1-11 安置室

 札幌駅のホームは極寒だった。


「その格好じゃさすがに寒いだろ」

 最近まで札幌にいた浩人はしっかりと暖かい格好をしている。


「そうねえ」

 ゆっくりと車椅子に腰をおろす麻子も耳まで覆う帽子から防寒靴まで完全防備だった。


「暖かくなる下着着てきたから大丈夫かと思ったのに」

 里佳だけが震えている。


「駅の地下に入っちゃえば大丈夫だから」

 浩人の吐く息が白く漂った。


「昔来た時は札幌駅に着くと近くのデパートで靴を買ったの。あのヒトが防寒の滑らない靴はこっちじゃないと手に入りにくいからって。田村さんは靴だけじゃなくて上着も必要ね」


「自分は昔は知らないんですが、今は札幌駅直結のデパートがあります」


「あら本当? じゃ、そこで買ってから行きましょう」


「ずびばせん、早く下に降りませんか」

 里佳が両手で身体を抱きかかえガチガチと歯を鳴らしていた。


「あそこよ」


 スキー用の手袋で麻子がエレベーターを指差す。


 車椅子を押す浩人の後をカクカクと不自然な足取りの里佳がついていった。






 村田和郎は遺体安置室で静かに横たわっていた。


「遅くなってごめんなさい」

 麻子はそっと夫の頬に触れた。


 鼻を赤くした里佳が二人を見つめていた。


 外の廊下では浩人が南三条セレモニーホールの宇野に礼を言っていた。


「いえいえ。櫛田さんにはこちらもお世話になったことがありまして」


「父に、ですか?」


「ええ。実は、札幌出身のものが亡くなった際に」


「そんな話があったんですか」


「その節は大変お世話になりました。私の身内でしたので」

 何かを思い出すような遠い目をしていた。


「ご親族の方だったんですか?」


「すみません、詳しい話は」


「そうですよね」


 葬儀屋が故人や遺族のプライバシーを滅多やたらと吹聴することが無いのはよく分かっている。そして、人の死には常に事情があることも。


「今夜はこちらにはお泊りいただけませんが」

 話は麻子のことに戻った。


 このホールでの通夜の手配はしていない。遺体は明日、麻子の立会いのもと荼毘に附される。


「宿もなんとかなりました」


「それはよかったです。この時期、雪祭りが終わってもスキーや観光のお客様が多いですから。それに、今日も大雪の予報でしたから飛行機が飛ぶか心配していました。天気予報が外れてよかったです」


「いやあ、本当にそうですね。よかったですよ」


 と、安置室から出てきた里佳が浩人を手招きした。


「すみません、あちらに」

 宇野が小さく頭を下げながらどうぞという具合に手を差し伸べた。


 自分とさほど歳が離れていないにも関わらず、宇野の落ち着いた物腰は働く三国を思わせる。


 葬儀屋って似るもんなんだなと浩人は心の中で苦笑した。


 そろそろ宿に向かわないといけない時間だった。


「本当によろしいですか?」

 気にしていたのは浩人のほうだ。


「ええ。かまいません」

 麻子は遺体からそっと手を離す。


 「本当に、こんなになっちゃって」

 それでも見つめ続けていた。


 地下鉄の車内で胸の苦しみを感じた村田和郎は、降りた駅で駅員に助けを求め救急車で運ばれた。病院に着いた時点ではまだ息はあった。けれど、医師に呼びかけられても返事はなかった。間もなく、あっけなく、事切れた。


 遺体を搬送するか、それとも遺族が現地に出向くか。間に入ってくれたのが南三条セレモニーホールの宇野だった。


「明日は、里塚、札幌市営の斎場に九時半からの受付に間に合うよう、こちらからは早めに八時の出発となります。先ほどご記入いただいた火葬場使用申請書と火葬埋葬許可証はこちらで持参いたします」


「明日は、よろしくお願いいたします」

 麻子が頭を下げた。


「明日のお昼には新札幌駅ということでしたが」


「はい。JRで東京に帰ります」

 麻子ではなく里佳が答えた。


「飛行機ではなく?」


「ええ」

 里佳には何か考えがあるようだ。


 宇野はそれ以上のことは聞かなかった。


「では、明日、お待ちしております」


 頭を下げる宇野に見送られながら、三人は南三条セレモニーホールを後にした。

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