第2話 一杯目✿花見の神様 第一章 開演
〜ハルの視点〜
少女の声がした。
赤い着物。
前髪は揃っていて、まるで日本人形のようだった。
まだおさなさを残した少女が、隣で微笑んでいる。
「……悲しいね?
……つらかったね?
……会いたいんだね?」
優しく心地のいい声。
少女はささやく。
俺はその声に吸い込まれていくような感覚に襲われた。
体の自由を失いもう何も考えられない。
もうどうでもいい。
なんでもいい。
俺は急にただ悲しいだけの存在になっていた。
少女は俺の腕に抱きつき優しく微笑む。
囁く少女の声が聞こえる。
「うん。
そうだね。
もういいんだね……」
ああ、そうだな。
もういいかな。
悲しい感情と、体の動かない無力感。
ただ涙が止まらない。
俺は全てを諦めた。
「おい!!」
声が聞こえた。
朦朧とした意識のなか。
なんとか声の方に意識を向ける。
視界の隅に、黒地の着物に描かれた桜と紅の盃が見える。
「おい!!」
まただ。
また声が聞こえる。
さっきより良く通った声の先に意識をもっと向ける。
その人は綺麗な人だった。
銀色に近い透き通るような白い髪。
大きな胸元には艶がある肌。
片手に紅い銚子をぶら下げている。
白猫を片手に抱いたまま、少し面倒くさそうな顔で、俺と少女を見上げてその人は言った。
「いい音が聞こえたんで久々にきてみればこれだ!
こんないい夜にどうも無粋じゃのお。
今日はやめたほうがいいと思うのじゃが?」
少女は睨むような目で声の主をみつめ。
ギュっと俺の腕を強く抱きしめた。
やがてゆっくりとその腕をほどき、少し寂しそうな瞳で囁く。
「……またね」
俺は急に体温が戻ったように体が軽くなった。
自由の戻った背中を木にあずける。
力が抜けて急に怖くなった。
隣をみるが、そこにいたばずの少女はいない。
さっきまで俺は本気で、もうここで楽にしんでもいいかなと思っていた。
思い出すと急に軽くなった体が震えだした。
俺は抱えていた楽器を強く抱きしめて目を瞑った。
「おい色男!!
いきてっか!?
いきてんな?よし!!」
さっきまで木の下にいたその人は、
いつのまにか俺の前に立っていた。
着物の袖から盃を二つ取り出し、一つを渡された。
「こんないい夜につけこまれおって!
まったく貧弱なやつじゃのう。
あれはかわいそうなやつを見つけると、連れて行ってしまうからな。
気をしっかり持て。
ほらとりあえず酒じゃ!飲め!」
盃をとった俺に、もっていた赤い銚子から注ぐ酒。
まるで果実のような香り。
「うっ!まっっ!!??」
こんなうまい酒飲んだことがない。
どんなランクだ?
米歩合は?米の種類は?何処の酒蔵のだ?
といままでの事をわすれたように、ただ驚いてばかいた。
「いけるくちかの!?
うまいじゃろ?これは特別贅沢な酒じゃ。
米のうまいとこだけで雑味なんかないじゃろ?」
そういって、とても豪快な笑顔でその人は飲み干した。
「あの……ありがとうございます」
俺は周りの満開の夜桜を眺めながら、少しだけ落ち着いていた。
よく見るともう日が暮れていたんだな。
いったいどのくらい少女と過ごしていたのだろう?
「きにするな!おぬしは花が好きなようじゃの?」
「ええ、桜が一番すきです。
特にここのは都会とは違う力強い色ですし。
花の数も多い、なんといってもこの花を見ながら飲む酒は、最高です」
そういって盃を空にして、また花を眺めた。
「ハハハ!そうかおぬしも相当な"花見じゃんきー"とみた!!
よし!これも何かの縁じゃし
……お主に決めた!
花が散るのははやいものじゃぞ、
わしに付き合え!いくぞ!」
突然立ち上がり腰に手をあてた人は俺を見下ろす。
大きな胸を自慢するように。
「いく!?ってどこへ!?」
気持ちのいい笑顔で、その人は豪快に言い放つ。
「今宵は満開!さらに月もでかい!
これから客もどんどん増えるからのお!
みなで花見にきまっておる!」
そして俺の頭に手を置いた。
急に目の前が真っ白になり意識を失った。
✿✿✿✿
俺は夢をみていた。
小さな男の子が桜の木の下で泣いている。
あれは俺だ。
好奇心旺盛な子供だった。祭りに行っては勝手に走り回り、家族とはぐれたものだ。
最後は悲しくなって、桜の木にお願いしてた。
「みんなにあいたい。神様みんなにあわせて」
木の上から黒い着物で整った顔立ち。
白い髪のとても綺麗な女の人が、男の子に声を掛けた。
足をぶらつかせ盃片手に。
「かわいそうにのう!
一人きりではぐれたんか?
これも何かの縁じゃし、
わしにまかせろ!」
すっと木から降り立ち、
豪快な笑顔で。
その人は優しく少年の頭を撫でた。
ああ……
きっともう寂しくはない
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
「ニャア〜はふん」
大きな枝垂れ桜の下
間抜けな猫の声で俺は目を覚ました。
サラッ
夢に出てきた女の人が俺の頭を撫でていた。
「ニャア〜っあ!おきた!」
白猫がなんか喋った……!?
ガバッ!?
「お!?おきたな!!
ちょいと覗かせてもらったぞ!
昔祭りで迷子になっとった泣き虫小僧だったか!
まあこんなにでかくなっていい男になったのう?」
「あの、、えっ!?
本当にあの、夢じゃない?
全然かわってないし!
のぞいた!?ていうかあなたは誰!?」
正座しなおしている俺にたいして、豪快に胡座をかいている。
空の盃を俺にむける。
近くにあった銚子から、俺はその人の盃に酒を注いだ。
「わしか!?わしは神様じゃ!!」
豊満な胸を突き出して、得意げにそう言うと一気に盃を空にしまた話し出す。
「そうじゃのう!いろいろじゃが!
……言うなれば【花見の神様】じゃ!
【サッちゃん】とよべ!!」
ハル「はあ、俺は」
「ああ、おぬしのことは大体見たからわかっておる。
わしは"サダメ"もみえるすんごい神様じゃ。
それにしても……毎日のように
……ひとりですけべなことばかりしおって!」
「あーーー!あーーー!
信じます!!神様ですね!」
こんなに綺麗な人に、変態だなんて噂を流されたらたまったもんじゃない!
俺はステージ慣れしてるから、大抵のことには臨機応変に合わせられるのだ!!
できるさ!
でも、木の上であった女の子。
あれは、生きてるものじゃないのはわかる。
あんなにはっきりしたやつは久々に見たがあれはやばかった。
てか神様?神様はさすがにないな!見たことねーもの!
でも死んだ親父は神様にあったとかいってた。その時から人が変わったように優しくなったな。んー、保留とする!!
「何をひとりで考え込んでいる?
さあ花見の支度をせんか!」
「あの?花見の!?なぜ!?」
「神の話はちゃんと聞けと習わんかったのか?
花見をするといったじゃろうが……
わしは米ならいくらでも出せるぞ!あと酒じゃ!それ以外はお前の仕事じゃ!はよはじめんか!
花が散るのは、はやいんじゃぞ!」
「あー花見ね!……なぜ俺が?」
「おぬしはどーも心が貧弱なやつのようじゃ。
このままだとまたあやつがきてしまう。
おぬしの"サダメ"を"サバク"のには花見が一番じゃ!ついでにわしを楽しませろ!楽しく騒ぐんじゃ」
貧弱とは大きなお世話だ。
それに何いってるかよくわからなかった。
「はあ、よくわかんないけど神様と花見をすればいいんですね?」
「サッちゃんと呼べ。
敬語もやめい、無礼講じゃて」
また飲んでる。
ていうか自分でサッちゃんてどうよ?
「わかったよ……サッちゃん!
でも、準備するにしても俺は楽器しかできないよ?」
「しっとるよ、
おぬしはそれでいい!
竿をいじることしか頭にないからの!!
だがおぬしにはいるではないか?
"ただれた仲の友人"とやらが」
そういって、
自称お米と花見の神様サッちゃんは、
盃を空にして豪快に笑う。
ああ、また俺は変なのにまきこまれた。
いろんな意味であきらめたのだった。
「おい……無視かよ」
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