2-3 フォローアップ

 先日訪問した大型の老人ホームの前で里佳は気合を入れていた。その勢いのまま、大股で通用口に向かう。なんとなく、いけそうな気がしていた。


 前回と同じ立派な応接で里佳はテーブルの上にのしかかるように前のめりに身を乗り出していた。


「いかがでしょうか」

 尋ねる声に思わず力がこもる。


「うーん、すぐには、ねえ」

 山本さんは里佳の目を見ようとはしなかった。


「わかりました。引き続きよろしくお願いいたします」

 資料を片付けた里佳は、立ち上がり、深々と頭を下げた。






 次のホームの金子さんは前回伺った時よりもさらに忙しそうで、話しかけるタイミングがうまくつかめそうにもなかった。


 ここで諦めるわけにはいかない。里佳は一瞬の隙を見つけた。


「お伺いしました」

 笑顔で手を振った。


「あら?」

 里佳の顔を見てもピンときていないようだ。


「先日お伺いした旅行代理店の……」


「ああ、ああ」

 まだ思い出していないようだ。


「櫛田さんのご紹介で……」


「ああ、あれね。ごめんね、まだ何もあれで」


「あ、いえいえ、ありがとうございます。お忙しいところすみません」


「あら、いいのよ。それよりあなたも大変ねえ」

 同情している風の口調だった。


「いえ、本当にお邪魔してすみませんでした。引き続き、是非、よろしくお願いいたします」

 笑顔は絶やさなかった。






 次の訪問先でも返事は芳しくなかった。


「うちなんかだと難しいわねえ」

 淡々とした口調だった。


「いえいえ。チラシ置かせていただけるだけで、本当にありがとうございます」


「まあ、置くだけなら、ね」


「また、お伺いさせていただきます」


「あー、わざわざアポ入れていただかなくても大丈夫だから」


「お忙しい中お時間いただいてしまうので」


「うちは逆に約束しちゃったほうがそれに合わせないといけないから大変なの」


「かしこまりました。次はなるべくお手すきの時に伺うようにいたします」


「無理しないでね」


「引き続きよろしくお願いいたします」


 帰り道、珍しく一駅乗り過ごしてしまった。


 なんだか空回りシている気がした。どうしたら「別れを思い出に変える小さな旅」というコンセプトを伝えられるのか。そもそも三国に紹介してもらった老人ホームにお客さんはいるのか。いたとして、どうすればお客さんに声をかけてもらえるのか。それともこうなったら直接声をかけたほうがいいのか。


 そんなことが頭の中でぐるぐる回って止まらなくなった。結果、いつもの駅で降りるのをすっかり忘れてしまったというわけだった。


 このまま始まってもいないのに終わるなんて納得いかない。


 でも、どうしよう。


 次の電車はまだ来ない。地下鉄のホームで里佳は大きく溜息をついたあと、小さくこぶしを握り顔を上げた。


「ヨシッ」


 思わず声も出していた。

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