第2話  観戦/異変

 時間は過ぎ、土曜日。

 太陽がキラキラと地上を照らす快晴の空、れい達は大きなドーム型闘技場である第一スタジアムの中にある観客席の最前列にいた。

 零達以外にもたくさんの人が観客席に座っており、多くの席が埋まっている。

 そしてその観客達は今から起きることをまだかまだかと待ちわびていた。

 時間は12時。盛大な音楽がスタジアム内のスピーカーから流れ始める。

 すると左右に分かれた入り口から二人の人物がスタジアム中央にあるコンクリートでできたリングへと足を運ぶ。

 そして両者がリングへ上り、互いの距離が数メートルという所で足を止めた。


『では模擬戦を始めます。法機の準備はいいですか?』

「はいよー」

「……」

 

 焔は鋭く、そして綺麗な装飾がされた青いブーツを履いていた。コツッとつま先で地面を突く。。

 対して剛力は両腕の前腕部を覆うオレンジ色のガンドレッドを装備しており、調子を確かめように手を動かしていた。

 そして数分の時間が経ち、両者は装備した物を魔力を流して起動させる。

 すると、スタジアム内のスピーカーから『カウントダウン』という機会音声が流れ始めた。

 5から一つずつゆっくりと、ゆっくりと流れ、そして……


『0』


 轟音。

 戦いが始まる数字が流れた瞬間、リング上で大きな炎が舞い上がった。

 その際に起きた余波は観客席にも届いており、強烈な熱風が流れる。そしてそれが引き金となったのか、観客達の多くの歓声が沸き上がった。

 それに驚いた零はたまらず両耳を塞ぐ。


「どうだ?すごいだろ?」

「うん……話には聞いたけどここまでとは……」

「まぁここにいるみんなはこういう派手なの好きだからねぇ」


 零は耳から手を離す。

 良太と香蓮は見慣れた光景だといい、楽しそうな笑顔を浮かべる。

 零はそんな二人を見た後、苦笑いをしてリングに目を向ける。

 そこでは互いに複数の火球をぶつけあっている焔と剛力の姿があった。

 剛力が打ち出し、それに焔が合わせる様に火球を放つ。一つでも当たれば体が吹き飛ばされる程の威力が込められた火球がぶつかるごとに爆発し、音と共に煙が舞い、空気が焼ける。そのような光景が続いていた。


「あれが二人の法機なんだね。

 まさか二人して自分の持っているとは思わなかったけれど……」


 法機。

 正規氏名称『魔法機器』

 それは一般的に普及している物で魔力を流せば記録された魔法を発動することができる機械である。

 現在、焔のブーツや剛力のガントレッドは魔法師が戦闘、鎮圧目的にカスタマイズされたもので、所有者本人が発動する魔法を最適化し、魔法の威力や精度を高める補助具だ

 中には本人が発動する魔法が登録されており、記録された動作、詠唱、流し込まれる魔力の量のいずれかで発動する仕組みになっている。

 昔は杖や魔導書と言った道具が一般的だったが時代が進むにつれ変化している証拠だ。

 値段はとても高価なのだが一度所有すれば一生ものだ。それでも高校生では手が伸ばせるか怪しいところではある。

 しかし、戦闘用の魔法機器は私用で使う際には細かい申請を然るべき機関に申請しなければならない。今回の場合は学校だ。


「模擬戦の時にはアレに安全装置の魔法が登録されてるんだよね」

「そう、装備してる人に命の危険があると魔法師が無意識に放つ魔力を感知して防御魔法が発動するんだよ。で、それが発動した方が負けってこと」


 事前に聞いていた説明を改めて確認する零。

 魔法を使う人は命の危機に陥るとその身を守るために体中を魔力で覆い身を守る。これは魔法師の一般常識だ。この模擬戦ではそれを利用して発動する防御魔法を魔導機器に登録されているのである程度安全性が保障されている。だからと言うべきか、模擬戦は割と頻繁に行われているらしく『血の気が多い』と教員や生徒会などが頭を抱えているそうだ。

 そんなことはさておき、周りの観客が盛り上がっている中、零は自分もこの歓声に便乗するべきか迷いつつ、目の前で起きている戦いをていた。



§  §  §



 リング内、焔は剛力の魔法に応戦しながら一つ、後悔をしていた。


 失敗したな……と。


(剛力先輩の喧嘩買わなくても直接あの子に吹っ掛ければよかったかなぁ……なんにしても今回はほんと失敗したな……)


 ここで焔があの子と呼んでいるのは零の事である。

 焔はなぜ零の事を気になっているのか……

 そう、焔自身もよく分かっていなかったのだ。ただ初めて会った後、妙な違和感と共に頭の片隅に残っていたのだ。

 例えるなら道端で見かけた捨て猫はどうしているだろう?といったような感覚だ。


 だから食堂で見つけた際はそれを確かめる為に話しかけた。

 あちらも自分に興味を持っていたらしく、好都合だった。

 セカンドコンタクトとしてはなかなか良かっただろうと自賛している。

 だがその日の放課後、上機嫌で帰路に着いた時だ。

 目の前で必死の顔をしながら魔法を放ってくる男、剛力に捕まってしまった。

 過去に剛力と模擬戦で負かして以来因縁をつけられ何度も勝負を迫ってくるので面白半分で受けていた。だが五回も戦った後、いい加減に鬱陶しく感じ、隠れる様に避けていたのだ。

 そしてあの日、剛力に見つかった焔は勝負を受ける気などは無く、どう逃げようか迷っていた時に零と目があった。


(そこでどうして私はあっちから興味を持ってもらおうなんて考えをしちゃったかなぁ……どうせならあの子を先輩にぶつければよかった)


 自分に興味を持ってもらえればもっと深く関われるかもしれない。

 そう考えた焔は剛力の勝負を受けた。しかし、今思えばあの時既に自分の話をしている時点でもう興味を持たれていたのだ。そのことに気付いたのは模擬戦前日の深夜の事であった。


「ふー……」


 先程まで怒涛の攻撃を繰り出していた剛力は両腕をだらんと下げ、攻撃を止める。それに合わせて焔も魔法を使う手を止めた。


「なんだ先輩。もう打ち込むのやめるのかい?もしかしてもうリタイアかな?」


 攻撃の手を止めた剛力に対して堂々とした挑発をする焔。もちろんこれはわざとで、相手から冷静さを奪い取る手段であった。

 目の前にいる男は頭に血が上りやすいことを焔は知っていた為、遠慮なく煽る。

 しかし、いつもなら叫びながら突進してくるはずの大男がじっと焔を見つめていた。


(なんだ?突っ込んでこないのか?)

灼熱の手レッド・ホット・ハンズ


 焔がいつもと違う展開に怪訝そうな顔をしていると剛力が呟く。そして剛力の両腕が真っ赤な炎に包まれる。


「おあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そして雄叫びを上げながら焔に一直線に走り出す。


(いや、やっぱりいつも通りか)


 そう思った焔は迎撃の準備をする。

 しかし次の瞬間、焔にとって思いがけないことが起きる。

 

「爆っ!!」

「おっ!?」」


 剛力が炎を纏った右腕を後ろに伸ばすと、ジェット機よろしく炎を噴射し、飛んで焔に接近した。

 予想外の出来事に驚いた焔は発動を準備していた魔法を止めてしまう。

 その隙を逃さんと剛力は残っている左腕を焔に振り下ろした。

 大きな爆発。

 その両方がスタジアムに響き渡る。

 訪れる静寂に観客全員の緊張が走った。

 しばらくして爆発の際に発生した煙が晴れる。するとそこには剛力の左腕と、砕けたリングのタイルだけがそこにあった。


「流石に今のは驚いたよ先輩」


 その声が聞こえるのは先程とは正反対の位置、剛力が最初に立っていた場所に煤に汚れてはいるが無傷な焔の姿がそこにあった。

 焔の無事な姿が見えると観客はドッと湧き上がる。

 服についている煤をはたき落としながら観客を見渡す焔は、目を丸くして驚いてる零を見つける。そしてその顔に向かって笑顔でピースサインをした。

 それを見た零はどこか呆れた表情になるが焔は気にせず、目の前にいる剛力に視線を戻す。



§  §  §



 (なんかなぁ……) 


 焔は顔顰めて、自分に振り向く剛力を見る。

 一見、前に会った時とは変わらないが

 具体的に何が違うかはわからないのだが、どこか焔の中の剛力という男はこんな人ではないという感覚があった。


(なんか最近こんなのばっかだな……この歳でボケたのかな?)


 零の事を脳裏に浮かべながら頭を掻き、小さくため息をつく。


「いやまぁとりあえず、舐めて戦うのは無しだ」


 そう決めた焔は顔つきが変わる。

 目を閉じて両足を開き、両腕を交差させて前に突き出し、深く息を吐く。すると周りの空気の温度が段々と低下する。

 異変を感じた剛力はすぐに両方の腕を地面に突き刺す。そしてそこから半円形の炎の障壁が出現した。

 防御魔法『火炎の障壁フレイム・バリア

 その壁に触れたものはどんなものでも溶かしてしまう程の温度を持ったそれは次に繰り出される焔の攻撃はどんなものであっても無効化されてしまうだろう。誰もがそう思った……だがその予想は外れることになる。


永久凍土えいきゅうとうど


 瞬間、焔から扇状に強烈な冷気が放たれる。

 リングは一瞬にして歪な形の氷の塊が埋め尽くし、空気さえも凍らせる。

 幻想的な光景を生み出した焔は白い息を吐いて前を見つめた。

 そこには剛力が生み出した火炎の障壁フレイム・バリアがその形を残したまま、氷の結晶になっていた。

 障壁としての役割としては働いたようで、剛力は氷漬けにならずに、先ほどと変わらない姿のまま、腕に炎を纏わせて立っていた。


「ぬぅぅぅぅぅんッ!!」


 剛力はその剛腕で氷漬けにされた火炎の障壁フレイム・バリアを殴りつける。殴りつけられた障壁は砕け、氷の破片となって焔に飛んでいく。何度も何度も殴りつける剛力。その度に破片が焔を襲う。だが、それを鮮やかに回避し、剛力を中心にリング側面を走りだす。


氷弾ひょうだんッ!!」


 更に先程のお返しといわんばかりに氷の飛礫つぶてを生み出し、三連射。それを剛力は正面から殴り砕き、そのまま火球を連続して飛ばす。火球は動きつつけてる焔には当たらず、代わりにリングを凍りつけている氷が蒸発した。

 剛力は見た目通りに頑丈だ。むやみに接近してもダメージが入らなければ意味がない。ここは遠距離からじりじりと体力を奪って行ったほうがいいだろう。

 このままでは意味がないことを悟ったのか、剛力は右手を下に下げ再び炎を噴出させて焔の動きについていった。

 それに対し焔も氷の上を器用に滑りながら攪乱。剛力から放たれる火球を紙一重で避けていく。

 剛力は焔に火球を放つのを止め、体を前に倒す。

 そして両手を地面に向けジェット噴射。空高く跳び上がった。


「フレイム・バーストッ!!」


 宙高く飛んだ剛力は体をグッとそらし突き出すように両腕を出す。すると大量の火球を生み出だされた。


「マジでか……」

 

 焔は驚きの声を上げながら火球を数える。そしてその中から自分に向かってくる火球を瞬時に見出した焔は腰を屈め小さく息を吐く。


「ふっ!!」


 そして火球が当たる瞬間、焔はそれを蹴り上げる。蹴り上げられた火球は瞬時に凍結そしてそのまま蹴り飛ばした。

 凍結した火球が向かうのは空中に浮いている剛力。しかし向かう途中で別の火球に衝突し消滅する。

 焔が体を縦横無尽に動かして攻撃を防ぎながら反撃すること数秒、剛力が地面に着地する。

 その瞬間、焔はブーツに氷を纏わせ、前に飛び出す。すると焔の後ろに火球が着弾して爆発。その勢いで焔は急速で滑り、回避する。

 剛力はそんな焔に向かってまるで隕石のように勢いよく落ちながら急接近。両腕を高らかに上げると灼熱の手レッド・ホット・ハンズが巨大化した。


「ぐおぉぉぉぁぁぁぁ!!!」


 咆哮とも呼べるであろう声を上げながらそれを振り下ろす。このままでは加速して一直線に迫っている焔は方向転換できずにその炎の腕に潰されてしまうだろう。

 迫り来るその腕を見上げる焔は焦る様子も無く、冷静に体を動かす。


氷柱連造つらられんぞう


 焔の足元から氷の柱が飛び出す。さらにそれだけでは止まらず、様々な角度から氷の柱が急速に生え始めた。

 次々と生えはじめる柱を足場にし、体を猫のようにしなやかに動かしながら跳ぶ焔は、勢いは削がれてしまったものの巨大化した腕の範囲から逃れた。

 剛力の攻撃が地面に衝突。大きく爆ぜる。そして焔はその爆風で高く飛び上がり、体が不安定の体制のまま手を添える。


氷塊ひょうかい


 空中の大きな氷塊が出現させ、それに足を着ける。そして、さらに魔法を発動させる。


身体強化フィジカル・ブースト


 体が淡い光に包まれた焔は逆さになった状態で生み出した氷塊をしっかりと踏みしめて、地面に、剛力のいる位置に跳んだ。

 剛力も巨大化させた灼熱の手レッド・ホット・ハンズを元の大きさに戻して跳び込んでくる焔に向かって右腕を振るう。


「フレイム・バーナーッ!!」


 そして豪炎を噴出させた。

 タイミングもよく、その豪炎は位置は焔の体の中心を捕らえていた。当たれば吹き飛ぶ、もし紙一重で躱せたとしても火傷以上の傷を負うだろう。剛力は笑う。

 これで勝ったと。

 だがしかし、彼の目に入った光景は、自分が負かすはずの相手の顔は、背筋が凍るモノだった。


 少女、氷咲焔は楽しそうに笑っていて、そしてわらっていた。


 今、攻撃してはいけない。

 本能的に感じたそれはあまりにも遅すぎた。

 焔が豪炎に触れた瞬間、それは凍り始め、そのまま両手で滑るようにして剛力に接近する。

 剛力も瞬時に別の魔法を発動させようと左手を向けるが意識した時にはもうソレは終わっていた。

 右腕のが全て凍っていた。

 それはあまりにも一瞬過ぎて、理解が追いつかず、痛みも感じなかった。


「いやぁ、剛力先輩は意外と成長してたんだね。すまない、結構強かったよ」


 背中から声が聞こえる。

 そこには先程まで目の前に迫っていたはずの焔の姿だった。顔は申し訳なさそうに、しかし満足したという表情になっていた。


「じゃ、もう終わりってことで……氷撃槌ひょうげきつい


 焔は剛力と自分の間に回し蹴りをする。するとその中心から巨大な氷の杭が放たれる。

 それを間近で受けてた剛力は盛大に吹き飛ばされ、リング内の壁にぶつかり大きなクレーターができる。

 しばしの沈黙。

 そして模擬戦終了の合図となるブザーが鳴り響き、最初よりも大きな歓声が沸き上がった。

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