2-4 問題分析
山川は椅子の背もたれに身体を投げ出すようにだらしなく座り、リモコンを片手に持ったまま呆けたようにテレビを見上げていた。
浩人はカウンターの中に入り、自分でジョッキに生ビールを注いだ。
「ヒークンうまいね」
「札幌で店長やってたからな」
「いっそオレの代わりにこの店を切り盛りしてみるのはどうだ」
山川は画面から目を離そうとしなかった。
「バイト代くれるなら考えてもいいぞ」
浩人は自分で注いだ生ビールをあおった。
「バイト雇う金は無いなあ」
リモコンでかちゃかちゃと画面を切り替える。
「ねえねえ、山ちゃんさあ、なんで急にやる気なくなっちゃったの?」
里佳が山川に聞いた。
「客、ぜんぜん来ないんだ」
声に力が無かった。
「ああ、そんな話しないで。私だって」
里佳も急に落ち込んだかのようにがっくりと肩を落とした。
「なんだよ、おまえら。しけてんなあ」
「なによ、ヒークンは景気いいの?」
「いや、全然。まあ、でも思ったより家の手伝い忙しいしな」
「結局やっぱり実家の商売継ぐ気なんだね」
「そんな気ないって」
「だって、仕事探してないでしょ」
「探してるよ」
「ハローワークとか行ってないじゃん」
「今どきは仕事探しもスマホだね」
「あ、五七五になってるね、それ」
なぜか山川が目を輝かせた。
「あーあ」
里佳はカウンターに倒れこむように両手を投げ出した。
「なんでもスマホとかネットなんだよね。地道に営業って時代じゃないのかなあ」
「ババアかよ。おまえ、何歳なんだよ」
「旅行代理店はね、ていうか大手じゃない中小の旅行代理店はね、営業とパンフっていうかチラシとかなの。営業は私ががんばるし、チラシもヒークンに頼んで作ってもらったの私は悪くないと思うんだけど、なんかそういう正攻法だとうまくいかないのよね」
「オレは言われた通りに作っただけだけど、見直すか?」
「そうねえ」
里佳は鞄から取り出したチラシを見つめた。
「持ち歩いてるのか?」
「基本ね。いつどこで説明する機会があるかわからないから」
「仕事熱心だな、おい」
「そうかなあ。普通だと思うけど」
「なに、チラシあんの?」
「あ、山ちゃん、どう、このチラシ」
「おお、これ、櫛田が作ったのか」
「おう」
「うまいな」
「いちおうデザイン事務所でバイトしてたからな」
「こういうの作ってたのか」
「んー、どっちかって言うとWebデザインのほうだけど、販促物とかも上司の手伝いで少しな。まあ、なんでも屋みたいな感じだ」
「おまえ美術とか得意だったっけ?」
「いや、全然」
「それでこれか、人間、やればなんでもできるもんだな」
「褒められてんのか?」
「山ちゃん、チラシの出来はともかく、それ見てツアーに参加したくなるかどうかが問題なの。どう、その辺?」
「あー、そういうことね。うーん、どうだろう」
「どうだろうって?」
「いや、お墓参りに行きましょうって言われてもって」
「俺もチラシ作りながらそのキャッチコピーは違うと思ってた」
「なによ、ヒークンまで。だって、首都圏有名墓苑巡りバスツアーだよ、お墓参りに行きましょう以外ないじゃない」
「んー、なんかさ、おまえが旅行代理店始めるって言い出したのって別に墓参りがどうこうでも墓石がどうこうでもないよな」
「そうだよ、北海道で村田さんと写真撮ったじゃない、ああいう、別れた人との思い出を取り戻すっていうか、うまく言えないけど、心に残る旅を提供したいの」
「だろ。それって墓参りなのか」
「でも、お客さん集まるかもってヒークンのお父さんが」
「まあ、そうなんだけどさ。そもそも墓石屋の説明会付きの墓参りバスツアーは旅行なのか?」
「なに言ってんのよ。中身は確かに説明会だけど、バスに乗ってるんだから旅行じゃない。決まってるじゃない」
「なんだよ、すごく妥協点が低いな。それでいいのか」
「いいのよ」
「でもさあ、墓石見に行きたいのか墓参りに行きたいのか旅行に行きたいのか、一体どれなんだよ」
「んー、どれなんだろ。ダメだ、酔っ払ってわかんなくなってきた」
「ていうかさ、おまえが言ってたけど、思い出なんだろ、ポイントは」
「そうだけど」
「墓石とか墓参りって言うより、今は会えない誰かとの思い出っていうのがポイントなんじゃねえの」
「んー、どうなんだろう。なんか面倒くさい」
「櫛田、おまえ、それ間違ってるぞ」
山川は急にしっかりした目で浩人を見た。
「なんだよ、山川、どういうことだよ」
「あのな、内製にこだわると商売っていうのは縮小すんだよ」
「はあ?」
「別に経済がどうこうってことを言いたいんじゃねえけどさ、内製はコスト的に有利な面もあるけど、組織の生産性に限界を作ることになりかねないの。一般的に言って外部への委託によって組織の生産性は上がる。組織内の分業とも違うんだ。内製は拡大の局面では分業を指向する。ゆえに組織は巨大化しつつも生産性は下がる。外部への委託は逆に組織は最小になる。が、生産性は無限大だ」
「山川、おまえ……、何いってんだ」
「山ちゃん……」
浩人も里佳もあんぐりと口を開けていた。
「ああ、悪い。なんかそういうことを考えんのが好きなだけだ」
山川はばつが悪そうに首を振った。
「そういえばおまえ、IT関係のベンチャーで働いてたとかなんとか言ってなかったか?」
「え、そうだったの。大手のメーカーがどうこうとか言ってなかった?」
「ああ、ごめん。なんか悪かった。なんか焼くか?」
山川は二人の話をさえぎるように頭をかきながら椅子から立ち上がり、炭火の前に立った。
「お、おう。おごりか?」
「貧乏人は今すぐ帰れ」
「あ、山ちゃん、あたし、ぼんじり焼いて」
「よろこんで」
「なんだよ、おい」
浩人がぼやいた。
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