第5話 意思

チェルノボグ。

私の戦隊を蒸発させた、帝国最大のAD。

目に痛いほど力が入り、視界が赤みを帯びる。

知れず、喉の奥から妙な音が漏れ始めた。ごちゃまぜになった感情が、魂の底から沸き上がる。

恐怖。

怒り。

そしてこれはきっと。


喜びだ。


「あの……大隊長?」

ミッシーの声でふと我に戻る。

見れば、将校たちの多くがこちらを心配そうに見つめている。

例外はサカイ大尉と、全身サイボーグの工兵小隊長ぐらいなものだ。

「いや。いや、失敬失敬」


首を振りながら、また苦笑する。


なんというか、別れた男にまた言い寄られるのはこういった気分なのだろうな。


はは。

ははは。



クソッタレめ。



「ちょっとな、懐かしいような名前を聞いたもんでな。ミッシー!聯隊はなんと言ってきた?そろそろ返信があったろう?」

サカイたちがちょっと居住まいを正した。

ベテラン諸君に期待されるのは悪い気分じゃあない。

「はっ、その、ホーキンズ聯隊長直々に返信があり、『大いにやれ、変更あらばすぐに言え、我々も明日昼までには到着する』とのことです」

ミッシーは戸惑ったような声を出した。

「はーん。マイティ・サムもはなからやるつもりだったか。わかった、連隊本部につなげ。直接話しをしたほうが良さそうだ。ジェイク、ゲイツ少佐、ケリー大尉。射撃計画はどうなってる」

「はい、大隊長殿。データを共有します」と、ジェイクが代表して端末にデータを転送してきた。

声は少し硬い。

ケリー大尉の目には疑惑が、ゲイツ少佐の目には不信が浮かんでいる。

知ったことではない。

「説明しろ」

「はい。まず砲兵二個中隊を用いて、中隊ごとに交代で敵陣地そのものに砲撃を行います。持続時間は中隊ごとに五分。インターバルを五分おいて合計四〇分間程度を目安に砲撃を行います。この砲撃終了と同時に、二五〇ミリロケット知性化弾頭による飽和攻撃を敵陣に行います。また、ロケット砲中隊のもう一つを用いて、敵兵站線への擾乱攻撃を試みます。有効な観測手段が無いので修正も損害評価もできませんが、成層圏飛行船が使えればこの点は解決できます」

「ひとまずの擾乱攻撃としては、まぁいいな。ミッシー、聯隊本部とつながったか?よし、トーキー貸せ。こちらパラディン1、ワイルダー。ホーキンズ大佐?」

無線機の受話器をミッシーから借受け、無線機とつながった端末の画面と向き合う。

サミュエル・ホーキンズ大佐。

この人も叩き上げの実戦将校で筋骨隆々、いかにも脳みそマッチョの陸軍軍人という風貌だが、新しもの好きの合理主義者で砲兵を神と崇める火力教運動戦主義実践派。

ようは共和国が求める騎士/機甲部隊指揮官の典型である。

私と同じく、中央戦区で被弾負傷、後方に回され第七聯隊の指揮官に任命されたわけだが、

『ボブ、そちらはどうだ?』

まぁ例によって古い知り合いだ。

「手荒く楽しいことになってきました。どうも敵の中に、あのチェルノボグか、その同型機が含まれておるようです」

『ほう。それはまた。どうしたい?』画面の向こうが葉巻の煙で濁る。

「先ほどまでは、まずは擾乱攻撃を行い、聯隊の到着までこの陣地を中心に機動防御をおこなうつもりでした。が、サム。まずは一合戦したくなりました。あの丘を奪還します」

『そういうと思ったよ、ボブ。そんなお前にいいニュースと悪いニュースだ。どっちから聴きたい?』

「良い方からお願いします」

『おまえ、エビフライ定食はエビフライから食う方だったよな。まずはお前たちが出した支援要請はトップカテゴリに位置づけられた。何でも即時、というわけにはいかんが、優先的に処理される。飛行船一隻はお前ら専属だ。あと一時間でお前らを支援できる位置に到達する』

「そいつはだいぶ助かります」

『まだあるぞ。海軍の連中が主力艦を根こそぎ北部戦区に投入するそうだ。あいつらこの戦争じゃ船団護衛しかしとらんからな。戦艦まで引っ張り出してきやがった』

「見敵必戦、てやつですかね」

『そんなとこだ。お前らは利用できんが、その分砲兵や空軍の支援は得やすくなるはずだ。砲兵第五連隊はお前らで全部使っていい。今は首都防衛軍の軍直轄砲兵旅団の一部を抽出できないか折衝中だ』

「ありがとうございます」

『悪い知らせは、まず、敵の偵察衛星が十数基軌道を変更した。二時間後にはお前らの上空に常に三基ほど滞空していることになる。なぜかと思ったが、合点がいったよ』

「チェルノボグですね」

『その通り。チェルノボグ自身も強力な索敵・照準システムを備えているが、衛星の力も借りるらしい。情報軍の電脳戦部隊が無力化を試みてるが、期待はできんな』

「つまり二時間後にはこちらの陣地もいい的になってしまうわけですね」

『そういうことだ。もう一点。中央戦区で敵部隊の無線発信数が増大し、つい一五分前に完全に消えた。参本と近衛総監は警報を出してる。朝までに敵の大規模攻勢が予想されるとな。そんなわけで騎兵、機甲、歩兵部隊の増援は受けられない。全部充足率七割を越えた部隊から前線に逆戻りだ。近衛の空中フリゲートも我々で使えるかどうかわからん。恐らく中央戦区に割り当てられる』

「そっちは近衛時代のつてをあたってみますが、ちょっとむずかしそうですね。承知しました。他にはなにかありますか?」

『うーん。こいつぁアレだ、これなんだが』と、人差し指を立て、唇に当てる仕草をする。

出処を明かす訳にはいかない”うわさ話”を漏らすときの、マイティ・サムの仕草だ。

『和平交渉が本格化してる。事務方レベルの折衝は随分前に終了してて、実務者協議もだいぶ進行してるらしい』

「ははぁ。要するに一連の攻勢は、和平合意に向けて有利な状況を作り出しておきたいっていう、政治的な意図がありますね?」


サカイとの会話を思い出す。

我軍にナンカイハコウドノとなる意志は有りや、無しや。


『ここまで我が国にとって有利な状況が続いているからな。だから相手もずいぶん気合が入ってる。戦はこの一戦では終わらんだろうが、山場になることは間違いない。気を引き締めてかかれよ』

「はい。承知しました」

『よろしい、ワイルダー少佐。七一大隊は二八八装甲擲弾兵中隊と協同し大隊戦闘団を形成、速やかに体制を整え、反撃を開始せよ』

「了解!」

画面に向かって敬礼。

マイティ・サムは色気のある答礼を返してきた。

画面がブラックアウト、交信終了。

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