1-13 雪の白さと空の青さと


 朝になってみると雪はやんでいた。


 青空の下、降り積もった雪に跳ね返る日差しが眩しい。


 麻子は荷物からサングラスを取り出した。


「田村さんと櫛田さんの分もあるわよ。昔ね、スキーに来る時に必ず準備してたの。ほら、私が一緒だと晴れるから」




 里塚の火葬場で遺体と最後の別れを告げる。


 後はしばらく待つだけだ。


 三人とも朝は食べていなかった。食欲が無いと断る麻子を置いて、浩人と里佳は蕎麦を食べに二階に上がった。


「よく知ってるね。来たことあるの?」


「東京に戻るちょっと前にな」


「そうなんだ」


「店長やってたライブハウスでさ、よく出てたバンドがいてね。そのバンドのボーカルの女の子の葬儀で……」


「ごめん、私、やっぱり村田さんの傍にいる」


 結局、浩人が二人分の蕎麦を食べた。






 大柄な和郎も骨になってしまえば小さな骨壷に納められる。


 麻子が喉仏を拾い、浩人が骨壷の骨を砕いた。


 壷をしまった骨箱に白い布が被せられる。


 骨箱を膝の上に置いた麻子は、ひとつ大きなため息をついた。


 それでおしまいだった。


 待っていた宇野と車に乗り込む。


「新札幌駅まででよろしゅうございますね」


 誰も答えぬまま車が動き出す。


 道路沿いに降り積もった昨夜の雪は、昼に向かって強くなりつつある陽射しを浴びて、今朝よりも眩しさを増していた。


 空は抜けるような青さだ。


「私が来るといつも晴れるのよね」


 麻子がポツリとつぶやいた。


 時間は迫っていた。


 慌しく別れを告げ、走り去る車を見送る暇も無いまま駅のホームへと向かう。


「田村さん、大丈夫?」


「あ、はい、大丈夫です」

 季節はずれの陽気に里佳の額が汗ばんでいた。


「後でね、タオルでおでこの汗拭いてね。そのままにしてると冷えるから」


 なんとか列車の到着前にホームにたどりついた。


 車椅子を押す浩人もうっすらと汗をかいていた。


「ごめんなさいね、私は座ってるだけで」


「いいえ」


 里佳も浩人も少し息が上がっていた。


「車椅子用のお席は取れなかったので、普通の座席になります」

 里佳が三人分のチケットを用意していた。


「長いのよね」

 麻子が確認した


「ええ。大体9時間」


「眠ってしまえばすぐかしら」


「眠れるといいんですけど」


「アイマスクと耳栓は持ってきたわよ」


「それなら」


「でも、寝ないかも。景色が見たいわ」


「今日はいい天気ですから、窓からの景色もよく見えると思いますよ」


「そうね」

 麻子は膝の上に置いた骨箱に愛おしむようにそっと手を触れた。


「車椅子から降りたほうがいいわね。田村さん、これ、預かってもらっていいかしら」


 里佳が両手で骨箱を受け取る。


 浩人が車椅子を畳む。


 ホームに列車が滑り込んできた。

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