攻撃
第6話 点呼
「将校集合をかけろ。直ちに大隊の方針を発令する。ジェイク、サカイ」
立ち上がり、その場に居合わせた者達に告げる。
「はっ」「はい」
「チェルノボグはその鈍重さ故に待ちぶせ兵器としての性質が強い。よって奴が前進してくる可能性は少ない。サカイの言った通り、攻勢限界が来たとこちらに誤解させ、我が兵力を誘引撃滅することが奴らの目的と思われる。が、朝になれば奴に狙い撃ちされ続けるハメになる。気に食わん。全く気に食わん。よって先手を打つ。あえて敵の手に乗り、ひっくり返す。丘を奪還し、しかるのちに敵機甲兵力とチェルノボグの首を獲る。大隊は一時間四〇分後をめどに行動を開始する。きっかり二時間後には大隊機動兵力を三個梯団に分割し、前進。一個梯団は予備だが、チェルノボグ退治には大隊戦闘団全力を投入する。予備を遊ばせておいて勝てる相手でもない。歩兵は小隊ごとに各梯団後方に付属させる。二八八中隊は志願者で山岳戦闘部隊を再編、別働隊とし、残余はこの陣地の守備に充てる。作戦に必要な行動具体案を策定しろ。時間はないぞ」
二人が声を合わせて返答した。
「了解いたしました」
それからの一時間は大忙しという言葉では足りないものだった。
生き残りの戦車兵やAD・MDパイロットからの報告受領に加え、砲撃計画の再検討、両翼の中隊との連携にまつわる第二師団との折衝、攻撃計画の立案、兵站物資の再配分などなど、ちょいとうたた寝をする暇もなかった。
もちろん、兵どもにはたっぷりの食事と三〇分ばかりの睡眠の時間、ついでに各機材の最終整備をさせたのは言うまでもない。
そうしたわけで、攻撃態勢が整ったのは聯隊本部との交信が終了して一時間と二〇分ほど後のことだった。
攻勢開始まであと僅か二〇分。
すでに敵陣への砲撃は始まっている。
敵陣全体に降り注ぐ煙幕を盾に、我が大隊はひたすらに駆けた。
心配事は多い。とても多い。
私が大隊長になって一ヶ月ほどしか経っていないこと。
軍自体が重大な人員消耗を起こしているため、参謀組織を確保できなかったこと。
戦闘正面が狭隘で部隊運動の余地が少ない割には敵兵力がどうにも多そうなこと。数で押されてしまえばどうにもならない。が、いったん前に出ないことには縦深防御のまねごとすら出来ない。
まだ近衛にいるジョージを通じた空中フリゲートの派遣要請も却下されたこと。かわりに独立第五砲兵聯隊のための追加弾薬を確保できたことは救いだろう。
両翼の二八七・二八九中隊の戦力も減っているため大隊の両脇の防備に穴があることと、二八八中隊の戦闘力に不足があること。二八八は大隊の直轄戦力として用いるとして、二八七と二八九は哨戒線構築に用いるしかない。
そして何よりチェルノボグのことだった。
おまけにこっちはADとは比べるのがバカバカしいほどの軽装甲。
気が重くなって当然だろう?
ただしこちらも、常識的に考えるならばそう悪い状況ではなかった。
正面戦力こそ今夜は我々のみだが、明日昼には聯隊の残余が到着する。
第二大隊は新型戦車が中心の編成となるらしいが、ADと同じ主砲を装備していると聞いていた。防御力はどうか知らないが、攻撃力が標準的なADと同等と言うのは心強かたったし、実際にその後の戦績を見るとよくもまぁたったアレだけの予算でこれほどのものをと感心したよ。
それになんといっても成層圏偵察飛行船を一隻専有できるのは、まったくもって非常にありがかった。
衛星のようにすぐ飛び去ってしまうわけでもないし、通常の航空機のように相当接近しないと対象を観測できないわけでもない。
通常の航空機や対空ミサイルの到達高度のはるか上空から、悠々と遊弋しながらパルスドップラー・レーダーや各種合成開口レーダーやレーザーレーダー、紫外線、赤外線、超高倍率光学機器などで観測できる。
高高度戦闘機や戦域防空ミサイルに狙われるのが怖いといえば怖いが、ある程度の自衛戦闘やミサイル迎撃は行える。空軍と海軍がエアカバーに入いると言っていたし、あまり心配はしていなかった。
移動速度が遅いのが困るといえば困るが、戦域到着後の観測精度で勝るものはほぼ無い。
既に第五砲兵聯隊の全力を巻き込む羽目になってしまった準備砲撃の内、実に八〇%がこの偵察ステーションによって誘導・砲撃効果判定をされている。
戦術情報ストリーム、ああ、当時我軍が使用していた戦場データリンクの一種に流れていたテキスト情報によれば、敵が渓谷内部に確保・設営した各種兵站施設の三〇%ないし四〇%が大炎上を起こしているとのことだった。もちろん、実際にはそこまで効果はなかったがね。
渓谷内で待機中だった敵戦闘部隊にも被害を与えているようだから、前方の丘を奪還「した後」の前進は相当楽になりそうだった。
問題はまさに「今」から、だったのだが。
戦闘の推移を語る前に、今一度この戦場の広がりを思い返しておきたい。
まず渓谷自体は西南西から多少うねりながら北東へ抜ける形である。
長さはまぁざっと八〇Km。
国境となる渓谷内部の峠から北三〇Kmが帝国側、南側五〇Kmほどが我が国の領土となる。この渓谷の出口から五〇数Kmほど南へ下ると、首都外縁に達することになる。その手前にはサカイの領地と私の実家の領地があったりはするが、これはまぁ蛇足だ。
渓谷内部には国境から両国に向けてなんともないような小川がある。
徒歩では腰にも届かないような深さだが、国境付近では渓流になっているので注意が必要だ。
また小川の周囲は森林になっていることが多い。
待ち伏せに注意したい。
私達が二八八中隊を収容した予備陣地。
この辺りの渓谷の幅は最大で約六Kmほど。予備陣地が構築されている丘の直径は麓で四kmほどもあり、少し東よりながらも渓谷のど真ん中にどっしり腰を据えているため、この隘路の最終障害となっているのは先に述べたとおり。
ちなみにこれより南は渓谷の幅も急速に広がりを見せ始め、高度差も無くなってくる。
この丘と小川、街道を挟んで西北に鎮座するのが我々が奪還すると定めた丘陵だ。標高八〇m、麓は東西九Km南北七Kmの広がりを持つ。
この丘の東側を回りこむように小川と街道は続いており、そのさらに東側に鬱蒼とした原生林が広がっている。木々の間隔は広いほうだが、直径数mの巨岩がゴロゴロしていたから、まずまともな指揮官ならADでの機動戦はやらないだろうと思われた。
この辺りから国境手前まで、渓谷の内部は幅一〇Kmを超えるようになる。
出入り口は狭く、内部は広い。
二八八中隊がこの渓谷を守りきれなかった理由の一つがここにある。
こういった地形はいったん隘路を抜かれると、防御するのがとたんに難しくなる。
ここを一個大隊弱で守るという第二師団の方針はそもそも楽観的すぎたのではないかと思えるし、現在では複数の大隊戦闘団で縦深防御を行うことになっている。
なんにしろ、見た目よりも防御しにくい地形だということはわかってもらえるとありがたい。
「パラディン1より全隊、最終点呼を行う。攻勢発起点に到達し、隊列を整えた隊から報告を行え。始め」
『シックル全騎準備完了』
アルベルトの報告はいつもシンプルだ。
発音が平坦なのは、戦を楽しんでいる証拠でもある。
今回、アルベルトの第一中隊は攻勢右翼を受け持つ。敵陣右翼(敵から見て左翼)から突出した敵戦車中隊を食い荒らすのが役割だ。
既に一度交戦していることだし、多少は慣れているだろう。
『パラディン1、エレファント1。狙撃小隊偽装完了。いつでもどうぞ』
エレファント――ヘンドリクス中尉の狙撃小隊は、今回試験配備されたYMD-25狙撃騎兵四騎で構成されていた。
射撃時の姿勢は、ADの主砲と同じ五五口径一二〇ミリ電磁アシスト滑腔砲を背中にマウントした亀を思い起こすといい。
薬室を改良してレーザー誘導ラムジェット徹甲弾も使用できるようにしてあるから、射程は優に二〇Kmを超える。
彼らは後方の陣地頂上からチェルノボグを狙撃することが役割だった。
『メイス、展開完了しました。二騎が機関不調です。後方に戻し、陣地の守備を命じました』
ホワイト大尉はあまり戦が好きではないらしい。今でもそうだ。
そのくせ技術屋としては自分の努力の成果を知りたいものだから、不機嫌なようでいてどこか弾むような調子の声になる。
自分の中隊から脱落者を出したことについては試作機だからと割り切っているようだ。無論そうでなくては困る。
下手にこの事を恥じるような奴は、兵に無理をさせすぎるような連中ばかりで信頼できない。
『カノーネ、準備完了。咄嗟全力射撃いつでも行けます』
大隊砲中隊のエリカ・ランス大尉は歌うような調子で報告してきた。
傍目にも蕩けるようないい女で、指揮下の男どもを働き蜂なみに働かせる。
しかし上司の嫌な誘い、あるいは強要はウマイこと躱して乗らない。
歩兵戦闘章持ちの女丈夫は決して誰にも屈さないのだ。
その時は、私も彼女の指揮下なら怖気づかずに済むのだろうか、なんて考えたものだ。
『パラディン、ハマー43だ。御礼返しの助太刀は任せろ』
といったのはゲイツ少佐だった。参ったよな。いや無線不調をその時まで確認してない私が悪かったんだが。
「ハマー43。聞いたことのある名前だ。また一緒に戦えて嬉しい。よろしく頼む」
『ああ、終わったら一杯おごれよ』
私達のやり取りを聞いてアルベルトが咳払いを漏らした。
『インディア288準備完了』
ケリー大尉は完全に歴戦の歩兵将校へと蘇ったようだ。声に覇気が満ちていた。
『シュバルツ位置に付きました』
サカイと同郷のクロカワは工兵小隊長だ。我が国がまだまとまりに欠いていたころからサカイの先祖の郎党として戦闘工兵を率いていた一族だそうだ。
あくびでも漏らしそうなのんびりした声。
『あ、あの、グレナディア714準備完了です』
最後のは我が大隊の装甲擲弾兵中隊長、エメリッヒだ。
中の上程度の貴族のあととりらしく(ウチより序列は上だ)、まだあどけなさが残るものの将来は女と一部の男を引き寄せそうな顔と、年齢の割に高い階級ぐらいしか取り柄がない。
まぁガキだ。その分中隊の下士官が鬼のような連中ばかりだから、まぁなんとかなるだろう。運がよけりゃ、だったけど。
『パラディン2、位置につきました』
『パラディン3、準備完了。各種偵察機材動作良好』
これはジェイクとミッシーだ。ふたりともやる気はあるが先走る程でもなかった。とてもよい兆候だと感じたね。なにしろ当時の私に出来たのは、せいぜい「すすめ」「そこを曲がれ」「とまれ」「突撃しろ」、この四つの命令だけだったんだから。参謀まで頭に血が上ってちゃ、勝てるものだって勝てないよ。
『フレイル遅れました、全騎問題なし』
最後になったサカイの返答もこれまた平坦。
好きで戦に慣れてしまったわけではないから、と、騎兵学校の演習中に聞いたことがある。
「フレイル、遅いぞ」
『こいつは全く不明の至り』
アルベルトの隊より先に展開を完了していたくせに(兵を休ませるために)報告を遅らせるあたり、本当に要領がいい。
見習いたいものだよな。
「フンメル31、フンメル31。こちらパラディン」
上空の偵察飛行船に呼びかけた。どのあたりに滞空していたのかは当時はわからなかったし、最近になって刊行された戦闘詳報を読んでもやっぱりわからない。未だに現役で運用してる機材だから、そうじゃないと困るんだが。
『パラディン、フンメル31。よく見えてるぞ』
わずかにぷつぷつと途切れるような音声で返答があった。
「敵の位置、特にチェルノボグの位置はわかるか」僅かな間。
『敵陣の戦車などはよくわからん。砲撃が集中しすぎている。チェルノボグは敵陣後方でうずくまってるままだ。しかしとんでもない装甲だな。さっきから何発か直撃してるみたいだが、重大な損傷が発生しているようには見えん』
「ありがとう。そのまま仕事を続けてくれ。あまり強いレーザーや電波を当てるなよ。チェルノボグの射程はどれほどあるのかわからんが、ADを蒸発させるような出力のビーム兵器だ。ヤバイと思ったら直ちに離脱してくれ」
『了解』
通信すべき相手がいなくなったところでシートにもたれ、小さなため息をつく。時計を見れば、攻勢発起まで三分と少々しか無かった。
チェルノボグ。
悪魔のAD。
わざわざこんなところまできてくれるとは、全く。
視界が赤く染まり、体が小さく小刻みに震えはじめた。畜生。
なんで私はこんなチンケな戦闘機械に乗り込んでいるのだ。畜生。畜生。畜生。
ふざけるな。
私はこんなに怖いのにあの野郎ときたらあんなところでのんびり寝っ転がりやがって何が悪魔のADだふざけるんじゃない絶対に殺してやる関節の隙間から全弾ぶち込んで殺す装甲ひっぺがして解体して殺すコックピットモジュール全力で地面に叩きつけて殺すグシャグシャになったモジュール踏みつけて殺したあと火をつけて殺す絶対だぜったいにだ絶対に殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる『……隊長』殺して殺して殺殺殺殺『大隊長殿!!』
ジェイクの声で我に返った。
回線は大隊幕僚用プライベート回線だった。
大隊指揮系回線を切ってから応答する。
『大丈夫ですか。なんか笑ってましたけど』
「あ、ああ。スマン」
『攻勢発起まで二分です。全軍に前進待機を命じておきました』
「ありがとう。手間をかけた」
『どういたしまして。……あー……大隊長殿?』
「なんだ」
『いやその』
「早く言え。時間がもったいない」
『……えーそのー……今度デートしてくださいよ』
「はぁあ?」
『いや本気で』
「お前突然何言ってるんだ。こんな時に」
『こんな時だからなんですけど。ダメですか』
「あのさぁ……昔読んだ小説に『ゲイは生きるか死ぬかの瀬戸際で告ってくるからダメだ』っていうのがあったんだけど?」
『あ、いや』
「それにそういうのは死亡フラグだろうが。お前、この戦闘で死ななくても、アルベルトにぶっ殺されるぞ?」
『そうですかね?』
「そうだよ」
ジェイクがのんびり言うものだから、それが普段のジェイクにはあまりに似つかわしくなくて、つい笑ってしまった。
『あ、それそれ。それです』
「なにがだ」
『気楽に、とは言わんです。戦争ですから。でも、思いつめたり、自分の思いに殺されたりしないで下さい』
「回りが迷惑するからか。戦闘中に発狂する指揮官なんぞ迷惑でしかないからな」
『無論それは有ります。ですがね、もうちょっとみんなを信頼してもいいんじゃないんですか?まだ大隊長殿が僕らと同じ隊になって一ヶ月そこそこですけど。みんないいやつです。もう少し乱暴に扱ってくれても大丈夫ですよ』
「……わかってるよ、そんなことは」
正直、そういうことを言われるのは鬱陶しかった。
だが、ジェイクのいうことももっともだ。
わかってる。
わかってるんだよ。
「ジェイク。お前、私とデートしたいつったよな?」
『あ、はい』
「なんでだ?」
『その、まぁ、気になってて』
「本気なんだな?」
『や、まぁ、その』
「や、だの、まぁ、だの、娑婆の言葉はやめろ」
一拍置いて、つばを飲み込む音が無線から聞こえた。
『はい、たしかにそのように申し上げました。言ってしまえば一目惚れというやつであります。故に誠に失礼ながら、心配させていただきました、マイン・ヘル』
彼でも上ずった声出すことあるんだなと関心した。
「わかった。ヤりたいだけなんだったら他をあたれ。アルベルトと私を取り合うつもりなら覚悟しろ。いいな?ベルティ兄ちゃん、ああ見えて、私の事になると超必死だから」
『確かに、学生の頃からいろいろノロケとか悩みとかは聞かされてますが』
「そんな昔からの付き合いかよ、お前ら。しかしねー、別に私でなくてもよかろーに。他にもいっぱいいるだろ?まぁいいや。話は後だ。鉢巻しめろ。そろそろ行くぞ」
『ヤーヴォール』
「ジェイク」
『はい?』
「お前さ、いい奴だね」
『え、いや』
「今度から私の事、ボブって呼んでいいよ。復唱はいらん。切るぞ」
はー。
今思い出しても顔赤くなるな。
戦争やってんのに顔赤くしてるとか、こりゃ軍法会議ものだよ。
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