第5話 トルコ行進曲

「トルコ行進曲だ」

 ソファに寝そべっていた光則は、投げ出した自分の足の親指をみつめながら、そうつぶやいた。

「えー、パパ、この曲知ってるの?」

 優希は大げさに語尾を上げた。

 優希はどうして自分の話を信用しないのか。バカ正直というわけではないが嘘つき呼ばわりされるようなこともないはずだ。語尾を上げる口ぶりについイラついてしまう。調子が悪いと怒鳴ってしまうこともある。

 だが、今はなぜかそんな口調は気にならなかった。優希の手は鍵盤の上で完全に止まっていたが、光則の頭の中では曲は続いていた。

 懐かしい響きだ。

 優希が生まれる前の遠い記憶。

 スーパー「ハヤタヤ」の店内に設置されたスピーカーから割れた音で流れる『トルコ行進曲』は、三時半のレジ点検の合図だった。いつも同じ曲が流れていた理由を知ったのは、ハヤタヤでバイトを始めた高校生の頃だ。段ボール箱の整理が最初の仕事だった。専門学校を卒業して正社員として勤めたのは八十年代の半ばだった。

 『トルコ行進曲』が流れる時間になると釣り銭の入った金銭袋を持って事務所からレジに向かう。ベテランのパートは光則が来るより前に万札を束にし、釣り銭表のチェックを終えていた。売上のことで軽口を叩いたりしながら回収する。けっこうな金額だ。

 事務所に集められた袋から取り出した札束を金銭係のおばさんたちの机に積み上げる。インクと紙の匂いに加えて饐えた汗と錆びた鉄の匂いがたちこめる。金銭係のおばさんたちが、つまらなさそうに、だがどことなく優雅にも見える手つきで扇のように札束を広げていく。

「パパァー、どうしたの、変だよ」

 優希はすっぽかされてむくれていた。

「いや、なんでもない」

 そう、なんでもない。ただの思い出話だ。

「ママ帰ってきちゃうぞ。練習しなくていいのか」

 口を尖らせながらピアノに向かった優希が曲を最後まで弾き終える頃、雅恵が美容院から帰ってきた。

 苦手なパーマ液の匂いに光則は思わず咳き込みそうになる。

 ピアノの椅子から飛び降りた優希は雅恵に駆け寄り抱きついた。

「うゅにゅにゅにゅぅー」

 雅恵が優希の頬に自分の頬をすりつける。

「ママァー、くすぐったいよぉー」

 雅恵と優希はいつもこんな感じだ。仲良し親子。光則が仕事をしている間に二人で出かけたりもする。どこそこのお店のなんとかが美味しかったという話を耳にすると気になる。それとなく聞いてみる。話してなかったっけぐらいの反応だ。

 雅恵は昔からそうだった。一人でどこかに出かけてもそのことを光則に詳しく話したりはしない。聞けば答えるし秘密にしているというわけではない。話したくないというふうでもない。

 いつの間にか優希もそっくりに育ってきた。

 優希が小学生になって最初の夏休みを迎える頃、ランドセルにぶら下げていた防犯ブザーがいつの間にか失くなっていた。慌てて雅恵に聞くと、もうとっくに知っていた。一ヶ月ほど前に学校帰りの公園で友達とランドセルを背負ったまま走り回っていた時に立ち木に引っかけて失くしてしまったのだそうだ。

 すっごいオトがして大変だった、と優希が言った。でも、パパに言って新しいの買ってもらわなきゃねって話してたんだけどすっかり忘れてたわ、と雅恵は笑った。優希も笑った。すぐに話してくれなかったのはムッとしたが、普段からもっと優希のことを見ていないとダメなのは自分だと反省もした。

 そんな時、雅恵や優希がとても遠くにいるような気がすることがある。

 子どもだった雅恵のことを思い出す。

 まだ八百屋だった「早田屋」は、近所の人々から親しみを込めて早田屋「さん」と「さん」付けで呼ばれていた。早田屋さんの一人娘の雅恵は近所ではちょっとした有名人だった。雅恵の両親、早田さんと奥さんは店頭に立って商売をしていた。早田さんがいつもかぶっている帽子の横には数字のバッジが付いている。それが市場に出入りする業者のためのものだということを、子どもだった光則はまだ知らなかった。

 あの頃の早田屋の店内はひんやりとした土の匂いがした。昔の八百屋の匂いだ。土の匂いのする店内に、雅恵が練習しているピアノの音が小さく聞こえてきた。店では娘さんの姿は見かけなかった。

「パパ、晩御飯は大丈夫?」

 雅恵の声で我に返った。

「ああ、炊き込みご飯、さっきセットしておいた」

「炊き込みご飯なのぉ? ちょっと、私がパパの炊き込みご飯大好きなの知ってるのに、すぐに食べられない日に限って炊き込みご飯なわけ?」

「えー、でも優希は炊き込みご飯よりマグロ丼のほうが良かったなあ」

 中学生の頃からひとりで食事を作っている。おかげで料理は苦にならない。夜の仕事に出ている母親の帰りはいつも遅かった。朝は前夜に用意してくれた食事をまだ寝ている母親を起こさぬよう気をつけながらひとりで静かに食べた。学校から帰ると夕食を用意し、ひとりで食べる。母親から料理を教わったことはない。面倒な日は納豆だけで済ませたり、卵かけご飯だけの日もあった。

 料理が楽しいと思えるようになったのは最近だ。平日は朝食だけでなく夕食も作る。数年前から梅干やらっきょう、味噌も仕込んだりしている。それまで味噌汁が苦手だった優希が、自家製の味噌ならおかわりしてくれる。妻や娘が喜べんでくれるとさらに力が入いる。マンションのベランダでは風も日差しも強過ぎて野菜が作れないのが残念だった。庭があったら大豆を育ててその大豆で味噌を作りたい。

「味噌汁は優希の好きなナメコと豆腐にするよ」

「やったー」

「いいなあ、ママも、今日、出かけるのやめちゃおうかなぁ」

「うん、そうしなよ」

 優希は雅恵をまっすぐ見つめて言った。

「ごめんね、そういうわけにもいかないのよ」

 雅恵は明るく笑った。

 今年の4月からPTAの役員を引き受けている。近所の工務店の社長が仕切っていた。やることはあまり多くはないのよと雅恵は言っていた。

 今日は近所の居酒屋で先週の運動会の打ち上げだそうだ。学校の先生達も来る。雅恵は聞かない限り特に詳しく話もしない。わざわざ美容院に行っても、この日のために洋服をクリーニングに出しておいても、念入りに鏡に向かって化粧をしていても、首筋に吹きかけた香水が今までに嗅いだことのない匂いでも、雅恵は何も言わない。光則も聞かない。

 昔からそうだった。もうずっと前から雅恵は話さない。光則も聞かない。

「そうだ、今日はあと、コロッケも作るから」

 光則が言った。

「ウソ、ホント? パパのコロッケ大好き」

 優希が手を叩いて喜ぶ。

「コロッケ、思い出すわね」

 雅恵が化粧の手を止めた。

 光則も思い出していた。八百屋からスーパーに変わったばかりのハヤタヤの惣菜売場のコロッケ。雅恵の母親が揚げたコロッケの味と香りは、雅恵ではなく光則が引き継いでいた。

「ママの分も残しておいてね」

 化粧を終えた雅恵が立ち上がった。

 さっきの香水の匂い、甘い柑橘系の匂いが光則の鼻をくすぐる。

「ああ、帰ってきたら食べよう」

 一緒にと思う。

「夜食べると太っちゃうよ、ママ」

 優希が本気か冗談か、そんなことを言う。

「いいのよ、ちょっとぐらい食べても」

 雅恵は笑顔だった。

 体重は昔と比べてどうなのだろうか。若い頃と同じように細い。随分前から体重を聞いていない。いったい雅恵は何キロなのだろう。

 どうせ聞くことはないだろうと思う。妻のことをいつまでも綺麗だと思えるのは幸せなことだ。直接聞かなくてもわかることはある。

 妻の色々なことを、光則は知っている。




 光則が高校に通い始めた頃、雅恵の父親は店の隣の畑を買い取り、そこに今までの倍の規模の店舗を作った。元の店は解体されそこそこの台数が停められる駐車場になった。それが当たった。

 町工場の間を縫うように細々と続けられていた農地が急激に宅地に変わっていた。一戸建てにクルマは必須だ。毎週末はクルマで集まった家族連れで、ちょっとしたお祭りのような賑わいだった。雅恵の父親はまだ店に出ており、コロッケも雅恵の母親が揚げていた。広い駐車場のおかげで遠方からの客もやってくる。隣のビニールハウスもいつの間にか駐車場に変わった。店の裏にあった小さな木造の住居は鉄筋コンクリートの立派な造りに建てかえられた。羽振りの良さは隠しようもない。

 光則がハヤタヤでバイトを始めたのは学費のためだ。体調を崩しがちだった母親の水商売の収入だけでは公立高校の費用も危うい。ハヤタヤではよく惣菜の残り物をもらった。バイト代よりもそちらのほうが有難かったかも知れない。

 成績は悪くなかった。大学進学はだいぶ前に諦めていたから、高校を出てすぐに働くつもりだった。どうしてなのか母親は首を縦に振らない。大学は無理でも専門学校で何か資格をとって欲しい、それが母親の希望だった。

 そう言いながら具体的な話はしない。理由はわかっていた。中学を出てから水商売でしか働いていない母親にとって、資格を取るというのは現実的な話ではなく、漠然とした憧れでしかないのだ。だからこそ、母親の憧れをかなえてやりたい気持ちもあった。

 なんとか学費を貯め、念願の専門学校に進んだ夏、母親は光則を残してあっさり死んだ。深夜に帰ってきて具合が悪いと言って横になって、それっきり起きなかった。母ひとり子ひとりで暮らしてきた。葬式の時に初めて会った母親の叔母さんは、血縁と言うにはあまりにも遠い存在で、親身に声をかけられても、どうやってその言葉を当てにしたらいいのかがわからなかった。

 光則が母親と暮らしていた風呂のついてないアパートの大家は早田屋さんだった。元々は江戸時代に名主だった一族の持ち物だった一帯の土地だ。早田屋さんは随分と借金して土地を買い漁っていると近所の人たちは噂していた。借金があったかどうかはともかく、そのあたりの土地やアパートは、いつの間にか早田屋さんの持ち物になっていた。

 専門学校を卒業するまでアパートの家賃は払わなくていいと言い出したのも早田屋さんだった。背が高く、日焼けして天然パーマ、目はギョロッとしてエラが張った角ばった顔をしいる。雅恵の父親は誰にでも人当たりがいいわけではない。なぜか、信頼できそうな顔をしていた。そして、手がとても大きかった。

「その代わりと言っちゃなんだけどな。バイト続けてもらって、それで、ちゃんと学校卒業したらウチで働くか、どうだ」

 その大きな手を肩に置かれた。

 思わず泣いてしまった。大家さんというよりバイト先の社長だった。要は赤の他人だ。そこまで気にかけてもらうことが嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。涙の理由は感謝の気持ちだけではない。何もできない自分に対する不甲斐なさもあった。

 恥ずかしさや情けなさは飲み込もうと決めた。専門学校に通う自分に何ができるというのか。思いなど飲み込んでしまえば全ては丸くおさまる。泣きながら頭を下げた。その頭を、大きな手でポンと叩かれた。涙がこぼれ落ちた。

 専門学校ではアセンブラ、マシン語といった専門的なものからCOBOLやフォートランまで、徹底的にプログラミングの勉強をした。

 楽しかった。学校で一番出来のいい生徒というわけではなかったが、教官たちには気に入られていた。光則の書いたプログラムはよく他の生徒のための手本として使われた。基本がわかってると褒められた。悪い気はしなかった。

 専門学校には経済的な事情で大学進学を諦めた学生が少なくなかった。大卒には負けたくない。近所の人や親戚に胸を張って勤務先を自慢したい。だからこそ、新聞やテレビで名前を目にしたことのある大手企業への就職に誰もがこだわっていた。

 その中で、光則だけは違っていた。周囲の学生も教官たちも、研究職に近い仕事が向いていると口々に薦めた。今からでも大学に行くべきだ、いや、大学なんか行かずとも研究職の口はある、その気になればいくらでも手はある。そういう道を選ぶべきだ。

 心の奥底で何かが反応していた。母親がいなくなったことで自由になれた部分が無かったと言えば嘘になる。手が届くかも知れない夢物語への憧れと渇望。夢が現実に

なるかも知れない。押し殺した思いが暴れ馬のように跳ねまわっていた。

 その一方で、早田屋さんとの約束も忘れてはいない。あの約束以来、早田屋さんは家賃を受け取っていない。バイト上がりの光則に残り物だと言って手渡される惣菜も、一食分では済まないぐらいの分量だ。いつも素手でそのまま持てないぐらい熱々のものを渡された。残り物ではなく作り立てのものを。どれほどありがたかったことか。スーパーハヤタヤの惣菜売場でアルバイトではなく社員として働いている未来を想像する。同時に、どこかの企業で研究職として端末に向かう未来も想像してみる。どちらもうまく想像できなかった。今の自分とはつながっていない未来。どちらに向かえばいいのか。残された時間は多くなかった。

 卒業を迎える年の正月、早田屋さんから改まった口調で呼び出された。卒業後、本当にスーパーハヤタヤで社員として働くつもりがあるのか。そのあたりどうなんだ。

 気がつくと、頭を下げていた。床に着くぐらい深く頭を下げていた。

 後になって思うと、とっくに気持ちはかたまっていた気がする。それ以外の選択肢は有り得なかった。気がつかないふりをしていただけのことだ。漠然と夢見ていたもうひとつの未来を頭の中から消し去った。憧れていた何もかもが、どこか遠くの思い出のようになっていた。ノスタルジーという言葉は有り得たかもしれない別の未来を想うという意味だったろうか。

 教官たちの多くは意外そうな顔をしながらも就職が決まったことを喜んではくれた。どんな職場であろうが教え子の就職は教官たちの仕事にとってひとつの区切りだ。喜ばないはずがない。

「迷ったな」

 そう声をかけてくれた教官がいた。いつも気にかけてくれていた教官のひとりだ。

「いいか、就職は始まりだ。結果じゃないぞ。これからだ。先は長いぞ」

 人生の変わり目を単なる区切りではなく次への始まりだと思え、そう言われているのが伝わってきた。ただ、なんとか納得したところで、消えてしまった未来への後悔と新しい未来への不安がなくなるわけではない。

 社員として半年、必死で働いた。驚いたことに、入る前に抱いていた不安も後悔も、新しい悩みや期待に丸ごと置き換えられていた。周りからは成長したなと言われた。自分ではよくわからなかった。

「オレの跡継ぎみたいなもんだ」

 社長はそう言って光則の肩を叩いた。

 三年かけて精肉部、惣菜部といった各部署を周り、金銭と労務管理の仕事も一通り経験した。いつからか社内からも取引先からも一目置かれるようになっていた。メーカーや問屋、場合によっては商社からもやってくる有名大学卒業の営業マンに頭を下げられるのは、慣れるまでは不思議な気分だった。慣れてしまえばどうということもない。お互い仕事だ。

 スーパーハヤタヤは変化の時期を迎えていた。社長は長年の懸案だった支店の展開を本気で実現しようとしていた。本店からさほど離れていない畑を候補地に定めた。元々は葉物の野菜を露地で作っていた生産緑地だ。後継者のいない地主は高齢で農作業から引退したがっている。社長に取り次いだのは、最近になってスーパーハヤタヤと取引を始めた都市銀行の若い銀行員だ。

「あそこの爺さんならよく知ってる」

 光則も同席した応接間での打ち合わせで社長は言った。

 銀行員は、不動産会社の支店長という、これもどう見ても20代前半にしか見えない若者を連れてきた。

「若い頃は千葉で暴走族やってたんですよね。今はご覧の通り、真面目にやらせていただいております」

 不動産屋はくだけた口調だった。

 ぼさぼさの髪の毛に太い黒縁のメガネ、プレスが効いていないうえに少し膝の出たスーツを着ている銀行員。髪に油を塗ってなでつけ、いつも原色のカラーシャツの上に派手な柄のネクタイを締めている不動産屋の支店長。タイプが全く違うように見える二人は、不思議なことにツーカーの仲だった、しかも二人とも社長に気に入られていた。全くの偶然ではあったが、二人とも光則と同じ年齢だった。

 緊張感のある商談ではなかった。随分と気軽な感じで進んでいく不動産の買い取り価格を聞いて膝の力が抜けた。コマツナやホウレンソウを作っていた畑にそんな値段がついてしまうとは。気楽な雰囲気だった社長も、さすがにその場で判子を押すことはなかった。

「娘さん、ピアノ弾かれるんですね」

 唐突に不動産屋が言った。

 雅恵の練習するピアノの音が微かに聞こえていた。

「来年は高校受験ですね」

 どうして不動産屋が雅恵のことを知っているのか、それが少しだけ気になった。

 その夜、4人で銀座のクラブに行った。社長は既に銀行員に案内されて何度かこの店に来ていた。見たことのない晴れ晴れとした表情をしている。こういう店に来るのが初めてでガチガチに緊張している光則に対して、まさに水を得た魚のように不思議なほど生き生きとしている不動産屋は、女の子達に愛想を振舞ったり銀行員や雅恵の父親の水割りを作ったりと、まるで自分もこの店の店員か何かのように忙しくしていた。

「ミッチーももっと飲みなよ」

 不動産屋がその場の思いつきで光則のことをミッチーと言い出したはずだったのに、気がつくと店の女の子達もミッチーと呼んでいた。落ち着かなかった。社長の歌声に重なるように陽気にはしゃぐ不動産屋の声が聞こえる。銀行員はいつの間にか女の子と二人きりで話し込んでいた。ミラーボールが回っていた。社長の歌声に女の子たちが合いの手を入れていた。

「大丈夫? 酔っ払っちゃった?」

 声をかけてきたのは確か「明菜でーす」とか言って自己紹介していた女の子だったようなそうでなかったような。何度も水割りをすすめられた。乗せられて何曲か歌った。香水の匂いも点滅する明かりも止まらない話し声も何もかも気にならなくなっていく。

 店の外に出て風に当たるとようやく生き返った気がした。すぐそばの電柱に片手をついた不動産屋が背中を丸めて激しく吐いていた。甘酸っぱい匂いが漂ってきた。

 そのあたりで記憶は途絶えた。

 次の日、生まれて初めて二日酔いで仕事を休んだ。会社に電話すると受話器の向こうで事務員と代わった社長が嬉しそうにこう言った。

「今日はゆっくり休みな」

 ゆっくりかどうかはともかく、夕方まで眠った。それでも頭は痛かった。

 一週間ほど後、前回と同じ面子が揃った応接室で、神妙な、まるで儀式のようなやりとりを経て、社長が契約書に印鑑を押した。不動産屋の仲介で畑の土地は正式にハヤタヤのものとなった。そこにハヤタヤ初の支店を出すための資金は銀行からの融資で調達する。取引を終え緊張が解けた社長が不動産屋に向かって右手でマイクを持つ仕草をしてみせた。

「了解ッス」

 不動産屋はすぐにテーブルの上の電話に手を伸ばした。まだ携帯電話が普及するより前の話だ。

 それから4人で何度も飲みに行った。

 酔うと不動産屋は自分の身の上話をした。

 不動産屋と銀行員は小学校から中学校までずっと同級生だった。中学ではやたらと勉強ができる不良だった不動産屋。目立たない普通の奴だった銀行員。二人とも家は貧しかった。幼稚園には行っていない。夏の盆踊りには欠かさず連れ立って出かけた。中学三年生の時に教師を殴って大問題になった不動産屋を銀行員が必死でかばった。銀行員が都立高校に進み、不動産屋は高校に進まずに近所の工務店で働き始めた。それでも毎年夏には盆踊りに行った。

 銀行員が私大に合格した頃、不動産屋は工務店と付き合いのあった不動産屋に転職した。宅建の資格を取るために一緒に勉強した。水にあっていたのか、不動産屋の仕事は天職に思えた。ヤンキー上がりの勢いのある奴程度の扱いだったが、資格を取ると周りの目が変わった。大きな仕事も回ってきた。社内での株がグンと上がり名刺の肩書きが課長に変わった頃、都市銀行に就職した銀行員が同じ地域の担当になった。

 二人で組んで仕事をする日が来るとは、どちらも思っていなかった。地元の金持ちは悪かった頃の不動産屋のことを覚えていた。地味な子だった銀行員は忘れられていた。二人は嫌われるどころか喜んで仕事を任された。同級生やその親たちも相談に来た。二人とも仕事の成績はうなぎのぼりだった。

 会社が都内に初めて開く支店の立ち上げメンバーとして抜擢された不動産屋は今まで以上に気合を入れていた。それよりも、知らない土地、新しい顔ぶれとの仕事に心が昂ぶっていた。

 支店と言っても駅前の小さな事務所に従業員は支店長と副支店長、自分を含むヒラの営業が3名、金を預かるおばさんが一人とお茶汲みと窓口業務の若い女の子が1名、しかも自分の机があるのは支店長と経理のおばさんだけ、そんな職場だった。

 それまでは知り合いの伝手を頼ってばかりだった。そんなやり方でも先輩の社員達よりよっぽどいい成績を上げていた。だから、先輩達がやっているような当たり前の方法を知らなかった。

「おまえよくそんなんでやってこれたなあ」

 呆れたのは支店長だ。

「よし、俺が教えてやるから黙ってついて来い」

 レクチャーはまず物件の売主となる顧客を徹底的に調べるところからだった。どんな役所に行ってどの窓口でどんな書類を手に入れるか、何を調べるか。売主が顔を出すであろう近所のどんな店に入ってどんな話を聞くか。子どもがいるなら子どものことも徹底的に調べる。学校での評判はどうか。成績はどうか。習い事は、交友関係は。

 役所の書類が簡単に閲覧できることにも驚いたが、それ以上に子どものことを調べるだけで親の金回りまで見えてくることに不動産屋は驚いていた。俺の親も近所でこんな風に見られていたのかもしれない。それまで考えてみたこともなかった。

「いいか、いい取引先とは長く付き合う。そうじゃなきゃ、とっとと見切る。それが基本だ。おまえ、マージャンはやるのか。そうか、やらんのか。いいか、マージャンはこれと似てる。相手の手の内は全部はわからない。場に捨てられた牌や食われた牌、自分の手持ちの牌、とにかく情報は全部集めて相手の手の内を読む。自分が不利なら見切りをつける。自分が有利に運べそうならギリギリまで粘って手を育てる。それが基本だ。麻雀やらん奴に言ってもわからんか。それとも覚えるか。客と麻雀打つと面白えぞ。普段と違う人格見えたりしてな。無鉄砲な奴とか何にも考えてない奴。考え過ぎて自分で自分の首を絞めちまう奴。人生だな、麻雀は。ああ、そうか、麻雀はやらんか。悪いな」

 売主に少しでも危ない匂いを感じたら若干安めでも早めに売買をまとめてしまう。長く付き合える売主のようであれば時間をかけてでもなるべく高めの話をまとめる。それが基本だった。売主についてだけでなく物件そのものの調査についても基本からやり直しだった。いわくつきの物件であれば売主を調べればすぐにわかるが、立地というより地形や地勢そのものに問題があるような物件も少なくない。地図の読み方を徹底的に教わった。住宅地図と様々な縮尺の地形図、売りやすいかそうでないかだけでなく、住宅であれば築後の環境に関わる水はけや風が運ぶほこり、生活環境の中のちょっとした坂や段差の有無、店舗であれば人の流れだけでなく将来の道路事情の可能性まで、現地を見てわかることに加えて地図を読むことで見えてくることも多々あった。

 家や店を建てるために土地を買う人だけでなく、投資先として土地を買う顧客も多い。アパートや貸家の仲介を行うことで周辺の土地の価値が見えてくることも教わった。

「単に寝て食ってだけじゃなくて暮らしてる人がいると色んなことがあんのよ。それが街の風景っつうかな、まあ、そういうことだ。安アパート借りる兄ちゃん姉ちゃん貧乏家族見てたって色んなことがわかんのよ。ボーッとしてたらいかん。せっかくついてんだから頭も使え。ま、その前に足と胃袋だけどな」

 足には自身はあったが胃袋となるとさっぱりだった。支店長は接待の何たるかも教えてくれた。

「飲める奴は飲め。飲めない奴は食え」

 そう言ってニヤリと笑った。

「飲むのも食べるのも苦手な俺みたいな奴ぁ、そうさな、こっそり便所で吐いちまえってな」

 目は笑っていなかった。

 それから不動産屋は支店長が本当に接待の途中で吐いているのを目撃することになる。シャキッとしていたはずの支店長が取引先の乗り込んだタクシーを見送った後に急に泥酔するのにも何度も遭遇した。血の混じった赤いゲロを吐く支店長を介抱しながら送ることも珍しい話ではなかった。

「酒は飲んでも飲まれるな、ってな」

 意識があるのか無いのか、支店長はそんなことを言っていた。そして深い眠りに落ちた。

 接待にも慣れ、長く付き合えるいい顧客もボチボチ確保できるようになってきた頃、銀行員が再び不動産屋と同じ地域の支店に異動してきた。ちょうどいいタイミングだった。また二人で組んで仕事をした。顔見知りのいない土地だったが、もう怖くは無かった。

 そして、支店長が死んだ。2月に入ってすぐの寒い日だった。経理のおばちゃんが早朝に出社すると、支店長が事務所の前で自分のゲロを枕にして倒れていた。既に死んでいた。夜遅くまで飲んでいたのだろうか。傍らにはいつも使っているカバンが転がっていた。死因は凍死だった。

 通夜に顔を出した会社関係は不動産屋と経理のおばちゃんの二人だけだった。奥さんとお子さんとはその席で初めて会った。5年ほど前から別居していたことを聞いた。支店長は独身だとばかり思い込んでいた。

「毎月ちゃんとお金は入れてくれていたんですよ」

 そう言いながらも奥さんは支店長が入っていた保険の死亡給付額が少なかったことをこぼしていた。

「私だってあの人が掛金ケチらずにきちんと用意しておいてくれるか、そうでなきゃあの人の親御さんがちゃんとしていただけるんだったら恥ずかしくないお葬式も出せたんですよ」

 奥さんは会社からの何がしかにも不満をぶつけた。

「お気持ちは感謝しますけど、どうなんでしょうね、これ。労災とかってどうなってるんでしょうか」

 タイムカードは定時に押されていた。会社の人間に接待の予定など伝えていたわけでもない。仕事で飲んでいたことが証明されない限り労災の適用は考えられない、本社の人事部長からはそう聞いた。

「でもおかしいじゃないですか。あの人はストレスが溜まってお酒を飲み過ぎたんです。それなのに会社には何の責任も無いんですか」

「私どもではなんとも。申し訳ありません。私どもはこれで失礼させていただきます」

 経理のおばちゃんがさっさと話を切り上げた。

 その後、支店長の奥さんからは社長あてに何度か電話があった。それも3ヶ月ぐらいでぱったりかかって来なくなった。その後、奥さんがどうしたのか、不動産屋はまったく知らない。

 支店で実際の営業実績を積み重ねていたのは支店長と不動産屋の二人だけだった。不動産屋は社長から直々の指名で支店長に抜擢された。自分がなるものだとばかり思っていた副支店長は事例が発令された日に辞め、テレビでコマーシャルをやっていた競合大手の不動産会社に転職した。副支店長についていくように他の社員たちも辞めていった。本社から副支店長とヒラの補充が二人来た。

 死んだ支店長が言っていたことを何度も思い出した。

「このあたりは工場も多いがまだまだ畑も多い。それも結構な面積だ。ずっと工事をしているあの地下鉄が開業したら、一気に宅地が増える。とは言っても一度に全部売りに出すような地主はいない。売るにしても少しずつだ。だから、いい土地持ちと長く付き合うのが肝心だ。わかるか、土地や建物を買いたい奴は、よっぽど景気が悪くならない限り、探せばなんとかなる。でもな、土地ってのは限りがあるんだ。だから、ちゃんと売り物になる土地をコンスタントに提供してくれる地主ってのは有り難いもんだ。この辺の話、違う考え方の奴もいるから、まあ、俺の考えだと思って聞いておけ。お前は頭がいいからな、もう気がついてると思うが、俺が転々としてるのはその辺のこともあるわけだ。弾が尽きたら河岸を変える。要領がいいんじゃねえ。これが俺のやり方だ」

 新たに支店長になった不動産屋は、死んだ支店長が抱えていた地主達も自分の客として取り込んだ。手放すはずが無かった。

 死んだ支店長との大きな違いがあった。不動産屋は土地をどうしても手放したくない地主には土地を担保にした融資を勧めた。もちろん銀行員と組んで。東京の外れとは言え、これから地下鉄も延びてくるはずの土地は値上がりして当然だと誰もが思っていた時代だ。担保としての価値は跳ね上がっていた。融資を前提に、更なる投資の対象としての土地購入を勧める。地主に土地を買わせるのだ。不動産屋は地方の他の支店から投機の対象となりそうな土地のネタを仕入れ、それを売った。値上がりしたらそれを売ってローンの返済に充てたらいい。誰もがそう信じていた。地主も、銀行員も、不動産屋も。

 他支店の業績に直結する上客を紹介できるようになったことで不動産屋の会社での地位はますますあがった。駅前の小さな支店は近所のビルの1Fに移り、やがて一棟を借りての営業となった。社内での出世競争でも頭ひとつ抜け出した。

 銀行員も、社内での評価を上げていた。

 不動産屋と単に仲のいい友達だったのは小学六年生までだ。中学生の頃、銀行員は不動産屋に引け目を感じていた。同じことをしていても不動産屋がやると光り輝いて見えるのに自分がやると輝きを失ってしまう。頑張っても頑張っても、全然頑張っていない不動産屋が楽々とその壁を越えていく。自分の凡庸さが憎かった。いや、凡庸という言葉では言い足りていない。勉強もスポーツも友達づきあいも何もかも、自分の全てが不動産屋より劣っていることを、学校では笑って認めながらも、心の底では理解することもできなかった。人は生まれながらにして平等なんかじゃない。劣等感という言葉を知ったのは中学二年生の頃だ。その言葉が、自分と不動産屋の間に横たわる全てを言い表しているように思えた。

 学校帰りに寄ったゲームセンターで、高校に進学しないかも知れないという話を聞いた。

「ホラ、お前も知ってっけど、ウチ、貧乏だろ。なんか高校行くより働いて金儲けしようかなって」

 ゲームの画面の中で上から落ちてくる隕石を器用に打ち落としながら中学生だった不動産屋がそう言った。

 中学生だった銀行員はその傍らにただボーッと突っ立っていた。オレは高校に行く。今度こそこいつに勝てる。そんなことはおくびにも出さなかった。中学生だった銀行員は、ふーんと言ったきり何も言わなかった。不動産屋も何も言わなかった。

 不動産屋が教室で数学の教師を殴ったのはそれから一週間後のことだ。

 通報で駆けつけたパトカーをひと目見ようと学校中の生徒が校舎の窓という窓から顔を突き出していた。校長室に連れていかれた不動産屋が二人の警官に挟まれるようにして玄関から姿を現すと、ガヤガヤと騒いでいた生徒が一斉に静まり返った。

 銀行員と不動産屋の3年2組は校舎の3階だった。校門に向かう不動産屋と警官たちの後ろに担任の教師と校長が並んでいた。静かだった。不動産屋の足音が聞こえてきそうなぐらい。

 校門に横づけされたパトカーに乗り込む一瞬、不動産屋が校舎の、銀行員のいる教室を見上げたような気がした。ドアはすぐに閉じられた。校長と担任が警官たちと何か話していた。それが済むと、警官たちはパトカーに乗り込み、サイレンの音を立てずに走り出した。そして、角を曲がって消えた。

 卒業式はどうするんだと、銀行員は何度か不動産屋の家に行って尋ねた。どうすんだろうなと不動産屋は他人事のように言った。

「それからのことは、この前、別の店で話した通り」

 不動産屋はまたグラスを傾けた。もうだいぶ酔っていた。

 話を聞いていたのは光則だけだった。社長は店の女の子の肩を抱き、いつものように気持ちよさげに歌っていた。銀行員も、手相を見ると言って店の女の子の手を握っていた。

「で、みっちゃんはどうよ、けっこう苦労人だって社長から聞いてるよ」

 不動産屋は全部わかってるよと言わんばかりにニヤリと笑ってみせた。

 もしかすると本当に不動産屋は何もかも知っていたのかもしれない。取引先のことを調べたその中に光則も入っていたのかもしれない。

「やっべ、ちょっと外の空気吸ってくっわ」

 そのセリフはもう酒量の限界が来ている合図だった。慌てて店の外に出て行く。最初は驚いた。そのうち慣れた。




 2号店の土地購入を決めてからそろそろ半年が経とうとしていた。

 不動産屋が呼んだタクシーに社長と光則が乗り込んだ。不動産屋が愛想を言いながら見送っていた。社長が光則を乗り越えるように身を乗り出して声をかけた。

「明日、決めるか」

 2号店が出来上がってもいないのに3号店の土地を買う契約の話が動き出した。

 地面につきそうなほど頭を下げた不動産屋が何か言った。アイアアヤンス、と聞こえた。違った。ありがとうございますだった。

 光則が振り返ると、銀行員のお気に入りの女の子を真ん中に、不動産屋と銀行員が万歳しているのが見えた。社長はもう酒臭い息でいびきをかいていた。

「窓、開けていいですか」

 光則がタクシーの運転手に聞いた。

「暑かったですかね、エアコン入れましょうか」

「いや、そうじゃなくて、少し空気を入れたくて」

「ああ。はいはい、どうぞどうぞ」

 窓を開けると、木の芽時特有の生温くて甘みのある香りがほのかに車内に漂ってきた。風は心地よかった。いい気分だった。いつまでも気持ちのよい時間が続きそうな気がした。真っ直ぐな道をタクシーは信号にもひっかからずに進んだ。いつの間にか光則も眠っていた。

 ハヤタヤが上り調子だったのか、それとも時代が上り調子だったのか。今となってみれば何もかもバブルだったことは間違いない。誰も勢いが止まることなど考えてもいなかった。

 雅恵は私立の中ぐらいの成績の高校に進学した。勉強は得意ではなかった。

「制服が可愛いからとか言って選びやがった」

 社長は嬉しそうだった。

 増築した離れは雅恵のピアノレッスン室だった。高校の合格祝いにグランドピアノを買ったと社長が店の女の子に自慢していた。

「スタインウェイ・アンド・サンズってんだ。知ってるか?」

 隣で水割りを作る女の子に社長が嬉しそうに言った。

「えー、あたし、小学校の時ピアノ習ってたけど、そんな名前のピアノ聞いたことないよ。ピアノって言ったらヤマハかカワイでしょ」

 雅恵のピアノは上達しなかった。

「やっぱお嬢さん、音大とかッスかね」

 不動産屋が何を言ってもヨイショをしている口調に聞こえるのはなぜだろう。

「女の子だから音大も悪くないなあ」

「今度お嬢さんのピアノ聞かせてくださいよ」

 不動産屋が言った。

「私も聞いてみたいですねえ」

 お追従が苦手な銀行員も調子を合わせた。

 社長は不思議そうな顔で二人を見ていた。それから、あまり大きくない声で、多分少しだけ不機嫌そうに、こう言った。

「いや、だめだ」




「オレはあいつらのこと、信用してるよ」

 いつもなら酔って寝てしまっているはずの車内で社長は窓の外を見つめていた。

「そうじゃなきゃ金借りてまで店を出したりしない。分かってるとは思うけどな」

「はい」

 余計なことは言わなかった。

「ならいい」

 社長は目を閉じた。




 間もなく、バブルが崩壊した。四店舗目は江戸川区ではなく千葉に出そうという相談をしている最中に、株価が急落した。銀行員は回収のことをうるさく言い出す。不動産屋の営業成績は停滞した。

「さっぱりでさあ」

 不動産屋の愚痴は延々と続いた。

「土地が回らないことには資金も回らないのよ、これが。みっちゃん、わかるかな。そうだ、みっちゃんも土地、買いなよ。投資とかじゃなくってさ、随分下がってきたし、将来のこと考えたら今が買い時ってか。いや、悪い。今はやっぱ買わないほうがいいわ。勧めない」

 呂律が回っていなかった。

「結局さあ、最近は賃貸アパートの斡旋の方が安定してたりすんのよ。そんな小遣い稼ぎ程度の仕事をこのオレ様ができるかって思ってたけど、これだけ土地が売れなくなるとそうも言ってらんないよねえ。地道ってすごいよ」

 話はこのあたりからループする。土地が売れない売れないと言い出した数ヶ月前は笑い飛ばす余裕もあった。今はもう、うんざりした表情で水割りをあおるだけだ。

 雲行きはますます怪しくなっていた。ハヤタヤの借金は膨らんでいた。本業であるスーパーの利益は利息の支払いで消える。支店を畳んで土地を売ろうにも地価が暴落した今となっては売値は二束三文でしかない。身動きが取れなくなりつつあった。運転資金を借りなければいけなくなる日が迫っていたが、誰もがその話題を避けていた。

 ニュースでは貸し渋りという言葉を耳にした。自分達がまさにその言葉の対象となっている。まったくもってうんざりだった。

 当時の多くの企業と同様に、ハヤタヤも最初のうちは地道に売上を伸ばそうとした。投げ込みチラシを増やし配布する地域を広げる。手応えはあっても長続きはしない。赤字覚悟で目玉商品を用意する。それが売れても期待していたついで買いはさほどでもない。売上を維持することすら日に日に難しくなっていく。

 経費削減を呼びかける。コピー用紙の裏紙を使い蛍光灯をこまめに消しエアコンの設定温度を変え従業員トイレの紙の長さや水を流す回数まで気にする。業者に頼んでいた消毒や清掃を従業員がやるようにした。節約できたコストは微々たるものでしかなかった。陳列を見直し在庫を減らす。生鮮品や加工食品の仕入先を見直す。どうやっても追いつかない。

 頭数を減らすしか無かった。もっと早く決断すべきだった。

 残った従業員の負担は増えた。勢い、接客が雑になる。並べられた商品の質も明らかに落ちている。客足が遠のいていく。悪い循環だった。

 その全てが驚くほど短い期間の出来事だった。単月での赤字が目立ち始め、気がつくと黒字の月のほうが少なくなっていた。

 当座をしのぐための運転資金が必要だ。短期の融資を了解しない銀行員に業を煮やした社長は、もっと手軽に、ただし高利で貸してくれるサラ金に接触した。どこからその話を聞きつけたのか、銀行員が顔を真っ赤にして乗り込んできた。

「誰のおかげで商売できてると思ってるんだ」

 銀行員がそう言ったのを確かに聞いた。

 ソファから立ち上がり銀行員の前で頭を下げた社長は、大きく開けた目で地面を見つめていた。光則が一度も見たことのない表情をしていた。

 銀行員が工面したつなぎ融資のおかげでひとまずは事なきを得たが、緊迫した局面が再度やって来るのは予想できた。

 不動産屋が、久しぶりに大きな取引がまとまったんでおごりです、と言って光則と社長を連れ出した例のスナックには仏頂面の銀行員が待っていた。

「つうかさ、こうなったら、もうみんな運命共同体ってことじゃね」

 不動産屋が無理に場を盛り上げようとした。

 社長はもう歌わなかった。銀行員のお気に入りだった女の子は、もう少し景気のいいどこか別の店に移っていた。出される水割りも心なしか薄くなっていたのだろうか、いつもなら途中で必ず外に出て吐いていた不動産屋も最後までけだるそうに店内で話し続けていた。

 何を話したかはよく覚えていない。

 四人で飲んだのはそれが最後になった。




 社長は個人の資産に手を付け始めていた。奥さんが買い物の足代わりに使っていた軽自動車一台を残し、他の車は売り払った。社長の家から壷や絵画が運び出された時は、いつの間にそんなものを買っていたのかと驚かされた。ある日、庭にあったはずの松が大きな穴を残して消えていた。あの松はいくらになったのだろうか。

 楽器輸送の専門業者のトラックが家に横付けされグランドピアノが運びだされた。家の離れから雅恵のへたくそなピアノが聞こえてくることはなくなった。

 目標を失ってしまったのかそれとも自棄になってしまったのか。まだ高校生の雅恵が夜になってから派手な格好で家を出て行く姿を、光則は何度も見かけた。

 ハヤタヤをなんとかしたかった。なんとかしてスーパーハヤタヤを立て直したかった。気持ちだけが空回りする。実際には、光則も他の従業員と同様、目の前の仕事を片付ける以上のことは何もできずにいた。

 数ヵ月後、社長は自宅の敷地の半分以上を占めていた庭の部分の土地を売った。社長が家を全部売り払うのではという噂も出ていた。

 社長の奥さん、雅恵の母親が台所の床に倒れているのを見つけたのは深夜を回って家に帰ってきた雅恵だ。会社にかけてきた電話を光則が受けた。何を言っているのかよくわからなかった。社長に電話を回した。社長は、事務所にいた全員が思わずそちらを見てしまうほどの大声を出した後、言葉を失った。

 救急車が到着するのと社長が家に戻るのがほぼ同じぐらいのタイミングだった。まだ息はあったと、後で社長は言っていた。

 病院に向かう救急車の車内で呼吸は止まった。脳溢血だった。

 社長は病院で全ての涙を流し尽くしてしまったのだろうか、ただただ呆然としていた。一方の雅恵は幾ら泣いても涙が枯れることが無いかのようにひたすら泣き続けていた。二人とも光則が用意した食事も満足にとることができないほど憔悴していた。

 何も出来ない二人に代わって葬儀の手配も光則が進めた。親戚を呼ぼうにも、どこの誰に連絡すればいいのか、社長に聞いても雅恵に聞いても埒が明かない。リストラで早期退職した総務部長ならこういうことは得意だったはずだが、光則が電話しても元部長は鼻で笑って手伝ってはくれなかった。なんとか社員にだけは声をかけ、新聞に死亡広告も打った。親戚筋からの連絡はなかった。

 火葬場に向かう霊柩車の中で、まだ泣き続けていた雅恵が突然静かになったかと思ったらそのまま前のめりに倒れた。意識を失っていた。口から吐いた胃液がひどくキツイ匂いを立てた。

 火葬場の一角の畳部屋で光則が雅恵を見守っている間、社長が一人で奥さんの火葬に立ち会った。

 意識を取り戻した雅恵は、だるそうに横になったまま目を開けていた。光則のことは見ていなかった。そのまま待っているよう声をかけてから部屋の外に出て自動販売機を探した。やっと見つけた自動販売機に100円玉を入れ、落ちてきた缶を取り出す。振り向くと、火葬場の高い煙突の先から白い煙が上がっているのが見えた。

 放心した表情でスポーツドリンクを一口飲んだ雅恵の目から、また涙があふれ出てきた。力が抜け倒れそうになった肩を両手で支えた。顔をうなだれ嗚咽を上げた雅恵が身体を預けるようにもたれかかってきた。そのまましばらく、なんとなく光則の両腕で抱きかかえられるような感じのまま泣き続けた。

 骨壷を抱えた社長と焦点の定まらない目付きでまだ泣き続ける雅恵を家に連れて帰るのはやっとのことだった。仕事場に寄って今日の葬儀に来れなかった従業員達に簡単な報告をする。それから狭いアパートに帰る。ワイシャツのまま敷きっ放しの布団に横たわり、長い一日がやっと終わったと思った時、不動産屋たちと通っていたスナックから電話がかかってきた。

「あんたんとこの社長さんでしょ。困ってんのよ」

 以前は随分と愛想が良かったはずのママさんの口調はつっけんどんという言葉そのものだった。

 急いで店に向かった。ソファで社長が大きないびきをかいて寝ていた。

「散々水割りあおってから財布にカードが無いって大騒ぎしてるうちに急に寝ちゃってさあ。いびきかいてるから危ないのかと思ってひやひやよ。なんでもいいから早く連れて帰ってくんない?」

 声をかけると社長はゆっくりと焦点の定まらない目を開いた。

「帰りましょう」

「すまんな」

 かすれた声で社長が言った。

 一人で歩けないほど酔っていた。ふらつく社長を抱えるように支え、店の女の子に手伝ってもらいながら、やっとの思いでタクシーに乗せた。

 手伝ってくれたのは銀行員がお気に入りだった女の子だった。

「あれ?」

 別の店に行ったんじゃなかったっけと言おうとして言えなかった。

「そう」

 女の子は光則の言いたかったことを察していた。

「戻ってきたわけじゃなくて、向こうのお店も景気悪くって。こっちのお店もたまにヘルプでね」

 言い訳でもしているような口調だった。

「あのヒトには言わないでね」

 そのひと言で全てがわかったような気がした。

 夕日の残りが街を包む時間帯だった。立ち並ぶ店の看板は既に煌々と光り輝いている。景気が良かった頃と比べると随分と減ってしまった路上駐車の向こう側、歩道にはそれでも人が溢れている。不景気は本当のことなのだろうか。目の前の光景だけを見ていると実感はまったく湧いてこない。

 車内には社長のいびきだけが響いていた。

 今日一日が夢のように思えた。いや、ここしばらくの出来事が全て夢だったような気すらしていた。会社の借金のことも社長の奥さんのことも何もかも夢だったのだ。昔と同じようにあの店で飲み、酔っ払って帰るところなのだ。きっとそうだ。

 タクシーは渋滞に捕まってまったく進まなかった。派手な赤い看板からの光が社長の顔を照らす。涙を流しているわけでもないのに濡れているかのようだ。

 社長はどんな夢を見ているのだろうか。

 タクシーが時折ゆっくり進む。そろそろ駅前の一番混雑するあたりを抜けられるだろう。そうすればようやく帰ることができる。

 左斜め前方、若い女が店から出てきた。

 そんなはずはないと光則は思った。見間違いとかそういうことでもなく、そんなことを考える自分がおかしい、そう光則は思った。

 隣の社長を見た。それからもう一度、路上の若い女の姿を目で追う。

 雅恵のはずはない。

 若い女はふらついてた。酔っているのだろう。

 タクシーが少し進む。

 派手な、男ウケのしそうな服装だ。すぐそこ、手を伸ばせば届きそうなところで、大口を開けて笑っていた。唇は赤く塗られていた。

 遅れて店の中から出てきた男が飛びつくように抱きついた。

 銀行員のはずはない。銀行員であるはずがない。

 二人は楽しそうに笑っていた。男が肩を抱いた。

 どうして雅恵がここにいるのか。

 信号が変わる。どこかでクラクションが鳴った。クルマの列がのろのろと流れ出す。

 振り向いて男女の姿を追った。すぐに小さくなり、見えなくなった。

 思い出したかのように社長のいびきが聞こえてきた。

 翌日、あれほど追加の融資を渋っていた銀行員がなんとかなるよう上にかけあってみると言い出した。二日酔いで休んだ社長の代わりに光則が電話を受けた。

「社長の奥さんは本当に残念だったけど、運転資金のことはボクのほうでなんとかしますからって社長に伝えておいてよ。よろしく」

 どうして銀行員の声がそんなに明るいのか。

 昨日の夜はどこにいた、それを聞くことはできなかった。昨夜見かけたあの人影は本当に雅恵と銀行員だったのか。今日、銀行員が融資のことで電話をかけてきたのは偶然だと言うのだろうか。雅恵は、何をしたのだろうか。

 余計なことは言わなかった。何もかも飲み込んだ。

「ありがとうございます」

 受話器を握り締めたままその無効にいるはずの銀行員に何度も頭を下げた。




 あの夜のことを雅恵に聞こうと思ったこともない。聞いてしまえば何かがわかるかもしれない。わかりたくはなかった。雅恵は何かを守ろうとしていたに違いない。父親までも失いたくなかったに違いない。そうに決まっている。




 銀行員が手配してくれた融資は、支店を閉店し業務を本店に集中するために使われた。店を閉めるにも金はかかる。僅かながらではあったが閉店による退職者への退職金も上乗せすることができた。

 銀行員はさらに大手のスーパーとの合併の話も持ってきた。実質的には吸収だ。社長の手からハヤタヤは離れてしまうがハヤタヤは救われる。社長の財産もなんとかなる。抵当に入れていた家屋敷も失わずに済む。そう力説する銀行員の話を断るだけの余裕は、ハヤタヤにも社長にも残っていなかった。

 その年の暮れ、多分ハヤタヤで最後になるであろう賞与が支給できることになった。2年ぶりの賞与だった。

 銀行振り込みではなく手渡しにこだわったのは光則だった。奥さんの葬儀の後の魂が抜けてしまったような社長を光則は支え続けた。まだハヤタヤが小さかった頃のように、社長から従業員一人ひとりに手渡してもらいたい、そう言って社長を説得した。

「ありがとな」

 賞与とは別に用意した金一封の一万円札を封筒に入れながら、社長はそう言った。

「とんでもないですよ」

 一緒に作業をしていた光則がそう答えた。

 社員の数だけ封筒を入れた段ボールは、ずっしりと重く感じられた。社長も重さを確かめるように段ボール箱を持ち上げた。

 社長室のやたらと大きな金庫に段ボール箱をしまい、部屋の電気を落とした。

 吸収合併の話は従業員には説明してあった。ホッとしている人間がほとんどだったはずだ。社内の空気が明るくなったのは間違いない。見えなくなっていた希望がまた見えてきた。そんな気分が満ちていた。けれど、このささやかな金一封を受け取ったらすぐに辞める人間もいるだろう。沈みかけた泥舟から逃げ出す者を責める気持ちは社長にも光則にもなかった。

 その夜、アパートに帰ると玄関の前に不動産屋が立っていた。

「よう」

 ここ最近まったく会っていなかったのに、そんなことはおくびにも出さなかった。着ているスーツが薄汚れていることはすぐにわかった。

「泊めてくんね?」

 愛嬌のあるいい笑顔だった。

 アパートの前までタクシーで送ってもらったことは何度かあるが、部屋にあげた事は一度もなかった。母親と一緒に暮らしていた古いアパートで一人で暮らし続けていた。アパートの大家も、いつの間にか社長ではなく、最近になって近所に進出してきた大手の不動産会社に変わっていた。

「悪いね」

 不動産屋は手ぶらだった。靴下には穴が開いていた。そして、ものすごく匂った。

「あ、悪い、気になる? 今日、靴下取り替えてなくてさ。ちょっと足だけ洗わせてもらってもいいかな」

「うち、風呂ないですよ」

「あ、そうなんだ。いつもはどうしてんの? 銭湯?」

「そうです」

「銭湯かあ。そう言われてみると銭湯なんてガキの頃以来だなあ。気持ち良さそうだなあ」

「いや、まあ自分はずっとそうなんで別に」

「そうだ、どう? 銭湯、これから?」

「え、一緒に?」

「そうだよぉ、いいじゃん、裸の付き合い。あれ、なんだったっけ、そうそう、フルーツ牛乳っての? あれ、子どもの頃、飲んだことあるよ。いいねえ、銭湯。どう?」

「いや、別にどうせ寝る前に行こうと思ってたから、それでもいいですよ」

 誰かと一緒に銭湯に行くのなんて初めてのことだ。

「よし、じゃ、そうしよう。うん。そうしよう。タオルとかどうすんの? サウナみたいに借りられたっけ?」

「いや、持ってかないとダメですね。今すぐ行きますか? それならすぐに出しますよ」

「うんうん、そりゃいいね。悪いね」

 支度にさほど時間はかからなかった。手ぬぐいとタオルは新品をおろした。洗面器はどうしようかと思って母親が使っていた洗面器を手に取った。が、元の場所に戻した。

「着替えとか、貸しましょうか」

「悪いね」

 子どもの頃から通っていた近所の銭湯は最近になって廃業した。風呂なしのアパートがほとんどなくなってしまった影響だ。

「そういや、そうだな。最近は風呂なし物件はほとんど出回らないよ。いや、ウチの会社よりもっと安い物件扱ってる会社ならまだ扱ってるけどね。若いもん向けのワンルームのアパートでもユニットバス付きが人気なんだよね。家族で風呂なし? 考えられないね」

 その考えられないところで二十五年も暮らしている。光則は苦笑した。不動産屋が嫌味で言っているわけではないことはよくわかっていたから腹も立たなかった。いつもこんな感じだ。久しぶりに会ったから勝手が違うのかと思ったらそんなことはない。不動産屋は不動産屋だった。なぜか安心できた。

「悪い、財布、忘れてきてさ。悪いけど、銭湯代、頼めっかな。すぐ返すから」

 思っていた通りだった。まとめて二人分を払うと、不動産屋は安心した表情で笑った。

 よく泡立たせた石鹸で身体を綺麗に洗ってから広い湯船で手足を伸ばすと生き返った心地がする。不動産屋は天にも昇るような心持ちといった表情で頭を浴槽の縁に乗せ、脱力しきっていた。

「みっちゃん、銭湯最高だな。ああ、もっと早く来ればよかったよ」

 不動産屋のその言葉を聞いて光則は柄にもなくニヤリと笑ってしまった。

 消毒用の塩素の匂いのするお湯に吹き込まれた空気の泡で自分の中の汚れきった何もかもが洗い流される。日中の仕事と気苦労で疲れ果てた身も心も、タイル張りの湯船の中でゆっくりと溶け出していく。確かに至福の瞬間だ。一日の終わりにこんな至福の瞬間があるからこそ毎日ようやく生き延びていられる。なんとかかんとかやっていける。

「まさに極楽だな」

 不動産屋の声が高い天井に当たって帰ってきた。てらいも悪気も、何も含まれていなかった。

 風呂上り、竹の長椅子に座ってぼーっと扇風機に向かっている不動産屋にフルーツ牛乳を渡した。

「ウホッ、これこれ」

 銭湯でフルーツ牛乳を飲むのは光則にとっても久しぶりだった。のど越しが気持ちよかった。

「あー、フルーツぎゅうぎゅう最高だな。あれ、オレ今、ぎゅうぎゅうって言った? なんだよ、ぎゅうぎゅうって。ぎゅうぎゅうじゃねえよ、牛乳だよ。なあ」

 鼻からフルーツ牛乳を噴出しそうになるのを必死で我慢した。なぜだかとても心地よかった。

 帰り道、少し回り道をして酒屋の自動販売機でビールを買った。

「いやあ、フルーツ牛乳もうまいけど、やっぱビールだな」

 不動産屋は本当にうまそうにビールを飲み干した。

 卵とトマトで適当に作ったオムレツを出すと不動産屋は嬉しそうに箸を伸ばした。

「あ、もしかして、ご飯もいりますか?」

「ああ、ご飯、いいねえ。いただきたい、是非」

 出された白いご飯と漬物を、不動産屋はあっという間に食べ終えた。

「悪いね、おかわり貰える?」

 詳しい事情はわからなかったが、もう何日かまともに食べていなかったのではないか、いや、家にも帰っていないのだろう。さほど意外にも思えなかった。

「漬物、サイコッ! ああ、お茶もらえる? お茶漬けでもう一杯いけるわ、オレ」

 明日の朝ごはんの分までと思って炊いておいた三合が、あっという間に空になった。

「鱈腹だな。鱈腹って、鱈の腹って書くじゃん、たくさん食うと腹が鱈の腹みたいに丸くなるからって知ってた? あ、そう。やっぱ知ってるか。でも、スーパーで鱈は切り身じゃないの? ああ、そうか、鮮魚部、鮮魚部ね」

 ビールをちびちびと飲みながら色んな話をした。した、というより、一方的に不動産屋が話し続けていた。

 十二時はもうとっくに過ぎていた。いつもならそろそろ寝る頃だ。朝はいつも六時には起きている。

 今日はまだ眠れなかった。不動産屋に聞きたい話がないわけじゃない。あの夜のこと。社長の奥さんの葬式の夜、雅恵は何をしていたのか。いや、あそこにいたのは本当に雅恵だったのか。見たことのない服を着て化粧をしていた。いつもは幼く見える雅恵が、あの日はそうではなかった。女の表情をして笑っていた。いや、笑い声はタクシーの中までは聞こえなかった。声が聞こえたような気がしたのはどうしてなのか。声が、とても遠く感じられたのはどうしてなのだろうか。

 不動産屋に聞いてもしょうがないような気もした。むしろ、秘密を知られてしまうような、そんな気もした。いや、無理して聞いて不動産屋が知っていたらと、それも考えたくなかった。もしかすると、思っていた以上の事を聞いてしまうかもしれない。どうして怖いのかわからない。けれど、足がすくむほど怖かった。

 それでも我慢できなかった。聞かずにはいられなかった。

「ああ」

 不動産屋は目を閉じ、何かを思い出そうかとするように少し上を向いた。思い出そうとしているのではなく迷っていたのかもしれない。

 言葉がもどかしかった。胸の内側がざわつき、座った姿勢のまま沈みこんでいってしまうような、そんな錯覚に襲われる。

 話してくれ。あれは雅恵じゃなかったと、そう言ってくれ。いや、知らないとそう言ってくれたらそれでいい。それなら、こんなことを話してしまった自分の迂闊さをを後悔するだけで済む。

「彼女、初めてだったってな。聞いたよ。あいつ、ずっと狙ってたんだぜ。でも鼻にもひっかけられてなかったのに、あの日は向こうから電話があったってさ。ほら、店の女の子にふられたばっかだったし、大喜びで出かけてったってわけよ。いやあ、正直、オレも狙ってたけど、先越されたぜ」

 不動産屋は笑っていた。飲み屋で景気のいい与太話をしている時と同じように、何もかも面白おかしい話にしないと気が済まないかのように。

 何をどう思ってそうなったのかなんて誰も気にしていない。思いは誰にも伝わらない。色んなことが詰まっていたはずの誰かの人生が、一瞬の笑い話で済まされてしまう。それが雅恵であって欲しくはなかった。母親の葬式の日に泣き崩れていたあの雅恵の人生が、ヨッパライの与太話のネタであって欲しくはなかった。

 不動産屋がやっと話を終えた。

「な、おかしいだろ?」

 不動産屋は楽しそうだった。

 声を出さずに笑い、まるで今まで不動産屋が話していたことを全部面白おかしく堪能したかのようなふりをした。肺の中の空気が空っぽになって押し潰されてしまいそうだった。黙っているとそのうち震え出してしまうに違いない。それを隠そうとして布団に勢いよく倒れこんだ。手足を広げて大の字になる。背中からこみあげた悲しさが胃の辺りで寂しさと心細さに変わる。不動産屋から顔を背けるように身体を横に倒し、手足を縮めて丸くなる。こめかみから布団を突き抜けて地球の中心へと落ちていく。有り得ないはずなのに、そんな気がした。

「オレさあ」

 不動産屋がまた話し始めた。

「こんなこと言っていいのかどうかわからないんだよね。でもいいか悪いかじゃなくてさ、なんつか、もう、言いたいのよ。だから勝手に喋るんだけど、実はオレ、会社の金、使い込んでたんだよね。ちゅうかオレ的にはさあ、いつか話した昔の上司、あの人に教わったことその通りにやってただけのつもりなんだけど、まあ最初っからまずいんじゃねえのって気はあったんだけど、やっぱダメだったちゅうかなんちゅうかね、まあそういうことでさ。要は取引先と飲み食いなんてしてなかったんだよね、死んじゃったあの上司。オレは違うよぉ。オレはいちおう、ほら、一緒に飲みに行ったりしたじゃん。あれあれ。ああいうのはちゃんと会社に回してたよ。自腹じゃないよ、当たり前じゃん。前の上司みたいに全部自分のために使ってたわけじゃないよ。仕事だよ、仕事。飲むのも仕事。そりゃよくわかってるでしょ。でもさあ、昔の上司は違ったんだよね。あの人は飲むのも一人。たまにオレのこと誘ってくれたけど、それも当然の如く領収書もらってた。で、オレと飲まない時は全部一人。知ってたよ、オレは。飲み屋で無地の領収書、沢山もらってた。それにちまちま書き込んでたなあ。何すんだろと思ってたけど、養育費だったみたい。子ども二人、高校受験と大学受験だってさ。子どもいると大変だね、やっぱ。そんなの皆やってるよね。いや、やらない奴も世の中にはいるよ。でもやってる奴も沢山いる。いや、やってる奴の方が多いと思う。そりゃそうだよ。そういうのでもなきゃやってらんないこともある。でさあ、あの人、それだけじゃなかったんだよね。架空の顧客作ってたんだよね、それもけっこう沢山。それに対して発生する費用っていうのはどうしても発生するわけよ。辻褄合わなくなるとまずいからあれだけど、その辺は経理のおばちゃんも巻き込んでうまいことやってた。いつだったかな。もう忘れた。ていうか忘れたってことにしておいてよ。それまでも薄々気がついてたんだよね。オレ、勘は悪くないっていうか、そういうことには鼻が利くっていうか、自分で言うのもなんだけど、そういうとこあんだよね。急に全部教えてくれた。普通に仕事してたら、今日どうだって言われて、別に彼女がいるわけでもないし用なんてないから誘われたら断らないんだけどさ。いつも行ってる近所の安い居酒屋かな、それとも焼き鳥屋か、とか思ってたら、急にタクシー乗ってさ、どこ行くんすかって聞いたら銀座って。銀座だよ、銀座。なんかでも銀座の真ん中抜けてくんだよね。ほとんど新橋じゃんってとこでタクシー降りて雑居ビルの狭いエレベーターで上がって。クラブって言うの? なんか錦糸町のスナックのほうがキレイなんじゃないのってぐらい狭くて汚い店。ママもおばさん。ヘルプの女の子、つうか女の子じゃなくてヘルプもおばさん。なんじゃこりゃって思ったけど、上司、見たことないぐらいくつろいでんのよ。なんかピンと来たんだ。そりゃ上司だって離婚してもう何年も経つわけじゃない、ははーん、これはどうやら上司の愛人ってことなんだねってね。よくよく考えたら離婚して独身なんだから愛人じゃないよね。でもなんか彼女って感じでもないんだよなあ。ほら、錦糸町の店のママ、あっちのほうがまだましだよ。あれよりだいぶ下。で、思ったとおりだった。一緒に住んでるって聞いて驚いたよ。おばさんの家に上司が転がり込んだんだけどさ。それが原因で前の奥さんと別れたのかって納得してたら、今おまえオレがこれが原因で女房と別れたとか思ってるだろって言われて図星だったんで驚いたよ。でも実際はそうじゃないって。別れてだいぶ経ってからのことだって言ってた。ま、それもどこまで本当かはわからないんだけどね。別に二人とももう結婚とかはどうでもいいみたいなんだけど、なんか生計が一緒になっちゃってるみたいで、どうやらその店の運転資金も上司が何とかしてたみたいなんだよ。大変だよ、中学生と高校生の養育費と銀座のスナックの運転資金。普通に働いてたら追いつかないって。上司はマージャン得意だったんだけどさ、会社の金動かすのはマージャンと比べたら簡単だって、そう言ってたよ。そんなこと初めて聞いた時はやっぱびびったね。なんか飲み屋の領収書ごまかすのとわけが違うじゃん、やっぱ。でも、金額の多い少ないなんて所詮は気分の問題で、やってることは一緒だって、そうはっきり言ってた。悪いことやってるって自覚はあったみたい。ただ、別にもうどうでもいいじゃねえかって感じ。その銀座の小汚いクラブでさ、なんかやたら酒だけはいい酒みたいで。ブランデーって言ってもかなりいいのみたいなんだよなあ。この酒は普段飲んでる安酒みたいにカパカパ飲むなよって言われて。手の平で抱えるみたいなでっかいグラスにちょこっと注いでまず匂いを嗅ぐんだけど、あんまり勢い込んで吸うとウッと来るけど、落ち着いて鼻を近づけるとこれがなんていうか確かにいいにおいなんだなあ。それ飲みながら上司は葉巻。葉巻吸ってる人なんて初めて見たよ。驚いたね。カポネかよ。で、それがまたいいにおいなんだ。オレの吸ってるタバコを臭いから消せって言って一本くれたのは自分で吸ってるのとは別の奴。普通のタバコぐらいの細身の奴。シガリロって言うんだそうだ。それをくれた。火を付けたらタバコみたいに吸うんじゃなくてくゆらすんだって言われてもよくわかんねえよ。すぐに消したらニヤニヤしながらまたライターの火を近付けてくれた。それがうまくくゆらせられたらもう一本やるよってな。ブランデー飲んで葉巻くゆらせて、話してるのは会社の金のちょろまかし方ってことなんだよな。いつもと違って生き生きしてんだよ、上司が。居酒屋のつまみみたいなのはなくてチョコレートとジェリービーンズっての? なんかぬちゃっとした甘い奴。甘いもん食って酒飲んでうまいはずがないんじゃないかと思ったらこれがブランデーと合うんだ。最高。なんか不思議な夜だった。終電が無くなってからもその店で飲んだ。さすがに腹減ったなと思ったら夜食にって言ってステーキ。なんか鉄板に乗ったステーキってあるじゃん、あれが出てきた。夜中に肉かよって思ったけど、それもうまかった。後になって考えてみると、あのブランデーも葉巻も肉も、全部上司が使い込んだ金だったんだよな。そうなんだよ。なんか優雅に見えたんだ、上司の生き方っつうかな。オレも元々ヤンキーだし、やっぱ楽して稼ぎたいって気はあんのよ。もうこればっかりはしょうがないでしょ。オレ、今日はオマエんトコのスーパーのボーナス、あの、手渡しで渡すって奴? 銀行員から聞いたんだよね、手渡しだって。それって現金事務所にあるってことじゃん。それさ、なんかオレのモノにできないかなって思って、それでさっきオマエんトコのスーパーに行ったんだよね。でもシャッターの鍵開けらんなくてさ。よくあんじゃん、テレビとかでヘアピン使って鍵開けんの。できっかなと思ったけど無理だった。無理だよ、あんなの。で、鍵壊そうかと思ったんだけど壊れないねえ、鍵。まいったよ。夜中だし、大きな音立てるのもまずいっつうか段々気持ちばっか焦っちゃってさあ。なんかもうそうなっちゃうとダメだね、人間って。弱いよ、ホント。道具とかも用意してないからそこらにあった石とか使っちゃったりして、いや、冷静になって考えてみるとバカだよ、バカ。やってる最中はそんなこと思わないんだなあ。不思議だよ、ホント。でね、オレ、こうなったらオマエんトコ来て脅かして何とかしようとかそんなこと考えたんだけど、やっぱ無理だわ。無理。なんかオマエいい奴だよ。ありがとな。あれ、もう寝た?」

 光則は返事をしなかった。

「うんうん、わかった。オレも寝る。寝るよ。あんがとな。あ、でもその前に金貸してくんない? いやちょっとだけ、二千円ぐらい」

 光則は無言で起き上がり、ポケットに入れっぱなしだった財布から千円札を二枚取り出し手渡した。

「おー、助かる助かる。感謝感謝。ま、なんとなく気がついてると思うけど、会社にばれちゃってさ、もう二週間ぐらい家に帰ってないんだよね。一回帰ろうかと思ったら家の前で明らかにヤクザが張ってんのよ。あれはないわ。マジ殺されるかも。わかんないけど。あ、ごめん、こんな話どうでもいいか。眠いよね。うん。じゃ、オレも、もう寝るわ」

 どこまで本当なのか。信じていいものか。金を使い込んでこれからどうするというのか。何もかもが胡散臭く思えた。不動産屋は自分を脅してでも賞与のあの金を奪おうとしているというのか。もしかしたら殺すつもりだったのか。

 なぜか怖ろしくはなかった。そしてもう一度、雅恵のことを考えた。あの夜、あそこにいたのは本当に雅恵だったのだろうか。不動産屋の話を信じるのか信じないのか。

 目を覚ますと不動産屋はいなかった。

 店のシャッターに残された痕跡は昨夜の話が嘘ではなかったことの証だった。通報しましょうかと聞く光則に、社長は、何も盗られてないからいいだろと答えた。

 社長は何かを知っていたのか。光則はその考えを払いのけた。警察を呼んでも面倒なことになるだけだ。それで自分を納得させた。

 数日後、横領の容疑で不動産屋が捕まった。荒川にかかる橋の上でぼんやりと川の流れを眺めている姿を不審に思った警官に尋問されその場で逮捕されたということだ。誰から聞いたかは忘れた。

 あの夜の後、不動産屋の溺死体が見つかる夢を見た。不動産屋が生きていたと知って安心したことだけは、はっきりと覚えている。

「あいつはバカだな」

 銀行員は不動産屋のことを口にしなくなった。

 大手の傘下に入ったハヤタヤに社長と光則の居場所はなかった。社長はゴルフ三昧で会社には出てこなくなった。光則は買ったパソコンでプログラミングに熱中していた。業務システム開発の仕事に転職しようと決めた。

 退職のあいさつのために久しぶりに社長の自宅を訪ねた。事前に伝えていたにも関わらず、社長はゴルフで不在だった。代わりに雅恵が出てきた。高校を卒業したら銀行員と結婚するという噂だった。

「最近は毎日ゴルフなの。昔からやってみたかったって。全然そんな暇なくてできなかったって言ってた。うまくはないみたいだけど、面白いって。村田さんのことも今度誘おうかなって言ってたよ。村田さんは大事な友達だって。年は離れてるけど、大事な友達だって。オレはこっちに出てからずっと夫婦二人でやってきて、村田さんが初めてできた友達だって言ってたよ」

「そうですか」

 うまく言葉が出てこなかった。

 友達という言葉が嬉しかった。いや、気恥ずかしかった。光則も友達などいなかった。ずっと母親と二人、それからはずっと一人、一人で生きていると思っていた。

「なんか、ありがとうございます。社長にも」

 もうちょっと気の利いたことが言いたかった。

「私こそ、本当にありがとう。ありがとうございます。色々あったけど、本当に色んなことで村田さんに助けてもらってたけど、パパのこととか、ママのこととか、昔からずっと、村田さんには頼りきってたと思うけど、今まで何にも感謝できなくて、ずっと感謝しなきゃいけないって思ってて、本当にありがとうございます」

 雅恵は泣いていた。

「私たち家族のこと、ずっと支えてくれて本当にありがとうございました」

 雅恵が立ち上がって頭を下げた。深く頭を下げたまま泣き続けた。涙が床に落ちた。

 光則も泣いていたかもしれない。よく覚えていない。

 子どもの頃から住んだアパートを引き払った。相談に行った専門学校の教官が出版社の物流を扱う小さな倉庫会社のシステム開発の仕事を紹介してくれた。気にかけてくれていたのは社長だけではなかった。ずっと、一人で生きていたわけではなかった。生き方を変えようと思って初めてそれを知った。

 数年後、ゴルフ場で倒れた社長はそのまま息を引き取った。陽に焼けた妙に血色のいい死に顔を見ながら、雅恵が言っていた年の離れた友達という言葉を思い出した。その通りだ。光則にとっても、社長は親代わりというより、不思議なほど気の会う友達のような存在だった。もっと一緒にいられたらよかったのに。もっと色々話をしてもよかったのに。

 社長が学費を出してくれていた理由は聞いたことがない。水商売の母親と、もしかしたら何らかの関係があったのかもしれない。けれど、あとになって思うのは、社長は単に光則と友達になりたかっただけなのではないかということだ。田舎から出てきて友達もいない土地で夫婦で店を切り盛りして、それだけでは物足りなかったのかもしれない。

 今となってはそれももうわからない。わかったところでどうなるということでもない。

 母親の時とは違い、落ち着いて葬儀の段取りを仕切る雅恵がいた。雅恵の傍らに銀行員の姿はなかった。とっくに別れたそうだ。

 いつか聞くことができるのだろうか。あの夜、何を守ろうとしていたのか。母親を失った後、父親まで失いたくないと思った雅恵がどれだけ必死だったか。光則にはもう分かっていた。そして、守るものがなくなってしまった雅恵を守るのは自分しかいないことにも気がついていた。




「ただいま」

 PTAの会合から帰ってきた雅恵からはお酒の匂いがした。頬がほんのり赤い。

「コロッケコロッケ。楽しみにしてたんだ」

 嬉しそうに食卓についた雅恵に、皿に載せたコロッケとソースを手渡す。

「こんな時間に食べると太っちゃうね」

 そう言いながら美味しそうにコロッケを頬張る。

 幼稚園に入る前にあまりに言葉が遅い優希の耳が実は聞こえないのではないかと心配して病院に連れて行った。耳にも目にもまったく異常は無かった。医者にはこう言われた。

「アスペルガーやADHDであれば今すぐに結論が出るわけではありません。その可能性がないとは言えない。もっと大きくなってから改めて連れてきてください。まあ、それでもある程度の歳にならないとわからないことも少なくありません」

 細かいことにこだわりが強かったり逆に無頓着だったりすることに苛立ちを感じることもある。それでも可愛らしさを感じるは自分達の子どもだからだ。医者の言葉を聞いてからは可愛らしさの中に一抹の不安が混ざった。この子は幼稚園や学校でうまくやっていけるのだろうか。

 親の心配ほどのことはなかったのだろう。優希はあまり目立たない不器用な子として暮らしていた。

 その優希が学校でいじめられているかも知れないと聞いたのは、つい最近のことだ。雅恵がPTAや学校行事に熱心に顔を出すようになったのはそれが理由なのだろうか。

 優希のためにできることって私にはこれぐらいしかないから、と雅恵は何度もそう言った。

 今度もひとりで守ろうとしている。ひとりで頑張るな、オレが一緒にいるじゃないか。けれど、それがうまく言えない。雅恵が頑張れば頑張るほど、聞けなくなる。雅恵がどれだけ頑張ったのか、どれだけ頑張っているのか。

 もう深夜だった。明日も仕事だ。

 もう少しだけ、妻と話したかった。

「なあ、トルコ行進曲、覚えてるか」

「ハヤタヤの三時の曲でしょ。忘れるわけないじゃない」

「いや、そうじゃなくてさ」

 本当はもっと前から雅恵のへたくそなピアノを聞いていた。雅恵は忘れてしまっただろうか。中学生の雅恵が弾くトルコ行進曲、開け放した窓から青い空に溶けていくピアノの音。

 あの音を光則は覚えている。

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