第5話  吸収/注目

「僕のこれ――吸収アブソープションと呼んでいますが、魔力を吸収する体質なんです。先輩、氷を創って僕に渡してもらえますか?」

「んっ?はいよ」


 焔は手のひらサイズの氷を生み出し、「ほい」と言って零に投げる。

 投げられた氷を右手で受け取るとその氷はぎゅるんと手の内へと吸い込まれていく。それと同時に長く伸びきった髪の内、頭頂部から耳の高さまで、淡い光を放ちながら水色に染まった。


「魔力を吸収した際に髪の毛が貯蔵タンクみたいに魔力をそこに貯めるんです。髪の長さが足りないと貯蔵容量増やすために伸びたりするから結構後処理がめんどくさいんですけどね」


 零はそれに頷いて右手を上に向けて前に出し、吸収した魔力を使って、魔法を発動させる。

 髪の水色は逆再生をするように抜け落ち、それと同時に手のひらサイズの氷が部屋の中心に置いてある机にトンッと出現した。


「こんな感じに吸収した魔力を使って同じ属性の魔法を使うことは出来ます。だけど、何故か魔法を発動させると全部黒く染まっちゃうんですよね」


 零の言葉にその場にいた全員は零が創りだした氷に目を向ける。

 その氷は黒かった。

 だがその黒さは禍々しいものではなく、むしろ芸術品のような美しさを感じさせるような艶やかな色だ。


「そういや君の使う魔法はみんな黒かったね……。

 ちなみに吸収それに制限はあるのかい?」

「んー……制限と言うか欠点……ですかね?

 魔力を吸うには直接触れる必要があるのと、それとこれは常時発動されているというのです」


 零が指を順番に二本立てながら答える。


「それが欠点なの?」

「うん。

 直接触れる方はそこまで大したことはないんだけど、後者の常時発動しているのがとてもね……」

「……あぁ、法機が使えないのか」


 良太は少しの間を開けて、納得したように言う。

 その言葉に零は頷いた。

 法機は先程の戦闘用以外でも一般家庭の家具や専門職の仕事道具など多くの物が存在している。見た目では普通の機械とは変わらないのだが、必ずどこかにガラス玉が埋め込まれており、そこに手を触れて魔力を注ぎ込むとそれがスイッチとなって機械全体に魔力が流れて動き出す手動型。

 休眠状態に大気に存在する魔素を貯蔵して、起動させるとその貯蔵した魔力を消費して動かす自動型。

 どちらも機械の構造内に魔法術式が組み込まれている為か少し高価だが、誰にでも簡単に使えるので、今の社会において幅広く浸透している。


「僕が法機を使うと注ぎ込んだ魔力をすぐに吸い出しちゃうから動かないんだ。

 ましてやうっかりして動いてる自動型の魔法機器に触れたりでもしたら止めちゃうからね……」


 ハハっと少し過去の出来事を思い出しながら零は苦笑する。

 その中には命の危険すらあったような気がするが、今思い出しても仕方がないので胸の奥にしまった。


「とても変わってるね。でもそんなの今まで聞いたことないな。言っちゃアレだけどそんな体質の人がいたら何かしらのメディアに取り上げられてるんじゃないのかい?」

「……」


 焔の言うことは最もだと零は思う。

 魔法社会というのは新しいことや未知なものに敏感である。それこそ零のような特殊すぎると言っていい体質は真っ先に目を向けられるだろう。


「……答えられないってことは何かしら事情はあるんだね?」

「そうですね、すいません」


 目を伏せて謝る零。

 そんな様子を見て良太が「まぁ」と口を開いた。


「それは仕方ねぇだろ。誰だって人に言えないことはあるぜ」

「良太にもあったりするの?」

「あたぼうよ。それはそれはふっか~い秘密がだな」

「どうせグラビア本とかでしょ、これだから男子は……」

「にゃんだとぉ!男のロマンと言いなさい!」


 良太が口を膨らませて怒る。それを見た零達は思わず吹き出して笑う。少し暗かった空気が和やかになった。

 零はアイコンタクトで良太にお礼をし、良太もニコリと笑ってそれを受け取った。


「しかし大丈夫なのかい?」

「何がですか?」

「いや吸収のことさ。今まで秘密にしてたのに、思いっきりばらしてしまった形になったが……」

「う~ん、大丈夫だと思います。ここに通ってる限りは他のとこから接触されないように学院長が保障してくれてるみたいなので」

「あの人が……?」


 焔は怪訝そうな顔が頭を小さくするとにっこりとした笑顔に戻る。

 少し気になった零だが、それは聞かずに胸の内にとどめておくことにした。

 備え付けの時計を見ると遅い時間になっており、部屋の窓から外を見ると、完全に太陽が沈みかけており、紫色の空が広がっていた。

 十二時からこの時間まではあっという間なんだな、と思うと零のお腹からきゅるるという音が鳴る。

 思わぬ出来事に零は少し顔を赤くしながら目だけを横に映すとと、まるで小動物を見るような、生暖かい目がこちらを見ていた。

 無言で椅子から立ち上がる。

 この寮の部屋は設備がよく、多くの家具が揃っており、下手なアパートより住み心地の良い。

 零はその中にあるキッチンに向かう。

 最初にこの部屋に入ったときは「寮内に食堂があるのに部屋にキッチンなんてあるんだ……?」なんて思っていた。

 しかし、食堂はかなり混みやすいというのがわかってからよく利用するようになった。

 

「私はチャーハン!」

「俺はハンバーグ!」

「じゃあ私はアジの開き」

「バラバラじゃん!!というか集る気なの!?」


 そんなことを言いつつも、零は四人分の料理を作ってしまう。

 この日の夜は少しだけ賑やかだった。



 余談だが、この後に門限を破り、夜遅くまで男子寮にいた焔と香蓮が女子寮の寮長に怒られ、部屋に入れていた零とそこに一緒にいた良太も男子寮の寮長に怒られた。

 門限があるならちゃんと教えてほしい……。

 そう思いながら寮長に怒られる零だった。



 §  §  §



「今日は魔力についておさらいだぁ……」


 今日も似合わない白衣を着ている稔は眠そうな顔をしながら教科書を開く。


「まず、魔力ってのは……あぁ、一華、説明しろ」

「んぁ?ほ~い……」


 明らかに説明をめんどくさがった稔は、丁度、この瞬間に目があった香蓮にパスをする。

 香蓮はそのパスに適当な返事をして教科書を持ってその場に立ち上がり、そこに書かれている内容を読んだ。


「魔力は血と同じ様に生物の体内に流れています。

 魔法を使用する場合に消費し、発動します。

 しかし個人によって発動できる魔法は火、水、風、土、雷、光、闇の七系統の内、同時に扱えるのは三つまでが限界です」

「ほい、教科書通りにありがとう。

 座っていいぞ」


 稔が頭を掻きながら指示する。

 そして、眠そうな目で教科書を見ながら話しだした。


「お前らも知ってると思うが、魔力は血液とおんなじように体を動かすのに必要なことから『第二の血液』なんて呼ばれたりもしている。

 さっき一華が読み上げた通り、魔法はこの魔力を消費して発動するわけだが……これは魔法機器を扱うときにも言えることなんだが、過剰に魔力を消費するなよ?

 『血液』って比喩されるくらいだからな、大量に消費した場合にゃ、眩暈や吐き気に頭痛などが引き起こされる。この程度で済めばいいんだが、最悪の場合は死に至ることもある。

 だからまぁ、何が言いたいのかっていうと、どっかの氷娘みたいに無駄に保有魔力が無い限りは魔法をバカスカ撃つなってことだよ」


 稔は欠伸をしながら教科書をパタンと閉じ、それを教卓に置いた。

 

「他にも生物以外にも魔力は植物や大気中にもある。こっちは魔素って呼ぶけどな。

 魔力はこの魔素を取り込んで、体の中で練り込んで魔力に変換される。

 生物以外にも魔力を練って成長するものもあるぞ。

 例えば植物だ。植物は魔力が多いほど成長するし、逆に少ないと枯れやすくなってしまう。

 ただ、極端に多かったり少なかったりすると突然変異を起こしたりする場合が稀にあるな。確率は低いが、まぁ生きてりゃそのうち見かけるかもな。

 次に大気中の魔素は、目に見えないがその辺の空間で常に漂っている。

 魔素濃度が高いとオーロラみたいな光が見えるそうだ。俺は見たことが無いから本当かどうかは知らんが……」


 そう言って大きく欠伸を一つ。

 それを見ていると自分まで眠くなってまう。

 零の座席は窓側で、暖かな日差しが当たっているので気が抜くとつられて眠ってしまいそうだ。


(少しくらい……なら……)


 零はそう思っていると少しずつ眠気に意識が包まれる。

 瞼が段々重くなっていき、最後には目の前が暗くなった。



 §  §  §



「ふぁ……寝てしまった……」

「大丈夫、私だって教科書読んだ後すぐ寝たから!」

「それはいったい何が大丈夫なんだ……?」


 授業が終わり、零が軽い欠伸をしながら教室で項垂れていた。

 どうやらあのまま自分はたっぷりと深い眠りについてしまったようだ。

 まだ眠気が抜けず、瞼が重い。

 そんなことになっている零だが、ふと奇妙な感覚を覚える。


「あのさ良太……」

「どうした?」


 項垂れたまま、目の前に座っている良太に話しかける。

 良太は携帯端末から視線を外して零を見た。


「気のせいじゃなければ、周りから滅茶苦茶視線を感じてるのだけど……」


 零はがそう言いながら顔を上げ、目だけを動かして教室を見渡す。じっと見ているわけではないのだが、クラスメイトのほとんどがこそこそと零のことを見ていた。

 登校時にも他の生徒の視線を感じたのだが自意識過剰だろうと思い、気にはしなかったが流石にここまでされていると気のせいというわけではないのだろう。

 この状況を見る限り「もしかしたら、自分は何かとんでもないことをしたのでは?」という不安な気持ちになる。


「んっ?もしかしてお前まだあれ見てないの?」

「あれって?」

「じゃあ見なきゃね!」


 零が首を傾げると香蓮はどこからともなく一枚の紙を取り出した。

 その紙には『号外!!魔法新聞!』と書かれた文字が印刷されており、その下を見ると一つの見出しと零と焔の写っている画像がそこにあった。

 二人の姿と背景を見る限りこれは土曜日のあの場所で撮られた写真だろう。


「えっ、なにこれ」


 零は思わず困惑して言葉に詰まる。


「『氷炎ひょうえん魔女まじょを救ったのは謎の転校生!!』だってよ」

「……」


 画像の下には長々と記事がかかれていたが、それは読む気はせず、机に突っ伏した。

 これのせいか……と集まる視線の原因がわかって安心すると共に、新聞の内容に頭が痛くなった。

 謎のとはなんだと言いたくなったが言葉にはせずに飲み込む。きっと言っても無駄だろうと思ったからだ


「ちなみに書いたのは私だったりする、えっへん!」

「えっへんじゃないよ!!」


 体をガバッと起こしながらツッコミを入れる零だが、時すでに遅し。

 この新聞はもう校内掲示板に貼り出され、さらには専用サイトにも掲載されているという。

 頭がさらに痛くなる話だ。頭を抱えたくなる。そう思わずにはいられなかった。

 

「でもそれ抜きにしたって吸収は目立つしな」

「……やっぱあんとき動かないでよかったかな」


 零は深いため息をついて項垂れる。

 そんな零を置いといて、良太は大きく欠伸をしながら体を伸ばし、立ち上がった。


「とりあえず飯行こうぜ」

「……僕は食堂以外のところに行こうかな」

「んあっ?どうしてだ?」

「まぁこんなに注目されちゃねぇ~」

「六割くらい君のせいなんですけど何かいうことは?」

「悪かったと思ってる……でも後悔も反省もしていない!」


 香蓮は元気にサムズアップをした。

 新しくできた友人に軽い敵意を覚えた瞬間である。

 だがもう過ぎてしまったことは仕方ない。こればっかりはどうしようもないだろう。

 零は再びため息をつきながらそう無理矢理自分を納得させた。

 そうしていると突然良太が「お、そうだ」と何かを思い出したように声を出す。


「神崎、今度の休み空いてる?」

「特に予定はないけど……」

「じゃあ前に約束してた街の方へ行こうぜ。結局、この前は行けなかったからな」

「あぁ……うん」

「この前って?」


 二人の話に香蓮が不思議そうに首を傾げる。

 それに良太が答えた。


「こいつ、ここに来る前まで海外にいたらしくてな。ここに来たのもつい最近で、街の方のことなんも知らないって言うから俺が案内しようという話になってな」

「ほんとはこの前の日曜に行く予定だったんだけど……僕が全身痛めちゃって……」


 零が苦笑いをしながら申し訳なさそうに言う。

 香蓮は「ほー……」と納得するが、「あれっ?」とすぐに疑問が浮かび上がる。


「でも神崎君は焔先輩みたいに目立った怪我はなかったよね?」

「いや、ただの筋肉痛だってよ」

「えぇ……」

「や、やめてよ……そんな目で見ないでよ……」

 

 二方向から胸にちくりと刺さるような視線が飛んでくる。

 零は何か弁解の言葉を模索したが、何も言葉が返せず、とりあえず今はこの状況を突破する為の強行突破をすることにした。


「ほら!じゃあ今度の休みの日に案内頼むよ!」

「露骨に逃げたな……いやまぁそのつもりで話を持ち出したからいいんだけどさ」

「私も行く行くー!!」


 零と良太の話に香蓮が手を上げながら便乗する。

 二人は特に断る理由もなかったので頷いて了承した。


「さぁて、じゃあ購買に行ってパンでも買ってどっかで食おうぜ」

「んっ?いや別に良太は食堂でもいいんじゃあ……?」

「流石に零一人じゃ寂しいだろ?」


 良太は笑顔で零に向かって言いながら歩き始める。

 それに香蓮も「私もー」と言いながら立ち上がり、良太の後を追った。

 零は数秒間キョトンとした表情になるが、すぐに笑顔になって自分も二人の後を追う。

 どうやら自分はいい友人を持ったらしい。

 そんなことを思いながら。

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