第3話  暴走/共闘

「とんでもねぇ人だな……」

「うん、あそこまで魔力消費が激しそうな魔法を乱発して平然としてるのは凄いよ」

「……」


 多くの歓声の中、両隣にいる良太と香蓮が驚いたという様子で感想を述べている。そんな中、零は黙ってリング内で手を振っている焔に目を向けていた。

 剛力のフレイム・バーナーは確かに焔を捕らえていた。だが衝突した直後。、両手ごとその炎を凍らせ、そのまま滑って剛力の背中に移動。そして最後の一撃を放った。

 下手をすればまともに剛力の一撃を喰らってそのまま大怪我をしていただろう。


「いやぁ、しかし今回も剛力先輩の負けだな」

「そうだねぇ……もうこれで六連敗。しばらくしたらまた勝負を仕掛けるんじゃないかな?」


 そう話しているとリング内に担架を持った人たちが入る。

 模擬戦の負傷者は救護室に運ばれ回復魔法による治療を受けるそうだ。救護係が持っている担架は救護室に運ぶ為のものだろう。


「まぁ今日のイベントは終わりだな」

「そうだねぇ、この後どうしよっか?」

「そうだなぁ……零はどうする?」

「んっ?そうだねどうしよ……」


 多くの観客が満足そうな顔のままスタジアムを出ていく中、良太の呼びかけに零は振り返ようとしたその時、倒れている剛力の周りが歪んで見えた。

 横目でそれを見た零はそれに言い表せないような危機感を感じ、そして直感的に、本能的に叫んだ。


「その人から離れてッ!!」


 スタジアム内に残っていた全員は突然の零の大声に何事かと顔を向ける。

 しかしそれと同時に、スタジアム内が大きな爆音と衝撃波で埋め尽くされた。

 それによって救護係が吹き飛ばされ、リング内にある全ての氷が砕け散る。


「うわぁぁぁ!?」

「な、なんだぁ!?」


 零の後ろにいた二人も驚愕の声を上げる。

 二人以外にも多くの悲鳴や動揺の声が上がっていた。

 すぐに衝撃波はなくなり静寂が訪れる。そして零は反射的に閉じていた目を開ける。

 すると、そこにあったのはとても巨大な炎だった。触れればすぐに焼失してしまいそうなほど激しく燃え、周りにある物を破壊していた。

 激しく燃え上がっていた炎は徐々に小さくなり、最後には消えてなくなった。その炎があった所には人物が立っていた。

 その人物、剛力学は体中から大量の湯気と炎を揺らめかせながらゆっくりと足を動かし始める。


「剛力ッ!お前何を」

「ジャマダァァァァァァァ!!」


 剛力は咆哮する様に叫びながら、目の前に飛び出してきた教師を殴り飛ばす。

 突然の事に対処できなかった教師は回避をすることができず、勢いよく観客席の一部まで吹き飛ばされる。観客席は盛大に壊れ、椅子や粉砕されたコンクリートが煙と共に舞い上がる。

 観客席にいた人の数人が吹き飛ばされた教師に巻き込まれ、負傷し、それを見た多く人間から悲鳴が上がった。

 負傷者が出た中、それを気にもせずに剛力は歩き出す。

 剛力の歩く先にいたのはただ一人、氷咲焔の姿があった。



 §  §  §



「うわぁ……とんでもないことを……」


 焔は男性教師が吹き飛んだ先の被害を見て苦笑いをする。

 そしてそれをやった男がじりじりと自分に近寄ってくる。

 焔は正直な気持ちを言うなら全力で「勘弁してくれ」と叫びたい。しかし、相手の様子を見る限りそういうわけにもいかず、その場を動くことができなかった。

 焔は視線の先にいる男、剛力を見る。剛力は先程戦った時と同じ様に両腕に炎を纏わせ、呼吸をするたびに火の粉が舞い散っている。

 体を揺らし、息を荒げながら歩く様子はとても正気で動いている様には見えなかった。


「クスリでもやってるのかあの人は……」


 少し呆れた様に言うが、このまま放置していた場合、他にも被害が出てしまうだろう。

 焔はさてどうしたものかと考えていると、影が被さる。

 反射的に顔を上げるとそこには鬼のような形相をした剛力の姿があった。

 剛力は焔を叩き潰そうと拳を振り下ろす。

 しかし、それより早く焔は身体強化フィジカル・ブーストを発動させ、後ろに跳んで躱す。


「まぁ、これだよなぁ……」


 氷弾を周りに浮かべて、それを放つ。

 剛力がそれに当たる直前、氷弾は溶けて蒸発する。

 それを見た焔は「おっと……」という声が上げるがすぐに別の魔法を発動した。


氷槍ひょうそう


 焔の身長の二倍ほどの長さ氷の槍が焔の手元に出現する。

 それをくるくると回し、綺麗なフォームで構えて、体を捻って剛力に投げる。剛力は両手でそれを瞬時に受け止め、溶かし始める。だが焔は薄く笑い、一言。


散氷ざんひょう


 受け止められていた氷の槍が瞬時に変化し、剛力の全身を凍らせた。

 それと同時に剛力の周りを走り出す。


氷杭ひょうくい


 手のひらサイズの氷の杭を六個生み出し、剛力の周りに投げる。投げられた氷の杭は均等な感覚で縦に刺さり、そして最後の一個が刺さった瞬間に足で急ブレーキをかけ、魔法を発動させた。


氷結界ひょうけっかいッ!!」


 氷の杭が輝きだし、六角形を描いた氷の壁が剛力の周りを囲う。

 壁の中は空気も、水蒸気も凍っていき、徐々に剛力も凍っていく。


「はい、これでおわ―――」


 り……と最後まで言う前に、大きな爆発音。

 反射的に両手で顔を覆い、吹き飛ばされないように踏ん張る。

 周りに白い煙が覆い、視界が悪く。

 まさか?という思いが焔の頭によぎる。

 そして聞こえる足音、大きな音と共に煙の中から煙から現れたのは、背中に左右に四本の灼熱の手レッド・ホット・ハンズを生やしている剛力の姿があった。


「わぁお、流石にそれは予想外だわ」


 焔が驚きの声を上げていると剛力は左に新たに生えた二本の腕を振り下ろす。焔は紙一重という距離で躱すが灼熱の手レッド・ホット・ハンズが発する熱に思わず右目を閉じる。瞬間、別の灼熱の手レッド・ホット・ハンズが焔に襲いかかる。

 焔は体で受けきる前に接触部分に氷の板を創り出し防御。だが勢いは止まらない。

 

「ぐうっ!?」


 氷は砕かれ、焔の腹部を捕らえ、殴り飛ばす

 剛力から数メートルほど離れた所で焔は体制を立て直し、足から着地して地面との衝突は免れた。

 殴られた腹部を摩りながら顔を上げる。すると剛力の周りから、尖った槍のような炎が一本、二本と出現していた。

 それを見た焔は以前に剛力と行った模擬戦を思い出した。


炎の槍フレイム・ランスか、まぁそれぐらい私には効かないってわかっているだろう」


 余裕の表情でヘラヘラとした笑顔を見せる焔。

 以前戦った時にも同じ魔法を受けたが、それを全て凍らせて無効化させた。今回も同じ様に凍らせて無効化する。

 今受けたダメージを入れたとしてもそれはできる。

 そう思っていたがすぐにそれを止めることになる。

 ゆっくりと増えていたそれは一瞬にして合計二十本まで増えた。


「あー……流石にそれは無理かな」


 その数は捌き切れない。

 そう判断し、逃げの体勢を取るが遅かった。

 剛力が動かしていた腕を前に突き出す。すると二十本の炎の槍フレイム・ランスが焔に降り注いだ。


「うぉっ!?」


 最初の二本は右横に頃が見込んで回避、すぐに立ち上がり三本を凍らせて、それを蹴り飛ばして四本目にぶつける。炎の槍フレイム・ランスと氷がぶつかり気化膨張による爆発。その際に起きた衝撃波を利用して後ろに大きく飛ぶ。半分以上は避けられたがまだ十本残っていた。それを確認すると強く地面に手を叩き付ける。


「氷柱連造ッ!!」


 炎の槍フレイム・ランスの軌道に氷の柱が出現する。いくつかがそれに当たって爆発。しかし、急いで発動させたためか三本の槍を残してしまい、焔に迫る。


「あぁもうっ!!爆散ッ!!」


 片手で火球を生み出し、それを地面に叩き付ける。すると火球が爆発し、その衝撃で上に跳ぶ。直撃の軌道は免れたが槍は焔の体近づくと爆発した。咄嗟に防御姿勢をとったものの吹き飛ばされる。

 

「くぉ……」


 苦悶の声を上げるが空中で体勢を立て直そうとするが、その隙だらけの瞬間を剛力は見逃さなかった。

 先程の模擬戦とは違う俊敏な動きで浮いている焔に近寄り、右側の三本の腕から力任せの攻撃が繰り出される。体勢を崩している焔はそれを避けることはできず、とても重たい衝撃が体に直撃して真横に飛ばされる。

 焔は飛ばされながらもいくつか魔法を発動させて剛力に放つが四本の灼熱の手レッド・ホット・ハンズによって防がれる。


「くっそ……」


 そのまま地面に落ち、盛大に体を転がす焔。

 その勢いに乗ったまま立ち上がったが、先程の攻撃のダメージが大きかったためか膝をついてしまった。


「いやぁ、これは不味い。舐めてたわ、うん舐め腐っていた」


 顔を伏せて自分が慢心していたことを痛感する焔。

 正直な所、相手を格下だと思い手を抜いていた。だがその結果が今の状況だ。

 今から本気を出すといってもすでに遅く、満足に動けるような体ではなかった。

 焔が自嘲気味に笑っていると前方から熱を感じる。

 顔を上げるとそこにはとても巨大な、巨大すぎる火球が作られていた。

 その火球は当たれば塵も残らず焼けてしまう。そんな印象を受けるほど熱く燃えていた。


(これはやっばいなぁ……)


 避けようにも焔の体は動かなかった。

 地面に接触した時に脳が揺さぶられ意識がはっきりとしないせいかうまく魔法も発動できない。

 いや、正確には魔法の発動はできた。しかし……。



 もしもの可能性で躊躇する焔。

 しかしその間にも火球は膨れ上がる。


「ウオァァァァァッッ!!!!」


 剛力の咆哮と共に火球が放たれる。

 それは見た目の巨大さに似合わない速さで焔に迫る。

 やられてしまう。

 誰もがそう思い瞼を閉じ、顔を伏せる。

 だが……


「……?」


 いつになっても何も起こらない。

 火球を受けるはずだった焔でさえも何が起こったか把握できずに目を見開く。

 その視線の先には右手を掲げている少年の姿があった。

 その右手にはねじれる様にして。火球を吸い込むたびに黒髪が白く変色して急速に伸びる。

 そして全て吸い込んだ後、「ふぅ……」と言いながら後ろに振り返る。


「大丈夫ですか、氷咲先輩?」


 その少年、神崎零は笑いながら焔に話しかけた。



 §  §  §



 間に合ったと焔の無事を確認し、安心して胸を撫で下ろす零。

 しかし、目の前にしゃがんでいる焔は目を丸くしていた。

 その理由がわからずなんと話しかけようか迷っていると焔の方から口を開いた。


「えっと……零君?」

「はい?」

「あー……それなに?」


 焔は困惑しつつも、零に、正確には零の髪に指を指す。

 零は「あぁ……」と言いながら言いよどむ。

 これはどう説明したらいいのか……

 そう悩んでいると今の状況について思い出す。


「そうだ!先輩、今はそんなことを聞いている場合じゃないですよ!」

「強引に逸らしてきたね……」

「いやいや、真面目な話!」

「いやでも……っ!!後ろっ!!」


 零の背中に二本の炎の腕が迫る。

 しかしそこには剛力の姿は無く、腕だけが伸ばされていた。

 先程の火球ほどではないがそれでも触れれば火傷じゃすまない傷を負うことになるだろう。このままでは腕に捕まり、その身を焼かれてしまう。

 だが零はくるりと振り返り迫り来る二本の腕に左右の手を当てる。

 すると炎の腕にその手が触れた瞬間、炎は先程と同じ様に全てその手に吸い込まれる。そしてまた零の白髪が伸び、腰の位置までの長さになった。


「積もる話はあれを倒してからにしましょうか」

「……倒せるのかい?」

「多分」

「心もとない返事だなぁ……」


 焔が呆れた様に言いながら立ち上がる。

 零と焔の視線の先には四つん這いになっている剛力。


「ガァァァァ!!!」


 剛力はその体制のまま全身を炎で包んで一直線にに包んで闘牛の様に突進をする。

 当たればきっと体の原型は残っているか怪しいだろう。


「「吹っ飛べッ!!」」


 巨大な氷が、黒い炎が、突進してきた剛力に直撃する。

 魔力が全力で込められたためか、氷は溶けず、炎はより熱くそして大きな爆発をして剛力を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた剛力はまともに受け身を取れず地面を転がった。

 その様子を見た二人は顔を合わせて頷く。


「よし、とりあえずやってみるか」

「わかりました」


 二人は首や拳を鳴らす。

 それが戦闘再開の合図となった。

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