墓石は全て風森で、小さい頃にはこれが当たり前だと思っていた。
山には一族のものしか知らない神社がある。
ここへは本家の選ばられた女しか入れない。
本家では、台所にも女しかはいれないといった決まりがある。
男達は特別気にしていないようだ。
これもここでは当たり前なのだ。
屋敷についた私はエンジン切りバイクをおりる。
母が気付いて出迎えてくれた。
「おかえりなさい、マナ」
「ただいまー。
っていうかなんで本家にいるの?
ハル兄様は?」
「なんか夕方頃に花見に行くとかいって、出かけたみたいよ。
私もお母さんに呼ばれてきたのよ。
もう、電話があるんだから、手紙じゃなくてもいいと思うのよね?」
お母さんは相変わらず、ふわふわしているな。
とりあえず、私はお祖母様のところへ向かうことにした。
「ただいまー」
「もどったかい。
座っとくれ。
真紀、お茶を」
母の入れたほうじ茶の香り。
疲れが癒されていく。
家の中がお茶の香りで満たされていくようだ。
「お祖母様。急にどうしたの?」
「今日文が届いてね。
覚えているかい?
あたしの、姉さんのこと」
「前に話してくれた昔話の?
うん。覚えているよ。
確か、遠いとこで幸せに暮らしてるって」
「その姉さんが、亡くなった。
安らかに、逝ったそうだよ」
「そう、なんだ……」
「それで、あたしももう年だからね。
そろそろ、次に託すことにしたんだよ。
一族で、最も力のあるお前が、次の当主だ。
どうかこの地の恵み、あの方達の思いのため。
この願い、託されてはくれないか?」
次の当主。
この、風森の家をつぐということは、生涯を、神に捧げなければならない。
処女のまま、誰とも結ばれず。
男も知らないまま。
「この家にくると決めてから、私はきめています。
どうか、 一つだけ聞かせて欲しいんです。
お祖母様は、その……幸せだったの?」
「ああ、
私は子供をうめなかったがね。
たくさんの、風森の子供達を育ててきたからね。
みんなあたしのかわいい子供達だよ。
とても、いい人生だったさ」
「うう……お母さん」
風森の一族の、大きな母は涙す。
それでも、笑顔はとても静かで優しい。
私も母も、涙を止めることはできなかった。
仕事はなんでもいい。
それが仕事であるなら
誰かに必要とされるなら、
きっと誰かが、
笑ってくれる。
私は本気でやろう。
きっと楽しいはずだからだ。
それは私が愛するハル兄様が、
絶対に、
思いを受け止めてくれない、
あの人が教えてくれたこと。
この日、
私は風森の母となった。
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