1-15 その後

 故村田和郎の葬儀は無事に終了した。


 三国や泰人とともに浩人は後片付けに精を出していた。


 葬礼は約束事の積み重ねでありながら例外だらけでもある。そんなことを思いながら椅子を積み重ね長机を畳む。


 麻子とも里佳とも話している暇は無かった。式が始まれば葬儀屋はほとんど無言だ。終わってもご遺族をお送りするまで私語は控える。三国からきつく言われていた。


 いつもなら三国が葬儀後のご遺族を車で送る。


「今日はおまえが車を出せ」

 三国が浩人にその役目を渡す。


「里佳ちゃんも一緒にな」






 控え室の麻子は浩人を見るとホッとしたように胸を撫で下ろした。


「今日は本当にありがとう」


「いえいえ。自分はなにも」


「今日のスライド、素晴らしかったです」

 ハンガリーからの帰国がなんとか今日に間に合った友香が頭を下げた。


 故人の思い出を集めたスライドの最後、詰襟の若者のモノクロの写真と同じ構図の麻子のカラーの写真がゆっくりと重なった。


 輝く表情まで一緒だった。


「あれは自分じゃなくて主に田村さんのお手柄ですね」

 浩人は手を振った。里佳のことを田村さんと呼ぶのは気恥ずかしい。照れる。


「そうそう、田村さん、さっきまでいらっしゃったのに」


「母の旅行の代金をお渡ししようと思ってたんです。あの旅が母の心に残ってるようで。正直、派手なお葬式よりよかったと思ってるんです。あ、葬儀屋さんの前でごめんなさい」


「いえいえ。そう言っていただけると田村さんも喜ぶんじゃないかと思います。待ってるのもあれなんで、お車のほうにどうぞ」

 浩人はまだ板についていない葬儀屋の仕草で二人を案内する。


 友香が骨箱を持った。


「遺影はお持ちしますね」

 麻子の代わりに浩人が遺影を抱える。


「お願いできますか?」


「もちろんです」


 里佳は一体どこに行ったのか、あたりを見回した浩人は泰人から何か受け取っている里佳を見つけた。


「田村さん」

 友香が声をかけた。


「すみません、ちょっと準備してて」

 大きな封筒を持った里佳が慌ててやってくる。


「田村さんも一緒にいらっしゃる?」


「いえ、私はここで」


「あら、そう」

 麻子は肩を落とした。


「色々とありがとう。ここでお別れね」

 友香は、今日、何度も里佳に礼を言っていた。


「さっき話せなかったけど、母はハンガリーに連れて行くことにしたわ。あのマンションは引き払って、母と一緒に向こうで暮らします。母が人生を取り戻したいって」


「そうなんですか」


「あなたのおかげよ。あなたが母を旅に連れて行ってくれたおかげ」


「いえ、私なんか」


「ちゃんと請求してくれてありがとう。現金でお渡しするわね」

 友香は封筒を鞄から取り出した。


「こんなに?」

 中身を確認した里佳は驚いていた。


「母とあなたと櫛田さんの交通費と宿泊費、もうひとり分は父の分。それから、もうひとり分、私の分」


「こんなに沢山いただけません」


「いいのよ。だって、どうせ私が連れて行くつもりだったんだもの。あなたは母を連れて行ってくれただけじゃないの。母の新しい思い出と一緒に父を連れて帰ってきてくれた。私の分は気持ち」


「そんな」


「こんな素晴らしい旅、今までで初めてだったって母が。羨ましいって思ったけど、スライドの最後のあの写真見てよくわかったわ。本当に素晴らしい旅だったんだって」


 少し迷ってから里佳はこっくりとうなずく。


「わかりました。ありがたく受け取らせていただきます」


「ありがとう」

 友香の言葉には心がこもっていた。


「それで、あの、これ」

 里佳が泰人から受け取った大きな封筒を差し出した。


「何?」


「スライドの写真を拡大したものです」


「え、いつの間に」

 浩人が目を丸くした。


「ヤックンに頼んでたの。ごめん」

 里佳が手を合わせて片目をつぶった。


「田村さん、本当にありがとう」

 麻子が里佳の手を両手で包んだ。


「ハンガリーに来ることがあったら必ず声をかけて。田村さんほどじゃないけど、私も素敵な旅を用意して待ってるわ。トカイワイン準備しておくわね」

 友香の声は弾んでいた。


「ありがとうございます。是非」


「ねえ、話は変わるけど、こんなギリギリの予定でチケット取れるのすごいわね。ひょっとして国際便でもなんとかなるのかしら?」


「任せてください」

 里佳が握りこぶしを作って友香に答えた。


「頼りになるわね。今度日本に帰ってくる時のチケットは是非お願いするわ」


「お待ちしております」


 大きく頭を下げた里佳を見て、麻子と友香は笑顔でうなずいた。

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