第4話 記憶
ともあれ考えていてもらちは開かない。
目前の事象はまさに戦術的状況なのだから、とっとと動くべきであろう。
「ひとまず我が大隊に与えられた命令の一つ、すなわち二八八中隊の救援は達成したと思うが、どうか、諸君」
全員が頷く。
「よろしい。ここでくっちゃべっていても相手を利するだけだ。こちらも両隣の中隊を含めた戦力の再編と、敵戦線への攻撃を行うべきだろう。ミッシー、聯隊へ通信。ワレ二八八中隊ト合同セリ、別命ナクバ敵陣地へ攻撃ヲ行ウガ至当ト思ワレル。如何ナリヤ。ここまでの分析も付け加えておけ。ゲイツ少佐、第五砲兵聯隊からの支援は、今すぐ要請できますか?」
最後の一言はこちらに随伴してきた第五砲兵聯隊弾着観測班の指揮官、アーノルド・シュワルツ・ゲイツ少佐へ向けてのものだ。
通常、弾着観測班の指揮はせいぜい大尉までの仕事だから、第五聯隊の入れ込みようも分かるというもの。
ちなみにゲイツ少佐は私より五年ほど早く任官しているため、階級は一緒でも私のほうが格下の扱いになる。
「できるよ。一五五ミリなら三個中隊が常時スタンバイしている」
「地雷散布弾頭と燃料気化弾頭はどうです?」
「あーん。ちょっと待て…」と、個人用情報端末を操作するゲイツ少佐。
軍用規格の端末だが、(控えめにだが)アニメのイラストが描かれたカバーを付けた端末を軍務中にいじっているのはどうなんだろう。
せっかくスマートな、いかにも知性あふれる貴族将校、みたいな感じなのに。
どうにも気が抜ける。まぁ最近だと別にどうのこうの言われるところでもなくなったようだが。
「それだと二五〇ミリロケットだな。今要請すれば一五分で一個大隊手当できる。燃料気化弾頭は一斉射分。知性化弾頭も携行してるな。装甲目標を自動で追尾して、外れたら地雷になるやつ。どうする?」
「いいですね。確保してもらっていいですか?」
「いいよ……よし、要請完了。二〇分後には射撃可能になる。どこに打ち込むんだ?一〇分で座標を知らせたい」
「ちょっとお待ちを。ケリー大尉。ここから連中の陣取った丘までの正確な距離と方位はわかるか?分かるならすぐにゲイツ少佐と打ち合わせて、射撃計画を立案・実行して欲しいんだが」
ケリー大尉は眉をひょいと上げた。どうやら面白くなってきたらしい。
「もちろんわかります」
「よろしく頼む。敵戦線後方に適当にばら撒きつつ、目の前の敵陣地へも嫌がらせをしたい。ではゲイツ少佐、お願いします。ジェイク、手伝って差し上げろ」
「時は金なりだな。よし君たち、手早く済ませよう」
ジェイクとケリー大尉がゲイツ少佐の隣へと席を移し、ゲイツ少佐の副官はノートPCの画面を開いた。
これでとりあえずの時間は稼げるだろう。
我々は我々で、前方の丘を奪還する計画を練らなくてはならない。
そのためには敵の戦力へのさらなる理解が必要だ。
「ミッシー、このへんで我々が利用できる衛星はあるか?」
「ええと、そうですね、」
ミッシーの端末カバーはゴツ目のラップグループと。
当時はああそんなもんだろうなと思ったが、あとになってそういうのじゃないとわかった時は、キミ、大いに笑わせてもらったものだ。
「五四分後に軍の画像偵察衛星がこの周辺宙域を通過します。また、民間の資源探査衛星が二〇分後にこの周辺を観測可能な軌道を通過します」
「よし、聯隊本部経由でどちらも押さえろ。解像度はちょい高め。解析結果がダウンロードできるようになる頃には随分状況が変わっているだろうが、戦術マップには反映させたい。民間衛星の使用料金は聯隊につけとけ。
「軍一般情報では、第二師団の支援として成層圏偵察飛行船がこちらに二隻移動中です。無人機はどの飛行中隊も中央戦区と南部軍管区に張り付きですね。戦闘偵察飛行隊、戦闘爆撃隊は明後日からならシフトが空く模様です。制空戦闘隊は一個飛行隊が北部戦区支援体制を整えました。また、近衛総軍空中機動艦隊のフォン・バルクホルン級フリゲートが一隻警急待機に入ったとのことです。ツィオルグで休養中だった第二機動艦隊も休養取り消し、全員乗船が命じられました」
「飛行船を一隻回してもらえないか、第二師団の情報参謀と聯隊に問い合わせろ。近衛のフリゲートは私からつてをあたってみる。期待はできんが、もし支援を得られるなら手荒く楽しくなるぞ」
「承知しました」
「近衛総軍はどうしてる」
「近衛第一〇と第二〇の各師団は首都防衛軍へ再編成中です。陸軍から歩兵と砲兵の補充を受けた二個旅団が首都北面へ展開中。完了は明日昼の予定です。第三〇師団は再編と訓練中です」
「まぁそんなところだろうな。軍直轄砲兵は借りられそうにない、か。アルベルト、お前の中隊の、戦車を撃破した連中を呼んで来てくれ。可能なら二八八中隊の戦車乗りと騎兵も。二八八の中隊曹長の手を借りろ。五分後に集合」
「承りました」
アルベルトは実にきびきびとした動作で立ち上がり、二八八の中隊曹長と連れ立って作戦室を出てゆく。
貧乏貴族の私なんかより、地元の有力商家の二番目の子の彼のほうがよっぽど騎兵っぽいというのは、まぁ思うところもなくはない。
「さて。私がなにか見落としている兆候はないかな?サカイ大尉、ホワイト大尉、意見はないか」
「そうですな、ケリー大尉には第二師団への増援の問い合わせと、両隣の中隊の展開状況を確認してもらったほうがええかと思います。敵山岳歩兵の侵入も相次いどるということですし」
「道理だ。ホワイト技術大尉、君はどうだ」
ホワイト技術大尉は装備開発実験団から転任してきたため、特に試作装備の多い第三中隊を任していた。
絵に描いたような美青年だが、重量物の上げ下ろしを日頃からこなす体は細身であっても頑健そのもの、指は節くれだっているし、挙句に左頬には大きな傷跡が残っている。技術大尉と言いながら、実戦経験が豊富なのだ。
「自分は敵の戦車と、その他が気になりますね」
「相手の戦車も我々のMDも新型だからか?」
「それはもちろん。戦車については交戦した人間の話を聞くとして、問題はその他です。敵の増援の内容が気がかりで。情報参謀、音響・振動の観測データを見せてくれないか」
「はい、大尉殿」
言いながらデータを転送するミッシーの声がすこしばかり弾んでいるが、そこは礼儀正しく無視するのがエチケットではあろうなぁ、と思っていたんだ、その時は。
「ありがとう。……ふーん?……はーはーはー……で、これがこうだろ……あ、なるほどねー……ほんで?ほんでほんでほんで?あーはいはいはい」
データ見ながら盛大に独り言漏らすようなヤツのどこがいいのか私にゃさっぱりわからんかったが、ミッシーが彼を見るのはそう言う意味じゃあなかった。まぁ余談だがね。
「あー……大隊長殿。よろしくありますか」
ケリー大尉たちの打ち合わせももうそろそろ終わろうかという頃になって、ホワイトは端末の画面を見せてきた。
彼の端末カバーはどぎついアニメの女の子のイラストが描いてあった。
君な、せめて迷彩調にしろよ。軍規違反だぞ。とか思いつつ、私は彼の端末に表示されたグラフを見た。
何本かの棒が表示されている。
「言ってくれ」
「このグラフは敵陣及びその後方からの音響及び振動データを再処理し、どの程度の重量物がおおよそいくつ敵陣後方に到着したかをで表したものです。X軸が重量、Y軸が個体数です。これは歩兵戦闘車、こちらはトラック、これとこれはおそらく敵新型戦車。軽重2種存在するようですね。これらはひっくるめて、まぁ一個大隊強というところですか。陣地後方数Km圏内に分散して待機中です。トラックは補給部隊のもののようです。行ったり来たりしていますから。そしてこれがMDトランスポーター、八両ほどですね、それと、こっちがトランスポーターから降りたMDです。ずいぶんと大きい。数は単騎。こんな重さのやつは、全世界にごく少数しか存在しません。エリオット中尉のデータ処理もなかなかのものでしたが、こいつの移動は他の車輌の移動にうまく紛れ込ませてあったため、抽出は学術用アプリを使用しないと不可能でしょう。移動速度は遅いので衛星で捉えられても良かったはずですが、十分な偽装を行った上で夜間に移動を行いつつ分解して搬送しているようです。これほどの大きさとなると」
「簡潔に頼む」
ホワイトの悪い癖は、自分の領分の話になると途端に話が長くなることだ。
技術将校だから仕方ない部分はあるが。
「あー。はい。チェルノボグです。振動データから得られた重量、歩幅から見て、まず間違いありません」
途端に私の見る光景はフラッシュバックで満たされた。
戦隊長騎であるコマンダンテを守るように、我々近衛総軍第三〇師団エクリプス隊は扇形に展開し、前進していた。あの丘を獲れ、か。そんなのものは騎兵の仕事ではないと戦隊長は言った。私の位置は最右翼から二番目。左前方と右後方、それぞれ四〇〇mの位置に友軍騎。敵陣に閃光が複数走る。距離はおよそ二八〇〇。七五ミリAPFSDS-EMP弾が秒速一三九八mで飛んでくる。左翼のエクリプス隊二番騎、12が被弾するが分厚い胸部装甲は難なくそれを受け止めた。弾頭底部のEMP装置が炸裂し電磁パルスをまき散らしたが、EMPに弱い筋肉は装甲と慎重に絶縁されている。センサー類はとっくの昔にパッシブモードだ。何も支障はない。私の騎――15の周囲にも多数が着弾する。直撃なし直撃なし、各種電装問題なし。全力発揮可能。『11より15、支援を要請しろ』了解、ハマー、ハマー、アントンノベンバー15、戦術座標四三八一より方位八六距離二五〇〇に迅速試射、座標データ転送済み、修正可能、送れ。『アントンノベンバー15、ハマー43初弾発射。弾着まで三〇秒』了解、15より戦隊各騎へ、二五秒で支援が来る。『06より総員、膝射姿勢、敵火点を確認しろ』『アントンノベンバー、ハマー43。弾着まで五、四、三、二、弾着、今』弾着確認、効力射を要求、方位そのままませ一〇〇。『効力射実施』『06より戦隊各騎、榴弾装填、敵防御火点を潰せ!敵迫撃砲の射撃で歩兵に損害が出てる。目標座標は転送済み、各個射撃』『ハマー43、アントンノベンバー15だ。レッツゴーチャンネル2』《ハマー43受信。続けて弾着、今》弾着確認、敵陣前縁が爆炎と巻き上がった土砂に包まれる。いいぞ、そのままどんどんやってくれ。『11より06、敵火点はあらかた潰せました』『06よりアントンノベンバー全騎、前進、射撃自由』『坊ちゃん嬢ちゃん、ケツを上げろ!』了解、ジョージ、ついてこい、ハマー43、方位そのまま弾着ごとに増せ一〇〇、一二〇〇で距離固定して散布界広めに射撃してくれ。二時方向に敵戦車、弾種徹甲、ターゲットロック、発射。騎の両手で構えた五五口径一二〇ミリ電磁アシスト滑腔砲が火を吹き、徹甲弾が秒速一八四〇mで飛んでゆく。撃破!『15、ワンオクロック!』一時方向から敵ミサイル、緊急マスタースレーブ発動、ペダルとグリップを操作し文字通り身を捩って、回避成功、弾種榴弾、続けて二発!私とジョージが放った計四発の知能化信管付き榴弾が超音速で突進する。ミサイル発射点と思われる敵陣に着弾する寸前、続けざまに爆発する。黄色い閃光と白煙の中では砲弾の破片と重金属製のベアリングが乱舞しているだろう。ざまぁみろ芋野郎、16、そっちにも居るぞ!『これでチャラだな』五月蝿い馬鹿野郎。弾幕が薄いのか?敵の防御射撃は衰える気配がない。ハマー43ハマー43、もっと熱いのを頂戴。《アントンノベンバー15、努力はするが僕らも引き手数多でね、これ以上君を悦ばせるのは無理だ》残念、了解『11より15、ワイルダー、貴様それでも貴族将校か、もっと上品にしろ』ウチは貧乏でしてね、お耳汚し失れ、二時にドール確認!『06より15、16、喰え』15より戦隊長、喰います。16援護しろ。敵ADが発砲、形式はわからない。左肩部に衝撃、左腕稼働率七五%、まだ行けます、弾種EMP発射畜生外れたこの薄汚れた石掘りめ、死ね死ね死ね死ね、フルオートで放った装弾筒付き翼安定徹甲電磁パルス弾三発が敵ADの上半身に連続して命中、撃破!『06より全騎、ここから本番だぞ!突撃体制!』了解、ハマー43ハマー43、アントンノベンバー15、射撃止め射撃止め《アントンノベンバー15、ハマー43は最終弾をこれより発射、弾種は白リン煙幕、落達は三〇秒後》『06よりアジュールナイツ全騎、目標、前方の敵陣地、躍進距離一二〇〇、突撃体制と成せ』『11より騎士団の紳士淑女へ、全騎抜刀!』背部に設けられたラックマウントから左腕で超振動サーベルを引き抜く。陣形を狭めるために全力疾走。同時に一二〇ミリ砲の射撃モードを機銃連動にする。これで砲身下部に備えられた一二.七mm多銃身機銃も発砲と同時に火を噴く事になる。歩兵一人ひとりを相手に砲撃してたら、いくら弾があっても足りはしない。最後の味方砲弾八発が敵陣上空で炸裂し、煙幕を形成する。イイね。フォローのうまい男は大歓迎だ。ハマー43はいい男なんだろうな。アジュール・ナイツ全騎が突撃開始線に並ぶ。堂々たる横隊突撃。これぞ騎士、これぞ戦争だ。戦隊長騎が計四本の腕の、サーベルを持った右前腕を掲げる。後腕に四七口径一二〇ミリカービン。『アジュール・ナイツ!突撃、前に、』サラウンドスピーカーから、戦隊長が大きく息を吸い込む音が聞こえる。次の瞬間、裂帛の怒号。『吶ッ喊!』サーベルを掲げた前腕が大きく前に突き出された。叫ぶ。駆ける。大地が揺れる。ADの視界は私の視界。今、突撃しているのはアジュール・エクリプスではなく私でもないと同時に、私でありアジュール・エクリプスだ。霧の中をめぐる幽鬼の如く、瞬きするまもなく煙幕を突き抜け散開する。塹壕ごと歩兵を踏み潰し、掩体壕ごと銃火器と車両を踏みにじる。左視界下方に対装甲ロケットを構えた敵歩兵、そうと認識したのは一二〇ミリと一二.七ミリ機銃で叩き潰した後だった。赤黒い内蔵が飛び散り、毒々しい紅、一二.七ミリ弾が地表を耕す明るい茶色が画面に広がる。ジョージの騎体にこびりついたのは誰かの肉片か。センサーに反応、ようやくクソADのお出ましか。八、いや七騎。見ればすでに戦隊長たちは敵と切り結んでいる。こうしては居られない。急速接近。飛び込みざま袈裟懸けに、かわされた?返す刀で敵の右脚を切り捨てたと同時に衝撃、パネルを確認左腕稼働率0%やるな!脚を犠牲にこちらの左腕を切り落としたか、だが甘い!フルオートで一二〇ミリを超至近距離射撃、連続した衝撃に敵騎の胸部主装甲が耐えかねフレームからもぎ取られる。敵パイロットが脱出したが砲弾や装甲の破片、機銃弾で不揃いなミンチ肉になる。『15、15、落ち着け、もう終わったぞ』戦隊副長の声で我に返る。大きなため息。『06より騎士団諸君へ。よくやった。後続の装甲擲弾兵が応援に来てくれたようだ。ま、これだけやれば彼らも仕事が』突如警告音が鳴り響く。センサーに反応?どこからだ索敵レーダー始動方位二時三〇分二二秒距離三二〇〇に感あり、視界を閃光が横切る、14と13が蒸発し、爆散した金属蒸気で視界が曇る。『伏せろ!』残った全騎が即座に伏せる。『06より11、あれはなんだ!』『06、わかりません。初めて見ます』狼狽を隠せない戦隊長に対し、戦隊副長は底知れぬ胆力を見せつけていた。『とりあえずここは伏せたまま後退、煙幕を張る手です。装甲擲弾兵にも後退の指示を』『わかった、後方は』とちょっと頭を上げた瞬間に、戦隊長騎の上半身がごっそり蒸発する。『くそ!15、ハマーに支援を!』ハマー43、聞こえるか!《アントンノベンバー15、感明よし》先ほどの試射の弾着を起点に、増せ四五〇〇、咄嗟射撃!《発射、今。弾着は五八秒後》畜生!畜生!くそったれ!!『落ち着け15、煙幕張るぞ。支援がきたらゆっくり引くぞ、ゆっくりだ』そうこうしている間に、敵の砲兵射撃が始まった。周囲に榴弾の雨が降り注ぐ。12が背に直撃を受け炎上する。ダメだ、動きがない。コックピットハッチもひしゃげて開かなくなってしまったようだ。『12!マリア!』初めて戦隊副長がうろたえた声を出した。返信はない。無線機がやられてしまったようだ。無線からは戦隊副長のうめき声が聞こえてきた。12、マリアは彼の娘だったのだ。と、炎上する12がよろめき立ち、前進を開始した。囮になる気だ。無線機がノイズを吐き出した。なんと言ったかは聞こえないが、戦隊副長は声を出すのをやめ、私とジョージの騎体を引っ掴むと全力で後退を始めようとし、視界が白く染まり――何も見えなくなった。
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