第8話 七杯目✿旅のマエストロ

 〜マエストロの視点〜


 

 おいらの仕事は【世界を股にかける演奏屋】だ。

 みんなたのんでもねえのに【マエストロ】なんて呼んでやがる。


 ガキの頃は悪さをしたもんだが、今は立派な渡世人。

 人様に迷惑をかけちゃあいけねえと心入れ替えて。

 人様の笑顔のために、世界中を股にかける。

 このうで一本で渡り歩いております。


 そんなおいらにも出来の悪い弟子がおりまして。

 近頃めっきり元気もねえ。

 おいらをほっぽり出して、自分は生まれ故郷でのんびりしてやがるときた。

 ちょいとお灸を据えとこうと思いましてね。

 出来の悪い弟子の故郷へ、向かうところなんでございます。


 旅はこの稼業には切っても切れないものでありますが。

 なかなか遠いとこまでいくとなると、話し相手も欲しくなる。

 年をとるとどうも心細くていけねえっことでおいらは隣の異人さんと、旅のはなしで花をさかせる。

 そんな酔狂もいいんじゃねえかと思った次第。


 「あら、これは外国の方でございましょうか?

 短い旅ですがこれも何かの縁。

 どうぞ仲良くやりましょう」


「……」


 あらー、日本語はわかんねえかな?

 どこのお国だろうかと、おいらはこまっていたんでございます。


 黒髪だが目は赤い。

 細身だが長身だ。

 こりゃまちがいねえ!顔の感じだと異人さんだ。

 そんなことを困りながら考え込んでいたんですが。


「ん?私に、なにかようかね?」


「!日本語はお分かりですか?」


「問題ない。なんのようだね?」


 「いやね、おいらは旦那の隣の席になっただけの旅の演奏屋。

 旅は道連れ世は情けといいますし、これも何かの縁だと思いましてね。

 旅の途中お互いの話でも酒の肴に、楽しもうと思いましてね......」


「……そうか、変わった男だな。君は」


「くいわれまさあ。

 あっ!これはお近づきのしるしに、どうぞ一杯」


 日本語がお上手な異人さんに、売店で買ったレバーの燻製。

 イタリア土産の酒をふるまって、旅の道連れができたんで一安心。


「それにしても日本語がお上手で、えーと……」


「……伯爵とでもよんでくれ。皆そう呼ぶ」


「あらーこれはお偉い伯爵様でございますか。

 これは失礼を。

 おいらはまあマエストロとでも。

 皆そんな風に呼びますんでね。

 こんなもんしかないですが、お口に合いますでしょうか?」


「なかなかうまいな。

 それにかしこまらなくてもよい」


「それはありがたい!

 おいらは伯爵様になんて口聞いたことないもんでね。

 おいらには出来の悪い弟子がおりましてね。

 こいつが最近めっきり腐ってやがる。

 ちょいと説教の一つでもたれて性根を叩き直しに行くとこでさあ。

 まあ花見がてらの、ついでみたいなもんです」


「わたしも似たようなものだ。

 出来の悪い眷属がおるようで、目障りだ」


「全くお互い苦労ってのは、

 絶えないもんです」


「全くだ。

 もう一杯いただけるかな?」


「おすきなようで!

 飲める男はおいら大好きですあ!

 さあ!どうぞ!」


 ああ。

 こりゃあいい飲みっぷりだ。


「日本には、

 なにしにいらっしゃったんで?」


「わたしの古くからの友人がいるのだ。

 もう長い間この国の世話になっている」


「どうりで言葉がお上手で!

 伯爵様は、どこのお国で?

 きっと広いお城なんかににすんでるんでしょ?

 おいらはいろんな国にいったが、やっぱり異国の城はでかいねえ」


「今のわたしにはなにもない。

 ただ一つの棺桶だけだ。

 わたしが眠ることができる、最後に残された最後の領地だ。

 愛した人も、領民も敵国の兵士も、何もない。

 すべてに死を振りまいても足りず、人間でいることもできない。

 わたしのような弱い化け物にはなにも。

 なにも手に入れることは、かなわないのだよ」


 長い髪からたまに見える赤い目は、

 寂しい男の目だ。

 言ってることはよくわかんねえが、きっといろいろあったんだろうさ。

 こんな異国で一人旅とは泣かせるじゃねえか。


 おいらは世界を股にかける演奏屋だ


 みんな生きてりゃいろいろあるさ


 それがたとえどんな存在だって、今のおいらには興味はねえよ。


 世界にはいろんな奴がいる


 旅は道連れ世は情け。

 

 これも何かの縁として、

 

 旅のはなしに花をさかせるだけさ。



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