第1話  出会い/波乱

 「大丈夫かい?」


 暖かい日差しが差し込む春。空は雲一つなく、綺麗な青色が広がっていた。

 なぜ自分は今、地面に寝転がって空を見ているのだろう?

 少年――神崎零かんざきれいは疑問に思う。

 記憶が確かなら先ほどまで自分はこれから通うことになる魔導学院を目指して昨日はいいたばかりの寮から校舎を目指して歩いていた。

 少し校舎内を見たかったこともあり、かなり早くの時間に出たためか、自分以外に歩く生徒を見かけなかった。

 しかし、それがよくなかった。

 初めて通る通学路を道なりに進んでいたはずなのにいつの間にか木々が生い茂っている場所に出ていて、すっかり迷っていたのである。

 なんで学び舎の敷地内にこんなに自然が広がっているんだろうと不思議に思っていた。

 だが、その時までの記憶しかない。いったい何が起きたのだろうか?


「おーい、生きてるかい?」


 先程から誰かの声が聞こえてくる。

 体は謎の痛みで動かないが、耳はしっかりと機能している事を確認した零は目を声が聞こえる方向へと動かす。

 目の動かした先にいたのは一人の女性、いや少女だった。

 その少女はすらりとした身体に、綺麗な顔立ちと腰まで伸びている長い髪、美を体現させたといってもいいほど美しいと感じさせる。

 そして何よりも零が目を惹かれたのは、暗く不透明な蒼色の右目と燃え上がるように真っ赤な、それでいて鮮やかな色をした左目だった。

 そんな美少女とも呼べる人が顔を覗かせていた。


「あの……なんで僕はこんなことになっているのでしょうか?」

「あ、生きてた」


 零の言葉を聞いた彼女はは安心したという様子で胸を撫で下ろす。

 そしてコホンと小さく咳払いをして人差し指を立てた。


「なんでこんなことになっているのかと言うとだね……。

 まぁ私が君を撥ねた」

「はっ?」


 何を言っているんだこの人は?

 それが今の零の心情だった。

 突然の大雑把すぎる説明にになんと返せばいいのかわからず、言葉が出ない。それを見るや少女は「いやぁ……」と言いながら話を続けた。


「遅刻しそうになってさ、近道を通るときについ身体強化の魔法を使って全力疾走してたんだよ。そしたら丁度開けたところに出る時に、君がいてね。走っていた私が減速できずに勢いよくぶつかってしまったと言うわけだよ」


 事の顛末を聞いた零は体を起こして「はぁ……」と間の抜けた声をだす。。

 そんな零の様子を見て、少女はスカートのポケットから純白のハンカチを取り出すと、零の右手を持ち上げそこに置く。


「いやいや、すまないね。私だって予想外の事だったんだよ、それで汚れを拭いてくれ」


 少女がそう言うと体の向きを変え、零の隣で両手の指を地面について、左足を体の一足長半の位置におき、膝を立て、右足の膝を地面につける。

 クランチングスタートと呼ばれる体勢になった少女は小さく息を吸う。


身体強化フィジカル・ブースト……」


 その言葉の後に、少女の身体が淡い光に包まれる。

 それと同時に腰を上げ、膝をつけていた右足を伸ばす。


「ドンッ!!」


 爆発。

 今この場で起きた事を表現するならそれが適切だろう。大きな音と同時に少女が駈け出す。

 踏み込みの際に巻き上がった土埃を被る零は渡されたハンカチを握り、呆然としていた。

 あれはいったいなんだったのだろうと頭に疑問符を浮かべていると先程の少女が言っていた言葉を思い出す。


「あれ、今遅刻がどうって……」


 そう呟くと同時に、遠くからチャイムが鳴り響いたのが聞こえた。


「あぁっ!?」


 零は慌てて立ち上がり、ボロボロの状態のまま走り出した。



 §  §  §



「転校生の神崎だ。

 何故かボロボロだがあまり気にすることのないように」


 とても雑な紹介だった。

 新しい環境でうまく馴染めるか不安な転校生に対する心遣いとか、思いやりは無いのだろうかと零は思わずにはいられなかった。横目で隣に立っている白衣の男性を見る。

 このクラスの担任の教師である桜井稔さくらいみのるはとてもめんどくさそうに「早くしろ」と言わんばかりの視線を返される。

 髪の毛がボサボサで無精髭が特徴的な男性だが、その目はどこか死んだ魚の様な目をしていた。


「ほら自己紹介」

「あっ、はい。

 えーと神崎零です。仲良くしてください」


 もっとも、零も対した挨拶ではないので人のことも言えないのだが。

 そんな挨拶ともに視線だけ動かして教室内を見渡す。

 興味津々、警戒心、探るような……といったものが零に向けられていた。


「あー、お前の席は窓側のあそこ。

 そこに座れ」


 零はがクラスの様子に少したじろいでいると稔が指を指す。そこには明らかに用意されたであろう空席がそこにあった。

 稔に小さく言葉を返しその席につく。

 それと同時に緊張から解放され大きく息を吐きながら項垂れる。


「随分とボロボロだな?何かあったのか?」


 零がそうしていると前から声をかけられる。顔を上げるとそこにはいかにもさわやかという表現がぴったりの少年が不思議そうな顔を向けて立っていた。


「……女の子に撥ねられたって聞いて信じる?」

「なにそれ、新しいジョーク?」

「だよねぇ……まぁ派手に転んだだけだよ」


 痛みがするところから手を離し、体を起こして顔を前に向ける。

 目の前の少年が笑いながら話す。その笑顔は男から見てもとてもかっこよく、きっとこれが俗に言うイケメンなんだろうなと零は思った。そこに不快感を感じることもなく、むしろその元気な態度に好印象だった。


「俺は津村良太つむらりょうた。中等部からこの学校にいるんだ。気軽に下の名前で呼んでくれ」

「じゃあ僕も零でいいよ」

「しかし、高等部からここに入ってくるとは珍しいな。編入試験大変じゃなかったか?」

「いや、編入試験は受けなかったよ」


 零がそう言うと目の前にいる良太は「うんっ?」と何かに驚いたように目を丸くしていた。零は不思議に思い、良太に「どうした?」と声をかける。


「推薦やスカウトならというのはともかく、編入試験を受けなかったなんて話は聞いたことなくてな……」

「そうなの?そこら辺の事情は分からないけれど……」

「いやだってそうだろ?ここは日本で一番有名な『魔学院』だぜ?」


 国立魔法学院関東校。

 通称『魔学院』

 それが今、零がいる場所の名前だ。

 世界に存在する魔法教育機関数少ないであり、毎年、多くの優秀な魔法師を輩出はいしゅつしている学校である。

 日本本土の近くに作られた海上都市に存在し、その広大な敷地面積には様々なものが詰まっている。

 聞けば聞くほどとんでもない所だが、その中身は実力、または才能を重視することが多く、入学や編入等の試験はとても厳しい。

 それ知っているが故に、良太は零の言葉に驚いていた。


「でもまぁそれで入れたってことは何も問題はなかったんだろう」

「それはそうかもしれないが……」


 どこか納得しない、というより納得できないといった表情を浮かべる良太。

 零にはわからないことだったので、余計な口を開かずに窓を見る。そこには先程地面に倒れてた時に見たのと同じ雲一つない、綺麗な青空が広がっていた。


「そういや、校内の構造はわかるか?」

「あー……いや来たばかりだから全く」

「じゃあ案内してやるよ。分かんないまんまだといろいろ大変だろ?」

「ありがとう助かるよ」


 そう言って握手を交わす。

 零は早くも友人ができたことに少し喜んでいた。


「おいそこの二人。ちゃんと話を聞け!」


 そして早速怒られてしまった。



 §  §  §



 時間は過ぎ、昼休み。

 零と良太は校内で使用する場所を見回った後、一緒に食堂に来ていた。


「なんか……おっきいね……」


 初めて学院の食堂を見た感想だった。

 そこは小さな市民プール程の大きさが広がっていて、レストランのような席になっている。外にはカフェテリア風のテラスも設置されており、そこには女子生徒が多く座っていた。


「俺も最初にここに来たときは驚いたよ」


 良太も零の言葉に共感し、首を縦に頷かせながら懐かしむような顔をする。


「でだ……」


 しかしそれをすぐにやめ、どこか呆れたような顔で後ろに振り向く。零も同じ様に振り向くとそこには黒髪の少女がニコニコとした笑顔で立っていた。


「なんでついてきたんだ香蓮かれん……」

「えぇ!いいじゃん!一緒に食べようよ!」

「えっと……」


 香蓮と呼ばれたサイドテールの少女は笑顔で良太の背中をバンバンと叩く。そして零の方に顔を向けた。


「やぁ零君!私は一華いちはな香蓮。一応、君と同じクラスだよ。よろしくね。気軽に香蓮って呼んでくれると嬉しいかな!」

「あぁうん、よろしく……」


 香蓮は元気に零に詰め寄って自己紹介をする。

 女の子の平均身長であることから、少しばかり背が低い零に詰め寄られると非常に顔が近くなる。ふわりとした甘い香りが零の鼻をくすぐり、少しドキッとした。


「それにしても試験なしで入学とは凄いね。

 記事にしていい?」

「記事……?

 えっと……できれば広めるのは勘弁してほしいかな」

「そっか~、面白い話だと思って会話してるの聞いてたけど……まぁ本人がいやがってるし仕方ないね」

「他人の会話を盗み聞きとは質が悪いな」

「これでも新聞部ですから。特ダネが落ちてないか常に気を張ってるんです!」


 香蓮がどこか自慢げにえっへんと無い胸を張る。それに対してどう反応していいかわからず、隣にいる良太を見る。しかし良太も首を横に振るだけだった。


「まぁ私の話はどうでもいいんだよ。さっさとご飯を食べよう!」


 そういって二人の間を通り抜け、食堂内へと進む香蓮。零と良太は互いを見合わせて苦笑しながら香蓮の後を追った。

 三人は好きな料理を選び、近くの座席に座る。良太はカレーライスを、香蓮は親子丼を、零はオムライスを机に置いて食事を始める。

 それぞれの料理を食べつつ、自分の趣味や昨日見たテレビの番組などのそんな当たり障りの無い会話をしていた。

 その会話の途中、零はあることを思い出す。


「ねぇ、二人に聞きたいんだけどさ」

「んっ?どうしたの?」

「なんだ聞きたいことって?」


 零の言葉に不思議そうな顔をして二人は手を止める。


「いや、大したことはないんだけどさ……二人は右目が蒼色で左目が紅色の女の人知ってる?」


 零がそういうと二人は顔を見合わせた後、香蓮がその質問に答えた。


「それは二年生の氷咲焔ひさきほむら先輩だね」

「氷咲……先輩?」


 零が名前を復唱すると香蓮が頷く。すると次は良太の口が開いた。


「この学校じゃあ有名な人だぜ。なんでも先生たちが言うにはかなりの才能の持ち主だとか」

「へぇ~凄いんだ?」

「凄いってもんじゃないよ。

 私もあの人の魔法を見たことあるけどもう、信じられないくらい凄いというか、そんな感じ」

「それにかなりの美人さんだしなぁ……くぅう、あんな人とお近づきになりたいぜ……」


 二人からの評価は絶賛だった。

 零からすれば「ひき逃げ美人」と言うレッテルをすでに張っている為、その評価を聞いて、少し驚いていた。

 あの人はそんなにすごかったのかとオムライスを口に運びながら思っていると肩に軽い重みがかかる。


 「なになに?私の話かい?」


 つい最近、というか今朝方聞いた声が耳に入る。

 少しためらった後、顔を横に上げるとそこにはひき逃げ美人、もとい氷咲焔がそこに立っていた。


「やぁ、今朝ぶりだね少年」


 右手を軽く上げ、挨拶をしてくる焔。それに対して零はというと……


「そうですね氷咲先輩」


 不愛想に言葉を返した。

 実際、自分を撥ねた人がこんなにもフランクに話しかけてきて「こんにちは!」と返せるだろうか?

 少なくとも零はそれができなかった。


「あれ、もしかして朝の事気にしてる?」

「別に気にしてません。撥ねられたことなんて、全く、これっぽっちも」

「めちゃくちゃ気にしてるよね。君、可愛い顔をしといて物凄く根に持ってるよね?」


 焔はそう言いながら零の肩をゆさゆさと揺らす。

 しかしそれを完全に無視をしてオムライスを食べ続ける零。

 その光景を見ていた香蓮と良太は目を丸くして動きが止まっていた。


「二人ともどうしたの?そんな顔をして」

「いや、お前……だって……」


 良太はどこか戸惑ったような反応をする。


「あのあの!私は新聞部の一華香蓮といいます!氷咲先輩、取材させていただいてもよろしいでしょうか!」


 しかしそんな良太をよそに香蓮が目を輝かせ、右手に小さなメモ帳とを、左手にボールペンを持ちながら立ち上がる。


「香蓮ちゃんね。いいよ全然オッケー。

 私を可愛く美しく素晴らしく書いてくれるなら今からでも全然かまわないよ。ついでに私の事を焔先輩と呼ぶ権利を上げよう」

「ほんとですか!嬉しいです!私、記事を書くのは得意ですから任せてください!先輩の事をキュートでビューティフルでワンダホーに書き上げて見せます!」

「なんだその頭の悪い英語の使い方……」


 香蓮のテンションが高いことに対して良太は低く、もそもそとカレーライスを食べていた。だがそんなことは気にもせずに香蓮が取材を始める。


「好きな食べ物は?」

「牛丼だね」

「ご趣味は?」

「昼寝かな」

「最近ハマっていることは?」

「友人を弄りまわすことかな!」


 香蓮の質問に笑顔を崩さずに答える焔。それを横で聞きながらオムライスの残りを平らげていると良太が顔を寄せる。


「なぁ、俺の氷咲先輩のイメージ崩れまくりなんだけど」

「なんで?というか逆にどんなイメージを抱いてたの?」


 小声で話しかけ来た良太に零も小声で話す。

 良太はチラリと焔の方を向き、苦悶の表情をする。


「いや、こうもっとお淑やかというか、もっと落ち着いてる人をイメージしてたんだが……」


 零も顔を焔の方に向けるが、その焔本人は香蓮の質問に答えている。しかし内容はどれも、少なくともお淑やかとか落ち着いているという感じの答えは無かった。

 むしろその逆のイメージを湧いてくるものばかりだ。


「ふむ、じゃあ最後にお聞きしたいのですが……」


 香蓮が最後の質問としようとメモ帳をめくる。だがその瞬間に、香蓮のスカートから電子音が鳴り響いた


「ちょっと失礼……」


 香蓮がそう言うと、後ろを向いて焔から少し距離をとり、スカートのポケットから携帯端末を取り出して耳に当てる。数回頷いた後、端末を耳から離してポーチにしまった。


「先輩すいませんっ!ちょっと用事ができちゃったんで取材はまた今度でもよろしいでしょうか?」

「んっ?全然構わないよ。事情ができたなら仕方ないしね」

「ありがとうございます!二人もまた教室でね!」


 そう言って香蓮は走って食堂を去って行った。


「元気な子だね。結構好きだよああいう子」

「そっすか」

「そっけないなぁ……」

「そんなこと言われても困るだけなんですけれど」


 流れる様に零の横に焔が座る。それと同時に零はオムライスを食べ終え、カチャンとスプーンを置く。


「えっと……お二人の関係をお聞きしても?」


 良太が遠慮がちに零と焔を交互に見ながら訊く。


「んー……これには人には話せない深ーい仲で」

「朝に衝突事故が起きてその加害者と被害者の関係」


 焔がわざとらしく可愛い声であらぬ誤解を与えそうな答えをしようとした所に零が割り込む。


「衝突事故って……。

 あぁ、朝のあれってジョークじゃなかったのか……」

 

 すぐに理解ができた様子の良太の言葉に零は首を縦に振る。チラリと隣を見ると焔はつまらないと表情に出してこちらを見ていた。


「遊び心がないなぁ~」

「人って誤解を吹き込むより解く方が難しいんですよ」

「ソースは?」

「自分」


 それを聞いて良太は苦笑する。

 笑い事ではないと目線で伝えると良太は両手を上げて降参のポーズを取る。


「君、面白いね」

「皮肉ですか?」

「褒めてるんだよ。

 二人とも名前は?」

「俺は津村良太っす。気軽に下の名前で呼んでください」

「……神崎零です。覚えなくていいですよ」

「良太君に零君だね。しっかり覚えた。

 じゃあ私はここら辺で、機会があったらまた会おうね」


 焔は手をひらひらと振りながらその場を去って行く。その姿を見届けた後、良太が満足したといった顔になった。


「いやぁ、有名人に名前知られたな」

「個人としては全然うれしくないんだけど……」

「なんでだ?さっきも思ったがなんであの人にあんな態度なんだよ?」

「……似たタイプを知ってるから?」

「なんで疑問形なんだ……?」


 零は「さぁ?」と答え、焔がさった方向を見る。

 できればもう会いたくない、と言うのが零の本音なのだが、それは言わずに小さくため息をついた。。



 §  §  §



「ん~!終わった~!この後どうするよ?」

「どこか見て回るのもいいけど……今日のところは帰るかな」

「お、じゃあ戻ったらお前の部屋行っていい?」

「いいよ。っていても何もない部屋だけど」


 お昼の出来事から何事もなく時間が進み、放課後。

 今日の授業が終わり、部活動に勤しむ生徒やこの後どこかに出かける生徒が次々と校舎から目的地に向かう。

 香蓮が部活動に向かったため、良太と零は二人で歩いていた。

 なんか色々疲れたな。そう考えていると遠くから大きな声が聞こえた。

 


「見つけたぞ!氷咲焔っ!俺と勝負しろ!」

 

 男の大声だ。思わずそちらを見る。

 そこには二人の男と一人の少女がそこに立っていた。


「あれ?氷咲先輩?……それとあの二人は?」

「あぁ、あれは三年生の剛力学ごうりきまなぶ先輩とその腰巾着の二年生の石崎勇夫いしざきいさお先輩だな」


 良太が零に説明する。

 零は良太の説明を聞き、改めて男二人を見る。

 学を言葉で表すなら、巨体。

 男性の平均身長を軽々と越えており、そこから放たれる威圧感は強烈だった。もし、それを近くで受けたら思わず委縮してしまうだろう。

 だがそれを前にしている焔は堂々と胸を張って、呆れた表情をしていた。


「やだ」


 そして焔はその一言でバッサリと切り捨てた。

 すると学の顔にはっきりと血管が浮き出て、鬼のような形相になる。


「なぜだ、なぜ俺との勝負を拒む!」

「やりたくないからに決まっているだろう?」

「お前!学さんに対して口の利き方がなってないぞ!」

「あん?」

「ひぃ!?」


 勇夫は焔を指差し、怒鳴るように言うが、焔が睨むだけで学の巨体に隠れる。


「もういいかい?人が集まってきてるし、さっさと帰りたいんだけど?」

「ふざけるな!俺が負けっぱなしのまま終わるわけねぇだろうが!次はてめぇに勝つ!」

「……そう言って何回私に負けてるんだい?正直もう飽きたよ」

「なんだとぉ!!」



 声を荒げ、怒りを含んだその言葉は焔に向けられているはずなのに、当の本人は涼しい顔でそれを聞き流す。

 一触即発。

 下手に触ればシャボン玉のように割れて爆発してしまいそうな空気。

 その中でふと零と目があう。すると焔はニヤリという笑みを浮かべた。


「いや、先輩。

 やっぱりその勝負、やろうじゃないか」


 零たちと話してた時とは違う、ヘラヘラと笑いながら爆発寸前の剛力に言う。剛力は焔の突然の承諾に怪訝な顔をした。


「どういう風の吹き回しだ」

「いやなに、気が変わっただけだよ。

 やりたいんだろ?私と模擬戦」


 焔はどこか楽しそうに、どこか嬉しそうに剛力を見る。それはどこか獲物を見つけた肉食獣のような視線だった。


「日時は今週の土曜日の午後一二時。場所は第一スタジアム。

 そっちが吹っ掛けてきたんだからこれぐらいの指定をしても構わないよね?」

「ふんっ……好きにしろ」


 学はそういうとくるりと振り返り、そのままその場を去った。それと同時に広がっていた緊張が解け、先程の沈黙とは逆に、いつの間にか零達と同じ様に足を止めていた多くの生徒が騒いでいた。


「模擬戦だってよ!」

「また剛力のやつ喧嘩吹っ掛けてるよ……」

「毎回負けてるのに懲りねぇやつ」

「でもでも、もしかしたらって可能性あるじゃない?彼、結構強いし!」


 いつの間にか周りには多くの野次馬が集まっていた。その野次馬たちは携帯端末を使い、情報を拡散する。

 中には賭けをしている生徒もいる様でこのあたり一帯は大きな盛り上がりを見せていた。


「こりゃまたビックイベントだな」

「そうなの?」

「そりゃあ模擬戦と言ったらこの学園の華だからね~!」


 零が良太の言葉に首を傾げていると突然その場に香蓮が姿を現した。あまりにも唐突だったので驚き、思わず体が撥ねる。


「うん?お二人さんは私が唐突の登場で驚いていると見た。

 説明してあげよう!私はついさっきここで騒いでるって聞いて記者魂に従い、獲物を狩るチーターの如く駆けつけたわけです。

 はい説明終わり」

「雑な説明だな!?」


 どこか自慢げに言う香蓮にツッコミを入れる良太。

 香蓮の両手を見るとそこにはメモ帳とボールペンが握られていた。そこから溢れ出る情熱のような何かを感じた零は思わず「記者魂とは一体?」と思わずにはいられなかった。、

 


「まぁ成り行きであんなことになっちゃったけどさ応援してくれると私頑張っちゃうなー」


 三人で騒いでいると、先程中心人物となっていた焔から声をかけられる。

 その表情はニコニコと笑っていてどこか楽しそうな雰囲気を醸し出し、少しはしゃいでいる様な雰囲気を感じ取れる。


「応援って……」

「はいはい!私も応援行きます!頑張ってください!それと勝利インタビュー受けてください!」

「勝ったら受けてあげよう。

 それじゃあ私は帰るから、土曜日を楽しみにしててね!アデュー!」


 そう言って焔は蒼い目でパチリとウィンクをし、その場を立ち去った。

 良太と香蓮は手を振って見送るが零は視線を送るだけだった。


「いやぁそれにしても模擬戦か……」

「楽しみだねー!」


 友人二人はわくわくしながら騒いでいるが零にはそれについていけなかった。

 何故なら……


「模擬戦って何?」



 §  §  §



 場所が変わり学院内敷地内にあるカフェテリア。

 その一角に零達は集まっていた。


「んで、模擬戦って?」


 零はカフェオレを飲みながら訊く。

 新参者なので先程のことについていけていない。

 ということで二人に色々教えてもらうことになった。


「そうだなぁ、簡単に行っちまえば合法的な喧嘩だな」


 腕を組んで良太が答える。

 その言葉に「えっ」と間の抜けた声を出す。


「元々そういうのは無かったのだけれど、些細なことですぐ魔法を使って暴力になっちゃうことが多かったらしいの。

 それがどれだけ校則で縛ろうが無くなることがなかったみたいでね。

 いっその事、『もうやらせればいいんじゃないか?』って感じで生まれたらしいね」

「なんか、凄い投げやりな……」


 零は呆れたといった表情になる。


「でもそれが定着したら一種の娯楽として定着してるぞ。

 今は自分から模擬戦するよりどっちが賭けする奴の方が多いしな」

「えっ、そんなことして大丈夫なの?」

「学院側もそれぐらいは黙認してくれているってことだな。

 禁止して変に暴れられるよりはマシなんだろうよ」


 そう言って良太は肩を竦めた。


「なるほど……それじゃあ氷咲先輩と剛力先輩の関係は?」


 零がそう訊くとその質問を待っていたかのように目の前に複数のホロウィンドウが展開された、

 そこには焔と剛力が戦っている姿が映っていた。


「すぐに用意できるのはこれくらい。

 ほんとは動画も用意したかったんだけど、新聞部のフォルダは部長の許可ないと開けないんだよね~」


 どうやらこれを展開したのは香蓮らしい。

 本人は不満そうだが、それでも画像データは多くは魅せる為に撮られているらしく、どのような状況なのかとても伝わりやすかった。


「焔先輩も元々は転入生でさ、中等部から注目を集めてたの。

 剛力先輩はそういった人が気に食わないみたいでさ、ちょっかいをかけたのが最初」

「女の子にそれは……」

「うん、皆ドン引き。

 でもその時が焔先輩が有名になった理由だね」

「というと?」

「剛力先輩相手に、完勝。

 氷の魔法と炎の魔法で圧倒してね」


 そういって香蓮は一つのホロウィンドウをスライドさせる。

 そこには今より少し幼い焔の姿が映っていた。

 目は蒼と紅に輝いている。そこには剛力ではなく、別の何かを見ている印象を受ける。


「そっからだね剛力先輩の執着は」

「もう一周回って褒めたいくらいにご執心だよな。

 五回もフルボッコにされても挑むんから、その根性は見習うべきなのかもな」


 ジュースをストローで啜り、笑う良太。

 香蓮もそれに同調する様に「ねー」と言った。


「まっ、土曜は全力で応援しようぜ!盛大なビックイベントだからな。

 騒がなきゃ損ってもんだ」

「そういうもんなの?」

「そういうもんだよ」


 零は二人の言葉に少し疑問を持たないわけではなかったが、細かいことを気にしても仕方ないと思い直すことにした。

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