1-14 晴れ女

 里佳の腹が大きな音を立てて鳴った。


「すみません、おなか空いちゃって」

 申し訳無さそうに身を縮める。


「あら、私もよ」

 麻子が表情を崩した。


「車内販売って来るのかしら」


「あ、大丈夫です。長万部のかにめしとそばもあるそうです」


「かにめしもおそばもよさそうね」


「でも、食べられるの二時間ぐらい後なんです。車内で予約とってから長万部で受け取るそうです」


「あらそうなの。残念。じゃ、普通に車内販売ね」


 後ろの席で浩人の腹も鳴った。






 外に広がる白い雪からの照り返しは、車内まで眩しさが飛び込んでくるほどだった。


 食事の最中からずっと、麻子は家族三人での旅の思い出を里佳に話し続けていた。


「友香は飛行機でも列車でも乗るとすぐ寝ちゃうの。そういえば車でもそうだったわね。犬吠埼で朝焼けが見たいとか、友香はいつもそういう面白い理由でどこかに行きたがるの。北海道に来る時も友香の目的はスキーよりスキー場で貸し出してくれるプラスティック製のそり。朝から晩までクタクタになるまで滑って」


 後ろの席の浩人は静かだった。


「夫はね、旅先で何かやるのもそうだけど、今になって思うと、乗り物が好きだったみたいね。列車もそうだけど、船とか飛行機とか。自分で運転するんじゃない乗り物。北海道新幹線も開通したら乗りたいって言ってたわ。若い頃は青函連絡船とか、ご存知かしら、青函連絡船?」


「はい」


「私も一度だけ乗ったけど船酔いしちゃった。どうしても北斗星に乗りたいって言うから一回だけ乗ってみたこともあったけど、友香は食堂車で晩御飯食べたらすぐに寝ちゃって起きたら札幌でびっくりしてたわよ。でも北斗星はよかったわね。食堂車もそうだけどラウンジカーとか。ああいう旅、またしてみたかったわね」


 麻子は抱えた骨箱を見下ろした。


「もう一緒にどこかで景色を眺めるとか、そんなことは無いんだと思うとやっぱりちょっと淋しいわね。私の手の届かないところにひとりで旅に出ちゃったのね」


 青い空の下、白く光り輝く雪原の先の海の波がきらめいていた。


 麻子は骨箱を窓に寄せるよう、わずかに持ち上げた。


「見えるかしら。やっぱり晴れてるわよ。あなたは吹雪いている北海道を見せたいって言ってたけど、私が北海道に来ると快晴。昔と一緒」


「あっ」

 静かだった浩人がいきなり声を上げた。


「雪が降ってる」


「ホントだ」

 里佳も微かに降り始めた雪を見つけた。


「どこ?」

 麻子はまだ雪を見つけていなかった。


「あの、ほら、パラパラ降ってませんか?」

 里佳が指さした先では確かに雪が降っていた。


「あら、私があんまり晴れる晴れるって言ったからかしらね」

 麻子が笑った。




 間もなく、陽射しは厚い雲に覆われた。本格的に雪が降り始めた。


 長万部にさしかかる頃には激しい吹雪が列車を襲っていた。


「これが、吹雪……」

 雪が下から吹き上がる地吹雪にさえぎられ白一色に覆われた窓の外を麻子は輝く瞳で見つめていた。


「ヒークン、写真」


「え、なに?」


「カメラ持って来たでしょ」


「ああ、言われたから一応」


「準備しておいて。鷲ノ巣駅は通過だから」


「だから、なにを撮る?」


「あの写真よ。あの写真と同じ構図で撮って」


「あの写真って……」

 浩人の脳裏に村田和郎の遺影となる写真が甦った。


 二人の話を聞いていた麻子も大きくうなずいた。


 里佳が時計を確認した。




 窓の外はただ白一色だった。


 鷲ノ巣はあっという間に通過した。


 若き日の村田和郎が写ったあの写真とほとんど同じ構図の写真には、詰襟の和郎の代わりに瞳を輝かせた麻子が写っている。


「本当に、ありがとう」


 渡されたカメラの画面を見ながら、麻子は何度も浩人に礼を言った。


 その目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 列車は隣駅の八雲に向かって走り続けた。

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