4-6 やるせないよ

 英梨からのメールは簡単な文章だった。にも関わらず、英梨の気持ちは手に取るようにわかる。事実だけを書いているからこそ、どれほど落胆らくたんしているのか、その気持ちが確実に伝わってくる。


「そっか」

 話を聞いた浩人もそれ以上はなにも言えなかった。


「なんか可哀想で。あんなに行きたがってたのに、メールにそのこと一言も書いてないんだよ。泣きそうだよ、私。山ちゃん、生、もう一杯」


「よろこんでぇー!」


「……いや、そういうの、今いいから」


「……はい」


 里佳の前にジョッキが置かれた。


「はぁー、私もショックだよ。結局妄想だったって」


 「大おばあちゃんの名前は学校の名簿にありませんでした」というのが英梨からのメールの内容だった。英梨の曾祖母の名前に該当する生徒は名簿を調べても見つからなかった。つまり、曾祖母は宝山音楽学校に在籍していなかった。全てはボケてしまった老人の妄想だったのだ。英梨の両親と祖父母の言う通りだった。英梨が夢に描いた音楽学校での曾祖母の姿はなにもかも幻だった。


「やるせないな」


「あー、ヒロト、お前が言うなよ。やるせないのは私だよ」


「はいはい。にしても、年寄りの作り話、なんだか気が滅入るな」


「そうなのよね。信じちゃった曾孫もそうだけど、なんだか本当にやるせないよ。ニポポの元気なお年寄りばっか見てるとわかんなくなっちゃうけど、年取るって大変だね」


「んー、確かに、葬儀でもあんだよな、ご遺族様が年取りすぎちゃって、なんだか話がうまく噛み合わない、みたいな。子や孫がいりゃあまだいいんだけど」


 そう言う浩人も、遺族もボケてしまっていたりする難しい話の時は三国の後ろで借りてきた猫のようにおとなしくしているだけだ。三国に言わせると葬儀の諸々がすんなりと進められる遺族のほうが珍しいらしい。身内の死で動転している遺族になるべく余計な負荷をかけない、とはいえ、それも簡単ではない。


「なんで嘘なんかつくんだろう」

 里佳は頬杖をついた。


「さあなあ。嘘ついてるつもりもないんじゃないかなあ」

 浩人には思い当たるフシがあった。嘘をついているつもりじゃない。でも、本当じゃない。記憶は捏造される。年寄りに多いのかもしれないが、若くても、そういうことはある。札幌での出来事、店長をやっていたライブハウスでの行き違い。誰も嘘なんか言っていなかった。けれど、本当のことも伝わっていなかった。


「なんかさ、ごっちゃなのかな」


「なにが?」

 里佳が聞く。


「記憶」


「現実と夢と?」


「ああ」


「そんなの……、でもやっぱ、やるせないよ」


「記憶なんて簡単に書き換わるらしいぞ」

 カウンターの中の山川が言った。


「どういう意味?」

 と、里佳。


「あとから、こうだって思っちゃうとそうなっちゃうことがあるらしい。間違った記憶で上書きされるっていうか」


「どういうこと?」


「ああ、俺もそれ、聞いたことある。あれだろ、本当は親から虐待されてなかったのに色々と相談したりしてるうちに虐待されたみたいな記憶が後付けでって奴だろ」

 浩人が言った。


「それそれ。案外、ヒトの記憶なんて当てにならないって話だな」


「ふーん、そうかあ」

 里佳が言った。


「でも、それじゃあ、なにを信用したらいいの?」


 里佳の聞くともない問いに浩人も山川も答えられなかった。

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