2-5 顧客発見
まず気合を入れる。発信履歴から電話番号を選ぶ。会話の展開を思い描く。良い返事をイメージする。もう一度気合を入れて発信を押す。
電話はすぐにつながった。
「さよならツアーズの田村です。その後、いかがかと思いまして。今週か来週にでもまたお時間いただけませんでしょうか」
「ああ、チラシの見学会ね。直接申し込みとかあった?」
「いいえ、こちらには」
「そうよねえ……、こっちでも特に反応は無いわねえ……。あのね、それでね、ちょっと言いにくいんだけど、インフルエンザ流行ってるでしょ。でね、来所者とか納入業者とかじゃない方はしばらくちょっとご遠慮いただいてるの。わかります?」
「ああ……、そういうことでしたら」
「そうね、また、機会を改めて。あ、それとね、さよならツアーズって名前、あんまり縁起良くないわね、墓石っていうのもねえ」
「あ……、はい……」
相手が切るのを確認してから静かに通話を終える。
小さく息を吐いた。
好意で間借りしているものの、売上の目論見は今のところ真っ暗だ。明かりを点けるのも遠慮しているから本当に薄暗い。ぼんやりと明るいノートパソコンの画面にはメールソフトの受信トレイが開いている。どこで調べたのか売り込みのメールが何通か。それ以外は何もなし。
「全滅かあ」
電話でアポが取れたらいつでも出られるようスーツを着てはいる。名刺も用意してある。当てにしていたところで外してしまうのは痛い。昔の職場の伝手はもう何周も回り尽くしていた。特に用向きも無いのに顔を出すのも気が引ける。
横の机には浩人がプリンターで作ったチラシが積まれていた。墓石屋のチラシがどうしても気に入らなかったから、無理を言って作ってもらった。手に取ってじっと見る。もっと数が必要になったら印刷しようと話していたが、どうやらその心配は要らないようだ。
「里佳ちゃん、どうだい」
缶コーヒーを手にした三国が隣の櫛田家の居間から顔を出した。
「浩人がいたらコーヒー淹れてもらうんだけどな。今日は泰人と一緒に応援でな。ごめんね、缶コーヒーで」
「いえ、いただきます」
両手で受け取った。熱いぐらいの温度だ。わざわざ買ってきてくれた心遣いが嬉しかった。
「で、どうだい、仕事のほうは」
「それが、さっぱりで」
報告するのも申し訳無いぐらいだった。今のところ、三国が紹介してくれた特別養護老人ホームからの反応は微塵も無い。
「考えてみると、特別養護老人ホームでもデイサービスでも、要介護のお年寄りだからさ、本人が墓石欲しいとか墓参り行きたいって言っても色々とあんだろうな」
「それは職員の方もおっしゃってました」
むしろ今さら三国がそんなことを言うのは勘弁して欲しかった。
家族や介護者の助け無しでは近所に出かけることも難しい老人が自分の意志で墓石を買うとかバスツアーに参加するとか、そういうのには無理がある。どこに行ってもそう言われた。大型の施設では入所ではなく来所する近所の老人を対象としたサービスも実施している。そこに集まる人々は自分で出かけるだろう。わざわざ墓石を売りつけられるかもしれないバスツアーに参加することは無さそうだ。
「しまったなあ。俺が適当なこと言ったばっかりに里佳ちゃんに迷惑かけちまって」
頭を下げる三国を里佳は慌てて押し留めた。
「そんなことないですよ。そもそも私が普通にちゃんと営業出来てなかったのが悪かったから」
「良かれと思ってなあ」
「わかってますって。ホント、ありがとうございます」
「ま、こだわるわけじゃねえんだけどさ、元気な年寄りが集まる場所が他にねえかって話してたら見つけたんだよ、いいところ」
目が輝いていた。
里佳が忙しくする祖父母にかまってもらえずに櫛田葬儀店に通っていた頃、今よりももっと若々しかった三国が目を輝かせ。子供の里佳にはよくわからない話を楽しそうに語る姿をよく見た。時間があれば何でも話してくれる面白いおじさんだった。両親は旅に出て日本にはいない。忙しい祖父母とも話をする機会は無い。いや、一緒にいる時間があっても祖父母も両親も、三国のように熱心に語りかけてはくれなかった。
だから、三国の話は聞いてしまう。そしていつも後から、もしかするとちょっと違うのかもと、そう思う。でも、聞く。
里佳は三国の話を聞きながら大きくうなずいた。前より遥かに説得力がある。手帳を開いてメモを取る。今度こそ、なんとかなりそうだ。
五分も経たないうちに、三国から聞いた場所の前に立っていた。
子供の頃はともかく、いい大人になってしまうと近所のことなど案外知らないものだ。溢れかえった自転車は車道にまではみ出していた。ここには確かに三国の言う通りヒトが集まっている。
すっかり失いかけていた希望が戻ってくる。お客さんになってくれるヒトさえいればなんとかなる。それには少しだけ自信がある。
里佳は勢い良く店の扉を開けた。
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