第4話  決着/秘密

「グォォォ……」


 吹き飛ばされた剛力が唸り声を上げながらゆっくりと起き上がる。

 そのまるで獣のような姿を見て零は怪訝な顔になり、焔に顔を向けた。


「あれもう正気じゃあないですよね?」

「まぁそうみたい。何やったらあんな風になるんだろうね?なんか前とは別人みたいになってるし」

「どういうことですか?」


 零が不思議そうに首を傾げ、焔が「うん」と頷いて視線を前に向ける。


「自分で言うのもなんだけど、いつもだとあの人の炎じゃ私の氷をあんなに容易く溶かすことはできないんだ。それにあの人はあんなに魔法を連発しない。保有している魔力の量がそんなに多くないから、決め手の一撃以外は基本的に一回発動させたら効果が持続するような魔法しか使わないんだよ。じゃないと魔力が枯渇して魔法が使えなくなるからね」


 それで前に倒したことあるよ。と最後につけたす焔。


「何をしたら魔法の威力が上がったり、魔力の量も増えたりするんだか……」


 そう焔が呆れた様に言っていると剛力は再度、灼熱の手レッド・ホット・ハンズを発動させた。しかし今度は複数ではなく、右腕に集中する様に発動させ、赤く燃え上がっていた炎が更に膨らんで熱を上げる。まるで胸の内の怒りを表している様な、そんな炎がそこに宿った。


「グォォォッ!!」


 そしてその右腕を薙ぐ。灼熱の炎が波紋の様に広がり、コンクリートの床が焼け焦げ、零と焔を飲み込もうと迫り来る。

 だがそれに合わせる様に焔は深く息を吐いて両腕を交差させた。すると周りの空気の温度が下がり始める。


永久凍土えいきゅうとうどッ!」


 交差していた両腕を広げると空気や地面が一瞬にして凍てつき、いくつものいびつな形の氷柱がまるで樹林の様にその場を埋め尽くす。その場にあった熱を根こそぎ奪い取ったように感じるが、次の瞬間、凍てついていた空気に熱が伝わり始める。すると轟音と共に火の柱が氷柱を溶かし貫き、焔に迫った。

 零は咄嗟に焔の前に跳び込み、両手を縦に重ねて伸ばす。全てを焼き溶かさんとする炎が零に触れた途端、その炎は周りに広がることは無く、掃除機に吸い取られるゴミの様に零の手の内へと消えていく。

 すると消えた炎がまるで髪の根元から染み込むように、赤く輝き、伸びた。

 炎を全て吸い尽すと、その手を重ね合わせてそのまま剛力にへと向けた。


「お返ししますっ!フレイム・バーナーッ!」


 重なっていた両手から炎が噴出される。剛力の放ったものより数倍大きく、そして全てを飲み込むような黒い炎だった。それと同時に今度は変化していた髪が炎を吸収していた時の逆再生をする様に毛先から髪の根元まで赤い輝きが消え、元の黒い髪に戻る。


「グゥゥッ!!」


 剛力は自分に迫る炎を見るやそれを危険と判断したのか灼熱の手レッド・ホット・ハンズを地面に振り下ろし、地面を爆発させてその勢いを利用して上へと跳躍した。


「はぁい、先輩」


 だが跳躍した先に、同じ様に浮いている焔が笑顔で待ち伏せしていた。

 即座に剛力は右腕を突き出して炎を放ったが、焔はひょいと体を捻らせて躱す。そしてお返しとばかりに氷弾ひょうだんを生み出し、四連射。

 剛力は全ての氷弾を体に受けたが怯む様子は無く、右腕を後方に伸ばし、炎を噴射して焔に接近する。

 焔は舌打ちをしながら目の前に厚めの氷を生み出して防御しようとするが、加速によって威力を増した剛力の蹴りには意味をなさず、氷を蹴り砕きそのまま焔に直撃。蹴り飛ばされた焔は勢いよく氷柱に激突する。だが剛力の攻撃はそれだけで止まらない。

 次は肘から炎を噴射させて焔に向かって加速した。それを見た零はしゃがみ、地面に張られている氷に左手を置いた。すると地面の氷がポンプに吸い上げられる様にその左手に入っていく。それと同時に、髪が根元から毛先まで水色に染まり、右手を上空へと向けた。


「ウォーターショットッ!!」


 零の右手から大きく、そして黒く艶やかな水が空中に向けて放たれる。水色の髪が半分ほど色が抜けて元に戻るが、左手が氷を吸収しすぐに水色に染まった。それを三回。

 焔に向かって剛力の追撃の拳が入る瞬間、その三つの黒い水がその間に割り込む。

 焔の代わりにそれらを殴り砕いた剛力は、加速した勢いが無くなり、追撃が止まった。

 それを確認した零は攻撃の手を緩めず、新たな氷を次々と撃ち出す。

 対して剛力は飛んでくる氷を全て砕き、そのまま右腕を零に向け炎の槍フレイム・ランスを五つ形成し始める。


「爆撃功ッ!!」

「ムグァ!?」


 だがそれがその途中、剛力を中心に炎が展開され、炎が中心に吸い込まれるように動き、炸裂する。

 剛力動きが、一瞬止まる。

 焔はその瞬間を見逃さず、魔法を発動させた。


「氷撃槌ッ!!」


 模擬戦で放たれた一撃が今度は手からではなく剛力の真上から発動された。

 巨大な円柱状の氷に上から潰され、地面に衝突。それと同時に形成途中だった炎の槍フレイム・ランスが消失する。


「よっと……」

「大丈夫ですか……」

「あぁ、まぁこれくらいなら大丈夫」

 

 激突していた氷柱から零のいる場所に着地をした焔の様子を見て、不安で声がで出た。

 口端から血が流れており、制服がボロボロに破けて露出している腹部が赤黒くなっていた。相当なダメージを受けたのだろう。頭も切ったのか、焔の額から血と一緒に汗が流れ出ている。しかしそんな傷を負っても笑いながら「なんともない」と目の前の彼女が言った。それがやせ我慢なのか本心なのかは零にはわからないが、どちらにせよ、早くこの戦いを終わらせたほうがいいと思い、剛力を下敷きにしている円柱状の氷を見る。

 すると突き刺さっている氷の根元から物凄い熱が吹き荒れた。

 その熱に当てられている氷は徐々に解け始め、そしてすぐにゴゥッという音を発し、大きな青い炎に包まれる。そしてその中から全身を青い炎の衣に包まれ、まるでどこかの物語に出てくる魔神のような姿の剛力がゆっくりと現れた。


「しぶといなぁ………」

「流石に頑丈しすぎやしませんかね……?」

 

 なんてタフな人なのだろう。

 と零は感心するが今はそんな場合ではないと思考を変えて隣に生えている氷柱を掴む。そしてその氷柱は零の手に吸い込まれていった。髪の染まっていない部分がゆっくりと浸透する様に水色に染まる。


「零君、ちょっと時間稼いでもらえるかい?」

「何か手はあるんですか?」

「ある………けどこれには少し時間がかかるんだ」

「わかりました」

「準備ができたら合図をするよ」


 その言葉を聞き終わると同時に零は前に走り出す。

 どれだけの時間を稼げばいいかわからないが、魔法を使う相手なら早々に倒れない自信がある。だから零は迷わなかった。


身体強化フィジカル・ブーストッ!!」


 零の体が薄暗い光で包まれる。走る速度を上げ、剛力に接近する。

 すると前から青い火球が数個、自分に向かって飛んできた。だがそれは避けず両手ではじくように手を振るう。零の手に接触した炎は手の中に吸い込まれ、水色に染まっている髪に赤いメッシュが入ったように色が追加される。


「フレイム・バレットッ!!」


 小石サイズの黒い炎の弾丸が剛力に向かってばら撒かれる。だがそれは纏っている炎に阻まれて効果が無かった。


「だったら……アイス・レインッ!!」


 零が叫ぶと、黒く輝く大量の鋭く尖った氷柱つららが現れ、剛力に降り注いだ。

 だが、剛力は大きく背中を仰け反らせ、息を吸い込む。すると胸の部分が大きく膨らみ、そして氷柱つららが剛力との距離が数メートルと言ったところで大きく吐き出した。

 瞬間、大量の青い炎が煙の様に空中に広がる。それに当たった氷は瞬時に溶けて蒸発。氷柱つららがすべて溶かし尽されると剛力も炎を吐くのを止め、体勢を低くした。


「グルルァァァァ!!」

「っ!!」

 

 雄叫びが聞こえた後、剛力は炎の煙の中からまるでミサイルのごとく零に向かって飛んでくる。

 衝突すれば骨が折れるだけではすまないだろう。だが零は動きを止めてその場に立つ。


「アァァァァァッ!!」

「ふっ!!」


 零に衝突する寸前、零は体を回転させて紙一重と言う距離で躱し、剛力に纏っている炎に触れる。すると纏っていた炎が凄まじい音を上げながら全て零の手に吸い込まれる。

 炎の衣が剥がれた剛力は地面に引きずるようにして墜落し、唸り声を上げながら立ち上がろうと地面に手をつく。

 だがその瞬間、剛力の前方に二つの氷が刺さった。


「零君!距離をとって呼吸を止めて!!」

「うぇ!?」


 突然の出来事に声を上げる零だったが焔の指示に従い、後ろに勢いよく跳び、呼吸を止める。

 すると剛力の前に刺さっていた氷に小さな炎の弾丸があたり、爆発。その衝撃で剛力が呻き、次の瞬間に喉元を抑え崩れ落ちた。

 しばらくすると煙がはれ、そこには崩れ落ちていた剛力が。剛力は一向に動く気配が無く、その場に倒れ込んでいた。零は戦いが終わったことに安堵して力を抜き、ふぅっと息をつく。

 焔の方を見ると無防備に倒れている剛力に歩み寄っていた。


「あっ、先輩!」


 零が慌てて駆け出す。何も躊躇わずに動けるのは凄いが、また起き上ってくることを考えないのか?と少し焦りながら走る。

 焔に駆け寄ると足元には完全に意識を失っているがか細いがしっかりと呼吸をしている剛力の姿が確認できた。


「いったいなにをしたんですか?」

「さっき撃ったのはドライアイスだ。それを気化膨張させて肺に直接二酸化炭素を送りこんで意識を奪った。時間を稼いでもらったのは二酸化炭素凝縮して固めるためだね。氷を生み出すならともかく、空気の、それも一つの気体を凍らせるのはとても難しいんだよ」


 淡々とした焔の説明を聞いて零は「うわぁ……」と小さく漏らしながら軽く引いていた。それと同時に時間稼ぎはそのためだったのかと納得もした。

 

「えげつない………というかこれ放置して大丈夫なんですか?」

「さぁ?私自身、実際にこうなった人は見たことないからね。でもまぁこの人のことだし、死ぬことは無いだろう」


 焔がそう無責任なことを言いながらしゃがみ込み、剛力の体をひっくり返して仰向けにした。そして顔を覗き込む。


「む、なんだこれ?」

 

 焔が不思議そうな声を出す。零もそれに釣られて剛力の顔を見る。すると額に紫色の光を発したバツ印があった。焔がそれに触ろうと手を伸ばしたその瞬間、それは起こった。


「ぐあっ!ああぁぁぁぁぁ!!」

「何っ!?」

「先輩っ!!」


 剛力が苦しそうな声を上げると突然、紫色の光がその体からあふれ出す。

 焔は咄嗟に腕で顔を覆い、零も顔を背けて光を視線から外した。

 そして一分も経たないうちにその光は徐々に弱まり、最後には消えて待った。

 焔はその現象が収まる自分の体を見て異常が無いか確認する。そして異常がないとわかり、瞬時に剛力の首に二本指を当て、脈を測る。零はその隣にしゃがみ、剛力の顔に手を当てた。

 弱々しいが脈はあり、呼吸をしている。それを確認すると二人は安堵する。


「なんだったんだいったい……?」

「さぁ……突然光り出したとしか」

「進化でもするのかこいつは……」


 二人が困惑していると後ろから足音が聞こえる。零が振り向くとそこには大人達、おそらく学院側の人であろう集団ががこちらに向かって走ってきていた。

 それを見た零はこれで本当に終わりだと感じ、深く、そして重いため息をついた。



 §  §  §



 これはどういうことだろう。

 空が薄暗くなってくる頃。大人達からの事情聴取から解放され、零は寮にある自室に戻ってきた。零の部屋は編入の際、男子生徒が奇数だったらしく、二人部屋を一人で広く使っている。本来なら静寂に支配されている部屋を開けるとなぜかここにいるはずの無い人達の声が聞こえた。


「ふぉー!男子の部屋だぁー!」

「さて、エロ本を探そう」

「焔先輩、流石にそれはやめてあげましょう?」


 上から順に香蓮、焔、良太の声が聞こえた。

 放心状態で部屋の前に立っていたが、はっと我に戻り、部屋に入る。

 すると部屋に入ってきた零に気付いた良太が待ってましたと言わんばかりに「お帰り」と笑顔で片手を上げた。

 残る二人も一人はごろごろと二段ベットの下の段に転がりながら、そしてもう一人はお尻を突き出してベットの下をまさぐりながら良太と同じ様に「おかえりー」と言葉だけを返す。


「あぁうんただいま…………じゃなくてさ!!なんでいるの!?」

「お邪魔してるよ~!」

「エロ本見つからないなぁ……」

「女の子が異性のベットに転がるんじゃありません!あとエロ本は持ってねぇよ!!」

「そっか神崎君はネット派だったかぁ……」

「なるほど、通りで無いわけだ……」


 零は頭を抱えながらしゃがみ込む。めんどくさいと言う気持ちが胸の中でいっぱいだがそれを、口に出すことは無く、代わりに「ぐおお……」という唸り声が口から洩れた。

 その様子を見ると満足したのか、焔と香蓮は起き上って隣り合うようにベットに座る。


「まぁ悪かったよ零君」

「そうだよ、君がムッツリなネット派でも軽蔑はしないさ」

「うるせぇ!帰れ!」

「お、落ち着けよ零……」


 ついに我慢ができなくなった零。

 百歩譲って良太と香蓮はいいだろう。友達なのだから。

 だが自分の目の前にいる先輩はどうしてこうもピンピンと元気にはしゃいでいるのだ……?

 先程まで重症と思われる怪我を負っていたはずだ。現に校医の女性に強制的に医療室に引きずられていた姿を見ていた。

 なのになぜこの人は自分より早く、しかも人の部屋でこんなことをしているのだろうか?

 零が頭を押さえながら焔を見る。焔には怪我の治療した痕跡は残っておらず、香蓮の上着を着ている以外、朝に見た状態と同じだった。


「先輩。なんで僕より早くこっちにいるんですか?怪我はどうしたんです?」

「んっ?退屈だったから屁理屈こねて逃げてきた。その時に二人と合流してね。怪我の方は魔法で直してもらったよ。今ではすっかり、ほら」


 上着の前を開き、ボロボロの制服から腹部を見せる。

 焔の腹部は赤黒く、目に入れるのが痛々しかったはずがそれがきれいさっぱり無くなっており、綺麗なものだった。

 そして戦闘に集中して気付いていなかったが焔の腹部を改めて見ると、色白の滑らかな肌、そしてきゅっと引き締まっているくびれ。それから放たれる艶めかしさは異性の柔肌を見ていることに慣れていない零にとって少し、いやかなり目に毒で、顔を少し赤らめる。


「そんなに見せなくていいです。はやく閉まってください」

「ん~?…………ふぅ~ん?」

「なんでちょっとニヤついてるんですか」

「いや、やっぱムッツリだなぁって」

「ほっとけ!」


 胸の内を言い当てられ、顔が紅く染まる。

 その様子を見ていた友人二人は零を見てニヤニヤとした顔をしていたが、それを無視して部屋にある椅子に座った。


「それで?みんなしてなんでここにいるの?」

「そりゃあ決まってるだろう」

「ねー」

「んぅ?」


 何の事か全く持って検討が付かない零は首を傾げる。

 すると焔は得意げに言った。


「ほら君が言ったんじゃないか、積もる話は後でって。まぁつまり、君の魔法を吸収してる力は何なのかって話だよ」

「……あぁ」


 焔の言葉に苦い顔をする零。

 どう説明したものかな……。

 と零は頭を掻きつつ、そう思った。

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